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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
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忍務23 新たな出会い

アクセス数が1000を突破しました! ありがとうございます。

 大陸の覇権を握る大国、聖王国。豊かな大陸中央部を領土として、豊富な生産力と圧倒的な軍事力を背景に幾多の国々を従属させている。大陸で唯一、魔族との国境を持つ国でもある。

 国を治める王は、代々聖王と呼ばれていた。初代の王が戦争によって魔王を討伐せしめた時に、民衆は彼を讃え王は聖王を名乗った。長い歴史を経て今日まで、それは続いている。

 南の砂漠と北の魔界を除き、聖王国の威光はあまねく大地の隅々まで届いている。人族の栄華を極めた聖王国に、影の差すことはない。国民の誰もが、そう信じていた。だが、聖王と政治を司る者たちは、違う。聖王国の威光は、あくまで魔族との戦いにおいて負け無し、という功績による割合が大きい。もし、魔族に大敗を喫することがあれば、聖王国は急速に斜陽を迎えることとなる。今の栄華は、薄氷の上にあるのだ。聖王と重臣たちは皆、常に不安を抱えていた。

 冒険者を集め、魔界へと偵察へ行かせることもしばしばある。冒険者ギルドも、魔界の脅威は重く見ていた。今の魔界に目立った動きは無いが、水面下では魔族が密かに活動をしている。大きく広がった領土のあちこちで、それを感じさせる報告が上げられていた。魔族の侵攻が始まったとき、それに呼応して各地で魔族が暴れまわる。そうなれば、聖王国に明日は無い。

 聖王国は冒険者、そして切り札である忍者を投入して魔族の活動を抑えている。日夜、陰日向で暗闘が繰り広げられているのだ。

 聖王国を中心に大陸に吹く風は、未だ血生臭いものを孕んでいる。人族と魔族が分かり合えるその日まで、それは止むことの無い風だった。



 中忍となって初めてダクが頭目の間に呼び出されたのは、半月が経った後のことだった。とてとてと歩いて入ってくる姿は、下忍の頃と変わりはない。のほほんとした、少年忍者の趣だった。

「ほえ。とーもく、ゴンザさま。ちゅうにんダク、ただいまさんじょうしました」

 最奥の祭壇の前へ跪き、ダクは首を垂れる。祭壇の中央に座する頭目と、その右前に腕組みをしたゴンザが立っている。

「よく来た、ダク。今日は、お前に新たな忍務を与える」

 正体不明の声で、頭目が厳かに言ってゴンザを見る。ゴンザはうなずき、手を打ち鳴らした。

「下忍ミツメ、参りましたわ」

「下忍オジィ、参上」

 たちまち、天井の板がパカリと割れてダクの背後に二人の下忍が現れ跪く。頭目の間への、直通回路があるらしい。

「ダクよ、この者たちとともに、お前は南方へと旅立つのじゃ」

 ゴンザが厳めしい顔で、ダクに伝える。

「ほえ、なんぽう……ですか」

「そうじゃ。南方の砂漠に、王国がある。聖王国の次に大きな国じゃ。そこで、不穏の動きあり、との報告があったのだ」

 ほえん、とダクは首を傾げる。ゴンザは大きく息を吐き、肩を少し落とした。

「つまりじゃ、南のほうにある国で怪しい動きがあるから、探って来いということじゃ」

「ほえ! わかりました!」

 ダクの返答に、頭目がゆっくりとうなずく。

「砂漠の王国には、上忍のカシャが赴いている。現地にて、カシャと協力し事に当たるのだ」

「ほえ! おまかせください!」

 頭目の言葉に、ダクが力強いうなずきを返す。

「ダク、此度はお前の中忍としての初忍務となる。下忍の二人を、見事使いこなしてみせよ」

 ゴンザに促され、ダクは背後の二人を見た。

「ダク様、下忍のミツメでございます」

 にっこりと、おかっぱ頭の女の子が頭を下げて言った。もちろん、服装は忍者服である。

「ダク様、下忍オジィだ。よろしく頼むぜ」

 ミツメに続き、隣の無精ひげを生やした中年男が頭を下げる。どこかいい加減そうな顔つきだったが、身体つきは精悍だった。

「ほえ、よろしく。ミツメに、オジィさん!」

 ダクは笑顔で言った。

「はい!」

「……おう」

 ミツメは笑顔で、そしてオジィはどこか微妙な顔で答えた。

「二人とも、下忍の中でも一芸に長けた組の者じゃ。此度の忍務に、大いに役立つことじゃろう」

 ゴンザの声に、ダクは再び祭壇へ跪く。

「ほえ、なかよくにんむをたっせいします!」

 ダクの声に、ゴンザと頭目はうなずく。

「では、行けい! 中忍ダク、南方王国を探り、陰謀の影あらば打ち砕いてくるのじゃ!」

「ほえ!」

 気合の声とともに、ダクが姿を消した。続くように、ミツメとオジィの姿も消える。ばちり、と松明の火が大きく弾けた。


 ダクが出発し、頭目の間に静寂が訪れる。巨大な木像の眼が、残ったゴンザと頭目を見下ろしていた。

「ダク……此度の忍務、うまくやれれば良いのじゃが」

 ゴンザの口から、思わず呟きが漏れた。初の中忍忍務にして、ゴンザの手元を離れての行動だ。ゴンザにしてみれば、修学旅行に出る息子を見送った父親のような心持なのだ。

「あやつならば、心配することは無いだろう。案ずることは無い、ゴンザよ」

 言いながら、頭目は立ち上がる。

「私は野暮用がある。エルファンのやつの、影護衛だ。しばらく留守を任せるぞ」

 頭目の言葉に、ゴンザは振り返る。禿頭から血の気が引いて、青いタコのような顔になっていた。

「お、お待ちを、頭目! わしは、つい先日有り得ぬ失態を侵しております」

「留守を預かるのが、不安になったか」

 頭目の言葉に、ゴンザはうなだれてしまう。再び魔族の襲来があれば、今度は留守を守り切れないかもしれない。前回の失敗が、ゴンザには深い心の傷となって残ってしまっていた。見た目は厳ついタコのようだが、中身は繊細なのだ。

「……面目次第も、ございませぬ。ですので頭目、留守居は別の上忍に」

 頭目の右手が、ゴンザの目の前に突き出される。突き出された五指は、ゴンザの息がかかるほどの距離にあった。

「それ以上は、上忍筆頭として口にするべきではない」

「しかし……」

「ゴンザ、私の眼を見るのだ」

 言われて、ゴンザは目の前の五指の間から頭目の眼に視線を集中する。黄色く、光る眼がゴンザを射抜くように見据える。

「できるできるお前にならできる絶対できるやればできる」

 頭目の口から、高速言語が放たれる。ゴンザは頭の中がぼうっとなり、目の焦点を失ってゆく。

「……できるな、ゴンザ?」

 手を引っ込めた頭目が、ゴンザに問う。

「はい。留守居の件、お任せくだされ」

 力強くうなずくゴンザには、寸毫の迷いも無い。熱い炎のような頭目の呪言が、ゴンザの心を強く立ち直らせたのだ。

「では、行く」

 身を翻し音もなく姿を消す頭目に、ゴンザは深く礼をしたのであった。


 森を全速力でダクが駆けてゆく。木々を飛び越えて、でこぼこな道を疾走してゆく。小さな全身に、はちきれそうな喜びがあった。

「ほえ、ほえ、ほえ!」

 耳に手をやり、ぐにぐにと動かす。ダクの長い耳が、人間のものへと変わっていく。その間も、ダクは走り続けていた。

「ダク様、お、お待ちになって……」

「おおーい、待ってくれ!」

 背後から、切れ切れになったミツメとオジィの声が聞こえてきた。ダクは木の幹に手をかけて、急停止する。しばらく待つと、息せき切ってふたりが駆けてきた。ミツメは十歳くらいの小柄な女の子で、オジィはごく普通の中年男だ。そんなふたりが大急ぎで駆け寄ってくる様はさながら少女誘拐の現場にも見えたが、ダクは気にしない。

「ほえ、どうしたの、ふたりとも?」

 問いかけるダクを前に、ミツメとオジィは屈み込んで息を整える。

「ダク様、速すぎですわ」

 何度も深呼吸を繰り返し、ミツメがようやくそう言った。オジィはまだ、ぜいぜいと苦しそうに咽喉を鳴らしている。

「ほえ、ぼくはふつうにはしっただけだけど?」

 きょとん、とするダクは余裕の表情だ。

「ダク様の体力は、おかしいのです」

「……そう、かな?」

「ああ。別行動するならともかく、少しは俺たちに合わせてくれや、ダク様よ」

 ミツメに遅れて復活したオジィが、恨みがましい声を上げた。

「ほえ、ごめんなさい」

 素直に頭を下げるダクに、ミツメとオジィは顔を見合わせる。

「よしてくださいな、ダク様」

「そうだぜ、中忍様が、そう簡単に頭を下げるもんじゃねえ」

「ほえ?」

 困った顔をするダクを前に、オジィがミツメに顎をしゃくる。一歩前に出たミツメが、口を開いた。

「ダク様は、ゴンザ様の組にいらしたんですわよね?」

 ミツメの問いに、ダクはこくりとうなずく。

「ゴンザ様のめちゃくちゃな修行を受けたダク様は、体力に秀でておられます。私とオジィは、そうではありません。おわかりいただけますか?」

「ほえ。ミツメもオジィさんも、べつのところからきた、ってことだよね?」

 ダクの問いに、ミツメが満足そうにうなずく。オジィは、少し渋い顔になった。

「私たちの修行は、一芸、つまり一つの技能を伸ばすことに集中してましたの。ですから、ダク様のように速く走ることはできないのですわ」

「いちげい……どんなの?」

「私の一芸は、千里眼ですわ」

 そう言って、ミツメはおかっぱの前髪を手で上げる。その額には、目のような紋様が描かれていた。

「わあ、かっこいい」

 ダクの素直な感想に、ミツメは少し頬を赤くした。

「それほどでも、ありません。私は忍術によって額の眼から、様々なものを視認できますの」

 ミツメが言って、目を閉じる。額の紋様が、ほのかに輝いた。直後、ダクはミツメに見られている感覚を覚える。

「ダク様、懐の中に、ずいぶん可愛らしいものを仕舞っておいでですわね」

 ミツメの言葉に、ダクは懐を探る。目当てのものは、すぐに見つかった。

「ほえ、もしかして、これのこと?」

 取り出したのは、ラブリーマジカルステッキである。エリスにもらい受けた杖を、ダクは後生大事に懐へ収納していたのだ。ステッキのことは、頭目とゴンザしか知らないはずだった。

「いかがですか、ダク様?」

「すごいね、ミツメ。なんでもみえるんだ」

 感心するダクの声に、ミツメは誇らしげにうなずく。

「ものを見ている間は動けないのですが、私が見ることのできないものは、あんまりないのです」

「ほえ、みえないもの?」

「頭目の忍者服の中身、ですわ。見ようとした瞬間に、催眠術をかけられましたの」

 ミツメの顔が、真っ青になる。何か、嫌なことでも思い出したような様子だ。

「ほえ、さすがとーもく」

 遠く離れた頭目に、ダクは畏敬の念を強くした。まあな、と正体不明の幻聴が、ダクの耳に聞こえた。

「えー、ゴホン。次は、俺の一芸について説明したいんだが、いいか?」

 オジィが、わざとらしく咳ばらいをする。ぶるぶると全身を震わせていたミツメが、険しい顔になった。

「ダメよ、オジィ。あなた、飲みたいだけでしょう?」

 ミツメが指差すのは、オジィの腰にある竹筒だ。オジィは平然と、ミツメを見返した。

「ダク様に、説明しなきゃだろうが。共同忍務には、必要なことだと思うぜ」

 オジィがそう言うと、ミツメは不承不承、といった様相でうなずく。改めて、オジィがダクに目を向けた。

「俺の一芸は、コレだ。百聞は一見に如かず、って言うからな。まずは、見てくれ」

 オジィが、竹筒を目の前に持ち上げて言った。

「ほえ、それはなあに、オジィさん?」

 ダクの言葉に、オジィが嫌な顔をする。

「ダク様、頼みがあるんだが……その、オジィさんっての、やめてくれねえか?」

「ほえ?」

 首を傾げるダクの前で、オジィが頭をがしがしとかきむしる。

「なんだかじーさん呼ばわりされてるみてえで、嫌なんだ。こう見えて、俺はまだ三十過ぎなんだぜ?」

 どうやら、多感な年頃らしい。こっくりと、ダクはうなずく。

「それじゃ、なんてよべばいいの?」

「呼び捨てでいい。ミツメにも、そうしてもらってるしな」

「ほえ、わかった。オジィ!」

 ダクの答えに、オジィはにこりと笑った。それから気を取り直して、竹筒を口の前へと持ってくる。

「それじゃあ……いくぜ」

 オジィが竹筒の蓋を開け、咽喉を鳴らして中身を飲んだ。ぷんと、ダクの鼻に不思議な匂いが漂ってくる。忍者見習いの者たちが、切り傷や擦り傷を負った時に使う、薬に似た匂いだ。

「ちょっと、オジィ、飲みすぎですわ!」

 慌てた様子で、ミツメがオジィの腕に飛びついて竹筒を取り上げようとする。だが、腕にミツメがぶら下がっても、オジィは竹筒を離さない。どころか、腕を一振りしてミツメの小さな身体を跳ね飛ばしてしまう。

「ほえ?」

「シャカリキ、パゥワー!」

 一声叫び、オジィは駆けだした。ダクの目の前を、一陣の風が吹き抜けてゆく。その速度は、全力のダクにも匹敵するほどであった。呆然とするダクの横で、茂みがもぞもぞと動いた。

「ほえ、だいじょうぶ、ミツメ?」

 茂みに手を入れて、ふっ飛ばされて倒れたミツメを助け起こす。

「だ、大丈夫ですわ、ダク様……」

 ばつの悪い顔で、ダクの手を借りたミツメが茂みから出てくる。それからミツメは、ダクに頭を下げた。

「ダク様、オジィを追ってくださいな。アレは、放っておくと危険ですわ」

「ほえ、それじゃ、ミツメもいっしょにいこ」

 ミツメの手を引いて、ダクは走り出す。

「え? いえ、私はあとからゆっくりぃぃぃ!」

「忍法、はやがけ!」

 ミツメの身体を担ぎ上げ、ダクはトップスピードに達した。地上に出た木の根を蹴り、空気を蹴り、木の葉を蹴って風に乗る。ダクとミツメは一つの弾丸のように、空を疾走してゆく。

「ほえ、オジィは……」

 空中から、ダクはオジィの姿を探す。森の木々が邪魔で、見つからない。

「ミツメ、せんりがん、つかえる?」

 風を割りながら、ダクが聞いた。ミツメから、答えは返ってこない。仕方なく、ダクは自分の目でオジィを探す。やがて視界の先に、木々が次々に倒れていくのが見えた。一直線に、それは続いてゆく。

「ほえ、オジィ!」

 ダクは急降下して、その後を追う。担ぎ上げたミツメの、派手な悲鳴だけが後ろへと遠ざかっていく。

「ダク様、森を抜けるぜ!」

 横へ並んできたオジィが、ハイテンションな口調で伝えた。広大な森を抜け、広がる草原をダクとオジィは駆け抜ける。担がれたミツメは、ぐったりとなって目を閉じていた。

「そろそろだな! タイムアップだ!」

 がくん、とオジィのスピードが落ちた。ダクも合わせて、地面に足を立てて制動をかける。大きく土を抉り、ダクの身体は止まった。

「……」

 ミツメの身体を肩から降ろすと、ミツメは黙ってへたりこんだ。

「ほえ、どしたの、ミツメ?」

 問いかけると、ミツメは涙目になってダクを睨んだ。

「ほえ、ごめんなさい」

 なんだか怖いオーラが立ち上ってきたので、ダクはくるりと身を回してオジィのほうへと駆け寄った。オジィは青い顔で、大量の汗を顔じゅうに浮かべている。

「だいじょうぶ、オジィ?」

 声をかけるダクに、オジィは右手の親指を立てて見せる。やりきった、という男の顔をしていた。

「こ、これが、俺の……うぇぇ」

 いきなり胃液を吐くオジィに、ダクは思わず飛びのいた。オジィの全身から、饐えた臭いが漂ってくる。ダクはたまらず、鼻をつまんだ。

「うっぷ、俺の、一芸、うおええ」

「これがオジィの一芸、ですわダク様」

 ダクの背後から、ミツメの声がした。振り向いたダクの前に、真新しい忍者服に着替えたミツメが立っている。

「ほえ、きがえたの、ミツメ?」

「乙女の事情、というやつですわ、ダク様。それよりも、ご理解いただけました? オジィの一芸は、自己強化ですの。触媒と、肉体強化の魔法を組み合わせた忍術ですのよ」

 未だ嘔吐を続けるオジィに、冷たい視線を向けながらミツメが言った。

「ほえ、しょくばい?」

「お酒、ですわ。ドワーフ達の作る、火のように強いお酒が、オジィの触媒ですの」

「ほえー……」

 呆れた口調で説明してくれるミツメと、青い顔でひっくり返るオジィを、ダクは交互に見つめ続けるのであった。

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