ファーストコンタクト
神崎紅葉は目立たない生徒である。
ちなみに、名前はモミジでもコウヨウでもなくクレハと読むので間違えないように……
勉強が出来るわけでもなく、運動神経が良いわけでもない。
だからと言って人付き合いがいい方でもない。
それどころか人見知りが激しい為、一日で誰とも会話せず帰宅することもあるくらいだ。
正直、僕が存在しなくても困る人間はいないと思う。
逆に、存在して困る人間もいないだろうが……
そんな僕が、二学期の始業式に事故にあった。
学校の屋上から転落する大事故だ。
屋上を囲む柵の一部が外れ、そこに背を預けていた僕は柵と一緒に落っこちたのだ。
まぁ、外傷が特になく、脳にも以上がなかったので2日間検査入院しただけで退院したのだが……
紅葉の人生ではベストワンに余裕で上がる出来事だ。
もしかするとここから僕の人生が変わるんではないか? と期待してしまう。
教室に入ると教室中の視線が僕に集まり、「屋上から落ちたんだって!?」や「ケガは大丈夫なの?」「走馬灯見た?」など、様々な質問攻めにあうかもしれない。
それどころか、「屋上から落ちて無傷だって!! 見直したぜ。紅葉」なんて言われるかもしれない。
目立たなかった存在から、クラスの話題の存在にクラスチェンジできるかもしれない……
そしたら、憧れのあの子と会話できるかもしれないのだ。
こんなチャンスを逃す訳にはいかない。
僕は朝一番に学校に来ていたのだが、どんな質問をされてもスムーズに回答出来るようにトイレの個室で脳内シミュレーションを繰り返していた。
シミュレーションに時間をかけている内にHR開始5分前のチャイムがなってしまった。
廊下に出ると廊下には急いで教室に向かう生徒の姿が数人いるのみだった。
教室の扉の前で僕は大きく深呼吸する。
さぁ、この扉を開けた瞬間から僕は生まれ変わる。
さようなら。昨日までの紅葉。
よろしくね。今日からの紅葉。
では、新しい世界の第一歩を踏み出すとするか。
まずは、大きな声でおはようだ。
ここでクラス中に僕が登校してきたことをアピールしないといけない。
紅葉はガラ―っと扉を開け教室に踏み込む。
「お、おはよう……」
蚊が鳴くような声しか出なかった。
しまったー
発声練習しそこねた……
普段から大きな声を出さない僕がいきなり大声なんて出せるはずがない。
計算をミスった。
第1歩目は失敗に終わったが、まぁいいさ。
誰か一人でも僕の存在に気が付けばきっといける。
あれ?紅葉が来てる的な感じで波が立てばいいんだから。
しかし、紅葉が求めているようなビックウェーブが起こることはなく席までたどり着いてしまった。
……もしかしたら先生が事故にあっていることを隠したのかな?
学校の中でそんな事が起きたなんて知られたらまずいだろうし……
そうなら、HRで担任教師が出席を確認するときに波紋が起き……なかった。
紅葉が期待するようなことは何も起きることなく、授業は進む。
そして授業終了十分前、昼ご飯までもう少しだからお腹の音よ堪えてくれと念じる紅葉の前にそいつは現れた。
制服姿の少女。
長い黒髪を三つ編みにした、色白の少女。
授業中の教室に乱入してきた少女は鼻歌を歌いながらクルクルと踊っていた。
誰にも気づかれることなく……
理解不能な光景に紅葉は目を離す事が出来なかった。
楽しそうに踊る可愛らしい少女と目が合った。
『ん?』
少女が首を傾げ真っ直ぐ近づいてくる。
「……?」
僕もつられて首を傾げてしまう。
『えっと、もしかしてあなた私の事見えてます?』
その一言で僕はやっと気が付いた。
少女が透けている事に……
「うわぁ!」
驚きのあまりにガタンと大きな音を立て紅葉は椅子を揺らす。
「うるさいぞ、神崎」
「はい……すいません」
したたかに叱られ、紅葉は座り直す。
僕は現実を逃避するために、少女から目を背け授業に集中……できなかった。
『ねぇ、ねぇ、私、見えてるんですか? 見えてますよね。確実に見えているはずです!』
目の前でパタパタと振り回す少女の手は、完全に前の席に座る男子生徒をすり抜けている。
『無視ですか? 無視するんですか? 無視するんですね。ほほぉ~、良い度胸してますね。そっちがその気なら、私にも考えがありますよ』
「……」
完全にビビってしまった僕は、この少女は事故の後遺症の幻覚だと思い込もうとした。
『幽霊らしく……呪いますよ?』
たった一言。
それだけで僕の心は折れた。
悪戯っぽく笑う少女に僕は顔を引きつらせ、ノートの隅に
『授業中で返事が出来ません。昼休みに屋上でお願いします』
とだけ書いた。
『あ~、そっか、そうでした。今、授業中でしたね。すいません。そこまで気が回りませんでした。では、私は先に屋上にいますね。来なかったら本当に呪いますよ』
少女は楽しそうに教室を出ていった。
楽しそうに人を呪う幽霊って……
恐怖のあまりに震える僕に、無情にも授業終了のチャイムが鳴ってしまった。
紅葉はどうしていいのかわからず、ただ少女がすり抜けていったドアを見つめるのだった。




