忍務10 中忍ダンゴと愉快ななかまたち
共同忍務は、下忍たちを束ねる中忍、もしくは上忍より与えられる忍務だ。強大な敵性存在に立ち向かうため、大規模な捜索任務のため、様々な目的のため、共同忍務は与えられる。
最小単位は、3人となる。監視役の中忍ひとりと、下忍がふたり。下忍の中には、個性の強い者もいる。それをうまくまとめ上げ、忍務を成功へと導くのが中忍の仕事だ。責任は重い。一方で配下の下忍たちも、通常の忍務とは異なる責を課せられる。自身がいかにうまく立ち回ろうとも、仲間が失態を犯せばそれは自身の失態となる。連帯責任というものだ。
互いの力量を見極め、力を合わせて忍務に当たる。読み違えれば、待つのは忍務失敗の汚名と処分。共同忍務とは、あらゆる意味で難易度の高い忍務なのだ。
頭目の待つ部屋へ入ったのは、ダクが最後のようだった。木像の前に腕組みをして座する頭目と、右横にはゴンザが立っている。その手前に、まん丸な身体を忍者服に包んだ男と、少し後ろに下忍の少女キャロが平伏していた。
「ほえ、げにんのダク、ただいまさんじょうしました」
言いながら、ダクがひざまずくのはキャロの隣である。まん丸の男が、顔を上げて頭目を見上げる。
「中忍ダンゴ、以下下忍2名うち揃いましてございます」
まん丸の男が、柔らかな声で言った。頭目が、こくりとゴンザにうなずく。ずい、とゴンザが一歩前へ出た。
「それでは、これより共同忍務を言い渡す。心して聞けい」
ゴンザの宣言に、ダンゴとキャロ、そしてダクが一斉に深く頭を下げた。乱れのない、ぴったり呼吸のあった仕草だ。頭を動かした拍子に、ダクの耳とキャロのツインテールの髪が同時にぴくんと上下する。それに合わせて、ダンゴのふくよかな腹部がふるんと揺れた。タイミングは、ばっちりだ。
「隣領ゴロンド公爵領の町より、魔物の襲来の報告があった。町へ急行し、近隣の魔物を根絶せよ」
ははっ、と三人がうなずく。
「町は、無事なのですか?」
質問をしたダンゴに、ゴンザはうなずいた。
「うむ。町の警備兵の働きと、居合わせた冒険者の手によって被害はそこそこで済んだとのことだ」
「むむむ……」
ゴンザの答えに、ダンゴは丸い顔を難しい表情にして唸る。
「どうかしたんですか、ダンゴさま?」
首を傾げて、ダクは聞いた。隣のキャロも、不思議そうな表情である。
「警備兵と、冒険者の協力で、追い返した……ということでよろしいのでしょうか」
ダンゴが、再びゴンザに問いかける。
「そうじゃ。追い返しただけで、殲滅はできておらぬ。それゆえ、我らの出番なのじゃ」
「……かしこまりまして、ございます。一命に換えましても、忍務を全うしてみせます」
ダンゴの丸い顔に、悲壮な覚悟が浮かんでいた。
「そう固くなるな、ダンゴよ。ダクとキャロは、幼いながらも一騎当千の強者じゃ。うまく使いこなして、手柄を挙げてまいれ」
がちがちになったダンゴを解きほぐすように、気楽な調子でゴンザが励ました。
「では、すぐに現地へ向かいまする。ダク、キャロ、ゆくぞ」
ダンゴは緊張の面持ちのまま、姿を消した。松明の火が、ぐらりと揺れる。
「それでは頭目、ゴンザさま、いってきます! ダク、早くしないと置いてくわよ!」
続いてキャロも立ち上がり、姿を消した。そよそよと、松明の火がたなびいた。
「ほえ、まってよキャロ……あ、とーもく、ゴンザさま、いってきまーす」
のほほんとして、ダクも立ち上がる。てくてくと部屋の出口へ行き、扉をきちんと閉めて姿を消した。
忍務先の町までは、馬車で6日かかる。忍者の脚力ならば、2日で到達できる距離だ。日頃の訓練の、たまものである。
「ほえ……ダンゴさま、どーしたんだろ? なんか、こわいかおになってる」
風を巻いて走りながら、ダクがキャロに話しかける。隊列の先頭はダンゴで、後ろにキャロとダクが並んで走っている。ダンゴの走りはダクにとってそれほど速くはないため、おしゃべりをする余裕があった。
「町の人が、心配なんじゃないの? ダンゴさま、優しいし」
キャロもまた、走りながら答える。赤毛のツインテールが風に泳いで、ふよふよしていた。キャロにとっても、ダンゴのスピードは楽に追従できるものらしかった。
「ほえ。そうなのかな」
「まあ、どのみちあたしたちが心配することじゃないわよ。中忍の方々にも、色々事情っていうものがあるんでしょ」
言いながら、時折キャロは後ろを振り返る。
「ほえ、どしたの? キャロ」
ダクも後ろを振り向いてみるが、誰もいない。物凄いスピードで、通り過ぎた木々が遠ざかっていくだけだ。
「後ろから、ゴンザさまが追いかけてこないって……すっごく良いことね、ダク」
「ほえ。そうだね」
修行の風景を思い出し、ふたりは少し顔を青くした。こんな速度で走っていると、ゴンザの鞭が飛んでくるのだ。ゆでだこのような形相の、ゴンザの手から。キャロとダクは頭を振って、浮かんだゴンザの幻影を打ち消した。
「ほえ、キャロ。これたべる?」
走りながら、ダクは採りたての木の実をキャロに差し出した。
「あら、クルミね。ありがと」
クルミを受け取ったキャロが、走りながら空中でクルミの殻を割る。ダクもクルミを割って、実を口に入れた。もぐもぐしながら、二人はダンゴに追随して足を動かしていた。
「……それにしても、ダンゴさま、どうしたのかしら? あんまりのんびりしてたら、遅くなっちゃうのに」
クルミの殻を投げ捨てて、キャロが言った。傍らで、捨てられた殻をダクが空中でキャッチする。
「ほえ。ごみをすてたら、だめだよキャロ」
「もしかしたら、あたしたちの足に、合わせてくれてるつもりかしら?」
ダクの忠告は、キャロには聞こえていないようだった。そのまま速度を上げて、キャロはダンゴの横に並ぶ。
「ダンゴさま。もう少し、速くしても大丈夫ですよ? あたしもダクも、まだまだいけますから!」
ね、と振り向くキャロに、ダクもうなずく。ついでに、ダクもダンゴの隣に行った。
「ぼ、僕としては、これ、くらいで、ちょうどいい、と……」
途切れ途切れに、ダンゴが言った。だが、キャロは退かない。
「あたしたち下忍の、足の遅さに合わせてくれてるんですよね? お心遣いは、感謝します。でも、あたしもダクも、忍務に選ばれたんです。こんな散歩みたいな速度、へっちゃらです! ね、ダク!」
「ほえ。いそがなきゃ、いけないんですよね、ダンゴさま?」
うなずくダクは、後ろ向きに走りながら言った。びゅんびゅんと木が身体の横をかすめていく。
「ふう、はあ、わ、わかった。それじゃ、もう少しだけ……」
ほんの少し、疾走する一行の速度が上がる。ダンゴの顔を覆う頭巾に、たちまち汗の染みができていった。
「……ダンゴさま、本当に、手加減しなくてもいいですから」
「ほえ。ぼくもだいじょうぶですよ、ダンゴさま」
実力を認めてもらえない、そう感じたキャロが不快な表情で言う。ダクは、逆立ちになって手で走っていた。
「ちょ、ちょっと待って。いったん、停止、して」
ダンゴの足が、止まった。くるんとダンゴの身体が前転をして、ぽてんと木に当たって止まる。ダクとキャロは引き返し、ダンゴの側へ寄った。
「どうしたんですか? まだ、半分も行ってませんよ」
「ほえ、ダンゴさま、どうしたの?」
ダクとキャロの二人に詰め寄られ、ダンゴは言葉を詰まらせる。頭巾の間に布を入れて、汗を拭っている。
「ふ、ふたりは、まだ行けるんだね?」
青い顔をして呼吸を荒げながら聞くダンゴに、ダクとキャロはうなずいた。ふたりとも汗ひとつ、かいていない。ふたりとも三時間ほど軽いジョギングした程度では、疲れを感じないのだ。
「それじゃあ……そう、先行偵察だ。ふたりで、町の様子を見に行ってもらえるかな?」
「ほえ。わかりました!」
「はい。魔物がいたら、そのまま倒してしまっても構いませんか?」
うんうん、とうなずき、ダンゴは懐から扇子を取り出して自らを扇いだ。
「危険だと判断したら、その時点で戻ってきていいから。僕は一休み……じゃなくって、周囲の警戒をしながら進むから」
「了解です。ダク、行くわよ!」
「ほえ。ダンゴさまもきをつけて!」
丸い顔に曖昧な笑みを浮かべるダンゴの姿は、あっという間に見えなくなった。キャロとダクが、先ほどの倍近くのスピードで駆け出したのだ。
「町まで競争ね、ダク!」
「ほえ! まけないよ!」
木々の間を抜けて山を越え、どこまでも駆け抜けていく二つの影。日が沈み、月が沈む。二日目の夜明けを迎えるころ、一つの影が町へとたどり着いた。
「やった、ぼくがいちばんだ!」
街道の先にある町の門を見やり、ダクは喜び飛び跳ねる。周りに人がいないことを確認して、ダクは長い耳をぐにぐにといじった。たちまち、ダークエルフの少年は少し浅黒い肌の少年へと変わる。
「ほえ、いくよ!」
気合の声とともに、ダクは町へ向かい歩き出すのであった。
巨大な木像が、大きな目で部屋を見下ろしている。松明の火が、ばちりと爆ぜる。祭壇の前に座する頭目と、ゴンザが部屋の中にいた。
「ダンゴのやつめ……妙な様子でしたな」
ぽつり、とゴンザが言った。その手にあるのは、巻物数巻の報告書だ。各地の上忍から上がってきたものを、まとめて頭目に報告していたのだ。
「……気になるか、ゴンザよ」
正体不明の声で、頭目は問いかける。ゴンザは報告書から目を上げて、頭目に顔を向けた。
「単なる魔物討伐の忍務に、妙に気負っている様子でございましたので」
「簡単な忍務であろう。特に、ダクがおれば」
「確かに、ダクとキャロの二人がいれば心配はいりませぬか」
「……キャロを一緒に行かせたのは、何故か」
頭目の目が、きらりと光ってゴンザを射抜く。
「実力的に、釣り合いのとれる者を選んだのですが……何か、ございますか?」
「……別に、何も無い」
「左様でございますか。まあ、年も近いことですし、優秀な忍者同士、仲良くなるに越したことは……」
ばきん、と頭目の手元で音が鳴った。頭目の手の中にあった、一巻の巻物が真っ二つに折れている。
「いかが、されました、頭目?」
ゴンザの禿頭に、冷や汗が浮かんだ。何か見落としていたことが、あったのだろうか。不安が、ゴンザの胸の中で大きくなる。
「……お前の気にするところではない。私は、少し外へ出る」
折れた巻物が、頭目の手の中で火に包まれた。瞬く間に巻物は燃え尽きて、灰となった。
「ははっ、かしこまりまして、ございまする」
平伏するゴンザを残し、頭目は姿を消した。しばらくそのままの体勢でいたゴンザは、立ち上がって懐から箒と塵取りを取り出す。双方とも、取っ手に改造が施され巨漢のゴンザでも腰を曲げずに使える優れものだった。
「はて、頭目はどうして、これを燃やされたのだろうか……」
呟きながら、巻物だったものを塵取りへと収めていくゴンザであった。




