忍務24 したじゅんび
聖王国の南方に位置する大砂漠の向こうには、バンジャン王国という国がある。総人口一万人程度の民衆が、砂漠に点在するオアシスに集落を築いている。いくつかの集落がまとまり、やがて王国を名乗ったのだ。
バンジャン王国は法律の厳しい国であった。砂漠という過酷な環境下で生きていくために、自然に出来上がったのだ。殺人は言うに及ばず、窃盗や偽証などにも死刑の判決が下りることもある。
バンジャン王国と聖王国の間には国交が開かれており、交易が盛んに行われている。だが、バンジャン王国の入国審査は厳重をきわめ、異国の者を容易く入れることは無かった。
聖王国からバンジャン王国へ向かう経路は、ひとつだけだ。それは聖王国の最南端の町から門をくぐり、バンジャン王国の門前町へと抜ける道だ。こうして領内に入った冒険者や商人たちは、門前町で長い期間の足止めをされる。身元の保証、そして法の順守を求められるなど、多岐にわたる手続きがあるのだ。
それでも、バンジャン王国を訪れようとする者は大勢いる。南方の珍しい品や、未知なる冒険を求めて、旅人たちは行列を作る。しぜん、門の両側の町は大きくなっていったのである。
ダクたち一行は、バンジャン王国に入るべく最南端の町へとやってきた。エルファン領からここまで、馬車で行けば半月はかかる行程である。それを、三日で駆け抜けてきた。
「ほえ、おっきなまちがあるよ!」
元気にはしゃぐダクの後ろでは、ミツメとオジィが死相を浮かべていた。
「ダク様……元気ですわね」
「おおう……二日酔いだ……」
とくにオジィの顔色は、土気色になっている。ダクの速度に追いつくべく、何度も酒を飲んで忍術を駆使した結果だった。
「ほえ、すごいね」
ダクが見やるのは、大きな門の前に列をなす人々である。商人の馬車や冒険者のパーティたちが、通りを埋め尽くすように並んでいる。その周囲には、順番待ちの旅行者目当ての物売りが動き回っていた。
「おや、あんたたちも、門をくぐるのかい?」
最後尾に並ぶ老婆が、ダクたちに声を掛ける。
「ほえ、おばーさんも、バンジャンおーこくにいくの?」
寄ってきたダクに、老婆はにこやか顔をする。
「ああ。向こうにある温泉に、療養に行くのさ。あんたたちは、旅行かい?」
続いてやってきたミツメに老婆は微笑みを向け、そしてオジィを見て胡乱な目つきになる。
「ああ……まあ、そんなもんだ、婆さん。うぅ、頭痛てえ」
「子連れで旅行とは、豪儀なものだねえ。そのなりは、冒険者かい?」
オジィの忍者服を見て、老婆が尋ねる。
「まあ、そんなもんさ。西から東へ、旅カラスってやつだよ。おっと、俺たちはこれから、宿を探すから。またな、婆さん」
老婆に片手を挙げて、オジィがダクとミツメの背を押した。ダクもミツメも、老婆に一礼してその場を離れる。通りの外れまで、三人は歩いた。
「いらっしゃいませ」
旅行者相手の食堂へ、そのまま入った。長い髪の清楚な感じのウエイトレスが、ダクたちを出迎える。奥まった席に案内され、三人はそれぞれ席に着いた。
「……客のいねえ店だな」
オジィがぽつりと呟き、ダクもうなずく。
「あの人ひとりしか、店の中にはいませんわ」
ミツメが目を閉じて、千里眼で店内を確認しながら言う。
「ほえ、そうなんだ」
真ん中の席に座るダクは、のんびりと言った。あまり流行っていない店なのかもしれない。そう思いはしたが、別段気にするところではない。
「それで、ダク様。今後のことなんだが」
ほとんど聞き取れないくらいの小さな声で、オジィが言う。
『ほえ、もんをぬけて、むこうにいかないといけないんだよね?』
気配だけで、ダクが言った。ミツメとオジィが、こくりとうなずく。人間離れしたダクの会話方法には、二人とも何も言わない。なんとなくそういうものだ、と理解するのも忍者社会には必要なことなのだ。
「門を普通に抜ければ、向こうで足止めをくらう。大体、一か月くらいな」
「詳しいんですのね、オジィ」
オジィの説明に、ミツメも小さく絞った声で言った。
「だてに歳くっちゃいないからな、俺も。何年か前に、ここへ来たことがあるんだ」
「ほえ、すごいねオジィ」
「何年も前から、ずっと下忍止まりなんですのね」
感心するダクの横で、ミツメの言った皮肉にオジィが息を詰まらせる。
「と、ともかくだ。忍務がある以上、あんまり無駄に時は過ごせねえ。だが、向こうの国には俺たちみてえな組織がある。アサシンってんだが……」
オジィが、そこで言葉を切った。先ほどのウエイトレスが、三人分の水を持ってやってくる。
「ご注文は、お決まりですか?」
にこりと笑う営業スマイルは、完璧だった。思わず財布のひもを緩めたくなってしまうような笑顔に、オジィはもちろんのこと同姓のミツメまでもがぽけら、と見とれてしまう。
「ほえ、たべものください!」
天然スマイルで返したダクが、手を挙げて元気よく言った。ウエイトレスはくすりと笑い、かしこまりました、と言って水のコップを置いて去って行く。
『つづき、きかせて、オジィ?』
気配でダクが促してみるが、オジィは動かない。じっと、ウエイトレスの立ち去ったほうを眺めている。
『ほえ? オジィ、どうしたんだろ? ミツメ、わかる?』
ミツメにも気配で声をかけてみるものの、こちらも返答がない。オジィと同じほうを見ながら、うっとりと息を吐いている。
「綺麗な女性だなぁ……」
「素敵なお姉さま……」
呆けたように、二人は賛辞を口にする。つんつん、と突いてみても、動きはない。
「ほえ。忍法、ねこだまし!」
ダクが二人の前で、拍手を鳴らす。とたんに、二人が目覚めたばかりのように目をぱちくりとさせた。
「うぇ? ダク様?」
「な、何だ、何があった?」
覚醒した二人の様子を、ダクがじっと見る。
「ほえ。げんじゅつだね」
椅子の上に立ち上がり、ダクが言った。同時に、二本の針がオジィとミツメに飛来する。ダクの小さな手が閃き、その中に針が握られる。
「ダク様、これは……」
「謀られた、ってとこか?」
ミツメが目を閉じ、額の紋様を輝かせる。オジィも椅子を蹴って立ち上がると、腰の竹筒を指の間に挟んで口へ持っていく。
「おちついて、さっきはないから」
ダクはつかみ取った針をテーブルの上に置き、椅子に座り直す。その様子に、オジィとミツメも戦闘態勢を解いた。
「中々、やるもんだね。さすがは頭目の秘蔵っ子、ってだけのことはある」
そう言いながら姿を見せるのは、先ほどのウエイトレスだ。上品で清楚な顔立ちと反比例するような、威勢の良い声音だった。
「ほえ。おねーさんも、すごいね。ゴンザさまとおなじくらいのけはいがする」
ダクがそう言うと、ウエイトレスが上品な顔を嫌そうにゆがめた。
「あのタコ坊主と同じってのは、気に食わない。けど、まあいいか。あんたが、頭目の寄越した中忍のダクだろ?」
「ほえ。にんむをうけてやってきました。おねーさんは、じょうにんのカシャさまですか?」
うなずいて言うダクの前で、ウエイトレスもうなずき返す。
「そうさ。この姿のときは、クルミ、で通してるけどね」
ウエイトレスがエプロンの裾をまくりあげる。一瞬後に現れたのは、ダクたちと同じデザインの赤い忍者服である。
「き、着替えが見えなかった……」
目を見開いたまま、オジィが呟く。その横で、ミツメが冷たい視線をオジィに向けた。
「お下品、ですわ」
「そっちの二人は、下忍かい?」
カシャの問いに、ミツメとオジィがうなずき、慌てて跪こうとする。カシャが、それを片手で制した。
「堅苦しい挨拶はいい。どっちもそこそこには使えそうだね。よろしく頼むよ」
「下忍のミツメです。よろしくお願いします」
「同じく、下忍のオジィです」
二人が、慌てた様子で頭を下げる。
「ほえ。カシャさま、どうしてここにいるんですか?」
椅子の上に正座をして、ダクはカシャに問いかける。
「頭目から連絡があったからね。あんたたちを、迎えにやってきたのさ」
ダクを見つめながら、カシャが真面目な顔で言った。
「バンジャン王国には、普通のやり方で入ったら時間がかかりすぎる。忍び込んでくるにしても、厄介なアサシンどもがいるからね。だから、あたいがあんたたちを入れてやろう、ってわけだ」
そう言って、カシャはダクたちの反応を待たずに懐から数枚の衣服を取り出した。
「こいつに着替えな。あんたたちは、クルミの身内ってことで、門を通る」
「ほえ?」
簡潔すぎるカシャの説明に、ダクは首を傾げる。
「バンジャン王国の食堂の看板娘ってことで、通ってるんだよ。まだるっこしいから、あんまり説明させないでくれ」
カシャの表情は普通だったが、声には少し苛立ちがみえた。ダクたちは急いで衣服を着替える。
「ちょっと、オジィ。こっち、見ないでくれませんこと?」
「別に見たくはねえよ。クルミさんくらいに育ってから言え、そういうことは」
呆れた掛け合いを耳にしながら、ダクも着替える。ダクが着るのは、丈の短いズボンだけだ。褐色の少年らしいぽよんとした上半身は、裸である。
「似合ってるじゃないか、中忍ダク」
「ほえ、ありがとう」
にっこりと微笑むダクの首に、鎖付きの首輪ががしゃんとかかる。
「ほえ?」
「あんたは奴隷として、あっちに持ち込む。肌の色とか、面倒だからね」
そうしている間に、ミツメとオジィの着替えも終わる。ミツメはゆったりした布で全身を覆う恰好で、オジィはターバンにズボン、そしてチョッキを身に着けていた。
「うん。どっから見ても、バンジャン王国の住人だ。これでいい」
そう言って、カシャも衣服を手に取り、くるりと一回転する。赤い忍者服姿の上忍が消え、そこには清楚な砂漠の旅人、といったいでたちの女性が立っていた。ゆったりとした布で覆われた全身は、ミツメのものとは違い身体のシルエットがしっかりと現れている。
「よし、準備万端だね。行くよ」
カシャは言って、ダクの首から垂らされた鎖を引っ掴んで歩き始める。返事を聞かない強引さに、ダクは文字通り引っ張られていく。
「ほえ。いこう、ミツメ、オジィ」
「お、おう!」
「ダク様、カシャ様、この服、少し動き辛いのですが……」
「気合でなんとかしな!」
もたつくミツメにカシャの喝が飛び、一行は食堂を後にしたのであった。




