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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
24/71

忍務22 おまつりさわぎ

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 聖王国の忍者たちは、非常にストイックな生活を送っている。特にエルファン領は頭目の管理下にあり、下忍を統括するゴンザもまた禁欲的な修行の日々を重んじている。

 だが、そんな彼らの生活の中にも、祭りというものは存在する。祭りの日は多く設けられてはいないが、戦勝記念の宴なども開かれることがある。

 エルフの森と山々を領地とする土地柄、食糧事情はそれほど豊かではない。だが、主力たる下忍たちの主食は水と草であり、たまさか開かれる宴に際して領主の蔵を解放し、食物を住人に振る舞うには何の不都合もない。

 普段は粗食に甘んじる下忍たちの中には、育ち盛りの子供も多くいる。そんな彼らが腹いっぱいに物を食い、踊りや芸を楽しむ機会が祭りなのだ。

 暴飲暴食で、腹を壊すような者はいない。締めるときはきっちりと引き締め、そしてタガを外すときは全力で楽しむ。それが、エルファン領の忍者たちなのであった。



 いつもは修行に使う広場に、大勢の下忍が整列する。彼らの手には、甘酒の入った杯があった。干し肉や野草を炒め合わせた大皿の周りには、配膳をする一般市民や忍者見習いの姿もある。ダクも、お行儀よく列に並んで料理の皿と甘酒を手にしていた。

「お前ら、今日は無礼講である! わしらの結束が、魔族を追い払ったのじゃ! 目出度い日である! 存分に飲み、食らうがいい!」

 広場に据えられた紅白の壇上で、祭りの開始を知らせるゴンザの大声が聞こえる。

「おおー!」

「ほえー!」

 下忍たちの雄叫びに混じり、ダクも叫んだ。手当たり次第に杯を打ち合わせ、注がれる甘酒を飲み干していく。皿にのせた料理は、瞬く間に消えていった。

「ほえ、おいひい、おいひい」

 頬をハムスターのように膨らませて、ダクはもぐもぐと口を動かす。すぐさま咀嚼して飲み込むことは可能だったが、料理を味わいたかったのだ。ぴりっとした香辛料が、鮮烈な風味の山菜やキノコの味を深めている。燻製にされた獣肉がそこへ加わり、複雑なハーモニーを醸し出す。少しほろ苦くなった口の中へ、甘酒を入れる。ほんのりと甘い味わいに、ダクはほっと息を吐いた。

「ほえ……」

 火照った頬を冷ましに、ダクは広場の外れへとやってきた。中心の壇上で半裸になって踊るゴンザになんとなく目をやりながら、膨れたお腹をさすりながら座った。

「ダク、隣、いい?」

 ダクが顔を上げると、串焼きと杯を手にしたキャロが立っていた。

「ほえ。どーぞ、キャロ。それ、おいしそうだね」

「ありがと。あんたの分も、貰ってきてるわよ」

 キャロが差し出す一本の串焼きを受け取り、ダクはかぶりついた。塩だけで味付けをされた獣肉は、シンプルに美味しいものだった。舌つづみを打つダクの側で、座り込んだキャロが小さく息を吐く。

「ふぇ? おうひはほ?」

「口の中に食べ物入れたまま喋るんじゃないわよ」

 キャロの指摘にダクはうなずき、ごくんと肉を飲み込んだ。

「どうしたの、キャロ? せっかく、たのしいおまつりなのに」

 浮かない顔をしているキャロを、ダクが心配そうにのぞき込む。

「そうね。お目出度い場なんだけどね……」

 立てた膝に顔をうずめるように、キャロは顔を落とした。視線の先にはゴンザの裸踊りが繰り出されていたが、キャロには見えていないようだった。

「ほえ……ダンゴさまのこと?」

 ダクもエスカレートするゴンザの狂態を見つめつつ、聞いた。うなずく気配が、隣から返ってくる。

「未だに帰って来ないなんて……ダンゴさまは、きっとあのおぞましい虫たちに……」

 小さな肩を震わせて、キャロがすすり泣く。

「ほえ……ダンゴさま、しずんじゃったもんね……」

「あたしたちを守るために、虫を引き付けて……うう」

 膝に顔をうずめて泣くキャロに、ダクはかける言葉を見つけられず、ただじっと側に座るだけだった。ぼんやりと、壇上のゴンザを眺める。ついに全裸になったゴンザが、鞭を一本どこからか取り出し大きな桃の実を壇上へと引き上げている。

「ダンゴさま……」

 親指を立てて水中へ没したダンゴの最後が、ダクの脳裏に甦る。水術の達人であったダンゴには、似合いの死に場所だったのかもしれない。

「あたしが、いけなかったのよ……派手な忍術で、大騒ぎを起こしたりして、町から急いで離れないといけなくなって……」

「ほえ、キャロのせいじゃないよ。ぼくが、にんむじゃないことにくびをつっこんだから……」

 遠く壇上では、ゴンザが大包丁で桃の実を一刀両断にすべく刃を振り上げている。

「あたし、下忍失格だわ……」

 呟いたキャロの肩を、ダクが優しく叩いた。

「ほえ、キャロ。ぼくたちはまだみじゅくだけど、これから、いっぱいしゅぎょうして、もっとつよくなればいいんだよ」

「ダク……」

 涙で濡れた顔を上げて、キャロがダクを見つめる。見つめ返すダクはうなずき、キャロの肩を抱いて顔を壇上へと向ける。

「いつか、ゴンザさまみたいにつよくなれたら……だれもかなしませないでいられるようになるよ、きっと」

「そうね……って、ゴンザさま全裸じゃない! 何てもの見せるのよ!」

 ゴンザまでの距離はかなりあったが、ダクもキャロも忍者である。ばっちりと鮮明に、ゴンザの肢体が見えた。筋骨隆々の肉体を振るい、今まさに大包丁を振り下ろしている。

「ほえ?」

「えっ?」

 ダクとキャロが、同時に驚きの声を上げた。それだけでなく、見物していた下忍たち、そして大包丁を手にしたゴンザも目を剥いている。ゴンザの振り下ろした刃を、桃から出た手が白刃取りに受け止めたのだ。

「危ないですね、ゴンザさま。僕は桃じゃなくて、ダンゴですよ」

 もっちゃりとした声とともに、桃から足と首がにょっきりと生える。

「だ、ダンゴ! お前、生きておったのか!」

 驚くみんなの代表として、ゴンザが問う。動揺しているらしく、大包丁の刃がカタカタと震えていた。

「はい。帰参が遅れ、申し訳ありません」

 頭を下げるダンゴの目の前にまで、白刃がじりじりと迫っていた。

「よう、戻った! ダンゴよ、よう戻った!」

 大包丁を手放して、ゴンザがダンゴに抱きつく。全裸のタコ親父に捕獲され、ダンゴは身動きが取れない。そこへ、見物していた下忍たちも殺到していく。

「ほえ、キャロ! ぼくたちもいこう!」

「え? あの中に混じるの? あ、ちょっとダク、手を引っ張らないでよ!」

 キャロの手を引いて、ダクも壇上へと向かう。戸惑いを見せながらも、涙の残るキャロの顔には笑顔があった。


 ダンゴの帰還でさらにヒートアップした宴会は、深夜まで続いた。方々で篝火が焚かれ、忍者服の連中は思い思いにうずくまっている。料理の盛られた大皿はとっくに空っぽで、甘酒の入っていた空とっくりがそこらじゅうに転がっていた。

「ダンゴさま……えへへ……」

「身体の中の水が、全部酒になっちゃいますよ……」

 丸い身体をいっそう大きく膨らませたダンゴに寄り添うように、キャロが可愛らしく寝言を呟く。

「こらあ、お前ら、たるんどるぞー……ぐおお」

 真っ赤になって大の字に倒れ伏しているのは、ゴンザである。怪我が治りきっていないのか、寝相は大人しい。

 死屍累々の広場を横切り、ダクは井戸へとやってきた。汲み上げた水に口をつけ、それから頭から冷たい水をかぶる。ふるふる、と全身を震わせると、まとわりついた水が飛んだ。

「まだ、起きているのか、ダク」

 そんなダクの耳に、正体不明の声が届いた。闇から溶け出すように姿を現すのは、頭目である。

「ほえ、とーもく! めがさめちゃったので、みずをのんでました!」

 かしこまって気を付けの姿勢を取るダクに、頭目は片手を挙げる。

「そう固くならずとも良い。無礼講の宴なのだから」

 頭目は懐から長椅子を取り出し、腰掛ける。そして跪くダクを見やり、隣に空いている長椅子の空間をぽんぽんと叩いた。

「まあ、座れ」

「ほ、ほえ」

 恐る恐る、ダクは頭目の隣に腰掛ける。腕を伸ばせば、肩を組んでしまえるような距離だった。

「ダクよ、まずは、大儀であった」

「ほえ、きょーしゅく、です」

 頭目の言葉に、ダクはかちんこちんになって答える。その様子に、頭目は頭を掻いた。

「いかんな。無礼講と言いながら、言葉遣いを改めていなかった。許せ、ダク」

「ほ、ほえ。とーもく」

 謝る頭目に困惑しつつ、ダクは頭目の瞳を見つめる。覆面の中で不思議な輝きを見せる目の中に、やさしさのようなものを感じた。胸の中で、何かが引っ張られるような感覚がある。ぎゅっと締め付けられるような感情に、目をそらすことができない引力のようなものが付随する。じっと、ダクは頭目と見つめ合い続けた。

「……そういえば、ダクよ」

「ほえ」

 沈黙を破ったのは、頭目である。ダクは応えながら、頭目の目をひたと見据えていた。

「エリッサから、伝言がある。聞きたいか?」

 無造作に、頭目がその名を告げる。ダクは内心飛び上がらんばかりに驚いたが、なんとか抑え込み小さくうなずく。

「では……コホン。まちをたすけてくれて、ありがとう、おにいちゃん。おれいはできないけど、いつでもあそびにきてね。わたし、ずっとまってるから。だいすきな、おにいちゃんを」

 頭目の声が、幼いエリッサのものになる。ぴくり、とダクの耳が動いた。

「以上だ。ダクよ、エリッサに、会いたいか?」

 正体不明の声に戻った頭目が、ダクを見つめて問う。真剣な表情のダクは、しばらく考え、そして首を横へ振った。

「ほえ。ぼくは、とーもくのそばにいたいです」

 真正面からのダクの言葉に、頭目が息をのむ。

「何と……エリッサには、もう会いたくない、と?」

 頭目の小さな呟きに、ダクはまた首を横に振る。

「ぼくは、とーもくのしたでもっとつよくなります。そして、エリスとエレナさん、エリッサもみんなまもれるくらいにつよくなったら、またあいにいきます!」

「そうか。強くなるために、私の元にいたい、ということか」

「ほえ。それもあるけど、ぼくは、とーもくがすきだからとーもくのそばでがんばりたいです!」

「なっ、す、好き?」

 頭目の瞳に、狼狽の色が浮かんだ。

「ほえ。とーもくも、ゴンザさまも、ダンゴさまもキャロもげにんのみんなも、だいすきです」

 にっこりと、ダクは笑った。月の光に照らされて、ダクの顔は自ら輝いているように見えた。

「ほえ? とーもく、どうしたんですか?」

 ぽん、と音立てて、頭目の覆面の耳部分が膨らんだ。

「あ、いや、これは、その……」

 頭目が言いよどみ、ダクが首を小さく傾げる。

「……ダクよ。お前の忠誠、嬉しく思う。これからも、私に尽してくれ」

 なんとか立ち直ったらしい頭目が、正体不明の声で言う。

「ほえ! とーもくのおやくにたつために、がんばります!」

 元気よく言ったダクの両頬に、頭目の手が添えられる。

「良い子だ、ダク」

 ダクの額に、布に包まれた柔らかな頭目の唇が触れる。固まるダクの口へ、頭目が人差し指を当てた。

「今宵は、無礼講だからな。皆には、内緒にしておけ」

 ぱちくりと目を瞬かせるダクの目の前で、頭目が覆面に手を入れてもぞもぞとやった。たちまち、覆面の膨らみが元へと戻る。

「ほえ、わかりました、とーもく!」

 夜風がさっと、長椅子を吹き抜けていく。心地よい空気を感じながら、ダクは元気よく答えたのであった。


 領主の館の裏口を入り、曲がりくねった道を行く。広間にたどり着いたダクとキャロとダンゴは、松明に照らされた祭壇の前に並び、跪いた。

「中忍ダンゴ、並びに下忍のダクとキャロ、忍務達成の報告に上がりました」

 先頭のダンゴが、祭壇上の頭目に告げる。頭目の右前方に立ったゴンザが、重々しくうなずいた。

「うむ。事情は、先にキャロとダクより聞いておる。忍務、ご苦労であった」

 腕組みをしたゴンザが、厳めしい顔で言った。昨日の宴会の酔いは、この場の誰にももう残ってはいない。翌日の仕事に差し支えるような飲み方をするようでは、忍者とは言えないのだ。

「頭目より沙汰がある。心して聞けい!」

 ゴンザの声とともに、頭目が祭壇から立ち上がった。

「中忍ダンゴ、忍務に際しての手際、まずは見事。これよりは中忍筆頭となり、他の中忍を導いていくがよい」

「有り難き幸せにございます」

 もちもちとした声で、ダンゴが額を床につける。頭目はうなずき、次にキャロに視線を向けた。

「下忍キャロ、ダンゴに従い、忍務の中で魔族を討伐した功、見事である。そなたを、中忍へと引き上げようと思うが、存念はあるか?」

 頭目の問いに、キャロはしっかりと顔を上げて口を開く。

「恐れながら、頭目。あたしには、中忍の名誉はまだ重く感じられます。さらに修行をして、中忍の役に相応しくなれました時に、お受けしたいのです」

 キャロの言葉に、ゴンザが口を開きかける。そこへ、頭目の手からバッテン印の布が飛んだ。

「良い、心がけだ。精神の研鑽を怠らず、修行に励むがよい。だが、下忍筆頭としての地位は受け入れてもらうぞ」

「もったいないお言葉、感謝します」

 決意の顔で、キャロが床に額をつける。ここで中忍昇進の話を蹴れば、次はいつになるかわからない。だが、それでもキャロは凛としていた。

「さて、最後になったが、ダク」

 頭目が、ダクに視線を当てる。

「ほえ」

 顔を上げたダクは、自然体で下知を待った。

「忍務での活躍、及びエルファン様の護衛、そして魔族の撃退。全てにおいて見事であった」

 頭目が、拍手をもってダクを称賛する。ゴンザも、そしてダンゴとキャロも、ダクに拍手を送った。

「ほええ……それほどでも、ありません」

 晴れがましさに、ダクは耳の先まで赤くなった。拍手を終えた頭目が、コホンと咳ばらいをする。

「その成果をもって、今日よりダクは中忍である。異論は認めぬ」

「ほええええ!? ぼ、ぼくがちゅうにんですか? とーもく、それは」

「異論は認めぬ、と言った」

 驚き立ち上がったダクを、頭目が手を挙げて制した。

「ダクの中忍昇進は、領主エルファン様も望むところである。受け入れよ」

「ほ、ほえ……みにまあるい、じゃなかった、あまるこうえいです」

 ダンゴの身体を見て言い間違えたダクが、修正しながら跪く。

「これよりは下忍を率い、より高度な忍務に就いてもらうことになる。研鑽を怠らず、励めよ」

「ほえ、しんめーをとして、がんばります!」

 ダクが床に額をつけると、再び拍手が沸き起こる。ダンゴとキャロが立ち上がり、ダクの側へ寄る。

「おめでとう、ダク。中忍の先輩として、わからないことがあったら教えてあげるから、何でも聞いてほしい」

 ダンゴが、優しい声で言った。

「あーあ、これからあんたを、ダクさまって、呼ばないといけないわね……でも、見てなさいよダク。あたしも、すぐに中忍になるんだからね!」

 勝気な顔で、キャロが言った。

「むー、むー……」

 バッテンをつけたゴンザが、情けない顔で頭目を見る。頭目がうなずくと、ゴンザは口から勢いよく布を剥がした。髭が何本かむしられて、ゴンザは少し涙目になる。

「ダクよ、中忍になったからとて、浮かれるでないぞ。お前は、まだまだ未熟な馬鹿者なのじゃから……」

 感涙にむせびながら、ゴンザが厳めしい声で言う。

「ほえ、ありがとう、ダンゴさま、キャロ、ゴンザさま!」

 笑顔でうなずきながら、ダクはダンゴ、キャロ、そしてゴンザに頭を下げて礼を言った。それから背筋を伸ばし、頭目に向き直る。

「ちゅうにんダク、これからもとーもくのためにはたらきます!」

「うむ。よろしく頼むぞ、ダク。今日はこれにて、散会とする。次の忍務は追って知らせるゆえ、心して待て」

 うなずいた頭目が、散会を告げる。

 かくして、ダクは中忍への昇進を遂げたのであった。

次に小話を挟んで、一区切りとなります。

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