忍務14 中忍ダンゴ、ただいま参上
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忍術使いの中には、己の肉体を変化させて適応させる術が存在する。体内の魔力に頼ることもできるが、忍術は純粋な魔法とは違う。火の忍術であれば火薬が、水の忍術であれば水が必要になる。それらを外部ツールに頼ることもできるが、一部の忍者たちはこれを体内に蓄えることもする。身一つで敵地に乗り込むこともあり、所持品を取り上げたりされることもあるからだ。
風の忍術使いなどは、空気の流れがあればよい。だが、土の忍術使いは、日常的に土を食べることによって体内に土を取り込むなどといった超人的な努力が必要だった。火の忍術使いも、可燃性の油を飲んで胃袋の別スペースに溜め込む、といった涙ぐましい努力をする者もいる。同じく、水の忍術使いは水を大量に摂取する。
あらゆる忍術に精通した頭目の場合は、どうなのか。それは、誰にも知られてはいない。頭目が土や油、水などを飲み食いしている場面など、誰も見たことがないのだ。ただ頭目は、それらを全く食したことがないとは思われない。忍術を極めた上忍に対し、こんな言葉をかけたことがある。
『身体を壊すから、程々にな』
それは、経験者の説得力に満ちた声音だったと伝えられている。
中忍ダンゴは、昼夜を徹して走り続けていた。丸い身体に、短い手足を必死に動かしている。下忍時代から、ダンゴは運動関連の全てが苦手だった。言うまでもなく、たぷん、たぷんと揺れる丸い腹肉のせいである。その重量はフルプレートを着用し、さらにフルプレートを着た成人男性ひとりをかついだよりも重い。むしろ、動けるほうが不思議なほどの太っちょなのだ。
どすん、どすんといった足音が聞こえてきそうな光景だったが、移動は静かだった。彼も下忍の厳しい修行を乗り越え、数々の忍務をこなし中忍に成り上がった男なのだ。
平地に出たダンゴは、手足を使って転がり始める。黒い大玉転がしの玉が、ひとりでに転がっていく。異様ではあったが、目撃者はいなかった。真夜中のことで、見ているのは星と虫、夜行性の獣くらいのものだ。星や虫はともかく獣は、本能的にダンゴを避けた。音もなく転がる巨大な球体に、誰が近づきたいと思うだろうか。ダンゴは無人の野を、ひたすら転がった。
先に送り出した、下忍の子供たちが心配だった。ダクもキャロも、町というものを知らない。飴玉ひとつで、人攫いについて行ってしまうかもしれない。まして、町を襲う魔物が徘徊しているかもしれないのだ。
ダンゴの頭の中には、焦りと後悔があった。やはり、先に行かせるべきではなかったのかもしれない。だが悲しいかな、ダンゴの足ではダクとキャロには追いつけないのだ。中忍である自分の全力疾走は、あの子たちの散歩程度のスピードしか出ない。その事実を知ってしまったときの、ダクとキャロの瞳にはどんな色が浮かぶのだろうか。それを見るのが怖くて、ダンゴは先行偵察の任をふたりに与えてしまったのだ。一人になって、ダンゴの胸に後悔が兆した。だから、なりふり構わずにパンアンの町へと急行しているのだ。
月の光に照らされた、白い石壁の町が見えた。転がっていたダンゴはぴたりと停止し、手足を伸ばして立ち上がる。砦の外壁を利用した町の中へは、門をくぐって入る必要があった。ダンゴにとって、外壁を跳躍して乗り越えることは至難の業だ。門をなんとか突破しなければならないが、今回の目的を考えれば門番と事を起こすのは得策ではない。魔物が再び攻め込んできた場合、警備兵が町を守らなければならないのだ。
どすどすと、ダンゴは町の外壁を回ってみる。周囲に、魔物の気配はない。ダクとキャロの気配も、町の周囲には無かった。町の中で、過ごしているのだろう。そう思ったダンゴの目に、不思議なものが映った。
町の外壁の一部が、砕けてしまっている。魔物の襲撃によるものか、と考えて即座にその考えを捨てた。壁は内側から、強い衝撃を受けて破損しているようだった。襲ってきた魔物に知性があるかはわからないが、町の内側に侵入したなら硬い石壁ではなく木製の門が破壊されるはずだ。
そろり、とダンゴは破砕された部分へ近づいていく。松明が立てられているようだが、警備の人間はいない。内部の様子を見ると、井戸の残骸のようなものが見える。爆発の中心地は、そのあたりのようだった。
壁を背にして、ダンゴは気配を消した。誰かが、井戸の残骸の近くで身をかがめている。何かを、探している様子だった。やがて人影は立ち上がり、手にした何かを布で包んで立ち去っていく。警備兵が戻って壁の穴の前に立ったのは、それからすぐのことだった。ダンゴの姿は、壁の外からすでに消えている。
足早に、人影が人気のない道を歩いて行く。ふと、人影が振り返る。
「……なんだ、ただの大きな砲丸か」
ごろん、と転がる球体に首を傾げ、しかしその男は大した興味も抱かずに再び歩き始める。また、振り返る。
「……なんだ、大きなリンゴか。見られていると思ったが、気のせいだな」
ごろん、と転がる大きなリンゴに、男は興味を失ったように再び前を向く。
「……なんだ、ただの巨大化したダンゴムシだな」
何度か振り返り、そのたびに男は巨大な球体に首を傾げるが気にせず歩いた。そして男が、大きな建物に入って行くのを球体は見守り、物陰に隠れる。球体からにゅっと手足が生え、覆面の頭がぽこんと飛び出す。ダンゴの、擬態である。
ダンゴの擬態は、忍術であった。幻術系の魔術と組み合わせ、己の存在を隠蔽するのだ。この術にかかってしまえば、どれほど異様な物体があろうと当たり前のように思ってしまう。ただし、この術にも欠点はある。二人以上の人間には、掛けられないのだ。男が人気のない道を、それもダンゴが通り抜けられるような道を選んでくれたのは、僥倖といえた。
「ふう。久々に幻惑の術を使ったので、咽喉が乾きましたね」
ダンゴは息をついて、懐から極太の竹筒を取り出し口にくわえた。大量の清水が、ダンゴの胃袋へ落ちていく。咽喉を鳴らし、ダンゴはうまそうに水を飲み干した。おおよそ4リットルほどの水は、瞬く間にダンゴの腹に収まった。これも、忍術のなせる業である。
「さて……ダクとキャロは、どこにいるのかな」
もっちゃりとした声で、ダンゴは呟く。物陰で気配を研ぎ澄まし、探る。ふたりの気配は、ほどなくして見つかった。ダンゴの頭上を飛び越えて、大きな屋敷の屋根へと降り立ったのだ。
「ふむ……」
ダンゴは気配を消して、ふたりを見守ることにした。
草木も眠る丑三つ時、ダクはキャロとともにチゴヤ商会の店舗の屋根に立った。眼下では寝静まった大勢の気配と、不寝番として巡回する冒険者の姿が見える。気配を絶っているので、冒険者に見つかる心配はなかった。
「ここが、エリッサの持ってた像を狙ってるやつらのアジトね」
「ほえ。わかるの、キャロ?」
ダクの問いに、キャロは不敵に笑った。
「念のために、像にちょっとした細工をしといたの。探知の魔法を使えば、像がどこにあるのかはわかるわ。あんたがヘマして、落とした像の場所がね」
「ほえ……だって、キャロがおもいっきりにんじゅつつかったから……」
「だまらっしゃい。根性が足りないのよ、ダクは。ゴンザさまにも言われてるでしょう?」
「ほえ……ごめんなさい」
素直に謝るダクの隣で、キャロが魔法を使う。ぼんやりとキャロの身体が、夜空に光る。
「見つけたわ。像は、やっぱりこの屋敷にあるわね」
キャロの確信する声と同時に、
「誰だ、そこにいるのは!」
眼下の冒険者から、誰何の声がかかる。
「ど、どうしてあたしの位置が……」
「ほえ。たぶん、キャロが光ってるからだとおもうよ?」
探知の魔法の行使により、わずかに発光しているキャロを見てダクが言った。たとえ気配を消そうとも、隠形の術を使わない限り姿はそのまま見えるのだ。
「早く言いなさいよ、馬鹿っ!」
「ほえ、いたい……」
ごつん、とダクの頭の上に、キャロのげんごつが落ちる。
「でも、いまのはキャロがわるいとおもうけど……」
涙目になって、ダクが言った。キャロは勢いのまま顔を下へ向け、指を突き出す。
「と、ともかく! あいつら蹴散らすわよ! 可及的速やかに!」
「ほえ。わかった」
キャロとダクの姿が、屋根から消える。そして現れたのは、屋根を見上げる五人の冒険者の真後ろである。
「な、どこにいっ」
とん、とダクの手刀が軽く冒険者の首筋を叩く。どさり、と冒険者は昏倒した。その音に、他の四人が振り向いた。
「子供……?」
「気をつけろ、かなりの使い手だ!」
「もう一人いたはずだ! どこにいる!」
冒険者たちが、ダクのほうへ向いて思い思いの武器を構える。その足元が、いきなり爆発した。
「忍術、爆炎舞」
爆音とともに、四人の冒険者たちは吹き飛んだ。ダクも巻き込まれたが、屋敷の壁に足をついてこらえた。そのまま元の場所へと戻り、正面に立つキャロに抗議の目を向ける。
「ほえ。ぼくまでまきこまないでよキャロ」
「ぼさっと突っ立ってるのが、悪いのよ」
つん、とすまし顔でキャロが言った。キャロは冒険者たちがダクへ振り向いた隙に、その背後に着地していたのである。そこまでは、非常に息の合った連携だった。
「それに、おおきなおとたてたら……」
ばたん、と屋敷の扉が開き、どやどやと冒険者たちが出てきた。
「何だ、襲撃か!」
六人ほどの冒険者が、武器を構えてキャロとダクに対峙する。
「ほえ……」
「な、何よ! みんなやっつければいいだけでしょ?」
じとっとした目で見つめるダクに、キャロは不機嫌な顔で冒険者たちに向き直った。
「気をつけろ……こいつら、強いぞ」
新たに出てきた冒険者たちのリーダーらしき男が、両手剣を正眼に構えてじりじりと距離を詰めながら言った。ひゅるり、と忍者と冒険者の間に風が吹き抜ける。ころころと、枯れ草が間を通り抜けていく。
「ふん、あたしがあんまり魅力的だからって、そんな大勢でじろじろ見るんじゃないわよ。失礼ね」
ツインテールを揺らして、キャロが挑発的に言った。冒険者たちは一瞬顔を見合わせ、それから肩をすくめて半笑いになる。
「はっ、魅力的、だとよこのおこちゃま」
「笑わせる。十年早いね、お嬢ちゃん」
気まずい空気が、周囲に流れた。ころころと転がっていた枯れ草も、気まずそうに動きを止める。
「ほえ……キャロ、こらえてね?」
嘲笑を受けて震えるキャロの背に、ダクが声をかける。
「わかってるわ、ダク。こいつら、女を見たことがきっと無いのよ。そんな連中に怒っても……」
「女、だとよ」
「笑わせる。そんな筒みたいな体形でか?」
「俺は一向に構わん!」
一部不適切な言葉があったが、そんな声よりもダクの耳に嫌な音が聞こえた。ぷちん、と何かの切れる音だ。
「……臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
「ほえ! キャロまって!」
ゆらゆらと湯気のように、キャロの全身から闘気が立ち上る。ダクの必死の呼びかけは、キャロには届いてはいない。キャロは懐から、竹筒を取り出す。右に十本、そして左に十本。総数二十本の竹筒を器用に持って、キャロは壊れた笑みを浮かべる。
「屋敷ごと、消し飛びなさい。忍術、地獄爆炎竜!」
電光石火の早業で、二十本の竹筒が冒険者たちへ向けて投擲される。同時にキャロは、右手を突き出し左手を添えて、手のひらの先から火炎の竜を生み出した。
見かけは、キャロの細腕と同じ大きさの小さな竜である。だが、竜が食らうのは上質の火薬だ。これらを飲み込めば、火炎の竜は爆炎を従える巨大な竜となる。屋敷はもちろん、町の半分は飲まれてしまうほどの大破壊を引き起こす、それはキャロの使える最大の忍術だった。
ダクはキャロに駆け寄り、火炎の竜を消し飛ばすべく両手を出して構える。だが、遅い。このままではダクの風が火炎竜に到達する前に、全てが破壊し尽されてしまう。指で風神竜巻の印を結ぶダクの目に、絶望の色が宿る。パンをくれた優しい店主の顔が、甘えてくるエリッサの顔が、浮かんでくる。
「ほえ……」
コンマ一秒の世界で、ダクの呻きがか細く響いた。
「忍術、水流波涛」
そのとき、不思議なことが起こった。ダクたちと冒険者たちの間に転がっていた丸い枯れ草から手足が生えて、静かな声とともに忍術を発動させる。枯れ草から放たれるのは、小さな水流だ。うねうねと空中に浮かぶ火炎竜に降りかかり、じゅっという小さな音とともに消火する。一瞬の後、キャロの投げた竹筒が地面に落ちて乾いた音を立てた。
「忍法、ふーじんたつまき!」
遅れて、ダクの忍法が炸裂する。六人の冒険者は、暴風に巻き込まれてお空のお星さまになった。
「やあ、よく飛んでいったね」
ぽよん、と音立てて、枯れ草が言う。
「ダンゴさま!」
枯れ草に向かって、キャロが呼びかけた。すると、枯れ草のてっぺんから頭がにょきりと生え、丸い覆面顔がダクとキャロに向けられる。
「ほえ? あ、ダンゴさま!」
ダクは枯れ草の正体に気が付いていなかったらしく、驚きの声を上げた。
「中忍ダンゴ、ただいま参上」
ばさり、と枯れ草が散らばり、忍者服に包まれた丸い身体が現れる。誰あろう、それは中忍ダンゴの姿であった。ダクはぽかんと口を開けて、ダンゴに目を向けている。
「待つんだ、キャロ」
そして、忍び足で逃げようとしたキャロの襟首をダンゴが捕まえる。
「だ、ダンゴさま……」
ダンゴはキャロの身体を小脇に抱え、キャロのお尻を前面へと据える。
「ダクには、事情を話してもらう。キャロは、お仕置きだね」
すぱーん、と良い音が鳴った。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
お尻を叩かれ、キャロが悲鳴を上げる。肉厚なダンゴの手のひらで叩かれると、痛いのだ。
「町で、あんな、大きな、術を、使うんじゃ、ありません」
すぱん、すぱんとダンゴはキャロのお尻に連続攻撃を繰り出した。
「ほ、ほえ、ダンゴさま」
涙目になっているキャロを見かねて、ダクが声を上げた。
「ダク。この場所は、忍務とどう関わりがあるのかな?」
にっこりと口元で笑いながら、ダンゴが問いかける。糸のような細い目の奥は、笑ってはいなかった。
「ほえ……あぅ」
言葉に詰まり、うつむくダク。
「ぼ、ぼくは、こまってるエリッサをたすけたくて……」
ちら、と上目遣いになって、ダクがダンゴに言う。
「なるほど、よくわかった。とりあえず、事態を片付けないといけないね。でも、その前に」
どさり、とキャロの身体を落としたダンゴが、ダクに向かってゆっくりと歩み寄る。
「ほ、ほえ……?」
半歩、足を後ろへ下げる。ダクができたのは、そこまでだった。気が付けばひょいとダンゴに抱えられ、無防備にお尻をさらされてしまう。
「忍務を無視してるダクにも、お仕置きだ」
「ほえぇぇ!」
すぱーん、すぱーんと快い音が、パンアンの町の夜空に響いていった。




