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 お父さんに連れられてテレビもついていない静かなリビングへ入りました。

 この家、こんなに冷たい感じでしたでしょうか……

 いつもとは違う雰囲気に困惑します。

 騒がしくはないけれど、暖かくて落ち着く、そんな家のはずなのに、それが全くないのです。


 神付きになるって誇りに思える素敵な事じゃないんですか?

 向かいのソファに腰掛けたお父さんはそんな風には思っていないようですが……




「依り代に戻った方がいいか?」



「あ……そう、ですね」



 空気を読んで下さった神様のありがたい申し出に頷こうとすると、お父さんが口を挟みました。



「早苗。もし神様が今この場にいらっしゃるのなら、居てもらいなさい。」



「え……と……」



「今からする話を神様にも聞いてもらいたいんだよ」




 神様を見上げるとひとつ頷いて私の隣に腰掛けました。

 帰り道の楽しそうな表情は影を潜めて真剣な眼差しでお父さんを見ています。



「神様、来て頂いたのにちゃんとしたもてなしもせず申し訳ありません。早苗も、帰って早々にすまんね。母さんが取り乱していて吃驚しただろう?」



 そう言って力無く笑うお父さんは何処か草臥れていてつい目を逸らしてしまいました。

 悪い事はしていない筈なのに、なにかとんでもない事をしてしまった気がして落ち着きません。



「でも母さんがあんな風になってしまうのも仕方がないさ。それだけ早苗が大切なんだよ」



「お父、さん。私、」



「神付きになる事は大変な名誉で、皆の憧れの職業だと言われているね。勿論父さんだって人の命を救う立派な仕事だと思っているよ」



 お父さんは私の言葉を遮って話を続けます。

 その目はこちらを見ている様でぼんやりと遠くを見つめています。



「しかしね、世間には知られていない部分だってあるのさ。この仕事はなりたい、なりなくないでは無くてほぼ強制的に決まってしまうのはわかるね?」



 その言葉に今日の城山くんの顔が思い浮かびました。

 明るい彼があんなに取り乱して涙を浮かべる程やりたくなかったのに、これからは神付きとして生きなくてはならないのです。

 深く頷いて見せるとお父さんは話を続けます。



「だから……うん。早苗ももう大きくなったからわかるかな?言論統制というやつだよ。神様に選ばれる事が素晴らしい、名誉な事だと思う様に悪い情報は一切流されていないんだ。


 母さんの弟はね、神付きだったんだよ。」



「え、」



「早苗はまだ小さかったから覚えてないだろうね、彼は連日連夜戦いに駆り出されて、傷だらけになって、最期は物ノ怪に取り殺された。

 残ったのは神様に貰ったという割れたガラス玉だけで遺体も戻らなかったんだよ。その後は政府からこの事は口外しないように、とだけ通告されておしまいさ。


 だから父さんも母さんも、早苗が神付きに興味を持っているのは分かっていたが、口を出さなかったんだ。今日だって早苗が神様に選ばれずに帰ってくる事を心の中で願っていたんだよ……でも、願いは叶わなかった様だ」



 おじさんは事故で亡くなったと教えられていました。

 あまりの事に言葉が出てきません。

 そんな話は1度も聞いたことが無いのです。

 命がけの仕事という事は知っていたけれど遺体も残らないなんて……

 軽く見ていた現実に頭を殴られた様な気さえしました。

 じわりじわりと恐怖が足元から侵食して平衡感覚がなくなってきます。


 私、馬鹿だ。

 身の程をわきまえないで舞い上がって……

 両親まで悲しませて……そんな、わたし……


 保健室での先生の言葉、あれはこういう事だったのでしょうか……?




「……あ、わたし、わたし……ごめんなさ、」



 涙を堪え身体を抱き締めて震えていると、肩をガシッと掴まれました。

 その手の先を見ると神様が少し怒った顔でお父さんを見据えていました。



「かみ、さま……?」



「早苗、親父に伝えろ。

 


 大事な子供だ、不安に思って当然だ。危険が付きまとうのは認める、絶対安全なんて言い切れねぇけど、でも、何も知らねぇガキを責めんじゃねぇ!!


 いいか、早苗。

 政府がどうとか、最期がどうなるかなんて知らねぇし知りたくもねぇ。

 ただ、俺は、何があってもお前を守ってやる。それが人の子ひとりの人生狂わしてでも一緒に居てぇと思った俺の、俺達神の務めだ!

 だから安心しろ、曾孫の顔まで拝ませてやるからよ」



 声の大きさに驚いて涙が止まり、時間差で神様の言葉がじわりと身体に入ってきて震えが止まりました。

 神様の神気が溢れたせいか、本棚から本が落ちて窓ガラスがビリビリと振動しています。



「分かったか?」



「は、はい……」



 涙の止まった私を見てしたり顔で笑う神様に気の抜けた返事を返すと、お父さんが長いため息をつきました。



「何故かな、聞こえるわけがないのに神様の声が聞こえた気がしたよ。どうやら早苗の事を大事に思ってくれているようだね。

 神様、娘をお願いします……虫も殺せない様な気の弱い優しい子なんです。どうか、お守りください……」



「知ってるさ、ずっと見てきたんだ。安心しろ、樹ノ神の名にかけてその願い叶えてやるよ」



 お父さんの言葉に神様はフッと表情を緩めて立ち上がりました。

 座ったままのお父さんが祈りを捧げている様で、あまりに神々しい光景に眩しくてつい目を細めてしまいます。



「いいかい早苗。何度も言いたくないが、父さんも母さんもお前が神付きになるのが心底恐い。

 もし怪我をしたら?二度と会えなくなってしまったら?


 でもね、父さん達がどんなに反対しようがもうお前の人生は決まってしまったんだ。

 だから、何かあったら直ぐに教えてくれ。絶対に1人で抱え込まないでくれ……頼むから……」



 そう言って私の頭を撫でるお父さんは、ハラハラと涙を流していました。

 初めて見るお父さんの涙に折角神様が止めて下さった涙がまた流れてしまいました。



「お父さん……ありがとう、ございます」



 今生の別れでも無いのに大泣きする親子に神様がフッと消えてしまいました。

 手首のガラス玉が軽く熱を持ったので恐らく戻られたのでしょう。



 明日から神付きとしての人生が始まります。

 不安な事ばかりですが、両親を泣かせないためにも努力しましょう。

 神様、私、頑張ります。だから力を貸して下さい。


 そっとガラス玉に触れると返事をする様に1度光を帯びました。










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