忍務12 どっちが大事?
冒険者とは、ギルドによって管理される戦闘人員である。国家間のしがらみに緩く囚われつつも自由はあり、自身の裁量によって行動する権利をある程度与えられていた。
もともとは戦時には傭兵として、そして平時には野盗として暴れまわっていた者たちである。例外的に、少数の者が秘境に赴き探索をしたり、善意で魔物を駆除したりもしていた。そんな少数の者たちの手によって、冒険者ギルドは作られた。戦力の拡充と、治安維持が目的だ。
ギルドの管理外にいる無法者は、国家の力を借りて討伐する。大陸の覇権を握る聖王国のバックアップもあり、今では冒険者はギルドによってほぼ完全な管理をされていた。
冒険者は、その職能によって大別される。戦士、魔法使い、盗賊などである。僧侶は教会や寺院などの所属であるので、ギルドは関与しない。ついでに、勇者という職能は無く、称号としてあるのみだ。
ギルドに所属する盗賊は、野盗や山賊、海賊などとは一線を画する。賊、という言葉は使ってはいるものの、犯罪を犯す職能ではない。罠の解除や建造物内の調査、そして戦士よりも劣るものの戦闘においても実力を発揮できる万能職ともいえる。冒険者たちが徒党を組む際、パーティに一人は欲しい職能、それがギルドの盗賊であった。
ダクとキャロは、エリッサに案内されて町の廃屋に身を寄せ合っていた。そこそこ裕福だった商人が購入した別荘だったそこに、持ち主はもういない。手入れもろくにされず、朽ちゆくに任せるしかない粗末な家屋である。貧困層の最底辺の住人が、勝手に住処としても文句はどこからも来なかった。
「ここなら、だれもこないよ、おにいちゃん」
土の上に敷かれた筵の上で、楽しげにエリッサが言う。
「ほえ、エリッサは、ここに住んでるの?」
今にも腐り落ちてきそうな天井を見上げ、ダクが聞いた。
「うん。あめがふっても、ここにいればだいじょうぶだから」
うなずいたエリッサが、甘えるようにダクに身を寄せる。ぽんぽんなでなでと、ダクはそんなエリッサの頭を撫でた。
「それで? これからどうするのよ、ダク」
不機嫌な声で尋ねるのは、キャロである。ダクの隣に、微妙な距離を置いて座っていた。廃屋の居間は十畳ほどの広い空間だったが、ダクとエリッサがくっついているのでキャロも距離を詰めたのだ。
「ほえ。エリッサがどうしてわるいひとにおそわれてたのか、きかなくちゃとおもって」
ダクの言葉に、不機嫌そうなキャロの眉がぴくりと上がる。
「それで? 聞いてどうするのよ」
「ほえ……? たすけてあげるんだけど」
「おにいちゃん……」
瞳を潤ませて、エリッサがダクを見上げる。対照的に、キャロの表情はますます険しくなる。
「ダク、あんた、ここへ何しにきたか、覚えてる?」
「ほえ。まものをやっつけるために、きたんだよ」
当然、という顔でダクはうなずく。
「不正解」
ダクの頭の上に、キャロのげんこつが落ちた。ゴンザのものとは比べ物にはならないが、それでも痛い。
「ほえ、ちがうの?」
頭を押さえ、ダクが聞く。なでなで、とエリッサがダクの頭を撫でている。
「撃退された魔物を追って、撃滅させなきゃでしょうが。町へ来たのは、そのための情報を得ることが目的なのよ。この子を助けることは、あたしたちの忍務に何の関わりもないの。わかるかしら?」
両手を腰に当てて、キャロは真正面からダクに説いた。
「ほえ、でも……」
キャロの迫力に首をすくめながら、ダクは控えめに言った。
「でも、何?」
「エリッサが、こまってるから」
「それがどうしたのよ?」
「ぼくはおにいちゃんだから、たすけてあげないと」
ごつん、とまたキャロのげんこつがダクに落ちた。
「ほえ、いたい……」
「あんたと、この子は兄妹でも何でもないでしょうが!」
「おにいちゃん、だいじょうぶ?」
心配そうに、エリッサがダクを見る。座っているダクを後ろから守るように、抱きしめる。
「おにいちゃんを、いじめないで」
キャロに、エリッサが言った。キャロは鋭い視線を、エリッサに向ける。わずかに、キャロの全身から殺気が放たれた。
「ほえ、キャロ。だめだよ」
キャロを見上げるダクの目に、強い意思が宿っている。キャロもダクも、優秀な下忍である。見つめ合うだけで、簡単な意思の疎通ができた。
「……わかった、わよ」
折れたのは、キャロのほうだった。顔をうつむけて、殺気を霧散させる。
「でも、ダク。あたしたちは、共同忍務の最中なのよ。それは、覚えておきなさい」
言い捨てて、キャロは姿を消した。ダクはほっと息を吐いて、エリッサの腕をほどく。
「ほえ。エリッサ、ありがと」
「どういたしまして、おにいちゃん」
にこにこと言って、エリッサがダクの横に座り直した。ダクはそんなエリッサを正面へすえて、座り直す。
「あっ」
声を上げて、今度はエリッサがダクの横へと移動する。ダクは移動した先へ、くるりと身体を回す。すると、エリッサはまたダクの横に回る。そしてダクが身体を回す。くるくると、ダクとエリッサは回り続けた。
「あはは」
エリッサは無邪気に笑いながら、どたどたと居間の中を駆けまわる。細かな埃が、部屋中に舞った。
「ほえ……めがまわる」
くらくらと目を回し動きを止めたダクの隣に、エリッサがくっつくように座った。
「わたしのかちだね、おにいちゃん」
にぱ、と笑顔でエリッサが言った。激しい運動のためか、うっすらと汗をかいていた。
「ほえ。エリッサにはかてなかったよ……」
くっつかれて、ダクはぐるぐるお目目で言った。
「はよ話し進めなさいよ!」
ごつん、とダクの頭に落ちてきたのは、キャロのげんこつだった。
「ほえ! いたい……」
「これ以上時間を無駄にするなら、このぼろ小屋吹き飛ばすからね」
小屋の中に蔓延する埃に目をやりながら、キャロが言った。
「ほえ、どうしてもどってきたの?」
ダクの問いに、キャロは言葉を詰まらせる。それから、立ったままダクを睨みつける。
「あんたが遊んでて、あたしだけが働くのもなんかアレだからよ!」
渾身の、キャロのげんこつが決まった。ダクは、頭の上に星を出しながらふらふらする。
「ほえー……」
ダクの頭に出来たたんこぶを、エリッサがなでなでした。
ダクとエリッサをキャロが無理やり引き離し、三人は車座になって座った。少し頬を膨らませるエリッサを、ダクがほえほえ言ってなごませる。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうかしら」
懐から分厚い座布団を出したキャロが、エリッサに向けて言った。座布団に座ったキャロは、ダクとエリッサより高い位置になって満足したようだった。
「おにいちゃん。これ、みて」
そんなキャロをスルーして、エリッサはダクに金属でできた物を見せる。ダクたちのように忍者でないエリッサが、懐を膨らませて持っていたものだ。手に取ってみると、ほのかに温かかった。
「ほえ……これ、なんだろ? どうぶつ、かな」
ダクは手に取った物を見て、首を傾げる。それは、炎を上げて、身体を燃やす犬のような彫像だ。上からのぞきこむキャロが、ダクの手の中の物を見て息をのんだ。
「ちょっと、貸しなさい」
言われて、ダクは手の中の物をキャロに渡す。キャロはしげしげと、色んな角度に傾けてそれを見た。
「それ、なにかわかるの、キャロ?」
ダクの問いに、キャロは難しい顔で唸る。
「たぶん、としか言えないわね。でも、これは……」
彫像の、頭の部分を確認しつつキャロは言う。
「邪悪な、闇の炎の精霊の像、じゃないかしら……あたしは炎の術をよく使うから、何となくわかるの。強い忍術を使うときに、傍らに浮かび上がる精霊の姿があって……それに似てるわね」
「ほえ。キャロもせいれいさんがみえるの? ぼくは、ぶつりちゃんくらいしかみえなかったけど」
「何よ、そのぶつりちゃんって?」
「ぶつりのせいれいさんだって、いってた」
「聞いたことないわね……まあ、いいわ。たぶんこれは、闇の炎の精霊の像ってことで間違いないと思う。あなた、これ、どこで拾ったの?」
キャロの問いに、エリッサは真剣な顔になってダクのほうを向く。
「きょう、いどにみずをくみにいったの。そしたら、いどのなかがぴかぴかひかってて……いどのなかにはいって、みてみたらそれがおちてたの」
エリッサの話によれば、それを拾って家に持ち帰ろうとしたところ、盗賊ふうの男に襲われたのだという。なんとか必死に逃げたが、袋小路に追い込まれたという。
「それをわたせ、そうすれば、くるしまないようころしてやる……って、こわいかおでいわれたの」
エリッサは真剣な様子で、先ほどの男の態度を再現する。一生懸命に低い声を出すその様は、可愛らしかった。
「ほえ……それで、たすけてって、いってたんだね」
ダクの問いに、エリッサが笑顔でうなずいた。
「うん! おにいちゃんが、たすけてくれたんだよ!」
そう言って、エリッサは勢いよくダクに抱きついた。キャロの眉が、ぴくりと動く。こほん、とわざとらしく咳払いをするが、ダクはきょとんとしたまま甘えるエリッサの背を撫でている。
「ほえ、キャロ、かぜひいたの?」
尋ねるダクに、キャロがげんこつを落とす。
「あたしが風邪ひくわけないでしょ。それより、行くわよ!」
キャロがダクの腕をつかみ、立たせる。ぐいぐい腕を引かれ、ダクはエリッサをぶら下げたまま廃屋の外へと連れ出された。
「ほえ、どこいくの?」
「その、井戸よ。エリッサが像を拾った場所に行くの。とりあえず、手がかりっていったらそこしか無いんだから」
ずんずんと歩いていたキャロの足が、ふいに止まった。キャロにぶつかるようにして、ダクとエリッサも停止する。
「ほえ、どしたの?」
ダクが首を傾げ、キャロに問う。掴まれた腕が、小刻みに震えている。振り向いたキャロの顔は、真っ赤になっていた。
「……その井戸に、案内してくれる?」
ダクの腕にぶら下がるエリッサに、キャロが聞いた。屈辱の、面持ちだった。くすくす、とエリッサが笑う。
「うん。いいよ。わたしのとっておきのばしょ、おにいちゃんに、みせてあげるね」
エリッサはダクに向けて言い、反対側からダクの腕を引いて歩き出す。せめてもの抵抗に、キャロはダクの腕を離さずに抱えこむ。
「ほえー、そんなにひっぱったら、うでがのびちゃうよ」
両腕をそれぞれ捕らわれたダクは、ただただついて行くのみだった。




