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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務2 魔法使いの女の子

 聖王国の忍者には、四種類の身分が存在する。下忍、中忍、上忍、そして頭目の四つだ。少年忍者のダクは、下忍である。一番下っ端の身分で、中忍に率いられて探索や野獣の駆除、それに破壊活動なども実行する。

 中忍になると、下忍を率いての忍者活動、すなわち忍務となる。直接に手を下すこともあるが、主な活動内容は下忍の指揮だ。

 上忍にまで登りつめることのできる者は、稀である。中忍として忍務を数多くこなし、大きな功績を上げた者のみがたどり着く、管理責任者の地位だ。彼らは地方に派遣され、中忍を使い諜報や暗殺などの絵図を描く。自分で動くということは、基本的にはしない人たちである。ゴンザは、上忍だった。

 そして、頭目。聖王国でただ一人の、偉大な忍者マスターである。忍者組織を作り上げ、魔王暗殺をはじめとする数多くの伝説を打ち立てた。その正体は不明であり、性別、年齢、種族に至るまであらゆる実態は謎に包まれている。わかっていることは、忍術、と呼ばれる魔法とは違う力を使う事。そして、頭目の忍術は聖王国において並ぶもののない、強力な矛であるということだけなのだ。

 また、下忍の下には見習いという身分もあるが、これは正式な忍者には含まれない。様々な理由で集められた者たちは見習いとなり、生きるか死ぬかの訓練を受けて下忍を目指すのだ。


 ダクは、道なき道を駆けていた。歩いて五日の距離ならば、ダクの全力疾走であれば一日で到着する。ダクの心の中には、下忍へ昇進できた喜びと、忍務に失敗したらどうしよう、という不安が混ざり合っていた。

「ほえほえほえほえ」

 奇妙な掛け声を発し、木の枝から枝へ飛び移る。羽を休めている野鳥は、驚きはしない。あまりの速さにダクの姿を認識できず、枝先さえ揺れない足運びに通り過ぎたことさえ気づかないのだ。

「ほえ? あれは……なんだろ?」

 一本の木の上で、ダクは足を止める。ダクの眼下には、数人の人間が見えた。一人の少女と、それから十人ほどの半裸の男たちである。ダクは右耳に指をやって、もぞもぞと動かす。にょき、と耳が伸びて、本来の長さになった。そこへ手を当てて、聞き耳を立てる。ダクの耳は、常人よりも、そして忍者のなかでも優れた聴力を持っていた。

「ち、近寄らないで!」

「うへへ、そうはいかねえなあ。近寄らないと、なあんにもできねえからなあ」

 怯える少女の必死な声に、下卑た男たちのいやらしい息遣いが聞こえる。

「ほえ、山賊かなあ」

 ダクは呟き、両手の指を丸くして目の前に持ってくる。闇をも見通す眼が、まるで手の届く距離のように状況を映し出す。少女は魔法使いのローブを着ていて、手にした杖を男たちに向けている。だが、その表情はこわばっていて、今にも泣き出しそうだった。男たちを見ると、そんな少女を取り囲むように展開し、じわじわと包囲を狭めている。半裸に腰ミノ姿の男たちの武器は、腰に吊るした山刀である。

「そ、それ以上近づくと、このラブリーマジカルステッキで……ああっ」

 少女が突き付けていた杖が、男の山刀に叩き落された。

「うへへへ、杖さえなきゃ、こっちのもんだぜ」

 男たちは一様に手をわきわきさせながら、少女に迫る。

「や、いや、だ、誰か、誰か助けてええ!」

 少女の悲鳴が、野山の空気を震わせる。

「ほえ! 助けなきゃ!」

 ダクは身体をびくんと震わせ、そして木の上から飛んだ。空中で木の枝を蹴り、加速をつけて落ちていく。そして、少女の身体にまさに触れようとする男の頭の上へ、着地した。

「ぐえ」

 轢きつぶされたカエルのような声が、ダクの下であがった。倒れる男の頭から、宙返りをしてダクが少女と男たちの間に立ちふさがる。

「な、何だてめえは!」

 いきなり現れたダクに、男たちは驚いた。ダクの恰好は、忍者服だ。ただし、覆面はしていない。銀色のきれいな髪と、褐色の肌。そして、右耳だけが長く伸びている。珍妙ではあるものの、背丈は普通の小柄な少年だった。ほっぺたなどは、ふくふくしている。

「きみ、だいじょうぶ?」

 幼さの残る声で、ダクは少女に問いかける。間近で見ると、少女は可愛らしかった。白い肌にぱっちりとした瞳、唇はふっくらとしていて鼻筋も整っている。三つ編みにした長い髪ははちみつ色で、ぴょこんと長い耳が横に伸びている。少女は、エルフだった。

「あ、あなた……」

 少女もまた、驚いている様子だった。ローブに包まれた小さな身体は、先ほどまでの恐怖で震えている。ダクは、にっこりと微笑んでみせた。

「すぐ、終わるから。目をつぶっていてよ」

 そう言って、ダクは男たちに向き直る。背後で、少女が両手を目に当ててしゃがんだ。

「ねえ、おじさんたち、山賊なの?」

 首を傾げながら、ダクが聞いた。男たちは顔を見合わせ、それからゲラゲラと笑う。

「だったら、どうするんだい、坊や?」

 ダクの見せる気配には、殺気は無かった。闘うという気概が、見えない。

「山賊だったら、こらしめなくちゃいけないんだ。山賊じゃなかったら、ちょっと痛いことするだけだよ」

 のほほん、と言い放つダクに、男たちは哄笑する。それから、山刀を構えた。

「おうとも。俺たちゃ、こわーい山賊さまだ。逆らうと、酷い目に遭わせてやるぜえ?」

 顔を突き出し、男たちの一人が凄んで見せた。野性味あふれる、怖い顔だった。だがダクには、そんなものは効かない。怒ったゴンザのほうが、もっと怖い顔をするからだ。

「じゃあ、こらしめるね」

 言葉を残して、ダクの姿が消える。男たちは一人ずつ、みぞおちを押さえてうずくまり動かなくなる。ダクの姿が再び現れ、ほえほえと声を上げながら男たちの身体を引きずり、一か所へと集める。

「忍法、ふーじんたつまき!」

 男たちの身体でできた山へ、ダクが印を結んで両手を振った。直後、すさまじい突風が吹き付けて男たちの身体は飛ばされ蒼空に消えた。

「終わったよ。もう、目、あけていいよ」

 しゃがんで両手で目を塞いでいるエルフの少女に、ダクが声をかけた。恐る恐る、少女は目を開け、周囲を見る。忍法で倒れた木々と、のどかな森の光景が広がっている。白い蝶々が、ふよふよしていた。

「た、助けて、くれたの?」

 涙目で、少女がダクを見つめる。青く深い色の瞳に、ダクは少しどきどきしてしまう。

「ほ、ほえ……泣かないで、もう、だいじょうぶだから」

 おろおろと声をかけると、少女はダクに抱きついてきた。

「こ、怖かった、怖かったよー!」

 少女からは、ふんわりと良い匂いが漂っていた。柔らかな女の子の感触に、ダクの顔は一瞬にして真っ赤になった。

「ほえ! お、おちついて、ねえ、は、はなして……」

 少女の細い身体を、ダクは何とか引きはがす。そのままでいると、何だか危険な気がしたのだ。目をこすり涙を拭う少女に、ダクは杖を渡した。男たちをこらしめる際に、ちゃっかり拾っていたのだ。

「はい、ラブリーマジカルステッキ、だったっけ?」

「あ、ありがとう……」

 少女はダクから受け取った杖を、大事そうに胸の前に抱え込む。

「よかったね、折れたりしてなくて。大事なものなんでしょ?」

「う、うん。魔法を使うための、大事な杖なの。ありがとう……私は、エリス。あなたの、お名前、教えてくれる?」

 微笑んだ少女が、ダクに問いかけてくる。

「ぼくは、ダクっていうんだ。エリスは、エルフなの?」

 聞きながら、ダクは左耳をもじもじといじった。ぴょこ、とダクの左耳が長く伸びる。

「ええ……あ、あなたは、ダークエルフなのね」

 目の前で起こったダクの変化に、エリスは目を丸くする。

「うん。ひみつにしなきゃおこられるんだけど……ないしょにしててくれる?」

 首を傾げ、上目遣いに懇願する。エリスは、少しの間沈黙したあとうなずいた。

「いいわ。私とあなたの、秘密にしておいてあげる、ダク」

 エリスが小指を差し出してきた。

「ありがとう、エリス」

 ダクも小指を出して、指切りをした。

「ダクはこれから、どこへ行くの?」

 少女がローブについた草を払いながら、聞いた。

「ほえ。おしごとで、山賊をこらしめに行くんだ。エリス、山賊って、どこに住んでるかわかる?」

 ダクの問いかけに、エリスはこくんとうなずいた。

「知っているわ。私が、連れて行ってあげる」

「ダメだよ。ぼくひとりでやらなくちゃいけないんだ。それに、エリスを危ない目にあわせることはできないよ」

 ふるふる、と首を横へ振るダクに、エリスが微笑みを見せる。

「ダメよ。私もダクを、危ない目にあわせたくないもの。一緒に行くったら、行くの」

「ほ、ほえ……」

 腰に手を当てて、強気な顔でエリスが言う。言葉に圧されるように、ダクはうなずいていた。

「じゃあ、案内だけ、おねがいします……」

「よろしい。それじゃあ、行くわよ、ダク」

 さっと歩き出したエリスの背中を、ダクは追いかける。

「ほえ、待ってよ、エリス」

 緑の木々のざわめく森へ、二人の姿は消えていくのであった。

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