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夏~8月第1話 特別な夏休み




夏にふさわしくギラギラ輝く太陽。晴れ渡った青い空。遠くに見えるのは遥かなる水平線を湛える大海原。白い砂浜に続くヤシの並木道。



「うわ、すごい!見て見て。あんなにヤシの木がある。なんか南国みたい」



はしゃぐ心愛ちゃんの楽しそうな声が後ろから聞こえてきます。他の子ども達も思い思いに外の景色を楽しんでますが……。


「……」



真横に目を向けると、車を運転する伊織さんの目が怖い。視線だけで今にも人を殺せそうです。



そりゃ、そうだ。せっかくの夏休みなのに、おはる屋をはじめとするみんなで海に行くことになったんだから。

普段から人嫌いっぽい彼がこんなに大勢の人と行動しなきゃいけないんだから、何の苦行かと。



だけど、と私は思う。



伊織さんにも、たくさんの人といろんなイベントを楽しんで欲しいなって。



ひとりぼっちで部屋にいるより、こうして太陽の下に出ていろんな体験をして欲しい。きっと彼は、幼い頃にこういう経験が少ないんだと思う。



春に藤祭りで露店を初めて体験した位だから。こういうのも無駄にはならないはず。



後続のもう一台のワンボックスは葛西さんが運転してて、彼の妻と娘さんも一緒に乗り込んでる。



メンバーとしては私と伊織さん、葛西さんに彼の妻と娘さん。おはる屋のおばあちゃん。空くんと心愛ちゃん兄妹。大地くん。賢くんと真理ちゃん兄妹。後は何故か美帆さんがちゃっかり着いてきてた。






海に来るきっかけになったのは、心愛ちゃんのひと言だった。




「あ~つまんない! せっかくの夏休みなのに。まだどこにも遊びに行けてないんだよ」



友達は旅行だし、両親は共働きだし。と彼女はご機嫌ななめだった。



空兄そらにいはバイトの鬼だしさ。つまんないい! どっか行きたい~!」



畳の上でバタバタする心愛ちゃんに、兄である空くんはひきつった笑顔を向ける。



「そ、そうだな! そろそろ夏本番だし。う……海なんていいなあ」



なぜか棒読み口調で話す空くんは、ちらちらとこちらを見てる。ん? なんだろう。 もしかすると、助け船が欲しいのかな。



高校生ともなると小学生の妹と2人きりで遊ぶのは恥ずかしいかもしれないな。微笑ましく思いながら、私も乗ることにした。



「なら、私も行こうかな?」


『え、ホント!?』



なぜか、心愛ちゃんと空くんが同時に立ち上がって綺麗にハモる。空くんが片手を挙げてガッツポーズを取るから、やっぱり大勢がいいのかなと思う。



「あと、おばあちゃんとか知り合いを誘うよ。せっかくの夏なんだし、みんなで楽しんだ方がいいよね?」



伊織さんがどんな反応をするか、と想像しただけで自然と笑いが浮かぶ。



だから、空くんが凍りついて固まってたり、心愛ちゃんの「あ~あ……砕け散ったね」って呟きは知らなかった。



その後は話を聞きつけた他の子どもや、伊織さんを行かせる条件に葛西さん一家も加わって。予想よりずいぶんと大勢になった。







「うわぁ~キレイな海ですねぇ」



到着した駐車場から見える海を眺めながら、のんびりとした口調でおっしゃるお方は葛西さんの妻であるくるみさん。



背の高さは私とほぼ一緒だけど、線が細くて体の幅が倍違う……トホホ。



ピンク色の花柄マキシワンピースを着たくるみさんは、麦わら帽子を被り白いカーディガンを羽織ってる。何だかふわふわした空気に、更に甘さをプラスするのが……。



「何を言ってる、くるみ。君より美しいものなんてこの世に存在しないさ」


「あらぁ~良介りょうすけさんたら。視力が落ちたんですか?」



愛しの妻の肩をグイッと抱き寄せながら、葛西さんは片手を大袈裟に広げる。



「いや、君以外は何も見えないだけさ、マイスイート。あ、ダメだよハニー。こんなところに貝殻が……君が足を取られて転んだら大変だ!」



いそいそと葛西さんが拾い上げたのは、桜貝程度の貝殻。彼の溺愛と過保護っぷりに、一緒の車に乗ってた美帆さんはげっそりと窶れてた。



「あんなの普段から見れば甘いよ。家だともっとすごいんだから」



ずいぶんと覚めた物言いは、葛西さん夫婦の一人娘である千尋ちひろちゃん。水色のワンピースを着た彼女は、慣れた様子でペットボトルのお茶を飲み込む。



……って言うか。確か千尋ちゃんってまだ六歳じゃなかったっけ?



「勝手に2人の世界を作って完結するから、実害を気にするなら放置しておけばいいよ」



……そんな完全に覚めた言い方を実の娘にされるとは。



葛西さん夫婦は普段から家で一体何をなさっているんですか!? 想像するだに恐ろしい気がしますよ。








……やっぱり、水着なんて持って来なきゃよかったと激しく後悔中です。



海に来るからにはやっぱり泳がなきゃ! と子ども達の希望だから断れなかったけど。



……スタイルが小学生女子に負ける私って……。



心愛ちゃんは可愛らしいピンク色のドット柄セパレート水着。いつものツインテールも健在。

くるみさんは大きな花柄のワンピースタイプにパレオを巻いて。ふわふわの髪をアップにしてる。華奢だけど……出てるところはすごい。



美帆さんは大胆にも黒の紐で留めるビキニにサングラスをかけて。小柄だけどなかなかのスタイルだから似合ってる。



葛西さんの娘の千尋ちゃんは、黄色いワンピースのひまわり柄。賢くんの妹の真理ちゃんは最近流行りのキャラクターもの。腕につけてる浮き輪みたいなのがかわいい。



……で、私と言えば。



「碧お姉ちゃん……海に来ながらスク水ってあり得なくない?」


「はい……ごもっともです」



心愛ちゃんに白い目で見られた私は、ひとり地味な高校の時の紺色スクール水着です。



だって、仕方ないんですよ。



水着って何であんなに高いんですか? 生地が少ないのに、気楽に見たら一万円って……。


しかも、希望のワンピースタイプはSサイズが標準。たまにあってMサイズって。



標準体重オーバーは泳ぐなってことですか!?



なんてやさぐれながら、結局諦めたんだよね。トホホ。



先月から始めたダイエットだけど、今はウォーキングや腹筋も取り入れて。何とか1キロは減ったけど。その後厳しい戦いが続いてます。






バサッと音がして、くるみさんの体に黄色いパーカーがかけられた。



「ダメだよ、ハニー。君の魅力的な肌を見せたら世界中の男が見惚れてしまう。僕だけの君でいておくれ」



後ろからギュッと妻を抱き寄せる葛西さんは、とてつもなく甘い声ととろけそうな笑顔を彼女に向けて。独占欲丸出しなまま……アチチチチ。



「まぁ~良介さんたらぁ、うふふ。や・き・も・ち・や・さん~かわいいんだからぁ」



プニ、と葛西さんの頬っぺたをつつくくるみさん……。



2人の周りだけピンク色の世界が広がってますね、ハイ。



「ああなると放って置くのが一番だよ。真理ちゃん、一緒に砂遊びしよ!」


「砂遊び、する!」



達観した2人の娘である千尋ちゃんは、年齢が近い真理ちゃんを誘う。



「お兄ちゃんも一緒!」



真理ちゃんは兄の賢くんの手を握りしめて離さず、彼も渋々参加する羽目に。



「あ、賢ってば! 一緒に泳ぐ約束したじゃん」


「悪ぃ! また後でな」



どうやら心愛ちゃんは賢くんと遊ぶつもりだったらしいけど、妹を優先したことで拗ねたらしく膨れてた。



「なによ、賢のバカ! シスコン!!」



ぷりぷり怒って大股で歩き出した心愛ちゃんの後ろに、大地くんが着いてく。



「こ、心愛姉ちゃん。よかったらオレと」


「サルが泳げるわけ?」


「さ、サルじゃないやい! これでも頑張って10m泳げるようになったんだからな」



何だかんだ言って子ども達は楽しそうだ。はあ、とため息を着くといつの間にか空くんが隣にいた。



「空くんは泳がないの?」


「泳ぐよ! せっかくだし……」



カラフルな花柄の水着を履いた空くんは、さすがに運動部だけあってかなりいい体をしてる。



私がいるビーチパラソルの下に腰掛けた彼は、何だかもじもじと落ち着かない。



「どうしたの? もしかすると喉が渇いたとか」



保冷バッグから水筒を出そうとすれば、彼はブルブルと首を横に振って私をキッと見据えてきた。



「あ、碧姉ちゃん!」

「なに?」


「あ、あのさ……よ、よかったら。い、い……一緒に……泳」



空くんが何かを言いかけた瞬間、彼の顔を誰かの手ががっしりと掴んだ。



「空くん、だっけ? お姉さんに日焼け止め塗ってくれないかしらあ?」



いつの間にかビキニの紐を緩めた美帆さんが、ウフフと小悪魔めいた笑みで空くんを魅惑する。



ボンッ、と湯気が立ちそうなほど真っ赤になった空くんは、パクパクと口を開きながら何も言えないようだった。



「おほほ、ごめんあそばせ。空くんは借りていきますわ~どうぞお二人でごゆっくり」



日焼け止めを塗るはずなのに、なぜか美帆さんは空くんを引っ張って海の家へ入ってく。そのお店のオープンカフェでは、おばあちゃんが知り合いとお茶を飲みながらお喋りを楽しんでた。



ということは……



ビーチパラソルの下で寝そべる人をチラッと眺める。相変わらず無愛想な伊織さんは、レジャーシートに腰を下ろしたまま動かない。シンプルな水着を穿いて上には白いのパーカーを着てる彼は、やっぱりすごく鍛えてるらしく引き締まった身体つき。



普段見れない肌を見れば意識してしまう。今、私は伊織さんと2人きりなんだと。



急に、心臓が早鐘のように鳴り始めた。






「まぁ、まあ。いい年した若いもんがいつまでごろごろしてるんだい!」



いつの間にか戻ってきたおばあちゃんは、ドカッとレジャーシートの上に座り込んで私たちを押し退けた。



「老い先短い年よりを炎天下に晒して熱中症で死なせる気かね。ああ、いやだよ。さっさと海へお行き」


シッシッ、とまるで猫の子でも追い払うようにされて、それ以上留まれるはずもない。おばあちゃんは知り合いとお茶を片手にお喋りを始めたし。邪魔はできないな。



(でも……どこに行けばいいんだろ)



チラッと横に立つ伊織さんを見れば、彼は無関心そうに立ってるだけ。はぁ、とため息を着いて仕方なく海に向かって歩きだしたんだけど。



「おまえは、泳げるか?」



ボソッ、と聞こえてきたのは――伊織さんの声で。にわかには信じられなくて振り返ると、彼は私を見てた。



「おまえは泳げるか、と訊いたんだ」



苛立った伊織さんの乱暴な口調に、ハッとなってすぐに首を左右に振って答えた。



「ぜ、全然。私、運動全般がダメなんです。よく先生には運動神経が切れてるって言われました」


「そうか」



伊織さんはしばらく顎に手を当てた後、待っていろとレンタル小屋まで走っていく。



そして……



彼が借りてきたのは、二人乗りのビニールボートだった。








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