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「今日はこれで終わりにするが、明日は神降ろしの儀式だからくれぐれも夜更かしをして遅刻したなんて事が無いように。」
教室を出る先生の背中を見送ってため息を一つ。
そっか、明日でしたっけ。
ここ最近、と言っても私が生まれる少し前からですが、物ノ怪と呼ばれる妖怪が事件を起こすようになりました。
事件と言っても、物が無くなるといった小さなものから人の生死に関わる様な大きなものまで多岐に渡っていて毎日世間を騒がせています。ニュースキャスターが言うには物ノ怪が何を思って事件を起こすのか、未だ解明されていないそうで解決の糸口を探っている状態だそうです。
ですが、人間もただ被害を受けている訳ではありません。付喪神という神様達から力をお借りして物ノ怪と戦っています。
勿論神様も無条件で助けてくれる訳ではなくて、神様の気に入った人間に力を貸す代わりに、その人に取り憑いて長い人生の暇をつぶしてくれと、そういう約束になっているのです。
政府は少しでも物ノ怪と戦う術が欲しいのでしょう。神様に選定して頂く儀式を義務化しています。
16歳になる歳の男女は、いかなる理由があろうとも神降しの儀を受けることを国民の義務とする。
憲法第何条だったかは覚えていませんが、そういう事だそうです。
私、杉守早苗も例に漏れず儀式を受けるのですが、まず選ばれませんし、契約したとしてもやっていける筈がないのであまり関係ありませんね。
神様と契約をすると、神付きと呼ばれるエリートさん達の仲間入りです。簡単に言いますと、妖怪から人々を救うヒーローになる訳です。
子供達の憧れであり、公務員扱いで高給取りという事で大人たちからの人気も高いお仕事ですが、やっぱり神様に気に入られる人って凄く頭が良かったり抜群の運動神経を持つそれこそ選ばれた人達らしいので、なろうと思ってなれるものではありません。
そして何よりも、戦場に身を置く事になる命がけのお仕事です。私みたいに鈍臭いのが居たら一瞬です、一瞬!ううう、涙が出そう……
自分で言っていて悲しくなりながら教科書をかばんにしまいます。
悲しい気持ちは置いておいて、今日は大好きな作家さんの新刊が出る日です!早く本屋さんに行きましょう!
「あ!ね、ね、杉守さん。ごめんだけど、今日掃除当番代わってもらえないかな?」
席を立った私の前に、クラスメイトの愛川七海さんがにこやかに走り寄ってきました。
だめかな?と小首を傾げる彼女は、そういえば神付きになるのが夢だと言っていたような気がします。
「……あ、いえ。大丈夫です。」
「ありがとう!明日に備えてどうしても早く帰りたかったの!」
謝りながら駆け出す彼女に手を振り、箒を取り出します。
あ、新刊……
うーん。本屋のおじさん、取り置いてくれてたりしないですかね……?
人のいなくなった教室の黒板を綺麗に拭いていきます。
あっ!相合傘が彫ってある!青春ですねぇ。
たしか先週掃除した時は無かったからその後か。へぇー、佐藤くんと高橋さんが……ふふふ。
暫く掃除をしているとガラリと後ろからドアの開く音が聞こえました。
「あれ、杉守さん。今日当番だっけ?」
振り向くとキラキラ眩しくて思わず目を細めてしまいました。
この学校きっての爽やか王子、城山謙太君です。ま、眩しいぃ……!
彼にまつわる噂は黙っていても沢山聞こえてきます。
性格もさることながら、明るい茶色の髪に優しそうな垂れ目。そりゃあもう女の子に人気があるそうで、バレンタインのチョコが押し込められすぎて靴箱が崩壊したとか、体育の後タオルが無くなったと思ったら女子トイレに飾られていたとか……これ本当だったらめちゃくちゃコワイですよね。
真偽は分かりませんが私は確かめたくありません……ストーカーだめ、ぜったい。
「い、いえ、代理です……。城山くんは、どうされたんです?」
「そうなんだ。いつも丁寧に掃除してくれてありがとう。それがさぁ、校庭でサッカーしてたんだけど、明日の儀式の準備で追い出されちゃったんだ」
城山くんは勝てそうだったんだけどなぁ。とぼやきながら、先程私が集めたゴミ袋を持って教室を出て……って!えええ!?
「し、城山くん!」
「んん?どしたの?」
「どうしたも何も!わ、私が捨てに行きますから!」
「え、なんで?二人でやった方が早いでしょ?それにここの所連続で女の子が行方不明になってるみたいだし、送ってくよ」
こ、この人は!素ですか?素なんですか?!
私にはレベルが高すぎてイケメンを狙いに行ってるようにしか見えないのですが!
しばらく問答を繰り返しましたが、結局ご好意に甘える事になってしまいました……本屋さんに行きたいと説明したので途中まで、ですが。
意外と頑固なんですね、城山くん。
「杉守さんはさ、神付きになりたいって思う?」
帰り道、他の生徒がいない事に安心しながら(だって!人気者の城山くんと帰っているだなんて万が一女の子に見られたら……!)下校していると城山くんが真面目な顔で問いかけて来ました。
視線は真っ直ぐ前に向けたまま夕日に照らされたその顔は、何だか思いつめているようで、口下手な私は言葉がうまく出てきません。
「え、えと……その……私、は」
「ごめん、俺、変なこと聞いたね」
私の言葉を遮って苦笑する城山くんに首を振って視線を下に落とします。
城山くんが何を言って欲しいのか検討も付かなくてお互い口を噤んだまま歩きました。
結局城山くんと別れた後も本屋さんに行く気になれず真っ直ぐ家に帰りました。
部屋に着いて、とりあえずセーラー服から部屋着(と言っても中学生の頃のジャージですが……)に着替えて、ざっくりと編まれた長い三つ編みを解きます。
着替えるために外していた大きな丸い眼鏡をかければ、完全におうちモードです。
パタリと埃をたてながらベットに倒れ込み天井の木目をジッと見つめます。
神様ってどんな方達なんでしょう?優しいのかな。もしかすると凄く恐い方なのかも知れませんね。
……選んで頂けたらどんな気持ちなんでしょうか。
本音を言ってしまえば子供の頃から凄く憧れているんです。
でも、それでも。
「私より、相応しい人達がいますから」
お話の主人公はいつだって城山君や愛川さんみたいなキラキラした人達なんですよ。
憧れている事を声に出す事さえできない臆病者は、ただの脇役でしかないのです。
そう自分に言い聞かせてちっぽけなプライドを守っている、そんな自分の中の嫌な所に蓋をするようにそっと目を閉じます。
大丈夫ですよ。明日が過ぎれば、いつも通りです。