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秋~10月第2話 信じること







「……高校時代からの密やかな趣味なの。これが原因で伊織だけに限らず、男にフラれ続けたのよね」



会場の隅っこで膝を抱えて座り込んだあずささんは、涙を流しながらフッと悟りきったお顔をされてましたよ。





「私は二次元ゆめのせかい三次元げんじつの区別はしっかり着けてるわ。だから、伊織さんを好きな気持ちに変わりはない。

そりゃたまに仕事中、鬼畜な秘書に迫られるちょこっと気弱な社長とか萌えてるけど」


「………」



鬼畜な秘書に迫られる社長って……確実に葛西さんと伊織さんのことですよね。 仕事中になんて想像してるんですか。



でもまあ、人に迷惑をかけないなら趣味は自由だと思う。



「私は、そういったのは個人の自由だと思います。実害がないなら……これからも楽しまれては?」


「ありがとう~」



ガバッ! とあずささんに抱きしめられました。



「同性の友達にもドン引きされたし、やっぱり受け入れられないのかなって。認めてくれてありがとう」



ぎゅむ~と立派なバストに挟まれて息苦しいですが。あずささんが本当に嬉しそうに笑うから、これはこれで良いかなと思う。きっと彼女なりにたくさん悩んできたからこそ。



「私だって、立派な人間じゃありませんから。少し違うだけで避けたりしたくはありません。だって……自分が排除された悲しみを知ってますから」



捨て子なだけでいじめられたり、愚鈍だからと孤立して友達がいなかった子ども時代。



された側の気持ちが痛いほどよくわかるんです。



だから……



きっと、伊織さんもその傷を抱えてる。



彼は、家族から排除されたと感じて深く傷ついてる。私はそんな気がしてならなかった。






あずささんと別れて一人になった私は、伊織さんを探そうとグラス片手に歩き出した。



(あの人は……背中のラインが違う。あっちの人は……髪の色と肩幅が違う。こちらは……ちょっとぽっちゃりだ)



着物だと裾さばきを意識して、歩幅が小さくなるし。あまり大きな動作には向かない。



付け焼き刃だけど特訓してくれた2人の熱意を無駄にしないためにも、しずしずと静かに歩きながら人捜しを続けた。





「やぁ、レディー誰かをお探しかい?」


「え?」



男性にしてはやや高めの声がしたかと思うと、目の前に陰がさす。



目の前にあるのは白――ではなくて、白いタキシードを着た男性がいつの間にか立ってた。



背が高くてほっそりとしたその男性は、中性的ではあるけどとてもなく整った顔立ちをしてた。



栗色の髪をふわりと流したヘアスタイルといい、白いタキシードといい。どことなく“白馬の王子様”を想像させる。



「キミのようなチャーミングなレディーがお困りならば、私シオンはお手伝いさせていただきましょう」



まるでお姫さまに仕える騎士のごとく、胸に手を当てて優雅に一礼する様はキマってて。思わず見とれてから、ハッと我にかえった。



「い、いいえ。一人で大丈夫です。お気持ちだけいただきますね。ご親切にありがとうございます」



王子様にペコッと頭を下げてから、踵をかえそうとしたけど。いつの間にか彼に、ガシッと腕を掴まれた。






「キミ、和泉 伊織の妻だろう?」



その指摘に驚いて振り向けば、王子様はにっこりと笑う。そして彼が視線で促した先にいたのは……



あずささんに負けないレベルの美女に囲まれる伊織さんの姿だった。



しかも……伊織さんは……微笑んでた。



(……やっぱり私には笑顔を見せてくれないんだなあ)



現実を認めた瞬間、胸がズキッと痛む。耐えられなくて目を逸らそうとしたら、王子様はスッと視線を遮ってくれた。



「キミは、あんな男でもいいのかい? 妻以外の女にうつつをぬかすような不誠実な男に」


「………」



王子様は伊織さんを非難するけれど、それはまったく見当違いもいいところ。



もしも愛を誓いあった永遠の契約である婚姻なら、相手の心変わりや浮気を責められるだろうけど。



伊織さんが何人の女性と付き合おうが、契約上だけの妻である私に責める資格なんてこれっぽっちもないんだ。



だけど、でも。



(伊織さんは……大丈夫)



私からすれば確信に近いけど、彼がわざわざコソコソと浮気するとは思えなかった。



それは、この半年間一緒に暮らしてきたからこそ言えること。


もしも他に愛する人ができたら、伊織さんはきちんと話してくれるはずだ。普段は無関心で冷たく感じる彼だけど、感情表現が不得手なだけで。本当は誰よりも喜怒哀楽が激しい人なんだ――。



夏祭りの拗ねた顔や、海で寝入った顔。射的でぬいぐるみをくれた時のちょっと照れくさそうな顔。



「伊織さんは、決して不誠実じゃありません!」



王子様をキッと睨み付けると、彼の拘束が弱まった。








「あっ……」



しばらく伊織さんを見ていて、気づいたことがある。



彼の笑顔がだんだんと強張り、心なしか顔色が悪くなってきてるって。



(まさか……)



私はチラリと自分が持つちりめん織りのバッグを見る。その中に念のためと入れてきたものがあった。



(まさか、役に立つ時が来てしまうなんて……)



伊織さんはまだにこやかに応対をしていたけれど、だんだんと笑顔が張り付いた人形のように見えてきた。 時折、指先が顎の辺りを叩いてる。



……間違いない。



あの癖が出るということは、気分が悪い。つまり伊織さんは今、体調が悪くなってきてるということ。



(大変だ。早く薬を飲ませないと!)



最近の伊織さんは指示通りに薬を飲んでない。どうして知っているのかと言えば、調剤薬局の袋に入った薬が丸ごと捨てられてたから。



見つけるたびに自分の部屋で保管してたけど。まさか、本当に服薬を止めてたなんて。



ハラハラしながら見守っていると、伊織さんが美女軍団から抜け出したのが見えた。



「伊織さん!」



私は彼の後を追おうとして王子様の手を振りほどくと、ペコッと頭を下げた。



「助けていただきありがとうございました。大切な用事が出来ましたので、これで失礼しますね」



そして伊織さんを追いかけた私は、そのまま会場を抜けて外のガーデニングへ足を踏み入れた。









途中でお水をもらっていたら見失ったけれど、ガーデニングに向かったならだいたいの居場所は判る。



何となくこちらかな、と予想した場所へ足を進めれば。



やっぱり、伊織さんはいた。



伊織さんは体調が悪い時や怒った時、人気のない場所へ移る。それも、ぐるりと回りを囲まれ他人の目が届かないようなところへ。



たぶん、完全に一人になりたいんだと思う。本当の伊織さんは牙を剥いた野生の獣の鎧を纏ってる。自分が傷つきたくなくて。他人を寄りつかせたくないんだ。


伊織さんと過ごせば過ごすほど、時を重ねるほどに美帆さんの言葉が身に染みた。



“他人行儀を望む人間は、結局他人が怖いの。自分が傷つきたくないから、頑丈な予防線を張る。それには大抵、傷ついた過去があるからだわね”



伊織さんの傷ついた過去――それはたぶん、葵和子さんが関わってる。



おばあちゃんから聞いた葵和子さんの過去。



18という若さで30歳年上の男性の後妻に入ったけれど、それは借金のかたに無理やりという悲しいもので。彼女本人が幸せな結婚でなかったと認めてる。おはる屋で過ごした時間が一番幸せだったと言うくらいだから、彼女にとっては辛い結婚生活を強いられたんだろうな。


だからといって、葵和子さんは一人息子の伊織さんを愛してないということはない。嫌われ遠ざけられても、幸せでいればと様子を知りたがってる。



昔……何があったんだろう?



葵和子さんの話から、幼い伊織さんは動物好きで優しくやんちゃな子どもだったみたいだけど。



それがどうして。あんなにも頑なで、一切の食事が取れないような人になってしまったのか。





でも……。



“けど、殻を破れば本当は人を求める飢餓感がある。だから、独りで住めばいいのに――一緒に暮らすってなるんでないの?”



美帆さんの言葉を信じるなら、伊織さんも……。



伊織さんも、独りは嫌だから。私を一緒に住まわせたの?



ただ書類上の結婚をするだけなら、一緒に住まなくてもいい。プリンだって私の作ったものを持ち帰って家で食べれば済む話。



「……やっぱり……ひとりきりは嫌……なんだよね?」



青い顔をして両手で顔を覆う彼も、体調が悪いなら心細いはず。体が弱れば心も弱るって、おばあちゃんもよく言ってた。



なら、と私は水を持ったグラスを握りしめて伊織さんの方へ歩きだす。足音が聞こえたからか、壁に寄りかかっていた伊織さんが体を起こしてこちらを見る――瞬間、素早く走り出した。



「伊織さん!」



まさかの行動に驚いたけれど、ここで逃がす訳にはいかない。かといって、着物の裾が邪魔で走りにくい。



「……仕方ない。葵和子さん、ごめんなさい!」



着物の裾を開くと、思い切ってまくりあげる。そして、そのまま草履を投げ出して足袋のまま後を追いかけた。



「伊織さん、待って!」



裾を持ち上げているとはいえ、やっぱり着物は走りにくい。それでも、万全の体調でない伊織さんに追いつくことができた。



「待って……ください!」



必死に腕を伸ばして彼のスーツの袖を掴むと、そのまま強くギュッと握りしめる。その瞬間裾を離してしまい、足が縺れて伊織さんごと前のめりに倒れた。



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