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依り代が熱くなったと思うと、目を焼くほどの緑の光が辺りを照らします。
光に驚いたのか物ノ怪は奇声を上げて飛び退きました。その拍子に私を掴んでいた手が離れ、ドサッと地面に落下します。
私を捉えていた人形達もどこかへ消えてしまったようです。
「あぐっ!ごほっごほごほ」
カランカラン
落ちた衝撃に呻き咳き込んでいると、軽い音を立てて何かが右手に触れました。
「こほっ……ぼく、とう……?」
視線を向けると薄茶色の木刀が転がっていました。よく見れば依り代と同じ模様が彫られています。
これが、私達の武器……!
我に帰ったのか音を立て動き出す物ノ怪に、感慨に浸る暇もなく現れた木刀を掴み立ち上がります。
使い方なんて知りません。
でも、このまま戦わないで死ぬなんてできません。足掻くんです。
支部にいる方達が気付いてくれたらいい、支部まで誘導できたらもっといい!
物ノ怪を見据え、震える手に喝を入れて木刀を握り締めます。
……こんな事なら選択授業は剣道を選べば良かったですね。
「力を貸して下さい……」
ぽそりと呟くと緑の光が木刀を薄く包みました。
このまま支部に向かって走っても私ではすぐに追いつかれるでしょう、せめて動きを鈍らせてから……
狙いは、足!
ダッと一歩踏み出し横に回り込みます
このどうやら物ノ怪、前後の動きは速いですが横の移動や回転は苦手の様です。
急な動きにまごつく物ノ怪が、がむしゃらに動かす腕を掻い潜り懐に入ります。
木刀を振り降ろしてすぐに一歩下がり打ち込んだ所を見ると、どうやらヒビが入ったようです。
やった、もう1度同じ所に打ち込めれば、足、折れますかね……?
痛みに悶える物ノ怪に間合いを詰めると、急に横から衝撃を受けました。
「うぁっ!!」
吹き飛ばされ壁にぶつかり地面に落ちます。
ヨロヨロと立ち上がり物ノ怪を見ると何も無かった筈の脇腹部分からボコボコと腕が生えています。
「っ!?」
驚いて目を見張るとその腕で負傷した足を庇いながら、こちらに目を向けています。
カチカチと歯を鳴らし、頭をクルクル回しています。
お、怒らせてしまった様です……
「…………ナンデ」
「え……?」
物ノ怪の出す異音に混ざって小さな言葉が聴こえました。
『なんで』 ってどういう事ですか?
物ノ怪の言葉が気にかかりながらも止まっている訳には行きません。
なんとかして動きを止めないと。
……って、あれ?木刀は!?
構えを取ろうとして手の中に木刀が無い事に気が付きました。先程吹き飛ばされた時に落としてしまったようです。
サーっと血の気が引きました。
どこ、どこにいってしまったんですか?!
辺りを見回すと、なんと物ノ怪の足元に落ちているではありませんか。
「さ、最悪です……!」
とにかく、回収しないと話になりません。神様すみません!すぐに回収しますから!
ギギギと音を立て向かって来る物ノ怪の突進を避け右に避けます。避けて直ぐに物ノ怪に視線を戻すと先程までの大振りな攻撃とは打って変わり既にこちらに腕を伸ばしています。
慌てて屈むと頬にピリッとした痛みが走ります。
よく見ると爪が尖っていて、あんなのに刺されたら怪我ではすまなそうです。
とにかく、木刀を拾わなきゃ……
近くに落ちている石を物ノ怪に向かって投げます。
地味ですか?そんなの分かってますよ!
でも、とにかく物ノ怪を彼処から動かさないと話になりませんから
イライラしたように拳を握り、振り回す物ノ怪の姿は癇癪を起こした子供の様です。
物ノ怪の拳が木をなぎ倒し、爪が電信柱を抉ります。
その隙を見て動くと、先程生えた腕の拳が飛んできて頭に当たり眼鏡が吹き飛びました。
そうだった!腕はもう1本……!
ぐらつく頭を抑えながら迫る拳を避けます。
頭を抑えた手を見ると真っ赤に染まっていて、それだけで気を失いそうな程の衝撃です。
眼鏡が無いからか、頭を打ったからか、ぼやける視界に目を細め物ノ怪を見ると、また拳を振り上げています。
ワンパターンですね……
くるりと後ろを向き木刀の元に走り寄ると、ひったくる様に拾い上げその流れで上にかざし物ノ怪の拳をギリギリで押し止めます。
ガシィ!!
ぐ、おも、重い……!!
ジリジリと押され、このままでは力で押し潰されてしまいます。
「えぇいっ!」
横に抜け流すと、反応しきれなかった物ノ怪の拳が地面に突き刺さりました。
物ノ怪は引き抜こうとしていますが何かに引っかかっているようで手間取っています。
今だ!
足に力を込めて走り出しチラリと後ろを伺うと悲しげにこちらを見詰めています。
急げ、急げ!!
その後は脇目も振らず木刀を握り締めながら走り続けました。
早く支部の皆さんに伝えないと!!