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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務20 ざわめく森

引き続き、虫がたくさん出ます。グロ注意です。

 魔法と呼ばれる力を行使するためには、いくつかの手順を踏まなければならない。聖王国において主に用いられているのは、魔法の精霊に呼びかけ、その力で自然界に干渉して魔法という現象を発現させる、いわば精霊魔法の一種である。

 呪文の詠唱は、まず精霊への呼びかけから始まる。精霊より応答があれば、望む現象を具体的に、力ある言葉と全身を使った動作で指示をする。例えば標的に向かって一直線に火球などを飛ばしたい場合には、放出するイメージを言葉に乗せて杖や指先を振り上げ、下ろすといった動作を伴う必要がある。

 複雑な魔法になればなるほど、詠唱と動作もまた複雑になる。そのために時間がかかり、応じた精霊が去ってしまって魔法が発動しない、ということもあり得ることだ。それを避けるために、魔法の使い手は言語と動作に創意工夫を凝らし、短縮を試みた。

 長い研究の過程で、それは実現された。同じ魔法現象を発現させ続けるうちに、徐々に必要な詠唱と動作を省略することに成功したのだ。魔法使いと精霊の間に、信頼関係にも似たものが通い合った結果である。

 もちろん、上位魔法と呼ばれる一部の魔法には、複雑かつ長大な詠唱と動作を必要とするものは存在する。だが、研鑽を重ねた魔法使いであれば、簡単な魔法ならばごく短い時間で発動することが可能になった。代わりに、短縮によって威力の落ちる例は挙げればきりがないほどである。

 魔法使いにとって詠唱と動作についての研究は、いまだ果ての無いテーマとなっているのであった。



 弓を引いたエルファンが、青白い魔力の矢を生成する。瞬きする程度の時間で、何もない弓と弦の間に三本の矢が現れた。

「マジックアロー!」

 詠唱と同時に、エルファンは矢を放つ。魔力の矢は吸い込まれるように、三本それぞれが虫の魔物の頭部へと命中し、その頭を吹き飛ばす。頭を失った楕円形の平たい虫がしばらく手足をばたつかせ、裏返って息絶える。

「忍法、かまいたち!」

 ダクはエルファンの手際のよさに目を瞠りながら、飛びかかってきた虫を両断した。グロテスクな腹部を見せていた虫が、真っ二つに裂けてダクの横側へと落ちた。

「ふむ、なるほどな」

 エルファンは呟き、仕留めた魔物の側にしゃがみ込んだ。

「ほえ、エルファンさま?」

 周囲に警戒の気配を飛ばしつつ、ダクも駆け寄る。魔物の気配は、近くには感じられない。

「見ろ、ダク」

 エルファンが指し示すのは、魔物の腹部だ。グロテスクな脚部関節の下には、柔らかな黒い外皮がある。ダクの目に、握りこぶし大の赤い光が見えた。それは、どくんどくんと脈動をしている。

「ほえ、それ、いきてるんですか?」

 とっさにダクは、左手を鎌鼬に構える。だが、エルファンは手を挙げてそれを制した。

「これは、魔力による幻影だ」

「ほえ?」

 首を傾げるダクの目の前で、エルファンが右手を魔物の腹に突き入れる。しなやかな細い指が、黒い外皮を突き破り何かを摘まみ上げる。

「この魔物の身体は、大部分が質量を伴った幻影で出来ている。本体を捕まえ、破壊すれば……」

 エルファンの手にあるのは、小さな蝗のような虫だった。小さな突起が身体のあちこちにあり、流線型のフォルムをしている。がさがさと足を動かし、虫はもがいていた。エルファンは無造作に、虫を握り潰した。ぐしゃり、と虫が潰れ、緑色の汁になる。同時に、頭部を破壊されていた楕円の虫の姿が塵となった。

「やはり、消えるか」

 右手に魔法の炎を生み出して、エルファンは緑色の汁を焼き払う。

「ほえ……エルファンさま、にんぽうみたいなのつかえるんですね」

 きらきらしたダクの視線に、エルファンの顔が少し引きつった。

「ま、まあ、無詠唱での魔法くらい行使できる。忍法と似たようなものだな。そんなことよりダク、今ので大事なことがわかったぞ」

 首を傾げるダクの前で、エルファンは手を開いた。緑色の汁となった魔物の死骸が、塵になって風に飛ばされていく。

「ほえ、おっきいのとおなじようにきえました!」

「そうだ。この本体の魔物も、質量を伴った幻影だった、ということだ」

「しつりょーをともなったげんえいが、しつりょーをともなったげんえいのほんたい……ほえ?」

 ダクの頭から、煙が出る。考え込むダクの頭を、エルファンが右手でポンと叩く。

「お前には、難しすぎたか……だが、ダクよ。戦う相手を分析することは、大切なことだ。覚えておくといい」

 白銀のダクの髪の毛を、エルファンは弄ぶように撫で続ける。

「エルファンさま?」

「……幻影とはいえ、感触はリアルなものだったからな。口直しのようなものだ。しばらく付き合え」

「ほえ」

 なでなでなでなでと、しばらくの間エルファンの手は動き続ける。言われた通りにダクは、動かずにされるがままになっていた。

「ほえ……エルファンさまのては、やわらかいですね」

 優しく撫でる柔らかな手に、ダクが目を細める。

「お前の髪も、さらさらして触り心地が良い。ずっと、こうしていたいくらいだ」

「ほえ、エルファンさまのごめいれいなら、ずっとこうしています」

「ククク、可愛らしいことを言うな。ああ……至福の時間だ、だというのに」

 エルファンの右手が、ダクの頭を離れる。名残惜しい気持ちを感じながら、ダクも腰を落として構える。新手の魔物が、茂みを揺らして飛来する。

「邪魔をするな、マジックアロー!」

「忍法、かまいたち!」

 エルファンの弓から放たれる三本の矢と、ダクが左手で放つ鎌鼬によって虫の魔物が塵になった。魔物を瞬時に一掃したエルファンの口から、ほうと感嘆の息が漏れる。

「ダク、お前も本体を狙ったのか」

「ほえ。エルファンさまにおしえてもらったとおりに、やったらできました!」

「えらいぞ、ダク」

「ほえー」

 こうしてしばらく、なでなでアンドデストロイな流れが続いたのである。


 エルファン領領主の館の屋根に立ち、ゴンザは鞭を振るう。八本の鞭が意思を持つように翻り、周囲にたかっていた虫を吹き飛ばす。うずたかく積まれた虫の死骸の山の上に、新たな死骸が降り積もる。

「お前ら、気合を入れよ! 頭目が戻られるまでに、こやつらを片付けるのじゃ!」

 ぶんぶんと空を埋め尽くす羽音をかき消す勢いで、ゴンザは叫ぶ。ゴンザの周囲では、大量の下忍たちが思い思いの武器を振るい、忍術を駆使して虫と戦っている。火炎が渦を巻き、水が降り注いで風と土が吹き荒れる。中にはゴム鉄砲を飛ばして虫をやっつける剛の者もいた。

「いいいやああああああ!」

 キャロも悲鳴を上げながら、竹筒と火炎を飛ばす。派手に吹き飛んだ虫の手足が、ばらばらになって吹き散らかされる。それを見て、キャロがまた悲鳴を上げた。

 下忍たちは、必死であった。できれば逃げ出したいような、悪夢のごとき虫の大群である。だが、上忍であるゴンザの命令は絶対だ。逆らえば、もっとひどいおしおきが後で待っている。だからこそ、彼らは持ち場を離れず、全力で戦い続けるしかない。飛び交う虫の破片に悲鳴を上げながら、下忍たちとゴンザの戦いは続いた。

「このままでは、埒が明かぬな……」

 苦々しい表情で、ゴンザが呻く。怒鳴りすぎて真っ赤になった禿頭に、汗が一筋流れた。思考を巡らせる間にも、両手の触手、いや鞭が閃き虫を叩き落していく。だが、いくら魔物の死骸が増えようと、新手は次々にやってくる。

「何か、手を考えねば……ん?」

 ゴンザの視界に、何かが映った。虫の群れの中に、人影のようなものが見える。虫の大群の中にあって、悠然とこちらを向いて立っている影だ。

「者ども、ここは任せる!」

 屋根を飛び降りたゴンザの背後で、悲鳴のような声が上がったがゴンザは気にしない。この程度の虫の群れごときにやられるような、やわなしごき方はしてこなかった。だから大丈夫だ。潔いまでの脳筋思考で、ゴンザは虫の中を駆け抜ける。折り重なる虫の死骸で後ろに道を作りながら、ゴンザは人影に一直線に駆け寄った。

「貴様が、虫の指揮者か!」

 八本の鞭が、ゴンザの手により鋭く跳ねまわる。全ての攻撃は人影へと向かっていた。だが、それは人影に届く前に、周囲の虫の外皮に弾かれてしまう。

「お前が、忍者の頭目か?」

 男の声で、人影が問い返す。同時に、ゴンザへ向かい黒い光線が放たれた。

「む、忍法、魔法盾!」

 魔力による攻撃だ、と理解した瞬間、ゴンザは忍法を発動する。ゴンザの頭が輝きを増し、光線を弾き散らした。

「わしはこの里の留守を預かる上忍、ゴンザ! 貴様、頭目の御命が狙いか!」

「そのとおりだ。そして、雑魚に用はない……いや、タコにも用はない!」

「誰がタコじゃあっ!」

 気合一閃、ゴンザの八本の鞭が閃く。音速を軽く超過する八撃が、人影の周囲の虫を蹴散らした。

「ほう、なかなか強いタコだ」

「まだ言うか!」

 黒いフード付きローブを纏った長身の男へ、ゴンザが再び鞭を振るう。

「面を見せい!」

 ゴンザの鞭が男のフードを、ずたずたに引き裂いた。露わになった男の側頭部には、一対の歪んだツノがある。

「ま、魔族か!」

「我が名は、群魔のジブラータン。我が姿を見ることができたのは、お前が初めてだ。光栄に思うがいい」

 突き出された魔族の右手に、黒い魔法の塊が生じる。

「魔法など、撃たせぬ!」

 ゴンザの鞭が、魔族の右手を強かに打ち据える。もちろんゴンザの攻撃はそれだけでは終わらない。魔族の全身を鞭の一撃がまんべんなく襲い、さらには手足、首、胴部へと鞭が触手のように巻き付いていく。

「忍法、タコ糸縛り! もう、貴様は逃れられぬ!」

 ぎりぎりと鞭を締め上げ、ゴンザは凄絶な笑みを浮かべる。八本の鞭のうち、六本を使うゴンザの大技だった。

「逃げる? 弱者から、逃げる必要があるのかな?」

 四肢と手足、そして首を締め上げられ、顔を紫色にしながら魔族は言う。その口調には、余裕の色があった。

「戯言を! もはや貴様は抵抗できぬ! そしてわしの手にある二つの鞭が、貴様を打つ!」

 左右に残った鞭が、魔族の頭を打ち据えた。岩をも砕く、ゴンザの一撃だ。だが、しかし。

「痛くも、かゆくもない。だが、煩わしいな」

 魔族の表情は、変わらない。そして、魔族の周囲に虫が集まり始めた。

「やれ。あのタコを殺せば、情勢はこちらへ傾く!」

 魔族の指示に、大量の虫が一斉にゴンザへ襲い掛かった。

「く、二本では、捌ききれぬか!」

 ゴンザは舌打ちしながら魔族を縛る鞭を引き戻し、鞭を振り回して虫を打ち据える。

「まだまだ、おかわりはあるぞ?」

 魔族が声を上げて、指を鳴らす。数十匹の虫が、その足元から這い出してくる。

「なんの! 鞭嵐!」

 ゴンザが鞭を縦横無尽に振り回し、虫を次々に叩き落してゆく。

「ふん。そろそろ、遊びにも飽きた。タコにはもったいないが、くれてやろう」

 魔族が両手を胸の前で組み合わせると、ツノと瞳が赤く光る。ゴンザは鞭を振るうが、虫たちに遮られて魔族には届かない。

「くっ、何をするつもりじゃ!」

 ゴンザの叫びに、魔族は哄笑とともに答える。

「闇の波動!」

 黒い波が魔族から発せられ、ゴンザに降り注ぐ。とたんに、ゴンザの動きが鈍くなった。

「こ、これは……か、身体が、重い……!」

 ゴンザの手から、鞭が一本、また一本と落ちてゆく。

「どうだ。人族に絶大な効果を及ぼす我が波動の力は! タコにも効くとは、意外だったがな」

「お、おのれ……」

 虫の体当たりを受けて、ゴンザの手からすべての鞭が離れた。吹き飛ばされたゴンザはよろりと立ち上がり、両手を組み合わせる。

「臨、兵、闘、者……」

「やらせんよ?」

 魔族の手から黒い光線が飛び、ゴンザを貫いた。胸を貫かれ、ゴンザの巨体がどうと地面に倒れ伏す。

「ぐ、うう……」

 胸から大量の地を流し、ゴンザは地面を掻いた。がさごそと、大量の虫が円陣を描きゴンザを取り囲む。

「まだ息があるのか。大したものだ。その武に敬意を表し、せめて痛みを知らず安らかに眠らせてやろう」

 魔族がゴンザに向かって右手をかざす。黒い魔力が、手のひらを中心に球体となってゆく。

「と、頭目……すみませぬ……ちから、およばず……」

 ゴンザの手が、ぱたりと落ちた。

「さらばだ! お前は強いタコであったぞ! ハハハハハ!」

 哄笑とともに、魔力球がゴンザに向かって放たれた。

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