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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務13 わるいのはだあれ?

 冒険者は、基本的にギルドから出される依頼を受ける。依頼の報酬は難易度によって変わり、小銭稼ぎや一攫千金の危険な依頼もある。ギルドから出される依頼は多岐にわたり、ギルドへ行けば冒険者は依頼に不自由することはない。

 だが、偶にギルドの管轄外で依頼を受けることもある。ギルドに依頼料を払えない、貧しい村を救うなどといった人道的な見地の冒険者による依頼受注もそのひとつである。

 冒険者の戦闘能力は、一般人とは隔絶している場合がほとんどである。利用価値は、高い。裕福な商人などは、冒険者と誼を結び個人的な依頼をすることもあった。ギルドに支払う手数料を惜しんでか、はたまた法に抵触するような依頼であるのか。

 金銭に困った冒険者や、義理を抱えた冒険者などは、そういった裏で出される依頼を受けざるを得ない。ギルドに管理はされていても、冒険者の本質は良くも悪くも自由を愛する者たちなのだ。



 エリッサに連れてこられたのは、貧民層の使う古びた井戸である。町の外壁に面しており、周囲に雑草が生えてちょっとした広場のようになっている。昼過ぎのことであったが人通りは無く、しんと静まり返っていた。

「ここが、いどだよおにいちゃん」

 ダクの腕にぶら下がったエリッサが、得意な顔で言った。

「見ればわかるわよ。ずいぶん古いみたいね。ちょっとガタがきてるんじゃないの?」

 反対側でダクの腕を捕らえるキャロが、呆れた声を上げた。朽ちかけた井戸の滑車に目をやると、おんぼろ具合がよく表れていた。これでも現役なのだとすると、ちょっと使用をためらうほどだ。

「みんな、ちょっととおいところのいどをつかうの。ここをつかうひとは、ほとんどいないよ、おにいちゃん」

「ほえ。それで、ひとがあんまりいないんだね」

 無人に見える井戸の周囲を見やりつつ、ダクはのんびりと言った。

「やましい物を隠すには、うってつけの場所、ってわけね」

 うなずきながら言って、キャロがダクの腕からそっと離れる。じろり、と目をやるのは井戸の近くにある小さく粗末な掘っ立て小屋だ。

「エリッサ、ぼくのうしろにかくれててね」

 ダクが、エリッサを庇うように小屋のほうへ向いた。こくん、とうなずいたエリッサは、ダクの腰に手を回して素直に後ろへ隠れる。

「ほえ。キャロ、いつでもいいよ」

 棒立ちで小屋と向かい合いながら、ダクが言った。キャロはエリッサにちらと視線を送り、小屋を見て小さく息を吐く。

「……そんな大きな術は使わないわよ」

 言いながら、キャロは懐に手を入れ細い筒を一本取り出した。無造作な動きで、その筒を小屋へ向かって投げる。

「忍術、鮮烈爆炎!」

 キャロの手から小さな火球が放たれて、空中にあった筒へ命中する。直後、轟音と爆炎が小屋を包む。熱風が広場に吹き荒れ、古井戸がぎしぎしと軋んだ。

「忍法、かぜのばりあー」

 ひょいと出されたダクの右手の先で、風が渦巻いた。飛んできた小屋の破片が、風に弾かれ地面に落ちる。

「ほえ。おおきなじゅつは、つかわないんじゃなかったの?」

 人の頭ほどもある破片を弾きながら、ダクが言った。

「破壊力は、そんなに大きくないわ。私の使える術の中じゃあね」

 爆炎を前にツインテールをなびかせて、キャロはしれっと言った。小屋はほぼ全壊といってよく、木の枠がめらめらと燃えている。その跡地には、ちりちりパーマになった大男が呆然と立ち尽くしていた。

「ごほ、て、てめえら……何者だ!」

 小屋の前に立つキャロとダクに向かい、正気に返った大男は吠えた。

「アレで仕留めきれないなんて……結構丈夫なのね、町の人って」

「ほえ。がんじょうだね」

 ダクとキャロは顔を見合わせ、そんなことを言い合っていた。

「鎧着てなきゃ死んでるわ! 何なんだてめえらは!」

 大男から、抗議と問いがやってくる。

「ほえ。ぼくは……」

 言いかけたダクを、キャロが前に出て手で制した。

「あんたこそ、さっきからあたしたちを見張ってたみたいだけど、何なのよ? いくらあたしが可愛いからって、殺気まで出して見張るようなのはお断りなんだけど?」

 きっぱりと、キャロは言い切った。大男はのっそりと小屋の跡地を出て、キャロとダクに近づいてくる。

「誰が、てめえみてえな筒型体形を好き好んで見張るかよ! 自意識過剰か? こら」

 ダクの耳が、ぷちん、と何かの切れる音を聞いた。同時に、ぞくり、と背筋を悪寒が駆け上る。

「ほえ、エリッサ。ぼくにつかまって!」

「うん。ぎゅってするね、おにいちゃん」

 エリッサを抱えるように手を伸ばし、ダクはその場から全力で飛びのいた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……」

 素早く印を組み、大男をキャロが睨み付ける。町の外壁の上へ飛び上がったダクは、額に手を当ててそれを見つめていた。

「ほえ……エリッサ、ふせて」

 エリッサを押し倒し、ダクはその上へと覆いかぶさる。

「きゃっ、お、おにいちゃん……」

 なぜか赤面しながら、エリッサが熱っぽく呟く。直後に、大気が震えた。

「忍術、轟炎竜! 燃え尽きて、後悔しなさい!」

 キャロが数本の筒を男の周囲にばらまき、同時に引火させる。巻き起こるのは、大轟音と爆炎のコラボレーション。周囲一帯を、炎をまとった風が叩きのめし、焼き尽くしていく。ダクのいる外壁の上にまで、細かな石や地面の破片などが飛来する。がんがんと、ダクの全身へ衝撃が走った。

「ほ、ほえ、ほえ! い、いたい」

 術に恐怖しているのかエリッサは目をつぶり、なぜか口をタコのようにとがらせている。そんなエリッサを全身でかばいながら、ダクは暴虐の時が過ぎるのを待った。

 天まで届くような炎が、竜のごとく空へ上る。ぼろぼろになった大男の、上空へ。

「これで、とどめよ!」

 キャロが右手を振り上げ、振り下ろす。炎の竜は意思を持つかのように、その咢を地上に倒れ伏す大男へと向けて急降下した。

「ほえ! それいじょういけない!」

 竜と男の間に、ダクが割って入った。

「どきなさい、ダク! もう止められないのよ!」

 ダクの頭上から、大量の炎の塊が瀑布のように降り注いでくる。ダクは両手を天へ向けて伸ばした。

「忍法、ふーじんたつまき!」

 風の塊と炎の塊が、ダクのすぐそばで激突した。落ち行く竜が、嵐に乗って再び天へと還っていく。凄まじくも美しい、光景だった。

「ダク、どうしてそいつをかばうのよ!」

「ほえ、キャロ。おちついて」

 ダクに駆け寄り、キャロが食って掛かる。ダクはキャロに向き直り、にへら、と笑ってみせた。術を間近で止めたダクは、無傷では済まなかった。忍者服の上半身はぼろぼろに焦げて破れ、両手は皮膚が破け血がにじんでいる。その姿に、はっとなってキャロは足を止めた。

「ほえ。このひとから、おはなしきかなきゃでしょ?」

 倒れたままぴくぴくと痙攣する大男を指差して、ダクが言う。キャロはうつむき、こくん、とうなずいた。

「キャロ、このひと、つれてってもらっていい?」

「あんたはどうすんのよ」

「エリッサをつれて、かくれる。もうすぐひとがいっぱいくるから」

 ダクとキャロの耳には、大量の人の足音が聞こえていた。騒ぎを聞きつけて、誰かがやってくるのは間違いない。影に生きる者として、正体を知られるのはご法度なのである。キャロは素直にうなずいて、大男の脇に潜り込んで持ち上げた。

「それじゃ、あの廃屋で落ち合いましょ」

 言いながら、キャロは大男を持ち上げたまま姿を消した。ダクも、外壁へと飛び上がりエリッサの手を引いて起こす。エリッサはまだ目を閉じて、口を突き出していた。

「おにい、ちゃん? どうしたの、ワイルドなかっこになって」

「ほえ。はなしはあとだよ、エリッサ。ぼくにつかまって」

 煤けた裸の胸にエリッサを抱え、ダクは跳躍する。ぎゅっとしがみつくエリッサの懐から何かが転げ落ちて、古井戸のあった場所へと落ちた。だが、ダクはそれには気づかずに移動を続けた。全身が痛くて、ダクにも珍しく余裕が無かったのだ。


 廃屋の中で、エリッサはダクに包帯を巻いていた。

「ほえ、ぐるぐるまきだね……ミイラみたい」

 両腕と胸に巻かれた包帯に、ダクはそんな感想を漏らす。修行でゴンザにピラミッドへ叩きこまれたときに、ミイラを見たことがあるのだ。

「おにいちゃん、ごめんなさい、わたしのために……」

 ぐるぐるとミイラを作るエリッサの目から、涙がこぼれる。

「辛気臭いことしてるんじゃないわよ。そんな怪我、唾でもつけておけば治るわ」

 座らせて縛り上げた男を前に、キャロが呆れた声を上げる。されるがままにミイラとなっていくダクに、ちょっと険しい視線を送りながら。

「じゃ、じゃあ、わたしがなめてあげようか、おにいちゃん?」

 目を光らせて、エリッサが言う。ダクは首を横へ振り、エリッサの頭を撫でた。

「ほえ。もう治りかけてるから、だいじょうぶだよ」

 そう言うと、エリッサは少し残念そうな顔になってミイラ作りを再開した。

「ほえ。そろそろ、めをさますね、このひと」

 首あたりまで包帯まみれになったダクが、ぽつりと言った。大男も全身にやけどを負っていたが、こちらはキャロが乱暴に薬をぶっかけるだけで済まされていた。

「んん……ハッ、こ、ここは」

 うっすらと目を開けた大男が、視線をあちこちへと動かす。ダクと、エリッサ、そしてキャロを発見した男は、恐怖に顔をひきつらせた。

「ば、ばけもの……」

「失礼ね。こんなに可愛い女の子に向かって。あんた、さてはモテないでしょ?」

 不機嫌な顔で、キャロが問う。その背後では、ミイラ作りが佳境になっていた。

「ほえ、おじさんに、ききたいことがモゴモゴ」

 口にまで包帯が伸びて、ダクはもごもごとしか喋れなくなってしまう。息を吐いて、キャロが大男の正面に座り目を合わせる。

「洗いざらい、喋ってもらうわよ? 拒否権は、無いんだからね」

「ひ、ひいい! お、俺は冒険者だ! 依頼の内容は、口が裂けても……」

 キャロの瞳の中に、炎が揺らぐ。見つめる大男の顔から、恐怖の感情が抜け落ちていく。だらり、と頬肉が下がり、大男は呆けたような顔つきになった。

「何で、あの古井戸を見張っていたの?」

 キャロの質問に、大男の口から声が漏れる。

「雇い主から、言われたから」

「何て言われたの?」

「像を持ち去ったやつが、井戸に戻ってくるかもしれない。念のため、お前はそちらを当たれ」

 平坦な口調で、大男は言った。

「雇い主は、誰?」

「チゴヤ商会の、商人」

「雇われたのは、あんた一人?」

「俺と、兄貴の二人。兄貴は、像を持ち去った奴を追いかけて、頭がおかしくなった」

 大男の言葉に、キャロはちょっと首を傾げた。だが、キャロは冒険者についてはあまり詳しくなく、突然頭のおかしくなることもあるのかも、程度にしか思わなかった。

「像を見つけて、どうするの?」

「雇い主に渡す。それで、兄貴の借金は帳消しになる」

「そう。それじゃ、最後の質問よ」

 キャロは大男の目を見つめたまま、問いかける。大男の全身が、細かく震えている。限界が、近いようだった。

「雇い主は、どこにいるの?」

「……町の、屋敷に、雇った冒険者を、警護に……」

 がくり、と大男の首が落ちた。これ以上は、何も聞き出せそうにはない。キャロは大男をそのまま打ち倒し、ダクとエリッサへと振り向く。

「……何やってんのよ?」

 全身に包帯を巻いたダクに、エリッサが小さく拍手をしていた。

「ほえ、みえない、きこえないー」

「ちょっとつよくしめつけちゃった? おにいちゃん」

「あたしを働かせて、遊んでんじゃないわよ!」

 ごつん、とキャロのげんこつが、ダクに落とされたのであった。

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