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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務小話3 魔族たちの会合と領主さまのひまつぶし

 荒涼たる風が吹き抜ける、岩だらけの盆地がある。空は常に分厚い雲に覆われ、太陽の光は一片も差すことは無い。荒れ果てた大地が拡がるその空間は、魔界と呼ばれていた。

 岩山を削り出した建造物が、魔界にはあった。街並みというものは存在せず、魔族たちは岩山のあちこちに掘られた人工の洞穴を棲み処としていた。

 魔界の頂点に立つのは、魔王である。先代の魔王は、勝手気ままに暴れる魔族たちをよく統治していた。岩山は魔王城と呼ばれ、そこへ呼ばれて会議に参加することは、魔族たちにとっては一種のステータスとなっていたのだ。

 先代魔王が暗殺に倒れ、魔族たちは統制を失った。だが、一部のエリート魔族たちによる会議は、細々と続けられていたのだ。

 現在、会議を取り仕切っているのは魔将軍アドルフという男の魔族だ。頂点を失った魔族たちをまとめ上げ、幼いながらも強力な今代の魔王を擁立した立役者である。

 魔将軍の号令により、今日も魔王城に有力な魔族が集められるのであった。



 淀んだ空気が、会議室を支配していた。岩山の洞穴にあるその場所は、風通しの悪い立地である。入口の扉を閉めてしまえば、まったくの密室となってしまう。人族ならば五分と持たないその場所に、二十人ほどの魔族が詰め込まれていた。会議の議長として、魔将軍アドルフは机と椅子を用いる。だが、他の魔族たちは皆立ったままであった。単純に、椅子を置いて座るスペースが無いだけなのだ。

「閣下、我々は、大陸最高の領土を誇る聖王国に侵攻、各地で様々な成果を挙げております」

 魔族の一人が、アドルフの前の机に置かれた地図を指して言う。地図上には赤いコマと黒いコマの二種類が置かれていて、赤いコマは人族の軍勢を、黒いコマは送り込んだ魔族の軍勢を表していた。

「先日、ジブラータン殿の敗走によってエルファン領付近の魔族は壊滅状態になり、再侵攻にはさらなる時間が必要となりました」

 報告をする魔族が、黒いコマを取り除く。

「敵の損害は、どれほどだ」

 アドルフが、聞いた。とたんに報告をしていた魔族が気まずい顔になり、左右の同僚の顔を見る。

「閣下……」

 別の魔族が、早口に報告をする。

「エルファン領には、被害はありませんでした。かの地の忍者どもは健在で、その他の地域の忍者たちも動く気配はありません。侵攻計画は、膠着状態にあります」

 部下の報告に、アドルフはわなわなと震える。百戦錬磨の魔将軍の顔に、隠しきれないほどの怒りが浮かんだ。

「エルファン領付近で、計画の実行に失敗した者は残れ。他の者は、引き続き聖王国への裏工作を続けるように」

 アドルフの言葉で、部屋にいたほとんどの魔族たちが出て行った。部屋に残った魔族は四人。アドルフと、その前に立つ三人の、いや、正確には二人と一匹の虫の魔族だけだ。

「どういうことなんだよ!」

 暴風のヴァルカン、爆炎のシティリア、そして群魔のジブラータンの三人へ、アドルフの怒鳴り声が浴びせられる。

「万全を期して、必勝の計画を遂行していたのではなかったのか!」

 アドルフがまず睨み付けるのは、暴風のヴァルカンである。

「閣下、私は確かに、人族を洗脳して山賊とし、エルファン領内の治安を悪化させる成果を……」

「成果も何も、一週間も持たずに全滅してどうするんだ! 大言吐いて何もできない奴は大っ嫌いだ!」

 アドルフに切って捨てられ、ヴァルカンは下唇を噛んでうつむく。

「閣下、そうカッカするなって。怒ると頭の血管切れちまうぞ?」

「つまらんダジャレを言う奴も、大っ嫌いだ、ヴァーカ!」

 とりなす口調のシティリアにも、アドルフは噛みつくように怒鳴り声をあげる。

「そもそも忍者どもを多方面から攻め立てて、一気に壊滅させる計画だったろうが! どうして足並みそろえることができないんだ!」

「ま、待ってくれ閣下! 俺は、作戦中に全自動喧嘩売り機の反応があったから……」

「大事な任務の途中に寄り道を? 馬鹿なのか貴様! いや、馬鹿を送り込んだわしの配慮が足らんかった……!」

 頭を掻きむしり、アドルフは唸る。

「そうです、閣下。我はおかげで、単独で動くこととなったのです。それでも、惜しい所までは行ったと自己評価しているのですが」

「仕留めそこなったのだろう? タコのような忍者と、身体がプルンプルンした忍者を!」

「は、はい……」

 アドルフの怒声を受けて、ジブラータンは触覚をしょぼんと落とす。

「……わしは、何も貴様たちに無理難題を言い渡したつもりは無い。持ってきた計画を、一緒に練ってそれぞれの特質に応じた作戦を立ててやったつもりだ」

 さんざん怒鳴り散らして落ち着いたのか、アドルフはしみじみとした声で言う。肩を落としてしょぼくれた三者をそれぞれ見渡して、アドルフも指を組んでうつむいた。

「奴らの理不尽さは、先代の魔王様を目の前で暗殺されたわしが一番よく知っている。計画が失敗したとはいえ、命が助かっただけでも儲けものだ。そう言うのが、本当は正しいのだろうな……」

「閣下……」

 ヴァルカンもシティリアもジブラータンも、それぞれ顔を上げてアドルフを見つめる。彼らの目には、寛大な言葉への感動、そして忍者にやられた者としての共通する苦い思いがあった。

「奴ら忍者を、特にエルファン領にいるという頭目を、倒さねばわしらの未来は暗い。だから……」

 アドルフの目が、三対の瞳に向けられる。皆アドルフと目を合わせ、そしてうなずいた。

「もう一度、考えよう。何が最善手なのか。どうすれば、奴らを打倒できるのかを」

「閣下!」

「閣下!」

「魔将軍アドルフ閣下!」

 感涙を浮かべながら、二人と一匹の魔族がアドルフを讃えるように叫んだ。失態をなじることはあっても、決して見捨てはしない。共に苦悩し、解決策を考えてくれる。魔将軍としてアドルフが今日までやってこられたのは、この気質によるところが大きい。

「何としても、先代の無念を晴らすのだ! そのためにも、あの頭目は倒さねばならん」

 いかな忍者とて見通すことのできない魔界の闇の中で、彼らは再び策を練る。魔族の謀略の手が、エルファン領に伸ばされる日は、そう遠くない未来のことかもしれなかった。



 くしゅん、とエルファンの口から、可愛らしいくしゃみが漏れた。二回目のくしゃみだった。

「くしゃみが二回は悪い噂……どこかで、悪漢どもが悪い企みでもしているか……なんてな」

 草木を踏み分けて進むエルファンの足取りは、軽い。単身で、領内の視察を終えたところだった。エルフである彼女は健脚であり、山々に点在する村を回り森の集落に顔を出す程度であれば、午前中だけで済む。常人どころか忍者たちですら追随できない速度なので、供回りは初めから連れて行ってはいない。

 午後のエルファン領には、暖かな陽の光と涼しい風が吹いている。エルファンが向かったのは、下忍たちの修行広場である。二人一組になった下忍たちが、忍術をぶつけ合っている光景が見えた。

「これは、エルファン様。このような場所へお越しになるとは、珍しいですな」

 見るともなしに修行風景を眺めていると、禿頭の巨漢ゴンザが声をかけてくる。細く殺した気配には、探るような警戒心がうっすらと見える。

「視察が終わって、時間が空いたのでな。ただの気まぐれだ。そう構えるな」

 エルファンはそう言ったが、ゴンザの気配は変わらない。頭目に匹敵するほどの存在であり、忍者の掟の外にいる者。それが、忍者の修行の場に顔を出しているのだ。ゴンザの警戒はもっともである、とエルファンは納得しているので、別段その態度に腹を立てることは無い。

「左様でございますか。頭目を、お呼びしたほうがよろしいですか?」

 ゴンザの問いに、エルファンは首を横へ振る。

「いや、あいつに用は無い。本当に、ただの気まぐれなのだから」

 そう言ってエルファンが浮かべるのは、不穏な笑みである。当人にとっては普通に微笑んでいるつもりなのだが、どうしてもそう見えてしまうのだ。真意を探るように、ゴンザが見つめてくる。

「ほえ、エルファンさま! こんにちは!」

 背後から、可愛らしい声が上がる。

「ダクか。健勝のようだな」

 振り返って、エルファンが言った。両手両足を鎖で縛られたダクが、笑顔で耳をぴこぴこと振っている。

「……これも修行なのか?」

「ほえ! ゴンザさまにしゅぎょうをつけていただいてます!」

 エルファンは首をゴンザへと向ける。ゴンザは、厳めしい顔でうなずいた。

「見て行っても構わないか?」

「はい。エルファン様さえよろしければ。ただし、少し過激なものを見ることになりますぞ?」

「面白い。退屈しのぎには、ちょうどよさそうだな」

 エルファンがゴンザとダクから少し離れたところに立つと、修行が再開される。

「ダクよ、エルファン様もご覧になるのだ。決して、無様な姿を晒すでないぞ!」

「ほえ! エルファンさま、みててください!」

 真面目な表情になったダクへ、エルファンは小さく手を振る。ゴンザが懐から木箱を取り出し、鞭でダクを絡め取って中へ投入する。次いでゴンザが懐から取り出すのは、ゴンザの背丈ほどもある大きな水槽だ。

「さて、この水槽の水は、ただの水ではありませぬ」

 ゴンザが言って、火のついた松明を取り出し水の表面に近づける。ボウ、と音立てて、水の表面に激しい炎が上がった。おお、とエルファンは感嘆の声を上げた。

「この摩訶不思議なる水の中へ、手足を縛ったダクの入った木箱を投じるのです。脱出できねば、ダクは溺れ死ぬか焼け死ぬか、ふたつにひとつでございます」

 言いながら、ゴンザは鞭を木箱へと巻き付ける。木箱に重い蓋がかぶせられ、さらには鎖でぐるぐる巻きに固定される。

「ほえー、まっくらです、ゴンザさま」

 ダクののんびりした声が、木箱の中から聞こえてくる。しっかりと蓋が閉まっているのをゴンザが確認し、木箱に巻き付けた鞭を持ち上げる。

「それでは、ダクよ。これから十を数えた後に、見事木箱から脱出してみせよ!」

「ほえ!」

 そおい、とゴンザが木箱を燃える水の中へと投入した。どぼん、と水音を立てて、木箱が沈んでいく。静かに、十秒の時間が過ぎていく。ごくり、とエルファンの白い咽喉が動き、握りしめた手には汗がにじんでくる。腕組みをして立つゴンザの頭にも、汗が浮かぶ。

「どうした、ダク……早く出なければ、溺れてしまうぞ……!」

「ゴンザよ、ダクを、信じるのだ……」

 固唾をのんでふたりが見守る中、水中でがたがたと木箱が揺れ動く。

「おお、ダク!」

 歓声を上げるゴンザの横で、エルファンは精神を集中し魔力を高める。魔法の精霊がエルファンに応じて、魔法現象を励起させるべく集まってきた。

「エルファン様、何を……」

「伏せろ、ゴンザ!」

 エルファンが叫んだ刹那、水槽がいきなり破裂した。細かく砕けた水槽の破片が、弾丸のように周囲へ撃ち出される。

「マジックシールド! ゴンザ、私の後ろへ!」

 突き出したエルファンの右手に、不可視の障壁が張られる。ゴンザは素早くエルファンの後ろへと隠れたが、全身に細かな破片がいくつも突き立っていた。

 がん、がんと強い衝撃が、エルファンの障壁を叩く。燃える水があたりに撒き散らされるが、巻き起こる竜巻がそれらを飲み込んでいく。大きな破片が、障壁を突き破ってエルファンの鼻先で止まった。

 竜巻が収まり、中心に腕を天に向けたダクが姿を現した。

「ほえ、エルファンさま! ゴンザさま! だっしゅつ、できました!」

 にっこりと笑って、ダクが言う。ゴンザは無言で、のっしのっしとダクへ近づいていった。

「ゴンザさま! どうですか!」

 ダクの問いに、ゴンザは全力の拳骨で応えた。

「水槽を壊してどうする! この馬鹿者が!」

「ほえー! すごくいたいです、ゴンザさま!」

「ああいう時は、普通に鎖を抜けて木箱を脱出、その後に水槽の前で万歳するノリなのじゃ、この大馬鹿者が! 危うく大怪我をするところじゃ!」

 ごつん、とゴンザがもう一度ダクに拳骨を落とす。同時に、ゴンザの全身に刺さっていた水槽の破片がガシャンと落ちた。うっすらとにじんでいた血も、もう跡形もない。凄まじい回復力であった。

「ほえ、ごめんなさい!」

 大きなコブを二つ作り、ダクが涙目になって謝る。

「ククク……良いものを見せてもらったぞ、ダク、ゴンザ」

 エルファンの言葉に、ゴンザが禿頭を下げる。ついでにゴンザの右手が、ダクの頭を押さえつけて下げさせる。

「申し訳ありません、エルファン様! お怪我など、ございませんでしたか!」

「ほえ、ごめんなさいエルファンさま!」

 謝罪する二人に、エルファンは不敵な笑みを返した。

「誰に言っている、ゴンザ? ダクよ、気に病むことはない。あの程度で、私が傷を負うなどありえぬことだ」

 頭を上げたゴンザとダクに背を向けて、エルファンは歩き出す。

「良い退屈しのぎになった。ゴンザよ、礼を言うぞ。ダクは、そのまま研鑽を重ねよ」

 右手を挙げて、背中で別れを告げてエルファンは領主の館へと戻った。鼻の先に、小さな傷が出来ていたことは、知られずに済んだようだった。

「ククク……ダクが、私の顔に傷を、ククク……これからが、楽しみだな」

 人族としてどこかダメダメな表情で、エルファンはしばらくぶつぶつと呟いていたのであった。

次回より、新章に突入します。

投稿にしばらくかかるかもしれませんが、どうぞご期待ください。

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