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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
32/71

忍務29 やられっぱなしじゃおわらない

 バンジャン王国首都、サンドリアの町では夜間外出を制限する法が存在する。禁止されているわけではないのだが、巡回する兵士に誰何をされれば答え、身分証を呈示しなければならない。身分証を持てるのは一部の特権階級、主に貴族や大商人である。実質的に、奴隷や一般市民には夜間の外出許可が出されていないのと同じなのだ。

 もともとこの法律は、夜の闇には魔物が棲んでいる、というオアシスの中に根付いた信仰に基づいていた。夜の砂漠では魔物が活性化し、盗賊が闊歩する。身を守るために、夜間外出は避けるべきだった。

 この法を犯した者は大抵、衛兵詰所などに連行されることになる。大人数であった場合には、騒乱罪などにより死刑が宣告されることもあるのだ。だが、まれに夜歩きの途中で行方不明になる事例も存在した。やむを得ない事情で夜の町を歩いた奴隷などが、翌日にはいなくなってしまう。いわゆる、神隠しのようなものだ。

居なくなった者がどこへ行くのか、それは解っていない。戻ってきた者は、誰もいないのだから。

 サンドリアの町が抱える夜の闇は、未だ深く光明の差さない部分を内包しているのであった。



 サンドリアの町の北地区に、大きな倉庫があった。その片隅で、土の床が正方形に切り取られたようにパカリと開く。赤く目を光らせて、出来た隙間から顔をのぞかせるのはダクであった。

「ほえ、だれもいないです」

 首だけで振り返ってそう伝えると、ダクは床下へと続く階段から飛び出した。恰好は、すでに忍者服になっている。

「どうやら、ここまでは追っ手も来ないようだね……」

 赤い忍者服姿のカシャが、続いて姿を見せた。

「通路からも、追ってくる者の姿はありませんでしたわ、ダク様」

「ひぃ、重い……」

 それから、最後尾で千里眼を使っていたミツメを背負ったオジィがやってくる。これで、全員集合だった。

「ほえ、むこうのそらが、あかるいね」

 倉庫の窓から外を見たダクが、声を上げる。

「ああ。派手に燃やしたからね……あたしの、手塩にかけて育てた食堂の偽装は、よく燃えてることだろうさ」

 なんとも切ない目をしたカシャが、隣に並んで空を見る。

「ほえ……」

 かける言葉も見つからず、ダクはカシャの横顔を見上げた。このままでは、カシャはバンジャン王国にいられなくなるかもしれない。何しろ、強大なアサシンという存在と真っ向から対決することになるのだ。

 もしカシャがアサシンに敗れ、バンジャン王国を追い出されるようなことがあれば彼女に帰る場所は無い。地域を任された上忍にとって、その地域への影響力を失うことは忍務失敗を意味する。重要な忍務に失敗した忍者の行く末は、ただひとつ。死、のみである。

「カシャさま……ここは、ぼくたちにまかせてください!」

 ダクの言葉に、カシャは窓の外から視線を戻した。

「どうするってんだい?」

「ほえ、ぼくとミツメとオジィが、アサシンをやっつけます!」

 元気よく言うダクに、カシャは首を横へ振る。

「無茶だよ。あいつらの強さは、あたしにだって引けを取らないんだ」

「ほえ、それなら……アサシンのめをぼくらにひきつけますから、カシャさまはかくれててください!」

 ダクの代案は、陽動作戦といえるものだ。ダクとミツメとオジィがアサシン相手に派手に立ち回り、その間にカシャは生き残りの下忍を集めて新たな偽装をする。などとダクは考えて発言したわけではないのだが、カシャの頭の中にはそういう絵図面が出来上がる。

「……危険すぎるね。あんたらを死なせたら、あの頭目に何を言われるかわからないよ」

 躊躇いを見せるカシャに、ダクはにっこりと微笑んでみせる。

「ほえ、だいじょうぶです! ぼくにいいさくせんがあります!」

 悪い予感しかしないダクの言葉に、カシャはミツメとオジィと目を合わせる。頼りない二人の下忍の視線と、自信たっぷりのダクの笑顔。相反する感情に挟まれて、カシャは頭を抱えた。

「……とりあえず、その作戦とやらを聞かせてくれるかい?」

「ほえ! まずは、てきのいちばんえらいひとをしゅうげきします!」

 ダクの声に、オジィがブッと噴き出した。

「ダク様、そりゃ無理だ。できるわけがねえ」

 オジィの抗弁に、ダクは首を横へ振る。

「できないとおもってたら、できないんだよ、オジィ。こんじょうがあればなんでもできるって、ゴンザさまはいってたよ!」

 らんらんと輝くダクの瞳に、オジィは渋い顔のまま息を飲み込んだ。何を言っても、ダクを止めることはできなさそうだ。

「オジィのちからも、ミツメのちからも、ここにくるまででちゃんとわかってるから。だから、ぼくについてきて!」

 ダクの言葉に反応したのは、ミツメである。

「ダク様の仰せの通りに、いたしますわ。私の出世のため、起死回生の策を実行しましょう」

 ミツメもきらきらと瞳を輝かせ、ダクを仰ぎ見る。上忍のカシャと経験豊富なオジィが無茶という行動こそ、ミツメの求めるものだった。そこに出世の足がかりがある。それだけで、ミツメはダクを全面的に信頼するのだ。

「……やるしか、無いみてえだな」

 ミツメの食いつきっぷりに、オジィも渋々うなずく。カシャは三人を順に見やり、呆れたように息を吐いた。

「そこまで自信があるんだ。女王ホルスを、うまくできる何かを持っているってことだね。それならあたしは、あんたの言う通り生き残った下忍を集めて偽装をする。こっちからは、もう援護ができない状況だ。下手踏んでも、自分で何とかするんだよ」

 カシャの言葉に、ダクはうなずいた。

「ほえ。だいじょうぶです、カシャさま。もともと、ぼくたちさんにんのにんむですから!」

 そう言ったダクへ、カシャが右手を伸ばす。ダクがその手を取って、上下に振った。

「死ぬんじゃないよ、中忍ダク。生きていれば、いくらでもチャンスはあるんだからね」

「ほえ。カシャさまも、がんばってください」

 握手を交わすダクとカシャを、ミツメとオジィは黙って見つめていた。


 夜のサンドリアの町に、三人の忍者が解き放たれた。町の東西南北を貫く大通りは、人気が無く静かな空気を漂わせている。時折、巡回の兵士が現れて、消える。彼らに見つからず宮殿へ向かうのは、不可能に思えた。

「どうするんだ、ダク様」

 静めた声で、オジィが問いかける。

「ミツメ、あるいてるへいしさん、どんなかんじ?」

 ダクも声をひそめ、ミツメに聞いた。ミツメが目を閉じ、額の紋様を少し光らせる。

「巡回ルートは、大まかにわけて三段階ですわ。宮殿の入口の兵士は、動いていません」

 ミツメの答えに、ダクはうんとうなずく。

「オジィ、ミツメ、かくれんぼはとくい?」

 ダクの問いに、オジィとミツメは顔を見合わせ、うなずいた。

「隠形の術なら、基本的なものは一応できるぜ」

「私も、ですわダク様」

 二人の答えに、ダクはにっこりと笑う。

「はしっこであばれると、カシャさまたちがみつかるかもだから……あのふんすいまで、かくれていくよ」

 ダクが指差すのは、町の中央にある噴水広場だ。ちょうど、巡回ルートの二番目の関門である。二人がうなずいたのを確認したダクは、大きく息を吸い始めた。

「ダク様、何を……」

『ふたりは、かくれながらすすんで』

 気配で、ダクは伝える。その間にも、ダクは息を吸い続けていた。

「了解。隠れながら、進みます」

「行きますわ」

 オジィとミツメが、言いながら段ボール箱を頭からかぶり、しゃがんだ。

「忍術、隠形……」

 しずしずと、段ボールが動き出す。夜の町に溶け込むように、ふたつの段ボール箱が前進してゆく姿は異様だった。

「む? 何だ、段ボール箱か……」

 巡回の兵士が怪訝な視線を向けるが、段ボール箱であることを確認するとそのまま歩き去って行く。気配のかく乱は、忍者の得意技なのだ。うぞうぞと、段ボール箱は前進を続けた。その光景に目を細めながら、ダクはまだまだ息を吸い込んでいく。とうに限界を超えた空気の量は、ダクの身体を風船のように丸く膨らませていた。

「忍法、おんぎょうのじゅつ」

 わずかな呼気が、ダクの口から漏れる。そして、ダクもまたコロコロと転がるように前進した。巡回の兵士が、夜の闇の中を転がってくるものに目をやる。

「何だ……大きなヤシの実か……」

 呟いて、巡回の兵士は油断の無い足取りでダクの側を通り過ぎていった。

「む、これは……大きなピスタチオの種か……」

 別の兵士も、転がるダクの姿を見て普通に通り過ぎていく。

 ダクの使っているのは、中忍ダンゴの隠形術である。催眠術によって、認識を歪める術だ。これにより、ダクは堂々と大通りを転がっていけるのだ。

「ただのスイカだな……」

 北地区の巡回兵士の列を、ダクは抜けていった。この術を使えば、宮殿までたどり着けるかもしれない。だが、それはダク一人でなら、ということだ。初歩的な段ボール箱による偽装しかできないオジィとミツメは、どこかで見つかってしまうことだろう。ゆえにダクは、中央の噴水広場で停止する。大小ふたつの段ボール箱と巨大なネーブルオレンジが並んでいる姿は異様な光景であったが、忍者の偽装を見破る能力を持つ兵士はいなかった。

「ダク様、すごいですわ……」

「これほど完璧な隠形は、俺も初めて見るぜ……」

 転がってきたダクの姿に、ミツメとオジィが感嘆の声をあげる。対するダクの顔は、真っ赤になっていた。この術は、丸い身体でなければできない。ダクは、息を大量に吸って丸い身体を維持しているのだ。

「ぷひゅー」

 ダクが息を吐きだすと、どんどんと身体がしぼんでいく。

「な、何だ?」

「ネーブルオレンジが、少年に!」

 巡回の兵士たちが、どんどんとダクの元へと集まってくる。完璧な隠形が、解けてしまったのだ。

「いくよ、オジィ! おさけ、はんぶんのんで! ミツメはそのまま!」

 駆け寄ってきた兵士のみぞおちに蹴りを叩きこみながら、ダクが叫んだ。大きな段ボール箱が、その声に反応する。内部で、ごくりと何かの液体を飲み込む音がした。

「シャカリキ、パゥワー!」

 段ボール箱を跳ね上げ、オジィが姿を現す。

「ば、ばかな! 段ボール箱の中から人が!」

 驚く兵士を抱え上げ、オジィは放り投げる。投げられた兵士は別の兵士の集団にぶつかり、盛大に倒れた。

「て、敵襲! 敵襲!」

「段ボール箱とネーブルオレンジが襲い掛かってきたぞ!」

 不明瞭な状況に、兵士たちが次々と騒ぎ立てる。ダクは慌てず、一番大きな兵士の集団に向かい竹筒を投げた。

「ほえ、忍法、ばくえんじんもどき!」

 ダクの右手に握られた火打石から、火花が飛び散る。炎が螺旋を描き、兵士たちの足元に投じられた竹筒へと引火する。ぼん、とたちまち爆発が起こり、兵士たちが吹き飛ばされていった。

「オジィ、このままきゅうでんへ!」

「うはははは! 今夜もシャカリキぃ!」

 哄笑しながら兵士をふっ飛ばし、オジィが駆けてゆく。ダクは懐から二本の鞭を取り出し、一つをミツメの段ボール箱に巻き付ける。

「忍法、じざいムチ!」

 鞭は触手のように、段ボール箱を持ち上げる。もう片方の鞭で、近づいてくる兵士を抱え上げて投げる。その動きは、さながらゴンザの鞭捌きのようであった。

 オジィを先頭に、ダク、そして段ボール箱が大通りを駆け抜けていく。目指すは、宮殿の門だ。快進撃を続けるオジィが、弾かれたように動きを止める。その先には、五人の衛兵が立ちはだかっていた。

「不審者め、これ以上は進ませぬ!」

「我ら、衛兵五人衆が相手だ!」

「貴様らがいくら強かろうと、我ら五人の敵ではない!」

「チームワークが、ものをいうのだ!」

「我らの仲は、とても良い!」

 口々に、衛兵は叫ぶ。彼らの手にある槍の穂先が、オジィに一斉に向けられた。

「ほえ、オジィどしたの?」

 追いついたダクが、首を傾げる。

「ふへへ、こいつはファンキーだぜ、ダク様! かなりの使い手だ! しかも仲が良い!」

 ふらふらと足元をふらつかせながら、オジィが言う。オジィの全身には、浅い切り傷が五つ刻まれていた。

「ほえ。それなら……忍法、まじっくあろー!」

 鞭を手放し、ダクは懐から弓を取り出し構えた。魔法ではない、忍法の矢が五人の衛兵に襲い掛かる。

「笑止!」

 衛兵たちが、槍で矢を弾いた。一糸乱れぬ、恐ろしい動きだ。

「ほえ、きょうてきみたいだね」

 腰を落とし、ダクは衛兵五人衆に対峙する。五つの槍の穂先が、ダクへと向けられた。

「オジィ、ミツメをおねがい」

「おうさ。あと一分は、酔い続けてみせるぜ」

 幾分か酔いの醒めたオジィが、赤い顔で言った。ひゅるり、と風が吹き抜けていく。

「りん、ぴょー、とお、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん……」

 ダクは、九字印を切った。五人衆の槍は揺れることなく、ぴたりとダクの胸に狙いをつけている。

「ほえ……忍法、しょうめんとっぱ!」

 ぐるぐるとダクは腕を回しながら、五人衆に向かって突進した。

「ばかめ、正面からの芸の無い突進など!」

「我らの槍の餌食となるが良い!」

「秘術、仲良し五連……ぬおお!」

 五人衆の槍がダクに触れたとたん、大きく弾きとばされる。驚き顔のまま、五人衆もまた天高く跳ね飛ばされた。これが、忍法正面突破の力である。集中を必要とする大技だが、発動してしまえばその威力は計り知れない。ダクは勢いのまま、宮殿の門扉へと突っ込んだ。

 ゴガン、と派手な音を立てて、鉄の扉が跳ね飛んでいく。

「オジィ、このままとつげきー!」

「さすがダク様だ! よし、いっちょやるか!」

 ふらふらとしながら、オジィがダクの後へ続いた。しばらくして、門前に衛兵五人衆が落ちてくる。

「お、おのれ……」

「ち、ちから、及ばず……」

「だ、だが、貴様らの命運も、これまでだ……」

「こ、この先には……」

「わ、我らなど、足元にも及ばぬ方が……」

 各々が倒れ伏したまま、片手を挙げて力尽きる。どこまでも、仲の良い連中であった。

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