6_樹
泣き疲れて眠る早苗の髪をそっと撫でると軽く身じろぎをして、また寝息を立てている。
「目、腫れちまったな。」
父母に泣かれ戸惑った事だろう。
罪悪感は勿論ある。
俺の勝手で巻き込んでしまったのだからな。
きっかけは些細な事だった。
俺の本体である杉の木の根本に咲いた名も無い花の小さな蕾。
いつからかそれを木の上から眺めるのが日課だった。
来る日も来る日も眺めているものだから隣の兄には随分笑われたものだ。
「花を愛でるなんてお前らしくないね、樹」
「うるせっ……なーんか気になんだよな」
眺め始めて何日たった頃だろうか、漸く蕾が綻んで小さい白い花が開いたのは。
誰も見て無くても一生懸命育ち花を咲かせるその姿に柄にもなく感動したのを覚えてる。
ある日、そよそよと吹く春風に当たりながら昼寝をしていると木の下が騒がしくて目が覚めた。
下を覗くとこの神社の広場でいつも遊んでいる子供達だった。
いつもなら気にも止めないのだがその日は事情が違う、ガキ大将を張っている少年があの花を踏みつけていたのだ。
「あいつ!」
「樹!……駄目だ。僕達は契約をしていないんだ。人の子に関わっちゃいけない」
飛び出そうとする俺に兄が鋭く注意をするものだから、止める事もできず踏みにじられる花を見て歯噛みしていた。
すると、いつも仲間に入ってはいるものの、大人しくて端でモジモジしているだけだった少女が飛び出してガキ大将を押して見せたのだ。
「さなえ!おまえなにすんだよ!」
「お、おはな、ふまないで!」
弱々しい声だがしっかりと辺りに響いて、ガキ大将は頭にきたのか更にくじゃぐしゃと花を踏みにじった。
「あ、あ……やめてぇ!!」
「いって、ふざけんなよ!!」
あまりの事に少女は拳を握ってガキ大将に向かって行った。
自分よりも大きな身体の少年だ、本心は恐いだろうに1歩も引かず遂には追い払ってしまったのだ。
「くそ、もういいよ!おまえつまんねーよ!いくぞみんな!」
取り巻きを引き連れて神社を出るガキ大将と対象的にポツンと1人取り残される少女。
あーあー仲間外れになるな、こりゃあ
「ごめんね、いたかったよね?」
俺の心配も何のその、そんな事は気にならない様で踏まれて折れた花をそっと持ち上げて謝るその姿に衝撃を受けた。
その後もぐしゃぐしゃになった三つ編みも叩かれて腫れた頬もお構いなしに落ちている小枝で花に添え木を作ってやっているようだ。
まだほんの子供なのに物言えぬ物に対してこんな接し方を……
「へぇー。こんな子もいるんだね」
「あ、ああ……」
さなえ、と言ったか。
久々に綺麗な魂の人の子を見た気がした。
それからは、気が向いたら木のてっぺんに登って早苗を見守っていた。
目立ちはしないが努力する姿が、あの白い花と重なったんだと思う。
あーあー、またそんな事押し付けられて……たまには断れよ。
頼まれたら断れない事も、引き受けたら楽しんでやる事も自分に自信の無い事も、全部見て、思う事。
「契約、か……」
この大きな木から見ているとどうにも人の子は好きになれなくて、ずっと拒み続けてきた契約だが、コイツとならしてもいいかもしれない。
そう思うと退屈な毎日に少しだけ色がついた気がした。
早く大きくなれ、早苗。
俺の気が変わらないうちにな。