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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務18 かえりみち

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今回は、グロ注意です。虫の嫌いな方はご注意ください。

 エルファン領の領主の館を外部の人間が訪ねると、まず表の入口に通される。警備の兵の姿は無く、領主の部屋までは一本の広い廊下を通ってたどり着く。木材と石材の絶妙なコラボレーションで彩られた廊下には、飾り気はほとんど無い。壁に彫られた古い様式の文様が、訪問者を出迎えてくれる。

 一枚の分厚い板を加工した扉を抜ければ、そのまま領主の執務室へと入ることができる。広い部屋の大半は天井まで届く本棚で占められており、陳情書や報告書といった書類が整然と並べられているのだ。

 書類の管理をしているのは、一人のメイドである。領主不在の多いエルファン領で、アポイントメントを取らない場合はこのメイドが対応する。メイドは女エルフで、眼鏡をかけた知的美人、といった印象が強い。

 一週間前までに面会許可を取っていれば、領主のエルファンに会うこともできる。領内のエルフの森の長である彼女も、またエルフである。華奢な長身を、若草色の貴族服に包んでいる。天上の美、とも称されるその顔は美しく、プラチナブロンドの髪はひと房に万金の価値を見出すことだろう。難をいえば、エルファンは滅多に笑わない。彼女の笑顔は大抵、にやり、とかそういった不敵な笑みに属するものだった。そのため、根暗な印象を持たれてしまうこともある。

 美貌の女領主ではあったが、彼女に縁談を持ち込む輩はいない。就任当初にはよく持ち込まれていたり求婚を受けたりしていたのであるが、五十年近くそれを断り続けたゆえか今では絶えて無くなったのだ。

 領内は、平和そのものであった。エルファンが領主となり聖王国に属して百年、ここへ攻め入ろうとする敵勢力は皆無である。不穏な動きがあると、陰で忍者が暗躍する。忍者を手足のように使うエルファンには、謀略も戦争も先んじて封じることができた。強力な部隊を持ち、些細な報告から幾手も先を見通す戦略眼を持つ女傑。それが、エルファンを頭に頂く領地に平和をもたらしているのだ。



 町から逃げるように、ダクたちは森へと入った。昼間から歩き続けているのだが、ダンゴの足は遅い。別に急ぐ行程でもないので、ダクも大人しくダンゴの後をついて歩いていた。

 そうして夜には、森に着いた。

「ダンゴさま、本当にごめんなさい!」

 ダンゴに担がれていたキャロがようやく目を覚まし、恐縮した様子で何度も頭を下げる。

「キャロ。無事で何よりだけれど、感情に任せて大きな術を使うのは良くない癖だよ」

 ダンゴの言葉に、ダクも同意するように何度もうなずく。

「……ごめんなさい」

 キャロは肩を落とし、小さな声で言った。

「キャロはまだまだ育ちざかりなんだし、体形のことを言われても気にしてはいけないよ」

 励ますように、ダンゴがキャロの肩に手を置いた。

「ほえ。よくわかんないけど、キャロはかわいいからきにしないでいいとおもうよ」

 ダクも、キャロの肩に手を置いて言う。

「ダンゴさま……ダクも……ありがと」

 幾分か救われた顔つきで、キャロが二人に礼を言った。ダクよりも少し年上のキャロは、周りの同年代の下忍に比べて発育が遅れているのを気にしていたのだ。

「さあ、今日はゆっくり休もう。明日には、頭目に報告をしなければいけないからね」

 ダンゴの発案により、今夜は休むこととなった。ダクは疲労困憊であるし、キャロもまだ本調子ではない。そしてダンゴは、失った水分を取り戻す必要があった。

 流れる川のそばで、たき火をした。川を背にして半円を描くように、木の枝を柱に鳴子を張り巡らせる。危険な野生動物や魔物くらいならば、別に鳴子が無くとも気配で気づくことはできる。だが、何事にも雰囲気というものは大事である。鳴子を仕掛けるうちに、キャロの顔にも元気が戻ってきていた。

「よおし、それじゃあ僕が不寝番をするから、ふたりとも眠りなさい」

 川の流れに口を付け、物凄い勢いで水を飲んでいたダンゴが言った。すでに体形は、まん丸くなっている。ぶよん、と揺れる腹肉が頼もしかった。

「ほえ。おやすみなさい」

 気力と根性で立っていたダクが、ぷつんと糸の切れたように倒れる。二秒で、ダクは眠ってしまっていた。

「ダンゴさま、ありがとうございます……」

 半分夢の中にいる頭で、ダクはキャロの声を聞いた。


 暗い森の中に、ダクはいた。夢を見ている。ぼんやりとした自覚はあったが、夢の中の風景は薄れることは無い。雷鳴が地を穿ち、爆音が周囲のあちこちで巻き起こる。闇樫の木が、燃えていた。

「ほえ……」

 夢の中のダクは、今よりも幼い姿だった。枯れ木のように細い手足と、がりがりに痩せた身体がある。闇樫の木のウロに、その小さな身を隠して震えている。

 暗視の眼で見据えるのは、集落の燃え落ちていく様である。この時点で、現在のダクは小さく息を吐く。また、この夢だ、と。

 夢の先の光景は、もう知っている。何度も見た夢なのだ。同胞が、ダークエルフの大人たちがみんな焼かれ、雷に打たれて死んでゆく。最後はひとりきりになってしまったダクへ、黒い影が手を差し伸べる。恐る恐る、その手を取るとウロから引きずり出され、そして何もかもが真っ白になるのだ。

 雷が落ちるたびに、幼いダクに合わせてダクの身体はびくんと跳ねる。現在のダクも、雷は大の苦手であった。小さい頃に何かあってトラウマになっているのかも知れないが、深く考えることはしなかった。誰だって、怖いものについて積極的に思いを巡らせたくはない。

「ダク……起きて、ダク……」

 夢の中に、キャロの声が聞こえる。周囲の光景が、薄くぼやけてにじんでいく。焼ける森と、同胞たちの姿が。

「ダク、起きろ!」

 ダンゴの声で、ダクの意識はどこか懐かしいその滅亡の光景に別れを告げた。


「ほえ!」

 ダクが跳ね起きると、たき火を背に立つキャロとダンゴの姿が見えた。

「囲まれている」

 ダンゴの声に、ダクはすぐさま気配を探る。無数の敵意が、周囲に渦巻いている。闇の中から、何かがこちらを威嚇するように動く気配があった。

「ダク、動ける?」

 顔を前方へ向けたまま、キャロが問う。

「ほえ。よくねたから、もうだいじょうぶ」

 ダクもたき火を背中にして、ダンゴとキャロとは別の方向を向いた。半円を描く陣形に、死角はない。

「魔物の気配だ。気をつけるように」

 ダンゴの静かな声に、ダクはうなずく。キャロも同様に、うなずく気配があった。それを待っていたかのように、周囲の気配がダクたちに迫る。

 たき火の明かりに照らされて、気配の主の姿が見えた。ダクには暗視の眼があるので、近づいてくる前からその姿は視認できている。

「ほえ、むしさんだね」

 ガサガサと大量の足音を立てて、黒く平たい虫が無数にやってくる。全長はダクの肩ほどまであり、楕円形であった。

「ひっ!」

 キャロが押し殺した悲鳴を上げる。同時に、数本の竹筒が虫に向かって飛んだ。爆炎と轟音が、周囲に響く。それが、戦いの始まりであった。

「この数……くっ! 忍術、水流刃!」

 川の流れに足首を浸したダンゴが、小さな水の刃をいくつも放つ。真っ二つに切り裂かれた虫が、うぞうぞと足を動かした後、息絶える。

「忍法、いしつぶて!」

 川辺にある小石を、ダクは虫へと蹴飛ばした。弾丸となった小石が、次々に虫の頭部へ風穴を開けていく。

「い、やあああああああ!」

 悲鳴を上げるキャロの手から、十本の竹筒が投じられる。そして火の術によって爆ぜる寸前、虫たちが一斉にバックした。統制のとれた見事な動きで、前列のわずかな虫が燃えた程度の被害に抑え込まれる。

「あ……あ……」

 懐に手を入れたキャロが、掠れた声を上げる。

「ほえ、キャロ?」

 石のつぶてを放ちながら、ダクが問いかける。

「全部、使っちゃった……」

 真っ白に燃え尽きたように、キャロが膝から崩れ落ちる。火の忍術に必要な火薬を、全て使い切ってしまったようだ。いかな忍者といえども、何もない所から火薬を作ることは難しい。

「ほえ! 忍法、ふーじんたつまき!」

 ダクの手から、忍術奥義が飛ぶ。キャロに殺到していた虫たちが、暴風によりもみくちゃになって吹き飛んだ。

「水流刃! 水流刃! うう、数が多い!」

 ダンゴの焦る声が、聞こえてくる。川の表面を浮かんでやってくる虫への対応で、ダンゴの手も塞がってしまっている。

「キャロ、ほかのじゅつは、つかえる?」

 キャロを背中にかばい、ダクが尋ねる。キャロは涙目になって、ふるふると首を横へ振る。キャロは、一点特化のタイプなのだ。

 キャロが崩れたことにより、陣形が崩れた。水の中でダンゴは孤立し、必死に水の刃を放つも徐々に全方位から押し込まれていく。横目で確認しながら、ダクは鎌鼬で一閃し、至近距離まで近づいてきた虫の群れを切り裂いた。

「ほえ……きりがないよ」

 虫の死骸を乗り越えて、倍ほども新手がやってくる。周囲の気配は減ることなく、逆に増え続けている。

「ダク、キャロ! 頭目に、報告を!」

 ついに虫たちに押し切られたダンゴが、水中へと没していく。親指を立てた右手を徐々に沈めていきながら、ダンゴの最後の声が響いた。

「ダンゴさま!」

「ダク、前!」

 そちらへ気を取られた一瞬の隙を、虫たちは見逃さない。ガサガサと細かく足を蠢かせ、黒い楕円が殺到する。

「忍法、ふーじん、たつまき!」

 竜巻の出る直前、ダクの右手が虫の強力な顎の噛みつきを受けた。それでも強引に発動させた風神竜巻は、近寄っていた虫たちを大きく吹き飛ばす。だが、空中で虫たちは、翅を開いて姿勢を制御、そのまま飛びかかってくる。

「ほえ……」

「だ、ダク……もう、ダメよ……」

 ダクの背後で、キャロが絶望の声を上げた。ダクの右手は、ざっくりと裂けて血が噴き出している。これ以上の忍法の行使は、危険だった。だが、ダクの目はまだ諦めてはいない。赤く光り、虫たちを見据える顔には闘志があった。

「キャロ、たき火の火で結界を!」

 いつものほえほえした声ではない、凛とした言葉でダクはキャロに指示を出した。

「で、でも、たき火の火なんかじゃ、小さな結界しか……」

「いいから、張って!」

 有無を言わさぬ迫力に、キャロは言われた通りに火のついた薪を周囲へ配置する。その間にも、虫たちは空中へと飛び上がり、迫って来る。

「忍術、業火結界!」

 普段のキャロの火炎に比べれば、蛍火のように頼りない火の五方陣が、ダクとキャロの周囲を囲む。陣の外壁に触れた虫が、ばちりと弾けるような音に後退をする。火のついた薪が、じりりと燃えて灰になってゆく。

「あんまりもたないわ! ダク、どうするの!?」

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……」

 力の入らない右手を左手で掴み、ダクは強引に両手で九字を切る。キャロが、息をのんだ。

「ダク、無茶よ!」

「やらなくちゃ、どのみち死んじゃうんだから……やるよ! 忍法、大風神竜巻! キャロ、風に身を任せるんだ!」

 ダクの放った大きな竜巻が、結界ごとダクとキャロの身体を空高く吹き飛ばす。みしり、とダクの右手から、いやな音が鳴った。竜巻の軌道が、大きく揺らぐ。

「ダク!」

 キャロの叫ぶ声が、小さくなって消えた。キャロの身体は、エルファン領の領主の館の方角へと吹き飛んでいく。目の端で、ダクはそれを満足そうに眺めていた。

「ほえ……ぐるぐるする」

 力を失いぐったりとしたダクの身体は、竜巻からあらぬ方向へと吐き出されていく。しばしの飛翔感の後、強い衝撃に全身を打たれ、ダクは意識を失った。

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