初恋の相手
昼からの授業が始まる前に千世と階段を降り、教室に向かっていると軌跡が起こった。
「やー、神崎君。無事に帰って来たんだね」
「……」
あまりにも唐突に女神が降臨した。
僕の目の前で太陽のように輝く笑顔が弾ける。
「あれ? 私の事、覚えてない? 去年、同じクラスだったんだよ」
覚えてますとも、僕が忘れるわけないじゃないでしょと言いたかったが
「い、伊藤愛梨さん、でしょ」
緊張で声が上手く出なかった。
「正解! 良かった忘れられたかと思ったよ。それより身体大丈夫?」
愛梨はじーっと僕を下から上に見渡す。
「あっ、うん。大丈夫だから、怪我はしてないって病院で言われたし」
「無事でなによりだよ。屋上から落ちたって先生から聞いた時には本当にびっくりしたんだよ」
「そっか……」
心配してくれてありがとうぐらい言いたかったが恥ずかしくて言葉が出ない。
「そろそろ、授業が始まるね。じゃ、またね」
ニッコリ笑い手を振り去って行く愛梨を、僕はただただ見つめる。
やばい。
伊藤愛梨と話せた。
僕の事を覚えてた上に、またねって言われた。
今日は何て運がいいのだろう。
僕は今日を伊藤愛梨と話した記念日にしようと決めた。
『紅葉さん?』
気づいたら目の前に千世の顔があった。
「うわぁ!」
『ニヤニヤして気持ち悪いですよ』
「うっせい」
僕は顔を引き締める。
『紅葉さんってもしかして』
今度は千世がニヤニヤしている。
「なに?」
『さっきの愛梨さんが好きなんですか?』
「なっ! そっ、そんなわけないだろ」
ばれた。
何とか誤魔化さないと、もし伊藤愛梨にばれたら僕の人生が終わる。
そんな事を思い焦っていると
『焦らなくても大丈夫ですよ。紅葉さん以外と話なんて出来ないんですから、誰にも気づかれてないのと同じですよ』
「そっか……」
千世が幽霊だということを一瞬忘れていた僕は、誰にも気づかれていないのと同じだと言われ少し申し訳なく思ってしまった。
『でも、気を付けないとあんなにニヤニヤしてたら他の人も気づきますよ』
そんなに分かりやすい表情をしていたのだろう。
気を付けないと、気づかれたら自殺ものだ。
「そっか、気を付ける」
『でも、好きなら告白したらどうですか?』
「ぶっ! そんな事できないよ」
衝撃的な千世の一言に紅葉は吹いた。
『どうしてですか?』
「僕が女の子に告白なんて出来るわけないって、話すことも難しいのに……」
『私とは普通に話してないですか?』
「……いやいや、何か最初のインパクトがあったからどうでも良くなった」
『それは、私的には喜んでいいんですかね?』
「さぁな」
僕は適当に答えておく。
『あっ、良い事を思いつきましたよ』
「ん?」
『私が紅葉さんの恋を叶えてあげましょう!』
「はぁっ⁈」
意味が分からず声を上げる。
『だって、私の成仏に協力してくれるんですから、私だって恩返ししないとダメでしょ』
平らな胸を逸らし、千世が笑う。
「なんか心配しかないんだが……」
『大船に乗ったつもりで任せてください』
「そうか……ほどほどに頼む」
僕は笑う。
『急がないと授業が始まりますよ。あ~、それからですね。私と普通に話してますけど、周りから見たら一人で話してる変な人になってるので気をつけてくださいね」
「……」
千世が幽霊だと忘れてた……
自分自身を変えたいとは思うが、変人扱いは嫌なので、これからは気を付けようと心で誓ったのだった。




