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「なるほど、鏢か」
赤い光が集まり城山くんの手の中に現れた武器を見て藤堂さんがひとつ頷きました。
「鏢、ですか?」
「そうだ。縄の先に付いている縄鏢が主流なんだが……これは、弦か?」
放課後、支部を訪れて藤堂さんに拝受を見てもらうと、胡蝶さんの武器は鏢という事がわかりました。
鋭い三角形の矢じりのような物に三味線の弦が括り付けられたそれは、城山くんも使い方がさっぱり分からない様で藤堂さんに教わっています。
「それにしても……相性が抜群によかったのか、城山の素質がずば抜けていたのか。こんなに早く拝受できるとは思っていなかったぞ」
藤堂さんが感心した様な顔で言葉を口にすると鏢が消えて赤い光と共に胡蝶さんが出てきました。
「相性が良かったに決まってるじゃなァい?……って言いたいトコだけど、謙太の能力が凄くイイのよねェ。流石アタシ、男を見る目があるわァ」
「ははっなんだよそれ」
「早苗だって素質じゅーぶんだっての!コツ教えろよコツ!」
いつもならすぐに噛み付く城山くんも得意げに胸を張る胡蝶さんに照れくさそうに笑っています。
そんな2人に神様はウガーッと頭を抱えて詰め寄っている様です。
出来の悪い相棒ですみません……
「さなちん、けんけんが早いだけだから気にしないで良いんだよ。いっせーだって1週間位かかったんだから。
あのね、小鞠が見てる感じでは、樹お兄ちゃんはもうさなちんを認めてると思うよ。多分二人とも覚悟ができてないんじゃないかなぁ」
「覚悟、ですか。アドバイスありがとうございます」
心配そうにこちらを見上げる小鞠さんに笑顔を向けます。
大丈夫です、神様と一歩一歩前に進みますから。
チラッと神様に視線を向けると珍しそうに鏢を見ています。私達はどんな武器になるんですかね、扱い易い物がいいなぁ。
「では、報告も終わりましたし私は帰りますね」
「あ、うん。気をつけてね」
「がんばれよ、杉守」
今日から城山くんは調査に参加するので、一足先に帰宅します。
頑張って下さいね、城山くん!
「どうすりゃ出来んだろーなぁ? 」
帰り道、神様は頭の後に腕を回して斜め上を見ながら歩いています。
私にはフォローを入れてくれていましたが、やっぱりできない事が納得できないようで不貞腐れた顔をしています。
「小鞠さんは覚悟ができてないと言ってましたけど……」
「覚悟ぉ?」
「はい……どういう事でしょうか?」
「わかんねーけど、まず覚悟たってなんのだよ?」
曖昧なヒントに2人で首を傾げ歩いていると、神様がピタリと立ち止まりました。
どうしたんでしょう。
振り返ろうとすると神様の鋭い声が響きます。
「伏せろ!!」
神様に突き飛ばされ地面に転がった私の目の前で電信柱が轟音を立てて崩れました。
一体何事でしょうか?!
慌てて起き上がり辺りを見渡すと、50メートル程離れた街路樹の傍に黒い影が見えます。
まさか……
「嘘だろ……」
神様が冷や汗をかきながらその影を睨みつけています。
こんなに焦った表情を見るのは初めてで、私も身体が強張ります。
その黒い影は少しずつこちらに向かって進んできているようです。
ギギギ、と嫌な音を響かせ4足歩行でうごくソレはよく見ると人の形をしています。
しかし頭は180度回転し、上下が逆さまで、手足も関節がおかしな方向をむいています。
「モノ……ノケ」
初めて見る異形の者に思わず後ずさると、こちらに近づくスピードが上がりました。
「やっべ!逃げるぞ早苗!!」
「は、はい!」
神様に腕を引かれ必死に足を動かします。
支部に戻ればなんとかなる、その一心で痛む肺を宥めて走り続けます。
「か、神様!」
ボトリ
一瞬見えた陰に神様の手を引っ張って止まると目の前に何か黒い塊が落下してきました。
もぞもぞと動くそれはどうやら沢山の日本人形の様です。
顔のないもの、腕や足がないものなど様々ですが皆一様にボロボロになっています。
「なんだぁ?!」
「や、やだ、えぇっ?!」
その人形達はウゾウゾと不気味に動きながら私達の身体にまとわりついてきます。
振りほどこうにも思いの外強い力に身動きが取れません。
ギギギギ、ギギ
耳が痛くなる程の音に、視線を後ろに戻すと先程の物ノ怪が猛スピードで迫ってきています。
「早苗!!」
眼前に迫った物ノ怪に動けずにいると、人形に纏わり付かれた神様が、私と物ノ怪の間に入ってきました。
「神様!!」
神様はそのまま体当たりをして物ノ怪を押し飛ばすと肩で息をしながらこちらに目を向けました。
揺らがない静かな翠の瞳に情けない表情の私が映っています。
「……覚悟……そういう事かよ」
ぽつりと呟くと神様は依り代に戻ってしまいました。
「え………」
言葉にされずともやりたい事は解ります。
解りますが、まだ私では拝受できないんじゃ……
神様に突き飛ばされた物ノ怪がぎこちなく動きこちらを見据えます。
光の入らない暗く淀んだ目は怒りに染まっているようで、身が竦み呼吸が引き攣ります。
……やるしかないようですね。
「か、神様……力を貸してください」
震える声で依り代に居る神様に声をかけても何も起きません。
やっぱり……
だから、私なんかにはまだ無理なんですよ!
心の中で言い訳をしても目の前の物ノ怪は止まってくれません。
一瞬で間合いを詰められ関節の捻じれた腕で首を掴まれます。
「う、ぐぁ……!」
どんどん持ち上がる腕に手をかけ必死で呼吸をしようとしますがままなりません。
「かはっ、かみ……さま、ちから……を……」
視界が揺らぎ、苦しさから涙が溢れます。
私、死ぬのかな……
まだ何も、武器を出すことさえ出来ていないのに。
ごめんなさい、神様。
『覚悟が出来てないんじゃないかなぁ』
小鞠さんの言葉が頭に響きます。
覚悟って何のですか?
死ぬ覚悟?
そんなものできる訳ない。
先日見た両親の泣き顔が過ぎります。
私は、たとえ戦って、戦って、ボロボロになったとしても生きて家族の元に戻らないと。
色々と言われるがままに生きてきた私だけど、大切な人を悲しませたくない。
私、どんなにみっともなくても生き残りたいんです。
「ち、からを、かして、くだ……さい……かみさま!」
力を振り絞って言葉を吐き出すと右手の依り代が呼応するように熱くなりました。