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プロローグ~第1話 出逢い



黄色い液体を、おたまですくってはガラス容器に注いでく。


甘い甘いそれは、バニラの香りでいつも小さな幸せを運んでくれる。



「ご、ろく……10。よし、こんなものかな?」



粗熱を冷ましたガラス容器を、冷やすためにトレーごと冷蔵庫に入れる。



(みんな喜んでくれるかな?)



きっと期待しているだろう子ども達の顔を思い浮かべて、自然と頬が緩むのを感じる。



その時はまさか、このお菓子ひとつで私の人生が変わってしまうなんて――そして、私と関わる人たちの人生も動かすなんて。夢にも思っていなかった。








4月にもなると、だいぶ夕暮れが遅くなる。午後5時はまだ昼間のように明るい。それでもちょっと太陽は傾いていて、東の空から雲が金色や紫色に染まる。



「うめえ!」



夕暮れ時の空に、子どもの声が響いた。



「ほら、ね! あおお姉ちゃんのプリンおいしいでしょ」



プリンを口にする男の子・けんくんに得意げな顔をした女の子は、心愛ここあちゃん。ともに近所の小学生だ。



「マジで碧姉ちゃんのプリンうめえな」



パクパクとプリンを食べていた賢くんだけど、途中でスプーンを止めてそっとフタを閉めた。



「どうしたの? そんなにおいしくなかった?」


不安になって訊ねれば、賢くんは「違うよ!」と怒鳴ってから下を向いてぼそぼそと呟いた。



「こんだけうまいのを……妹の真理まりにも食わせてやりてえだけだって……あいつ……今日熱を出して保育園休んだからな」



賢くんの頬がほんのりと赤いのは、照れ隠しかもしれない。かわいいなあ、と口元が緩んだ私は保冷バッグに入れたものを差し出した。



「真理ちゃんの分はちゃんとあるから、遠慮なく食べちゃって」


「マジで? さんきゅ!」



目を輝かせた賢くんは、プリンのフタをむしるとまたスプーンで掬い口に入れる。それを見ていた心愛ちゃんも、笑ってプリンを食べ始めた。



「賢もなかなか良いところがあるじゃない」


「うっせ!」


珍しく心愛ちゃんが褒めてきたからか、心なしか賢くんの頬がさっきより赤くそまってて。微笑ましい。



そうこうしていると、いつもの常連客――近所の子ども達が集まってきた。



今どきな二階建ての木造建築の古びた壁は黒っぽく、あちこち補修跡が目立つ。二階は私とおばあちゃんが住んでいて、一階は昔ながらの駄菓子屋さんを営んでる。



“おはる屋”――ここが、おばあちゃんが営む駄菓子屋さんの名前だった。







「碧、碧! 口がかわいたから茶を淹れとくれ!それから洗濯物を入れて風呂を沸かした後に飯を作りな!」



ガラス戸を隔てた奥の部屋から、嗄れた声が飛んできた。



「はい、今やるから待ってて!」



負けない大きな声で返事をすると、買い物に来た子ども達に「ごめんね」と謝ってからサンダルを脱いでかまちを上がる。



「碧お姉ちゃんも、いつまであんな意地悪なおばあちゃんといっしょにいるの? お姉ちゃんもまだまだ若いんだしさ。ここにいたらジンセイ棒に振るよ?」



そんな大人びたことを言う心愛ちゃんからすれば、不思議なんだろうな。端から見れば、私がおばあちゃんに一方的にこき使われて見えるだけだろうし。



「ううん、別にいいんだよ。だって、私はおばあちゃんが大好きだから」


「碧! いつまでぐずぐずしてるんだい。いつまでもどんくさいトロい子だねえ、さっさと奥に行きな!」


「は~い!」



ガラス戸が開いて割烹着を着て白髪を結い上げたおばあちゃんが顔を出したから、返事をして入れ替わりで奥へ向かう。



「子どもにちょっと褒められたからって、いい気になるんじゃないよ。あんたは不器量なんだから、もっと人様の役に立つことを覚えな!」



あら、聴こえてたのねとぺろっと舌を出す。おばあちゃんには見えないように。



「はい、わかってますって! 私だって、自分のことはよ~くわきまえてます」



トン、と畳の上に立つとちょっとだけ目の奥が熱くなる。



わかってる――おばあちゃんは心配してわざとキツイことを言ってくれてるって。 私が決して美人でないことも、二十歳になった今まで恋愛経験がないことも、ぜんぶ。









「ありがとうございました!」


ペコリ、とお客様に頭を下げお見送りする。


たかがファミレスでも、来店下さる大切なお客様だから。私はいつも元気な挨拶を心がけてる。



今は、深夜12時。よくあるチェーンのファミレスで、私は週に5日夜7時から深夜1時まで働いてる。西欧風の煉瓦の建物がお洒落で、若い女性に人気だけあって深夜でもお客様が絶えない。



(さて、片付けなきゃね)



お客様が使ったテーブルを片付けて、使用された食器類を厨房まで運ぶ。今日はあと一時間で終わりだから、頑張らなきゃ。そう思ってたけど。



「碧ちゃん、悪いけど厨房のヘルプ入って。太田さんが腹痛で来られないって」



事務室から店長が顔を出して申し訳なさそうに頼んできた。



(今日はちょっと疲れてるけど……後の厨房が鈴木くんだけだと回らないよね。困ってるんだし、私も稼がなきゃいけないし)



少しだけ思案した後に、私はわかりました。と頷いて厨房のヘルプに入る。エプロンと帽子を被って、恐縮する鈴木くんと一緒にオーダーをこなす。



あっという間に一時間が経ち、深夜1時を過ぎたころにドアベルが響いて新しい来客を告げた。







ふう、と額の汗を手のひらで拭う。もうすぐ次のシフトの人が来るから、もうひとがんばりだ。



忙しさが一段落した厨房で、足りなくなったサラダのストックを作っていると、次のオーダーが入った。



「三番、オーダー入ります。プリンアラモードとキャラメルプリンと豆乳プリンにカスタードプリン、それぞれ一つずつお願いします」



バイトの女の子が手慣れた様子でオーダーを伝えてくる。こんな深夜にプリン尽くし? ずいぶん変わった注文だなーとは思ったけど、すぐに準備をしてホール担当のバイトちゃんにオーダーの品を渡した。



(きっと若い女の子のグループかなんかだよね)



自分と同世代かな、と考えてチクリと胸が痛くなる。ギュッと握りしめた拳をそこに当てて、頭を振った。



(考えちゃ、駄目。今の私に大切なのはおばあちゃんと駄菓子屋なんだから)



今の生活を、手放したくない。だから、私は人見知りを無理に押し込めてもこうしてバイトしているんだ。



おばあちゃんがずっと守ってきたお店を、子どもたちの大切な場所を無くす訳にはいかないから。








「ね、見た? 三番テーブルのイケメン!」



ホールも一段落したからか、バイトちゃん達のお喋りが注文口から聴こえてきた。



「うん、さっきバッシングの時に見た! すっごいイケメンだよね。芸能人かな?」


「まさか~こんな地方に来るわけないじゃん! だけど、30分かかって注文したのがぜんぶプリンって、一人でそれはちょっとひくかも……」



(イケメンって男性? 男の人がプリンばっかり注文したんだ。やっぱり変わってるな)



「だけどさ~なんかあの人酔ってない?」


「あ、それなら亜紀さ、お持ち帰りすりゃいいんじゃね? プリン大好きでもイケメンやし、オーダーメイドスーツだから金持ちだよ。上手く既成事実作れば就活必要ないじゃん!セレブだよセレブ」


「さっすが美紀、ファッション関係詳しいやね~って、アタシ酔っ払いキライだからパスだわ」


「こら! いつまでしゃべってる。暇ならダスターの洗濯でもしてこい」



きゃいきゃいした中で店長の怒声が飛んでくると、彼女達ははぁい、と渋々散っていった。



(プリン好きな酔っ払いのイケメンさんか……)



私も見たい気もしたけど、今は厨房から離れられない。だけど、意外なことで彼が私の中に印象つけられた。



オーダーした品がほぼ丸ごと残されて戻って来たからだ。まるで、ちょっとずつ試食したような形で。



(せっかくの食べ物をこれだけ残すなんて)



何だか、腹が立って仕方なかった。









「あ~……やっぱり降ってきたか」



従業員出入口から出ると小雨が降ってたから、折り畳み傘をバッグから取り出す。



パンッ、と割と大きな音が立ち、傘が開いた。



そのまま帰ろうと自転車置き場に足を向けた時、私の耳に小さなうめき声が入ってきた。



(え、誰かいるの?)



首を巡らせ周囲を見回してみるけど、人の姿は見当たらない。まさか幻聴?ゾッと背筋が寒くなって、急いで自転車に乗ろうと早足で自転車置き場に向かう。



けれど、まさか。



店の植え込みに男性が寄りかかっていたなんて、思いもしなかった。



その人は、サラリーマンだろうか。ダークグレーのスーツを着て、苦しそうに呻いてる。まだまだ若い。二十代後半から三十代前半辺りだろう。黒髪が雨のためか濡れて、額に張り付いてる。顔が赤いのは、熱があるから?



なら、このまま放っておく訳にもいかない。私は彼を抱き起こすと、傘をさして雨を遮りながら声をかけた。



「あの、もしもし。聞こえますか?」


「う……」


「歩けそうですか? もしも辛いなら誰か呼びましょうか」



私が体を傾けさせたからか、彼が身動ぎした途端にポケットからスマホが地面に落ちる。すると、タイミングよく着信音が鳴り出した。



「よかった……きっと心配してますよ」



安堵した私がスマホに手を伸ばすと、突然その手が掴まれた。



「出るな……」


「え、でも……すごい熱ですよ」


「いいから、出るな!」



彼は、絞り出すようにそう言い放った後――そのまま気を失った。




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