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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務小話2 物理の精霊ぶつりちゃん

 この世界の全ての物質、事象には、精霊が深く関わっている。様々な姿を持つ精霊が数多く存在し、干渉しあって現実は営まれているのだ。

 もちろんそれは、物理法則においても例外ではない。リンゴが木から落ちる。当たり前のそんな現象の側に、その姿はある。親指大の、白衣にメガネのちょっと勝気な少女。ラブリーでコミカルなこの少女こそが、物理法則の精霊、ぶつりちゃんだ。彼女は今日も、人には認識できない世界で頑張るのである。



 全国の物理現象のみんな、こんにちは! 私、物理の精霊のぶつりちゃん! この世に物理が生まれてから、世界中のあらゆる所でずっと働き続けているの! 

 荒野にも、私は存在する。風で石ころが転がってく現象にも、私の働きがあるの。それから、目の前で起こっている、僧侶さんのターンアンデッドにも。

 神聖魔法自体は、私の管轄ではなく魔法の精霊さんの担当。だけれど、スケルトンさんの崩壊自体には、私がいなくちゃいけないの。

「哀れな亡者よ! 在るべき場所へ還れ!」

 剣を振り上げたスケルトンに、僧侶さんが呪文を唱えて手をかざす。そろそろ、私の出番だ。私は、スケルトンを構成している魔法の精霊さんに話しかけにいく。

『こんにちは。ぶつりちゃんだよ』

 死霊魔法の精霊は、ちょっと暗めのおじいさん。あっちこっちにカビが生えているけれど、実は私よりも若いの。

『おお、ぶつりちゃん。息災のようじゃな』

『ねえ、筋肉も何も無い骨が、動いているのっておかしくない?』

 挨拶もそこそこに、私は本題を切り出した。あんまり私を歪めるものに、長く関わりたくはないもの。おじいさんは、頭をかいている。

『いや、それはそうなんじゃが』

 おじいさんがたじろぐと、スケルトンの身体が揺れた。ぴしぴしと、あちこちの骨にヒビが入る。

『乾いて滑る手で、どうやって剣を握ってるの?』

 スケルトンの手から、カランと音立てて剣が落ちた。もう一息だ。私は白衣を翻し、びしっとスケルトンを指差した。

『物理法則を、受け入れなさい!』

『ふおー』

 おじいさんがゆるい悲鳴を上げて、消えていく。同時に、スケルトンも光に包まれて骨の身体が崩れ落ちていく。包んだ光は、神聖魔法の精霊の仕事だ。そこにツッコミを入れると、魔法の精霊ぜんたいから恨まれるから、しない。

『お疲れ様、ぶつりちゃん』

 グッとガッツポーズを取る中年マッチョ男性、神聖魔法の精霊さんにガッツポーズを返す。ここでの私の大仕事は、これで終わり。輝く月の光が綺麗なので、石ころを転がすのをちょっと止めて見上げた。


 私は、世界のあらゆる場所に存在する。エルファン領の下忍宿舎にも。すやすやと静かに眠る下忍たち。気持ちよく眠っているようだけれど、ごめんなさい。明らかな間違い、見つけちゃったの。

『こら、壁や天井に張り付いて、どうして落ちないのよ!』

 私は一喝したが、反応は無い。あたりを見渡してみるけれど、魔法の精霊の姿は見えなかった。

「ほえ……あしとかてとかで、つかまってるからだいじょうぶ……ほえ……」

 可愛いダークエルフの下忍少年が、寝言で言った。その少年もまた、天井に張り付くようにして眠っている。

『寝ながらそんな器用なこと、出来るわけないでしょ!』

「ほえ……」

 私のツッコミを受け流し、少年は熟睡を続ける。少年の隣で寝る下忍の鼻ちょうちんを、ぱちんと割った。特に意味は無いが、なんとなく腹立ちまぎれだ。

 それから一時間ほどツッコミを続けてみたが、私の声に耳を貸して壁や天井から下忍たちが剥がれ落ちることは無かった。がさごそとあちこちで下忍たちが起き上がり、ふわあ、とあくびをする。実に、いけ好かない光景だ。

 宿舎を出た下忍たちが、古井戸で水を飲み整列する。どうやら、ランニングに出かけるみたい。

『桶いっぱいの水を、一瞬で飲むのやめなさい!』

 私のツッコミは、やっぱり誰も聞いてはくれなかった。

 物凄い速度で走り出した下忍たちを、私は追いかける。追いかけながら、大声を上げるのは大変だ。

『土の上を走ってるなら、砂埃くらい上げなさい! 足音、消さないで!』

 私の必死の叫びは、下忍たちの誰にも届かない。それでも、川を渡る下忍たちに私はツッコミを続ける。

『こらあ、右足が沈む前に左足を出して、水の上を歩くんじゃありません!』

 下忍たちは、やはり聞く耳を持ってはくれない。誰も、私に目もくれず何かに追われるように走っていく。

『ねえ、待って! 待ってってば、ねえ!』

 声を振り絞る私の側を、下忍たちは一瞥もくれずに通り過ぎていく。ここまで完璧に無視されるのは、精神的にクるものがある。

「何をのんびり走っておるか、お前ら!」

 両手に鞭を持った禿げ頭の忍者が、下忍の後ろから物凄いスピードで走ってきた。

『あ、あなたの鞭って、どうしてうねうね動いて……』

 ひゅん、と風が通り抜ける。ついて行くことさえ、出来なかった。置き去りにされた私は足を止めて、がくりとうなだれた。うつむいた顔から、しずくがぽたりと落ちる。

『どうして、誰も聞いてくれないの……うう』

 わんわんと、人目もはばからずに私は泣いた。人には見えない身体だから、できることだ。

『うう……ゆるしゃない、わたしに、さからうなんで……』

「ほえ、どうしたの?」

 とてとてと、ダークエルフの男の子が近づいてくる。私を、完全に認識している動きだ。

『うう……どうして、私を……私が、みえるの?』

「うん。みんなについてこうとして、ないてるのがみえたんだ。どうしたの?」

 こくん、と首を傾げ、男の子は私を見下ろしていた。私は男の子を見返して、急いで涙を拭った。

『あなただって、私を無視して眠ってたでしょ』

 天井に張り付いて、眠っていた下忍の男の子だった。

「ほえ。ゆめのなかでおへんじしたよ?」

『出来るわけないでしょ、そんなこと!』

 立ち上がって、ツッコミを入れる。男の子は、平気な顔をしていた。

「ほえ、げんきになったね」

 にこりと笑顔を向けて、男の子は私の隣に腰掛けた。

『……あなたは、走らなくていいの?』

「ほえ。ぼくはきょう、おやすみなんだ。きみは、だれ? さとの人じゃ、ないよね?」

 男の子の問いかけに、私はすくっと立ち上がる。これは、チャンスだ。さっきの無礼な連中ぜんいんに、私の存在を思い知らせる機会の到来かもしれない。

『私は、物理の精霊ぶつりちゃん。あらゆる物理現象に寄り添う存在だから、この里の者ではあるわよ』

「ぶつりちゃんっていうの。ぼくは、ダク。さとのひとなら、だいじょうぶだね。ぼく、ダークエルフなんだ」

 長い耳と、褐色の肌。そして銀色の髪が、ダクという男の子の言葉を裏付けていた。

『ダークエルフの子供? どうして、こんなところにいるの?』

 興味本位で、聞いてみた。ダクは、表情を曇らせて考え込んでしまう。

「わからない。ぼく、とーもくにひろわれたらしいんだ」

『そう……大変なのね』

 私の側で、ダクが石を蹴った。からからと音立てて、石が転がっていく。私の、力だ。

「ぶつりちゃんも、たいへんなんだね」

 ぽつりと、ダクが言った。

『そうよ。私は、あらゆる物理法則の執行者。誰も、逆らうことはできないの。それは、あなたもよ、ダク?』

「ほえ……? よくわかんない」

 険を込めた私の視線を、ダクはのほほんと受け流す。

『誰も、わかってくれないのね……』

 がくりと、肩が落ちた。理解されない苦しみなど、忍者たちが現れるまで味わったことなど無かった。じわりと、涙がにじんでくる。

「ほえ、なかないで、ぶつりちゃん。そうだ、いっしょにあそぼ?」

 ダクが、笑顔を作って私を励ます。そうだ。落ち込んでばかりではいられない。私は、物理の精霊なのだから。伸ばされたダクの手を、取った。

『わかった。今日一日、付き合ってもらうわよ、ダク』

 涙を拭いて、ダクの肩に乗る。ぱっちりした大きな瞳が、私を見つめた。

「ほえ。わらってたほうが、かわいいよ、ぶつりちゃん」

『んえ? な、何を急に言い出すのよ!』

 にへら、と笑うダクに、言い返しながらも私の頬は緩んでいた。疲れ果てていた精神に必要な、それは安らぎだった。

 それから、私はダクと遊んだ。ダクが小さな身体で動き回り、私はそのたびにツッコミを入れる。

『木に足をつけて、垂直に登るんじゃないわよ!』

「ほえ、わかった」

 たちまち、ダクは普通に手足を使って木を登る。

『水に浮いた木の葉に乗って、川を渡らない!』

「ほえ、ごぼごぼごぼ」

 ダクに乗った私ごと、川に沈む。

『手足を使って、真空波を出すの禁止!』

「ほえ……うん」

 襲い掛かってきた熊を両断したダクが、頭をかいた。

 楽しかった。ダクの中から、非常識な物理法則が抜けていく。ダクは笑い、私も笑い返す。愉快で、とても温かなひと時だった。

「ダク、それまでだ……」

 正体不明の声が、ダクの側で轟くまでは。

「ほえ? とーもく!」

 音速で平伏するダクの肩から、黒装束に全身を包んだ忍者が私をつまみ上げる。

「余計な真似を……消えろ」

 私を握る手に、力が籠められる。物理法則を司る私の、逆らえない力が……私を、消してしまう……。



「ダクよ。お前は、忍者を辞めるつもりだったのか? いや……辞められる、と考えたか?」

「ほえ、ぼくは、そんなことかんがえたこともありません、とーもく!」

 威圧的な言葉を放つ頭目に、ダクは平伏したまま答えた。頭目の覆面の中から、大きな息を吐く音が聞こえる。

「アレは、物理の精霊。我らには不要なものだ。今後一切、アレらと関わることを禁ずる。いいな?」

「ほえ……ぶつりちゃんは、とーもくがけしてしまったんですよね?」

 不思議そうな目で、ダクは頭目を見上げる。ぶつりちゃんを消し潰したこと自体には、ダクに異論はない。頭目がすることなのだから、それは正しいことなのだ。

「精霊は、どこにでも存在する。そして、不滅の存在なのだ……」

「ほえ、わかりました、とーもく! ありがとうございます!」

 ダクはぺこりと頭を下げて、姿を消した。

「ふむ……せっかくの休日なのだから、満喫するがいい」

 呟いて、頭目も姿を消す。森の梢が、風にさざめいていた。



 全国の物理現象のみんな、こんにちは! 私は物理の精霊、ぶつりちゃん! 今日もお仕事、がんばるの! やなことあっても、負けないよ!

 この世のどこかで、今日もぶつりちゃんは頑張っているのであった。

物理法則は、大事にしましょう(真顔)

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