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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務9 報告と、その後の頭目

 変化の術とは、肉体を変化させ他者の認識を誤らせる忍法である。幻覚系の魔法でも代用は効くのだが、魔力の消耗などを考えると変化の術のほうが効率的だ。変化させたい身体の部位を、柔軟性を保ちつつ伸縮性に富んだものにすれば良いのだ。

 エルフの忍者の多くは、耳を術により縮める。それから、美形すぎる顔の造形を少しいじる。それだけで、少し細身の人間の出来上がりだ。

 上位者になれば、骨格も変化させる。服の上からならば、男が女に、女が男に化けることも可能なのだ。

 極めれば、胸の大きさや背丈、外見年齢も自由に変化させられると伝えられている。だが、忍法に長けた上忍ですら、その境地には達していない。あくまで変装術は、搦め手のひとつでしかない。術を破られてしまえばそれまで、という惰弱性も備えてしまっている。

 顔見知りの忍者同士で変化の術が成立することは、有り得ないことだ。鍛え抜かれた肉体が発する無意識の気配は、変えようがない。上忍以下忍者たちはその結論に達し、変化の術は初歩的な偽装のひとつとしてその地位を保っているのであった。



 ばちばちと、松明の火が燃え盛っていた。帰ってきたダクが、頭目の手にある穴あき銅貨をじっと見つめていた。ゴンザも、側に立ってダクを見下ろしている。報告の、時間だった。

「お前は、ウソがつけなくなーる、つけなくなーる」

 正体不明の声で、頭目がまじないを唱える。ダクの目が、虚ろになった。準備完了である。

「さあ、報告せよ、ダク」

 頭目の言葉に、ひざまずいたダクは両手に捧げ持つやくそうを差し出した。

「ほえ。でんせつのやくそうを、とってきました」

 ダクの小さな手の上にあるやくそうを、頭目はつまみ上げて眺める。

「これが、伝説のやくそうか……」

「ほえ。やくそうのしれんをのりこえたものだけが、とることができるんです」

 やくそうを頭目に渡したダクが、懐に手を入れた。取り出したのは、素焼きの植木鉢である。

「……それは?」

 頭目の目が光り、植木鉢を見つめる。黒々とした土に、わずかに茎のようなものがのぞいていた。

「ほえ。でんせつのやくそうの、はちうえです」

「なんと……!」

 声を上げたのは、ゴンザである。頭目がゴンザを一瞥すると、ゴンザは口を閉じた。

「これがあれば、まいとしでんせつのやくそうがとれます」

「そうか……ククク、よくやった、ダク。予想以上の成果だ」

 満足げに含み笑いをして、頭目が顎をしゃくる。無言のままゴンザがダクの手から、植木鉢を受け取った。

「ところで、ダクよ。この伝説のやくそう、どうやって見つけた? お前ひとりの力で、やくそうにたどり着いたわけではあるまい?」

 銅貨を揺らしながら、頭目が尋ねる。

「ほえ。エレナさんにおしえてもらいました」

「ほう……エレナ、か。それは、どんな女性だった?」

 うなずいて答えたダクに、頭目が重ねて問う。

「ほえ。やさしくてやわらかい、おねーさんでした」

 ダクは、淀みなく答える。エレナを思い浮かべ、ごちそうしてもらった雑穀粥を思い浮かべ、お腹が小さく鳴った。

「そうか。優しくて、柔らかい、か。ダクよ……よもや、その女性に、正体を明かしてはおるまいな?」

 頭目の問いに、ダクは言葉を詰まらせる。気まずい沈黙が、部屋に流れた。

「どうなのじゃ、ダク!」

 たまりかねて、ゴンザが怒鳴る。

「黙れ、ゴンザ! 術が乱れる」

 頭目の右手から、ゴンザの口にバッテン印の布が飛んだ。狙い過たず、それはゴンザの口に張り付く。口にバッテンを付けられて、ゴンザは黙った。

「ほ、ほえ。はじめてあったときに、すこしみられたけど、だいじょうぶです。ちゃんとごまかしました!」

 じっと、頭目の視線がダクの目をのぞきこむ。ぽけら、とした目つきだ。嘘つきには見えない。頭目は、大きくうなずいた。

「よかろう。伝説のやくそう探索の忍務、ご苦労であった」

 頭目が、穴あき銅貨を懐へ仕舞う。報告の、終了である。訪れる解放感に、ダクは息を吐いた。

「さて、ダクよ。今回の忍務の、褒美を取らせる」

 頭目が、懐に手を入れた。頭目の動きを、ダクはじっと見守る。その横で、ゴンザもむぐむぐ言いながら頭目を見つめていた。バッテンが、喋る言葉を奪っているのだ。

「受け取れ。品物と、そして言付けだ」

 頭目から差し渡されたのは、木のお椀だった。それは、エレナの家でお粥をもらったとき、使っていたものだ。ダクの鼻に、微かにあの粥の、そしてエレナの匂いが漂った。

「ほえ! エレナさんの……とーもく、エレナさんに会ったんですか?」

「……少し、野暮用のついでにな。それから伝言だ。心して、聞け」

 こほん、と頭目が咳ばらいをする。ダクは正座をして、神妙な面持ちで頭目に向き合った。むーむー言っていたゴンザも空気を呼んだのか、黙った。

「ダクくん。いきなりいなくなって、心配しました。小さいのに、お仕事頑張ってるんですね、偉いです。お腹が空いたら、いつでも来てくださいね。待ってます」

 頭目の口から聞こえてきたのは、まさしくエレナの声である。ふんわりと、温かな空気が不穏な部屋に流れる。

「ほえ、きっと、きっとまたあいにいく! エレナさんの、おいしいおかゆをたべに!」

 言えなかった、別れの言葉がダクの口から出た。眉をしかめるゴンザと、うなずく頭目。ダクは大事そうに、木の椀を懐へと仕舞った。

「これで、褒美は終わりだ」

 正体不明の声に戻り、頭目が厳かに告げた。ダクが平伏し、隣でゴンザもひざまずく。

「ありがとうございます、とーもく!」

 喜びのあふれるダクの声に、頭目は片手を挙げて応える。

「忍務の疲れがあろう。今日は一日、休むがいい。そのうちに、お前に新たな忍務を与える」

「ほえ、あらたなにんむ、ですか?」

「むーむー」

 ダクの問いかけに、ゴンザが重々しくうなずく。

「そうだ。ゴンザの言う通り、お前も成長している。だから次の段階の忍務を、与えることにしたのだ。他の下忍との、共同忍務になる。今までのように、一人ではない。新たな試練と困難が、お前を待っている。心してかかるがよい」

「ほえ! がんばります!」

「良い返事だ。それでは、下がるがいい」

 一礼をして、ダクが姿を消す。松明の火が、わずかに揺らめいた。



 ダクがいなくなり、部屋の空気は重くなった。ひざまずいていたゴンザが、むくりと立ち上がる。

「お前も、下がれ、ゴンザ。私は、瞑想に入る。誰もここへ入れるな。わかったか」

 頭目の問いに、ゴンザはむーむーとうなずいた。

「……剥がしていいぞ」

 頭目の許しが出て、ゴンザは口元に張り付いた布を剥がした。べり、と痛そうな音とともに、髭が何本か抜ける。ゴンザの目の端に、ちょっと涙が浮かんだ。

「はっ、それでは、御前失礼いたしまする、頭目」

 禿頭を下げて、ゴンザは姿を消した。松明の火は、揺れなかった。

 部屋の扉が閉まったことを確認して、頭目は閂をかけた。扉の合わせ目に、特殊樹脂を流すことも忘れない。忍者の頂点に立つ技量をもって、頭目は完璧な密室を作り上げた。

 周囲の気配も探る。遠ざかっていく、ふたつの気配。小さなものはダクであろうし、大きなものはゴンザだと予測できた。どちらも、この部屋の前で聞き耳を立てているようなことは、無い。

 確認を終えて、頭目は祭壇の前にちょこんと座った。厳かな祭壇の上というのに、ベンチに腰掛けるような気安い座り方だった。ちろちろと、頭目の左右で蝋燭の火が揺れる。

 頭目の覆面が、正面の木像を見上げた。厳めしい木像の目が、頭目を見下ろしてくる。

「……姉属性は、受けがよかった、ということなのか」

 頬杖を突いた頭目が、ぽつりと呟く。その声はいつもの正体不明のものではなく、成人女性の響きを持っていた。

「優しくて、柔らかい……か。ククク、ダクのやつめ……ククク」

 含み笑いをしながら、頭目はてれてれと指を組んで動かす。

「だが、待て。正体を明かさなかった、ということは、明かしたエリスのほうが心理的な距離は近いのではないのか?」

 ぴたり、と頭目の指の動きが止まる。

「身体接触時間は、エレナのほうが長かった。何しろ、手を、繋いでいたのだからな……ククク」

 じっと、頭目は左手を眺める。感覚を確かめるように、握り、開く。

「だが、密度はどうだろう? エリスのほうに、分があるのでは?」

 右手で、頭目は覆面の中の首筋を撫でる。ぴょこん、と頭目の覆面の耳部分が尖り、膨らんだ。

「……いかんな。私もまだ、未熟ということか」

 両手を覆面に突っ込んで、ぐにぐにと動かす。膨らみは戻り、元の平坦な覆面になった。

「いずれにせよ、確かめる必要はある、ということだ。ダクを……」

 覆面の中から、頭目の瞳が光った。祭壇から立ち上がり、拳を握って木像を見上げる。

「可愛いダクを、手に入れるために!」

 しーん、とした静寂が訪れる。立ち上がっていた頭目は祭壇に腰を下ろし、足をぶらぶらとさせた。

「……とりあえず、ダクの感触を思い出して楽しもう、うん」

 何かを抱きしめるような形で、頭目は動きを止める。高度な、パントマイムのようにも見えた。くねくねと身もだえしながら、見えない何かを愛でている。あえて言うならば、そういう動きだ。ぴん、と覆面の耳部分が膨らんでいたが、もう直す気配はない。ただひたすらに、頭目は空間を愛でる動きを繰り返す。ばちばちと燃える松明の火が尽きて、真っ暗闇になっても、頭目はそれに没頭しているのであった。

 

 頭目が何をしているのかは、謎である。忍者の頂点に立つ者の行いなど、常人に理解することは難しいのかもしれない。ひとつだけ言えることは、頭目は何だか幸せそうだ、ということだけだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、小話になります。

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