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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務17 ちからをあわせよう!

 忍者たちは大きな忍術や忍法を使う際に、精神集中を必要とする。術の規模や威力は様々だが、聖王国の忍者たちの用いる呪言は一種類のみである。

 臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前の九字を唱え、印を切る。この簡易儀式は、エルフの里に伝わるまじないである。臨める兵、闘う者皆陣を組み、烈日の前に在り。森の精霊に捧げる、闘志をもって敵に対するという誓いの言葉だった。

 忍者の頂点にいる頭目が、これを用いて大事を成したことは有名な話である。後進を教育するにあたり、頭目はこの九字の呪言を授けた。上忍、中忍、そして下忍に至るまでこのまじないを実行できるのは、厳しい修行の賜物である。

 決して、ご家庭では真似をしてはいけない。まじないとは、何かを代償に力を得るものなのだから。



 ダクの頭部にかぶりつこうとしていたワイバーンの頭に、小さく細い刃物が突き立った。直後、それが爆発する。強靭なワイバーンの皮膚はそれに耐えたが、一瞬の隙が生まれる。

「しっかりしなさい、ダク!」

 聞こえてくるキャロの声に、混濁しかかっていたダクの意識が覚醒した。ワイバーンの頭を蹴り、反動で囲みの外へと跳躍する。

「忍術、爆炎陣!」

 ダクの身がワイバーンたちの包囲の外へ出た瞬間、爆発が起こった。

「ほえー!」

 空中にあったダクの身体が、爆発の衝撃を受けて大きく吹き飛ばされる。綺麗な放物線を描き、ダクはぼよんとしたものに受け止められた。

「無事かい、ダク?」

 中忍ダンゴの腹がクッションになり、ダクの着地の衝撃は抑えられた。

「ほえ、ダンゴさま! キャロ!」

 ダンゴの腹肉から降りながら、ダクは二人の忍者に声をかけた。ダンゴに肩車をされて、平たい胸を精一杯に反らしているのはキャロである。

「あっけないわね。あの程度の相手に、苦戦してたの?」

 成すすべもなく燃え落ちていくワイバーンの群れを前に、キャロが言う。

「ほえ……」

 うつむくダクの頭に、ダンゴがぽんと手を置いた。

「疲労が溜まっているようだね。ダク、これでわかったかい? 大事な忍務の前に、体力を消耗してはいけない。常に全力を出せるように、万全の体調で挑まなければいけない。だから、忍務のことだけを考えて、行動しなくちゃいけないんだよ」

 言いながら、ダンゴはダクの服を脱がせて胸に手を当てる。

「うん。骨にヒビが入った程度だね。問題ない」

 ワイバーンの尻尾の強打を受けたダクの胸は、青黒く腫れあがっていた。

「ほえ、おれてなくてよかったです」

 普通ならば粉砕骨折くらいは免れない。ダクは安心したようにうなずいた。

「ダンゴさま、次が来ます!」

 キャロの緊迫した声に、ダクとダンゴが顔を上げる。ゆっくりと、戦場を睥睨するように歩いて来るのは、たった一人。白い肌の大部分を晒し、わずかな布のみをまとった妖艶な女性だ。耳は尖り燃えるような赤い髪の中から、二本の曲がりくねったツノが生えている。その女性は、魔族だった。

「よお、中々やるじゃん。先遣隊が全滅とはねぇ」

 魔族の女が、陽気に声をかけてくる。

「ま、魔族……」

 ダンゴの丸い顔に、冷や汗が流れる。じり、とダクを抱えキャロを肩車したまま、ダンゴは後ろへすり足で下がる。

「そうだよ。俺は魔族の、シティリアってもんだ。爆炎の、ってあだ名もあるけどな。おっと、逃がしゃしないぜ?」

 シティリアがダンゴに向かい、右手を横へ水平に振った。ダンゴの背後に、炎の壁が吹き上がる。壁はぐるりと円を描き、ダンゴとシティリアの周囲を覆う。

「ほえー、あつい」

 気の抜けた声で、ダクが暑さを訴える。周囲の空気の温度が跳ね上がり、さらにはダンゴの肥満体と密着しているのだ。ダンゴの手から降りたダクは、忍者服のズボンからうちわを取り出し自分を扇いだ。キャロもダンゴの肩車から降りて、シティリアの前に立つ。

「あんたも、なかなかやるわね。魔族のくせに、中々の炎じゃない」

 炎の壁に照らされて、キャロは笑顔を浮かべる。

「ほう? まだ子供に見えるけれど、お前も大したもんだな。火薬の臭い……お前も、火を使うのか」

 シティリアは彫りの深い美貌に凄絶な笑みを浮かべ、キャロと対峙する。シティリアの右手に炎が上がり、長柄の槍斧が現れた。

「キャロ、ここは退くんだ。魔族が相手じゃ、勝ち目がない」

 ダンゴが、キャロの後ろで言った。

「逃がしは、しないって言ったろ? その炎の壁は、俺を倒さない限りは解除されない。触れれば一瞬にして、お前らはこんがりステーキになっちまうぜ?」

 シティリアの言葉に、ダクは生肉を取り出して壁で炙る。じゅうじゅうと、香ばしい匂いがした。

「ほえー、こんがりステーキだ」

 鎌鼬で仕留めたイヌの肉だった。抜け目なく拾っていたそれは、瞬く間に美味しそうなヴェルダンのステーキになる。もぐもぐと、ダクは肉を頬張った。

「……確かに、逃げ道は無い、か」

 ダンゴの目が細められ、シティリアを睨み付ける。ダンゴの頭の中で、彼我の戦力比較が行われた。

 自分の体内にあるすべての水を使い、この炎の結界を破れるだろうか。恐らく、水を使い果たしてやっとできるかもしれない。だが、もう一度結界を張られてしまえば、意味はないだろう。ダクは、負傷と疲労が動きに出ている。美味しそうにステーキを齧っているが、瞬時に食事を終えられないところを見るに、体力はそれほど残っていないと思われる。ならば、とキャロを見る。類稀なる火の忍術の素質と才能を持つ、下忍。だが、相手が悪い。同じ火術の使い手であるならば、魔族のシティリアのほうに軍配が上がるだろう。肉体能力、精神力ともに優れた魔族相手では、分が悪い。

「おやおや、そっちの良い男は、俺のボディをガン見かい? 照れちまうな」

 妖艶な笑みをダンゴに向けて、シティリアが言う。

「はんっ、何よ! でかけりゃいいってもんじゃないわ!」

 応じたのは、キャロである。なぜかシティリアに背を向け、ダンゴに向き合っていた。

「ダンゴさま、あたしのほうが、こんな魔族ババアより魅力的ですよね?」

「……えっと、どう言えばいいかな?」

 曖昧な笑みを、ダンゴは返す。ダクは我関せずといった様子で、肉を咀嚼していた。

「ああ? 誰がババアだコラ! ぴっちぴちの、食べごろレディだぞ!?」

 槍斧の柄を地面に突き立てるシティリアの胸部で、ふるんと女体が揺れる。対するキャロは、揺れない胸を張って両手を腰に当てて正対する。

「いくら外見を取り繕っても、加齢による劣化は誤魔化しが効かないのよ! 若さと可能性に溢れる、あたしの圧勝ね!」

「んなわけあるか! お前なんぞ、ロリの変態紳士くらいにしか需要がねえんだよ、この筒型ボディが!」

「……ん、なっ!」

 言い争う声に、肉を噛み終えたダクの耳がぴくんと跳ねた。キャロのこめかみから、ぷちんと何かの切れる音がしたのだ。

「ほえ……ダンゴさま、にげないと!」

 ダンゴの袖を引き、ダクが訴える。一触即発の怒気をはらんだキャロの闘気が、天に昇る勢いで燃え盛る。危険な兆候だった。

「ダク、しかし、この結界をなんとかしないと」

 ダクにだけ聞こえるように、ダンゴが答える。

「ほえ。ぼくの忍法で、なんとかします。ダンゴさま、ちからをかしてください」

 対するダクも小声で答え、炎の壁に向かい手をかざした。

「そうか……わかった、ダク。僕の全力で、援護するよ」

 ダンゴも壁に向かい、両手を突き出した。壁に向かって並ぶ二人の背中に、おどろおどろしい呪言が聞こえてくる。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……」

 猶予は、もうあまりない。ダクとダンゴも、慌てて九字を切る。

「りん、ぴょー、とお、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん!」

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前っ!」

 三人の忍者が、それぞれに九字を切り始めたのをシティリアは黙して見続けた。周囲に立ち込める、強力な気配。そしてキャロの放つ闘気に、魅入られてしまったのだ。

「いいね……胸が震えるよ? 俺が生まれて以来、こんな楽しい気持ちは初めてだ!」

 槍斧を両手で構えるその胸が、ぷるんと揺れる。キャロのこめかみから、決定的な音が鳴った。

「忍術、大爆轟炎竜! 脂肪の塊を抱いて、灰になりなさい!」

 まず完成したのは、キャロの忍術である。四十本の竹筒が、シティリアの周囲に投げ込まれ、同時にキャロの両手から一匹の炎の竜が生まれる。

「な、これは……」

 シティリアの叫びが途切れ、炎に飲まれた。大量の火薬を餌に、竜は進化を続ける。

「忍法、ふーじんたつまき!」

 続いて、ダクの手から暴風の竜巻が生じた。炎の壁にぶつかり、それは大きな柱となって壁の全てを飲み込んでいく。

「忍術、水流大瀑布!」

 最後に、ダンゴの忍術が発動した。竜巻の中へ、大質量の水が注がれていく。じゅう、と音立てて、炎の壁はあっけなく消え失せた。残ったのは、嵐となってこの場を包む暴風である。

「あははははは! この程度で、あたしの術が破れるもんですか!」

 けたたましく笑い、キャロが火柱となったシティリアのもとへ竹筒を連続して投げ入れる。降り注ぐ水流と嵐の勢いもなんのその、炎はますます激しく燃え上がっていった。

「ほえ……どうして……」

 凄まじい暴風雨の中、成長を続ける炎を見つめるダクは呆然となった。

「特殊な、爆薬のようだね。水が届く前に、蒸発してしまっている……燃料が燃え尽きるまで、アレは消えないだろう」

 ぽつり、と呟くダンゴ。その身体はすっかりと水が抜け、筋骨隆々の逞しい肉体になっていた。

 そうしている間に、炎は周囲の嵐を吸収し、ひときわ大きくなった。もはやダクとダンゴの逃走を妨げるものは、何もない。だが、ダクもダンゴも、その場を動けなかった。

「これでお別れよ! 忌々しい、駄肉を纏った存在め……!」

 キャロが右手を天に伸ばすと、火柱は上空へ集まり巨大な竜へと姿を変じる。その凄まじい熱量に、周囲の大気が歪んで見えるほどだった。

「あ……お……」

 全身が焼け焦げ無残な姿になったシティリアが、弱々しく手を伸ばす。ダクにはそれが、必死で助けを求めるように見えた。

「ほえ……! 忍法、ふーじんたつまき!」

 思わず、ダクはシティリアに両手を伸ばし風神竜巻を使っていた。

「もう遅い! すべてを灰と化せ!」

 キャロの右手が、勢いよく振り下ろされる。一切の慈悲もなく、躊躇いもなく天空の火竜が舞い降りる。それは、ダクの竜巻ごとこの地を飲み込む一撃だった。

「ほえ、それなら! 忍法かまいたち!」

 鋭い真空波が、火竜の首へとぶつかる。直後、シティリアの頭上で大爆発が起きた。ダクの持つ忍法の中で最速を持つ鎌鼬が、なんとか割り込みに成功したのだ。

 夜明けの白み始めた空が、ひときわ強い光に包まれる。すべてを吹き飛ばす凶悪な破壊の光は、地上へ届く前にその力を解放した。ダクの身体は吹き飛ばされ、おもちゃのように転がっていく。隣にいたダンゴもまた、くるくると空中を回転して吹き飛んで行った。

「ほえ……キャロ!」

 衝撃波に翻弄されるダクの側を、キャロの華奢な身体が飛んでいく。その顔には、やり切ったという笑みが浮かんでいた。

 大気を揺るがす大爆発は、周囲の地形に大きな爪痕を残して終息する。荒野の中に、突如として開いた大穴は、パンアンの町の人々にとって不吉の象徴として、語り継がれていくことになる。だが、そんなことはダクとダンゴの知ったことではない。気絶したように眠るキャロを抱え、ダクとダンゴは全力でその場を逃げ出した。町から詳細は見えてはいないだろうけれど、派手にやらかしてしまった事実は隠せない。そんな状態で、町へと戻るわけにもいかないのだ。

「エリッサ……ごめんね」

 町を振り返り、ダクは呟く。

「ダク、急ごう。忍務は終わりだ」

 キャロを担いだダンゴが、ダクを促す。

「ほえ!」

 気合の声でうなずき、ダクは走り始めるのであった。

作中の九字印は、完全なフィクションです。決して、ご家庭に持ち込まないようお願い申し上げます。

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