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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【2:1:1】僕らの死体捜し

作者: Coo

■60分台本



■登場人物


・真人 (まさと)♂14:僕 :真人の主人格。中学生。冷静。

            :ボク:真人の副人格。魔物狩り。

・シロ (しろ) ♀15:廃墟に住む少女。常識人。

・クロ (くろ) ♂19:吸血鬼。元は人間。腹黒。

・直利 (なおり)♂14:真人の級友。単純バカ。

・小宮 (こみや)♀14:真人の級友。サバサバ。


・N  (ナレーション):情景描写。



■配役(2:1:1)


♂ ○(L166)僕      :

両 ◇(L128)ボク     :

♀ △(L126)シロ・小宮  :

♂ □(L104)クロ・直利・N:



■補足・備考


※1 配役及び台本中の『○◇△□』は、

   各配役の台詞を検索する際の検索対象にお使い下さい。

※2 SEに関して、

   SEの使用及び選択における判断の一切をこの台本の使用者に委ねます。

※3 台詞中にリップノイズを用いる箇所がありますが、

   イメージとしては啜り飲む感じです。

※4 放送等にはご自由にお使いください。ボイスドラマ等企画については、 

   メッセージボックスにてご一報ください。

※5 著作権は放棄しておりませんのであしからず。



―――――――――――――――ここから本文―――――――――――――――




◇ボク: 中学二年の春、僕たちは死体を捜しに行った。





■01.日常


●教室


□直利:「――おい、真人」


○僕 :「………」


□直利:「おいって」


○僕 :「ん、ああ? ……何だよ」


□直利:「昼飯どうするよ、やっぱ学食?」


○僕 :「そうだな、チャーハン食いたいし学食行こうか」


□直利:「じゃあ決まりだな。授業終わったらダッシュな」


○僕 :「了解」




●食堂


□直利:「真人ぉー、こっちだー」


○僕 :「はぁ、何回来ても疲れるなここは」


□直利:「そうか? 人がいっぱいいた方が賑やかでいいだろ」


○僕 :「いや、ものには限度というものが――」


△小宮:「おいおいおい、お前ら酷いよ。私を置いていくなんて」


□直利:「ああ、小宮か」


△小宮:「……ああ小宮かじゃないよ。私も学食行くって言ってたじゃないか」


□直利:「お前トイレ行ってたしな」


○僕 :「ああ」


△小宮:「ひどい……まぁ、パン買ってきたからさっさと食べようよ」


□直利:「そういや聞いたか、岩代市の山ん中の団地の話?」


△小宮:「なにそれ、団地ってあの廃墟になった工業団地のこと?」


□直利:「ああ、そうだ。何かあそこで殺人事件があったらしいぜ。

     んで、死体がまだ放置されてるって話だ。二組の林田から聞いた」


△小宮:「リンダかよー、あんま信憑性ないなぁ」


□直利:「いや、これはマジだって。

     林田の知り合いで死体見たやつがいるんだってよ」


△小宮:「真人もチャーハン食ってないで直利に何とか言ってやってよ、

     こいつ人の話すぐ信じるんだからさ」


○僕 :「あー、まあ何だ。面白そうではあるよな」


△小宮:「おいおい、お前までそんなこと言うのかよ」


□直利:「だよな、面白そうだろ?

     そこでだ、明日は昼までで終わるし、放課後行ってみねえ?」


○僕 :「ん、いいな。どうせ暇だし行ってみるか。

     死体の話がガセでも、団地見て回るだけでも面白そうだしな」


△小宮:「……ホントに行くの?」


□直利:「なんだよ、お前行かないのか?」


△小宮:「いや別にいいけどさ、何かガキっぽくない?」


□直利:「今しか行けないから行くんだろ。死体は待っちゃくれないぜ?

     よし、じゃあ明日行くってことで。

     持って行くものとかは後で決めようぜ」


○僕 :「次、体育だしそろそろ行こうか」





■02.邂逅


●廃墟敷地


□N : 春の暖かい風が草木を揺らす。

     その様子は爽やかというか物凄く鬱蒼としている。

     そこは山の草木に飲み込まれてしまっていた。

     団地自体が埋もれてしまっている。


◇ボク: 僕は自分の腰くらいの高さまである草むらを掻き分け、

     邪魔な蔦や枝をナイフで切り払いながら団地の入口へと進む。


□直利:「思ってたよりすげぇな」


○僕 :「そうだな、団地まで行くだけで一苦労だ」


△小宮:「ちょっと待ってよ。おまえら速いって」


□N : 草の海に沈んだ建物に足を踏み入れた真人たちを、

     埃臭い冷たい空気が覆った。

     外とは全然空気の重さが違う。

     重々しいひんやりとした空気は、

     侵入者を拒むかのようにピンと張り詰めている。


◇ボク: いい空気だ・・・。


□直利:「お、ちょっとこれ見てみろよ」


○僕 :「うわぁ、ボロボロじゃねぇかよ」


△小宮:「いつの新聞だよ……」


□直利:「あー、日付は昭和56年になってるぜ。えーと……」


○僕 :「20年前だな。そんなに前から放置されてるのかここ」


□直利:「まあ、先に進んでみようぜ」


△小宮:「うわぁっ!」


□直利:「どうしたよ、いきなり」


△小宮:「む、向こう側で何か動いた……」


○僕 :「気のせいだろ。それか猫かなにかか」


△小宮:「そうだよな、気のせいだよな」


□直利:「おい、お前ら! 面白いもん見つけたぞ」


△小宮:「このペットボトルって最近のやつだよね。ラベルも色褪せてないし」


○僕 :「賞味期限見ろ、賞味期限」


□直利:「2005年8月6日になってるぜ」


△小宮:「結構先だね、てことはやっぱり最近のか」


□直利:「誰か住んでるんじゃねぇの」


○僕 :「噂の殺人事件の犯人だったりして」


□直利:「その可能性もあるよな」


△小宮:「おいおい、マジかよ……」


□直利:「どうする、もう少し探してみるか?」


○僕 :「んー、せっかくだしもう少し回ってみよう――」


――[SE] カランカラン・・・


□直利:「うあぁぁ!」


△小宮:「ひぃあぁ!」


○僕 :「ちょ、ぁ――」


□N : 真人は驚いた拍子に廊下と中庭を隔てる柵にのりかかってしまった。

     錆付いていた柵はあっけなくもげ、

     その結果、真人は中庭の茂みに投げ出されてしまった。


○僕 :「いたたた………ついてないよな。

     ……置いていくなよ」


◇ボク: 白のスニーカーが目に入り、直利か小宮かと思って見上げると、

     制服姿の女の子が立っていた。黒のハイソックスに私立学校風の制服。

     たしか同じ市の私立中学の制服だと思う。

     というかスカートの中が。


○僕 :「うぉ、痛い痛い痛い」


◇ボク: 問答無用で手を踏まれた。



 ***



○僕 :「で、あんたここで何やっているんだ?」


△シロ:「あんたこそ何やってるのよ?」


○僕 :「質問を質問で返すな」


△シロ:「うるせー、暇潰しよ暇潰し。で、あんたは?」


○僕 :「ああ、肝試し的なもので死体を探しに」


△シロ:「死体?」


○僕 :「ここで死体見たってやつがいてね、その噂が広がってるみたいだ」


△シロ:「ふぅん……。

     最悪ね……せっかくいいところ見つけたのに」


◇ボク: 彼女は苦虫を噛み潰したような顔でぽつりと呟いた。

     しかし一体苦虫とは何だ、大体虫は食うものじゃないだろう。

     噛むなよ。


○僕 :「何が?」


△シロ:「そんな噂が広がったら、

     あんた達みたいに面白半分でやって来るやつが増えるでしょ」


○僕 :「ああ、そういうことね。

     さて、と。じゃあ、僕は帰るよ」


△シロ:「あ、ちょっと待って。ちょっと手伝って欲しいことあるから来て」




●廃墟


○僕 :「ちょっと、おい。

     ……何するんだよ、勝手に人んちに入って」


□N : 部屋は畳が腐ったりしているものの、そこまで風化はしていなかった。


○僕 :「なんで鍵が掛かってないんだ?」


△シロ:「ピッキングで開けた」


○僕 :「ああ、そう……」


△シロ:「このソファー持って行くの手伝って」


□N : 持ってきたソファーをテーブルの横に置くと、

     少女は綺麗な方のソファーに腰掛け、

     制服のポケットから煙草を取り出し火をつけた。


△シロ:「コレ使って拭いて」


○僕 :「ん、ありがと」


◇ボク: ……いや、僕が拭くのに僕が礼を言うのはおかしくないか?


△シロ:「コーヒー飲む?」


○僕 :「ああ、もらうよ」


△シロ:「はい」


○僕 :「ありがと」



 ***



○僕 :「ごちそうさま、じゃあ帰るよ」


△シロ:「ん? ああ、ここのことは黙っといてよ」


○僕 :「言ったところで何の得もないしね」


△シロ:「そういった考え方だと助かる」


○僕 :「じゃ」




●廃墟敷地


□直利:「おお、真人。無事だったのか、心配したんだぜ」


○僕 :「じゃあ助けに来いよな」


△小宮:「よし、じゃあそろそろ帰ろっか」


□直利:「そうだな」


◇ボク: 外は夕方になっていた。

     草むらを抜け団地を振り返ると、夕暮れの屋上に人影が見えた。





■03.再会


●市街


――[SE] ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ……


○僕 :「もしもし?」


□直利:「ああ、真人? 今暇か?」


○僕 :「ん、直利か。まー、暇かもしれないな、多分」


□直利:「よし、集合。場所は真人んちな」


○僕 :「なんでだよ……。残念ながら今外だ。家に帰るまでに結構掛かる」


□直利:「マジかー。

     小宮もなんか用事があるみたいだし、こっちも無理なんだよね」


○僕 :「なんかあるのか?」


□直利:「たいしたことじゃないから明日にでも」


――[SE] ツー、ツー……


○僕 :「あ」


――[SE] ドクン…


□N : 電話をしている間に天気が急変していた。

     さんさんと照っていた太陽は汚れた雲に隠れ、

     ほどよくいた人はもうどこにも見当たらない。


――[SE] ドクンドクン…


○僕 :「まずい」


――[SE] ドクンドクンドクンドクン…


□N : 雨が。

     雨が降ってきた。


○僕 :「う、うう」


◇ボク: 天気予報をちゃんと見ておくべきだったな。

     雨が降るのだったら僕が外なんか出るわけないのに。


□N : 真人は辺りを見渡して雨を凌げる場所を探し駆け込んだ。

     テナント募集中の張り紙のあるシャッター前の

     かろうじて濡れないスペース。

     そこにしゃがみ込んだ。


△シロ:「あ」


○僕 :「あ?」 


◇ボク: 廃墟の少女がそこにいた。


△シロ:「……この間はどうも」


○僕 :「え?」


△シロ:「ソファーのことよ」


○僕 :「ああ、別にいいさ。たいしたことはしてないし。

     それにしても、まさかこんなところで会うとはね。この辺りの人?」


△シロ:「あんた自身が答えられる質問なら答えるけど?」


○僕 :「今の質問は無しで」


△シロ:「あいあい」



 ***



○僕 :「雨も上がったし、そろそろ行くよ」


△シロ:「あ、ちょっと待って。

     折角また会ったんだし、この荷物運ぶの手伝ってもらおうかな♪」


○僕 :「やれやれ。

     まぁ、それくらいならいいよ。とりあえず訊くけど中身は?」


△シロ:「レディにそんなこと訊くの? ……本とCDと煙草よ」


○僕 :「煙草歴は?」


△シロ:「三年弱」


○僕 :「お酒は?」


△シロ:「体に悪いよ」


◇ボク: 汚い雲の隙間から微かに太陽が覗く。

     差し込むぎらついた光は雨よりも好きになれなかった。




●廃墟


△シロ:「その辺りに適当に置いといて。・・・ふぅー(煙草の煙を吐く)」


○僕 :「僕が言うのもなんだけど、煙草は止めといた方がいい」


△シロ:「一本どう?」


○僕 :「いや、やめとくよ。

     煙草を吸うなら酒を飲むな、酒を飲むなら煙草を吸うな。

     長生きする秘訣だ」


△シロ:「それじゃ、ほらっ」


○僕 :「わっとと…ビール? 飲まないくせになんであるんだか。

     しかし、よく集めたな。こんなにも。ん?」


△シロ:「なに?」


○僕 :「それ、写真立て」


△シロ:「ああ、…No」


○僕 :「O.K」


◇ボク: 彼女はそっと写真立てを伏せた。

     僕は写真については何も言わない。


□N : 何年前のだろうか。色褪せた写真には、少女であろう女の子と、

     女の子と手を繋いでいる、女の子よりいくつか年上であろう男の子。

     女の子は泣きそうで、男の子は険しそうな顔をしていた。


○僕 :「じゃ、そろそろ帰るな」


△シロ:「ああ、そういえばまだ聞いてなかったことがあったわ。

     なんて呼べばいい?」


○僕 :「そうだな、じゃあシンとでも呼んでくれれば」


△シロ:「シン、いい響きね。なら私はなんて呼んでもらおうかしら」


○僕 :「ピッキング廃墟子」


△シロ:「センスが欠片もないわね」


○僕 :「なら何がいいのさ」


△シロ:「そうね。シロ、そう呼んでくれればいいわ」


○僕 :「ん。シロか。それじゃあシロ、また明日」


△シロ:「まあ、いいけどね。来たければどうぞ。ただし一人できてね」


○僕 :「りょーかい。

     あ、最後に。シロ以外に誰かここに住んでたりするのか?」


△シロ:「いや、そんなことないはずだけど?

     て、別に私も住んでるってワケでもないんだけど」


○僕 :「そう、それならいいけど。昨日屋上に人影が見えたから。

     ……気をつけたほうがいい」



                                      


■04.非日常


●教室


◇ボク: 月曜日。直利は休みだった。


○僕 :「なんだ、昨日の電話のことでも聞こうと思ったのに。

     風邪でも引いたのか? 小宮、なんか知ってる?」


△小宮:「いや、全く」


◇ボク: 直利が休みのときは大体いつもこんな感じだった。

     中々連絡がつかず、次の日にはいつも通りに登校してくる。


◇ボク: 本来なら僕もこんなに心配したりはしない。だが、今回は違う。

     あの廃墟での出会い。理由の聞けなかった電話。謎の人影。

     僕は、非日常の真っ只中にいる。


○僕 :「帰りにシロのとこにでも行ってみるか……」




●廃墟


○僕 :「シロ」


――[SE] コンコン…


○僕 :「シロ?」


□N : 鍵は掛かっていなかった。真人は慎重にドアを開ける。

     中の空気と外の空気が混ざる。


○僕 :「シロ!?」


□N : シロはソファーで寝ていた。

     シロの顔や腕、脚の所々に包帯が巻かれていて、血が滲んでいた。

     服はいつもの制服のまま。

     そしてやはり服にも所々に血と思われる汚れがついていた。


○僕 :「……」


◇ボク: 僕は静かにドアを閉め、シロの傍へ近寄る。

     彼女の荒い呼吸の音が近づくたびに、耳に大きく響く。

     非日常は非日常でしかなかった。


◇ボク: それでも、シロがいる、それだけで僕は少し救われた気がした。

     シロの隣に腰を下ろす。出来ることはほとんどなかった。

     包帯を取り替えることも汚れた服を着替えさせることも

     毛布をかけてやることさえ出来ない。


◇ボク: ここには物が少なすぎた。

     それでもと、着ていた制服の上着を彼女に掛け、

     ハンカチで額の汗を拭い、誰かを求め彷徨う手を握りしめた。

     うなされて誰かの名前を呼んでいるようだったがよく分からなかった。



 ***



△シロ:「……ありがと」


○僕 :「ん、ああ、気にするな」


△シロ:「ね。眼鏡その辺にないかな?」


○僕 :「掛けてないほうがかわいいと思うぞ」


△シロ:「かわいいって言ってくれるのはうれしいけど。

     これがないとあんまり見えないからね」


○僕 :「コレは訊いてもいいことか?」


△シロ:「ごめん、今は言えない」


○僕 :「そうか、わかった」


◇ボク: これ以上訊くことはない。

     シロは答えを示すことを拒絶し、僕はそれを受け入れた。


○僕 :「それじゃ、僕はそろそろ帰るけど。もう大丈夫なのか?」


△シロ:「大丈夫。ありがとね、こんな私なんか心配してくれて。

     それから、できればもうこの場所には来ないで欲しい。

     何も言わずそうしてくれると嬉しいけど。

     でもね、この前みたいにどこかで偶然会ったときは、

     声掛けてくれると嬉しいな」


○僕 :「わかっt…!?」


◇ボク: 咄嗟に飛び退いた僕の目の前を何かが通過した。筒状の何か。

     いつもはあるのかさえ分からない僕の直感が悲鳴を上げる。

     あれは危険だ、と。


△シロ:「ちょっ、ちょっとシン!?」     


◇ボク: 僕はまだ状況を把握していないシロの手を引いて走り出す。

     一歩。

     二歩。

     三歩。

     戸惑うシロを抱え。

     二階の窓から外の世界へ。

     非日常から次の非日常へ。

     飛び出した。




●廃墟敷地


△シロ:「いきなりどうしたっていうのよ!」


○僕 :「ちょっと黙ってて!」


◇ボク: 反応してる暇も惜しい。とにかく早く、この場から去りたい。

     僕は自分の脚が無事なことを確認すると、

     シロを抱えたまま出口に向って走り出した。

     出口に近づいてきた所で、僕もようやく安心を覚え始めた。

     そうすると、ひたすらに逃げるだけだった思考にも余裕が湧いてくる。


○僕 :「なあ、シロ。あの筒みたいな奴、何か知らないか?」


△シロ:「な、何の話よ? 急にこんな所に連れ出してきて……」


○僕 :「!?」


□N : 頭上を掠めるように、何かが通り過ぎる。

     それはそのまま周囲の木にぶつかり、その幹を破壊する。


△シロ:「な、何が起こったの……」


◇ボク: シロの呟きに、呆然としていた僕は我にかえる。

     とにかく逃げるしかない。外へ出よう。慌てて、出口に向う。


○僕 :「ん?」


◇ボク: 団地の敷地の出入り口に横に引かれた線を見つける。

     薄く極僅かにしか見えないが、これは間違いなくアレだ。

     認識すると同時に、出口から翻って走り出す。


△シロ:「出口から遠ざかってどうするのよ!」


○僕 :「……」


△シロ:「ちょっと、どうしたのよ?」


○僕 :「いや、なんだか、変なんだ」


◇ボク: 何かが今さっきと違う。状況? 環境? 空気? 雰囲気?

     何かがおかしい。じっくりと辺りを観察する。


○僕 :「あ」


◇ボク: 見つけた。そうか土か。この道の先の、土が妙なのだ。

     妙に湿気ってるというか、赤くなってるというか、とにかく妙なのだ。

     そして、ただここは危険であるということは分かっている。


○僕 :「ごめん、ちょっと我慢しててね」


◇ボク: そう言って、僕は迷わず、脇の林の中に入る。

     道を少し外れるだけで、木々と背の高い草が行く手を阻む。

     なるべく抱えているシロに草が触れないように注意しながら進む。

     それからは何の妨害も無く、なんとか元の団地に到着した。




●廃墟


○僕 :「しばらくは安心かな……?」


△シロ:「……結局、何だったのよ。

     急に飛び出したり、木が倒れたり、何が何だが全然わからないわよ」


○僕 :「ざっと説明すると、………って感じかな」


△シロ:「おかしいわよ」


○僕 :「おかしいって、そりゃ確かに、変だよ。

     ここから出られないように罠が仕掛けられてるし、

     いつの間にかあちこちにもトラップがある」


△シロ:「……違うわよ。それも、確かにおかしいけど……。

     一番オカシイのは、あなたよ、シン。

     さっき、この廃墟の出入り口に糸が張られてるって言ったわよね。

     どうやって見たのよ、この月明かりも街灯も無いところで?

     それに帰り道の途中の土がおかしかった?

     どこも草で埋まっていたわよ。

     そりゃ確かに私には何も見えなかったけど、

     それでも草が生えてる事ぐらいは分かったわよ。

     それなのに土を見たって……」


○僕 :「……確かに、一理ある。

     ……なあ、シロ。その怪我、今回の事とは関係ないのか?」


△シロ:「……関係ないわ。全然無関係」


○僕 :「……そっか。なら他に何か知らないか?」


△シロ:「……。今回の事とつながる様な事は何もないわよ」


○僕 :「手掛かりはなしか。

     だとしたら、これ以上考えても仕方がない。

     次はここを抜け出す事を考えよう」


△シロ:「そうね。シンの話が本当なら、

     私たちは命を狙われていることになるのよね」


○僕 :「ここから出るには、周囲に張られていた罠の死角を抜ける必要がある。

     その間にも、多分あのよくわからない襲撃があるから、

     これも躱さなければいけない」


△シロ:「シン、罠の解除とかは出来ないの?」


○僕 :「解除か、いや多分無理。全然やり方とかわからないし」


△シロ:「そっか。じゃあ避けていくしかないのね」


○僕 :「そういやシロ、お前歩けるのか?」


△シロ:「歩けないことは無いけど……。痛いし、下手をしたら傷口が開きそう」


○僕 :「それは、世間一般に歩けないと言うと思うんだけど……」


△シロ:「確かにね」


○僕 :「今度は抱えるのは止めていいかな。

     手が使えないのは何かと不便だからね」


△シロ:「ええ、大丈夫」


○僕 :「ああ、そうだ。脱出の為に、いい物が無いか探しても良いかな?」


△シロ:「いい物はないと思うけど、いいわよ。

     でも、あんまり荒らしたりしないでね」



 ***



○僕 :「ホントに何にもいい物が無いな」


△シロ:「だから、言ったでしょ」


○僕 :「それじゃ、まあ、脱出方法を考えようか」


◇ボク: 不意に空気が硬化した。


△シロ:「そうね。どこか抜け道でもなかったかなぁ?」


◇ボク: どこからか、針で刺すような視線と息苦しいまでの威圧感を感じる。

     これが、「殺意」なるものだと、理解する。


△シロ:「どうしたの、シン?」


◇ボク: 向いてくる方向を探す。ゆっくりとあたりを見渡す。

     不意に真下から猛烈な勢いを感じる。

     急いでその場から転がるように飛び退く。

     建物を揺らすほどの大きな音と共に、元いた場所に大穴が開く。


○僕 :「シロ! 来た道以外にここを出るルートはあるか!」


△シロ:「う、うん! あるにはあるけど……」


○僕 :「なら、ナビお願い!」


□N : シロのナビを受けながら、迫り来る殺意を避けつつ、この場を抜ける。

     かなり難易度の高いミッションだが、完遂しないと、死が待っている。

     こうして、

     この不平等で不公平で不条理な地獄のような鬼ごっこが始まった。





■05.覚醒


●廃墟敷地


◇ボク: あと少しで出口だというところで、

     またしてもトラップに行く手を阻まれてしまった。

     シロに訊いても他に道は知らないって言うし、さて、どうしたものか。


○僕 :「!?」


◇ボク: 直上からの襲撃を反射的にバックステップして躱す。

     しかし、地面に衝突した余波をもろに受け、

     シロは僕の腕から投げ出されて地面に転がり、

     僕は背中を木で強く打ちつけてしまい、

     肺の中の空気を全部吐き出してしまった。


△シロ:「きゃっ」


○僕 :「がはっ」


◇ボク: 息を吸ってしまえば、行動はどうしても一瞬遅れてしまう。

     その一瞬が命取りになるということを本能的に察した僕は、

     呼吸を後回しにして回避行動をとる。

     左、右、上と三度の追撃を凌いだ所で、やっと肺に酸素を送り込む。


○僕 :「い、今のは正直死ぬかと思った…。シロ、大丈夫か!」


△シロ:「……っ…いたた…えぇ…大丈夫、よ」


□N : シロはよろめき、顔をしかめながらも自分の足で歩いていた。

     全身傷だらけではあったが、真新しい傷は一つも無く、

     どうやら攻撃そのものを受けていないようだった。


○僕 :「つまり、なんだ? 

     狙われているのは僕だけって事なのか?

     じゃあ、何か?

     シロを抱えて必死に走り回った僕の努力はただの徒労だったって?

     ……ん? これは…」


□N : 真人が足元で見つけたモノ、それはあの『筒状の何か』だった。

     

○僕 :「とりあえず、拾っとくか」


◇ボク: 僕はそれを上着のポケットに無造作につっこんだ。

     確かに大きな収穫ではあったが、今はそれどころじゃない。


○僕 :「なぁシロ。独りで団地まで帰れたりとか……しない、よね?」


△シロ:「んー、ちょっと無理っぽい、かな。大体、その言い方ヒドくない?

     私をここまで連れて来たのはシンなのに……」


○僕 :「だよなー。……仕方がない、か」


◇ボク: 僕はシロを背負って団地まで引き返した。

     道中、シロは怯えていたのだろうか、一言も話さなかった。

     僕は団地の手前で一旦立ち止まり、シロを背から下ろした。


○僕 :「いいか、シロ。落ち着いて聞けよ?

     あの筒みたいなのが狙っているのは、どうやら僕たちなんじゃなくて、

     僕だけみたいなんだ。ゴメン、僕が最初の段階で気付いていれば……。

     だから、僕はシロを部屋まで送り届けた後、一人でここを出るよ。

     そうしたらシロはもう安全だから、安心して…冷たっ…て、……え?」


――[SE] ポツリ、ポツリ……


◇ボク: 首筋を冷たいものが伝う。

     手を当てて確認する。

     透明な冷たい液体。


○僕 :「コレは……。

     ま…さか……雨………?」


――[SE] ドクン…


△シロ:「どうしたの、シン?」


――[SE] ドクンドクン…


◇ボク: シロには構わず、僕は空を見上げた。


――[SE] ドクンドクンドクンドクン…


○僕 :「…最……悪、の事態…だ……」


――[SE] ドクンドクンドクンドクン…


□N : 雨は次第に本降りへと変わっていく。


――[SE] ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン…


○僕 :「ぅうあああぁぁぁああぁあぁぁ」


◇ボク: 激しい動悸と、頭が割れそうなほどの頭痛が僕を襲う。


△シロ:「ちょっと! シン!?」


◇ボク: シロが何かいってるが、僕にはもう聞こえていない。


○僕 :「ああああぁぁぁああああぁああぁあぁあぁああっぁぁぁぁぁぁあああ」


◇ボク: 僕の意識はそこで絶えた。


○僕 : そして、ボクは目覚めた。


△シロ:「シン、ねぇ、シンってば!!」


□N : シロが真人の肩を掴んで、強く揺すっている。


◇ボク:「手を放してくれ。痛いだろ」


△シロ:「大丈夫なの、シン?

     いきなり叫びだすから心配しちゃったじゃないの。

     驚かさないでよ」


◇ボク:「さっきからずっとボクに向けられているこの殺気、一体何なんだ?

     ………屋上、か」


□N : シロが話しかけているが、真人は一切を無視し、


◇ボク:「さて、行こうか」





■06.因縁


●廃墟屋上


□N : そこには一人の青年と一つの肉塊が存在していた。

     肉塊の名は「直利」。それは体中の血液を抜かれていた。

     青年の名は「クロ」。青年は黒衣に身を包み怪しげに佇んでいた。


◇ボク:「ヴァンパイア・クロ、か。よくもボクの前に姿を現せたね」


□クロ:「やぁ、シン君。久しぶりだね」


△シロ:「兄さんっ」


◇ボク:「兄さん…ね。

     やっぱりか…おかしいとは思ってたんだよ」


□クロ:「ほう。何がだね?」


◇ボク:「度重なる襲撃。そして、僕しか狙ってこないことさ」


□クロ:「フフ…、それでどうするね?

     私の縁者とわかった以上、始末するというのかね?」


◇ボク:「もちろんそのつもりさ。

     ボクの役目は君たち魔物を狩ることだからね。

     生憎と君はしぶとく生き残ってたみたいだけど」


△シロ:「どういう、ことなの?」


□クロ:「シロ。シン君と私は浅からぬ間柄でね」


◇ボク:「浅からぬ? ボクにとってはただの獲物に過ぎないよ。

     かつて殺し損ねた、ね。

     それで? 今回は妹と2人掛かりだから調子に乗ってるんだ?

     僕の友人にまで手を出してさ」


□クロ:「いやいや。

     懐かしい顔を見たからついちょっかいを出してしまっただけだよ。

     それと、君とやるのはあくまでも私1人だよ。

     シロには荷が重すぎるし、共に君を相手にするには正直足手まといだ」


△シロ:「そんな…。シンと兄さんが」


◇ボク:「まぁ、何でもいいよ。どうせ2人とも殺るんだから」


□クロ:「そうかい。さて、それでは…。シロ」


△シロ:「はい。兄さん? ……ぁ!?」


◇ボク:「呪縛? ホントに一人でやるんだ?」


□クロ:「そういってるでしょう?

     シロ、そこで見てなさい」


◇ボク:「それじゃあ、そろそろ始めようか、クロ。」


□クロ:「そうだね。

     君を見ていると、2年前、君にやられた所が疼いて仕方ないんだ。

     傷なんてとっくに治ってしまっているというのに」


◇ボク:「安心しなよ。

     今度は疼いたりしないように、ちゃんと殺してやるよ」



 ■■■



●路地裏(2年前)


□クロ: 魔物。それは元は人間だった存在。

     潜在的に魔の因子を持って生まれた人間が、

     絶望することにより、覚醒してしまった哀しき存在。

     

◇ボク: けれど、魔物は人間とは決して相容れない。

     世界に絶望して生まれた存在は、この世界を否定し、必ず害を及ぼす。

     故に彼らは排除されなければならない。この世界から。



 ***



□クロ:『【リップノイズ(数秒)】』


◇ボク:『…………』


□クロ:『【リップノイズ(数秒)】』


◇ボク:『おい』


□クロ:『……ん? 子ども? …邪魔だ、失せろ。

     【リップノイズ(数秒)】』


◇ボク:『何をやっている?』


□クロ:『……ちっ。見てわからないか?

     食事だよ、食事。遅めのディナーさ』


◇ボク:『……ヴァンパイア、か。

     襲い方からみて、まだ覚醒して日が浅いな』


□クロ:『何?』


◇ボク:『お前にどんな悲劇があったかは知らない。

     だが、魔に身をやつし、人に害なす以上、お前はボクが狩る』


□クロ:『………狩る?

     何を言うかと思えば、お前のような子どもがこの私を殺すだと?』


◇ボク:『あぁ、ボクがお前を殺す』


□クロ:『……フ、フハハハハッ。

     餌の分際で私を殺すなどとは、片腹痛いわ!』


◇ボク:『餌、ね。完全に魔に飲まれたか…。

     やはり人は、魔には抗えないのか…』


□クロ:『何をごちゃごちゃ言っている!

     丁度物足りなかったところだ、お前も食ってやるよっ!』


◇ボク:『……来な』



 ■■■



●廃墟屋上


□N : クロが両手に構える筒、煉氣筒れんきとう

     それは使用者の生命力を吸い取り、

     取り込んだエネルギーを衝撃や斬撃へと変換させる武器である。

     しかし、その性質故、

     過度の使用は使用者の命をも奪うという諸刃の剣でもあった。


◇ボク:「それを、2筒使にとうづかいとはね……。

     さすがはヴァンパイアといったところか」


□クロ:「ふんっ、はっ! そら!」


◇ボク:「くっ」


□クロ:「さぁ、どうするね、シン君!

     まさか逃げているだけではあるまい!」


◇ボク:「言いたい放題言ってくれる、な!

     はぁっ!」


□クロ:「ぐ…。フ、フハハハっ、何だねそれは?

     まさかそれが攻撃だ、などというのかね!」


◇ボク:「ちっ、今のボディをまともに食らって何ともないのか。

     それなりに力は込めてたんだけどな……」


□クロ:「さぁ、シン君。大人しく諦めたらどうかね?」


◇ボク:(さて、どうしようか。こちらの装備は、ゼロ。

     このまま打撃だけじゃ、埒が明かない。)


□クロ:「そぉら、そらそらそらぁっ!!」


◇ボク:「ふっ、はっ、と」


◇ボク:(……いや、ある。たしかさっき僕が…。

     上着のポケットに煉氣筒れんきとうが一本だけ入っている。

     ……十分だ)


□クロ:「そろそろ終わりにしようかぁ!」


◇ボク:(チャンスは一度きり…)


□N : クロの左腕から、

     それまでとは比較にならないほどの力を込めた打突が繰り出される。

     真人はその一撃を捌ききれず、左腕で受けてしまう。

     否。

     真人は敢えて左腕を捨てたのだった。

     起死回生の、必殺の、一撃のために。


◇ボク:「ぐぅっ」


□N : クロは右腕を振りおろすように真人に追撃を放つ。

     真人は左腕で受けた衝撃を後方へ逸らしつつ、

     そのまま回転力へと転換し、その場で高速に回転する。

     そして、自身の背で手元を隠しつつ、

     ポケットの煉氣筒を右手で逆手に握る。

     振り下ろされるクロの腕の内側で、真人は煉氣筒を握りこんだ右拳を、

     バックブロー気味にクロの左胸に叩きつける。


◇ボク:「ぉぉぉぉおおおおおおっ!!」


□クロ:「なにっ!? ぐっ、がはぁっ!!」


◇ボク:「これなら、はぁ…はぁ…、どーよ?

     さすがに心臓吹き飛ばせば、終わりだろ?」


□クロ:「…ふ、ふふ。見事だよ、シン君…。

     私の負け、だ」


◇ボク:「はぁ…はぁ…。ったた。何か、言い残すことはある?」


□クロ:「…………一つだけ…頼みがある。

     妹の、シロのこと…だ」


◇ボク:「なんだい?」


□クロ:「あいつはまだ…

     あいつの魔因子はまだ完全には、覚醒していな…い。

     魔因子への干渉さえ……なければ、まだ人間に戻……れるんだ」


◇ボク:「…それで?」


□クロ:「見逃してやっては、もらえない…だろうか?」


◇ボク:「…いいよ、ボクの獲物はあくまでも『魔物』だからね。

     人間に戻るというのなら、ボクの関わる所じゃない。

     ただし、再び人間を襲ったときは、殺るよ」


□クロ:「あぁ、それで…構わない、十分だ」


◇ボク:「それじゃあ、そろそろお別れかな?」


△シロ:「兄さんっ! いやぁぁああああっ!!」


□クロ:「シロ……もう二度と……人を、襲っては…いけない。

     ……絶対に、だ…。私はいなくなるけれど……、

     がんばって、ひと…りで、生きていくんだ………」


△シロ:「兄さん…」


□クロ:「シン…くん。……やく…そ……く………」


◇ボク:「あぁ、ボクは約束は必ず守る。」


□クロ:「…あ……り…が……………」


◇ボク:「………逝ったか。

     さて、と。帰るかな」


□N : 真人がその場を去ろうと階段の方に歩いていると、

     その背後からとてつもない殺気の塊が物凄い勢いで迫ってきた。


△シロ:「あぁぁぁああぁあぁあああぁあああああっ」


◇ボク:「シロ、か…」


□N : 何の技術もないただの突進。

     振り上げた右腕に力を込め、

     全ての速力と共に相手に叩き込むだけのただの暴力。


□N : あまりに単純。しかし、単純がゆえに対処方法も限られていた。

     下手に躱そうものなら、突進そのものに巻き込まれる。

     そして、その圧倒的な速度が真人から思考時間を削り取っていた。


◇ボク:「この…馬鹿野郎が!!」


□N : 真人は一切の躊躇なく、振り向きざまの一瞬で袈裟切けさぎりにした。


△シロ:「ぇ………ぁ、がふっ…。

     …ぅう……ぃたい……いたぃよぉ…」


◇ボク:「ちっ、約束破っちまったな……。

     ……今、楽にしてやるよ」


△シロ:「…シン……シン…………大…好き………」


◇ボク:「!?」


○僕 : それを聞いた瞬間、世界が揺れたような気がした。

     決して多くはないシロとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。


◇ボク:「…何だ、コレ…。…ぅあ……」


○僕 : 意識が浮上するのがわかる。

     シロ…シロっ…シロ!!


◇ボク:「ぐっ…ぁぁぁぁああっぁぁあああ!!!!」


○僕 :「シロ! シロ!!」


△シロ:「…シ………ン…………」


○僕 :「シロ…?」


△シロ:「…………」


○僕 :「そんな…シロ、シロっ!

     うぅああぁぁああぁぁあぁぁぁぁあっぁぁあっぁあぁぁあぁ!!!!」





■07.真人


●廃墟


□N : 死体探しから始まったあの日の事件から、

     もう二ヶ月が過ぎようとしている。

   

◇ボク: 僕は何度もあの廃墟に足を運んだ。

     僕が散らかしたシロの家具や写真を片付けて、

     生前と同じ状態に戻す作業に没頭した。

     

□N : それから、一ヶ月が経過した。

   

◇ボク: 僕は、異形のものとして生きる自信のようなものを掴みかけていた。

     どうしてシロが、このような廃墟で暮らしていたのか、

     今ではなんとなく理解できる。


○僕 : ある日、珍しくボクが話しかけてきた。

     あの日以来、僕らは意思疎通が出来るようになっていた。

     ボクという人格は、異能の力を受け継ぐ生粋の魔物だ。


◇ボク: そして、もう一人の人格である僕は、後天的に生み出されたものだ。

     人間の中に紛れて生きていくためには、人間と同じように思考し、

     発想することのできる人格が必要だったのだ。


◇ボク:(お前、死体が怖いか?)


○僕 :(…怖いよ)


◇ボク:(じゃあ何で死体探しなんかやろうと思ったんだ?)


○僕 :(怖いものみたさ)


◇ボク:(何だそりゃ。人間の考えることはつくづく意味不明だな)


○僕 :(キミは怖くないの?)


◇ボク:(生き物のほうが怖いね)


○僕 :(そっちのほうが変じゃないか)


◇ボク:(バーカ。お互い様なんだよ。だが話はそこじゃない。

     一体何故ボクとお前が存在するのかを思い出せ!)


○僕 : ボクが自分の使命としているのは、魔物狩りだった。


□N : 魔物が行った悪事は、同じ魔物が裁かなければいけない。

     同時に、人間の悪事は、人間が裁くことで初めて意味を成す。


◇ボク:(………お前はどうしたいんだ?)


○僕 :(……ふぅ。……わかった。手伝うよ)



 ***



◇ボク: 僕たちは死体を捜した。


○僕 : 死体はどこにも無かった。


◇ボク: 僕は死体を見つけることはできなかった。


○僕 : ボクは死体を見つけることは無かった。


◇ボク: 僕は廃墟で暮らしていた。


○僕 : シロの隣の部屋で、シロの生活ぶりを参考に生活していた。


◇ボク: 僕は隠れるように生活を続けた。


○僕 : 血を抜かれた死体の噂を小宮から聞いた。


◇ボク: 僕は死体を探した。


○僕 : ボクは魔物を捜した。


◇ボク: 僕は死体を見つけた。


○僕 : ボクは魔物を見つけた。


◇ボク: 僕は死体を隠した。


○僕 : ボクは魔物を殺した。



 ***



□N : 深夜の廃墟。

     真人はソファーベッドに横たわり眠っていた。

     そして、誰も出歩かない夜に、誰も近づかない廃墟に、

     近づく者が一人。


◇ボク:(おい、こら起きろよ、誰かきてるぜ)


○僕 :「うん、分かってるさ」


◇ボク: 僕は目をつぶったまま足音が近づいてくるのを感じた。

     しかし殺気は感じられない。僕は、警戒レベルを一つ下げる。


□N : 足音は真人の部屋の隣、主を失った部屋の前で止まった。

     そして鍵を差し込み、ねじ……れないでいる。


○僕 :「くくくっ」


◇ボク: 隣の部屋の鍵は用心のために取り替えておいたのだ。

     古い鍵で開けることはできない。

     無理矢理ねじ開けようとする音が止んで、無音がしばらく続いた。

     唖然としているに違いない。


○僕 :「くくっ……くはははっ、あっはっはっはっはっは!」


◇ボク: 僕は想像し、こらえきれず、声を上げて笑ってしまった。

     僕の笑い声に気づいたのだろう。

     足音は僕の部屋の方に近づいて、扉の前で立ち止まる。

     扉が開く。

     しかし、扉を開けた主は僕の部屋の中には入ってこない。


△シロ:「こんばんは、空き巣さん」


○僕 :「君に言われたくはないね。

     …まぁ、久しぶりと言っておこうか」


△シロ:「えぇ、そうね。お久しぶり」


□N : そこに立っていたのは制服姿の少女。

     黒のハイソックスに私立学校風の制服。

     シロが立っていた。


○僕 :「遠慮しないで入ってきていいよ」


△シロ:「……そうさせてもらうわね」


○僕 :「死体を捜してたんだけど、見つけられなくてね」


△シロ:「食事の後始末はきちんとするようにしたから」


○僕 :「ふぅん、あれで後かたづけか……。

     でも、もう少し食材は選ぶべきだと思うよ。

     ジャンクフードばかり食べてると逆に体に悪いよ?」


△シロ:「それは、見られたから始末してたけど、もったいないでしょ。

     メインディッシュはきちんとしたのを頂いてるから。

     時間が無いときは仕方なく適当なのですませてるけど」


○僕 :「それと、勘違いしてるみたいだけど、

     僕が捜していた死体は血の抜かれた死体じゃないよ、君の死体さ」


△シロ:「私の死体を捜していたの?」


○僕 :「あぁ、ボクと利害が一致してね、僕は君の死体を捜していた」


△シロ:「どうして、あなたは私を殺さなかったの?

     私にとどめを刺さなかったの?」


○僕 :「約束したからね、君の兄さんと」


△シロ:「何故? 私はあなたを襲ったのよ、約束を守る義理は無いでしょ」


○僕 :「君が襲ったのはボクだ、君を斬りつけたのはボクだ」


◇ボク:(自己弁護だな、と言うかボク一人が悪者か、酷い話だな)


○僕 :「君が襲ったボクは人間なんかじゃないからな。

     ボクが人間だと言っても、僕が人間だと認めない」


◇ボク:(お前、マジで良い奴だな、殺したいやつだな)


○僕 :(お前、マジで良い奴だな、殺してくれよ、だから黙ってろ)


○僕 :「僕が人間と認めていない奴を君が襲ったって、

     僕はどうするつもりもない。

     だから君がボクを襲っても、僕は君にとどめを刺すつもりはなかった」


△シロ:「でも私は人をたくさん…」


○僕 :「そうだな、今の君は完全に吸血鬼だ」


◇ボク:(分かってるじゃねぇか、やっちまおうぜ)


○僕 :(うるさい、黙れ)


△シロ:「私はたくさんの血を吸ったわ。

     私の受けた傷を癒すため、兄さんの仇を討つために」


○僕 :「…残念だ。……やっぱりそれか」


△シロ:「ごめんなさい……」


○僕 :「謝るなよ。ボクは君の兄を殺したんだ、僕は君を殺したんだ。

     そしてボクはまた君を殺そうとしてるんだ」


◇ボク:(なぁ、めんどくせーこと言っても結局は殺るんだろ?

     いい加減吐き気がしてきたぜ。

     獲物を前にしてお預け食らってる、ボクの気持ちも察してくれよな)


○僕 :(そろそろ、覚悟を決めないとな……)


○僕 :「それじゃぁ、どれだけの血を吸い、

     どれほどの力を蓄えたのか見せてもらおうかな」


△シロ:「ごめんなさい、私は……」


○僕 :「人としての君を殺したのは他でもない僕だ。

     だから、吸血鬼としての君も……殺させてもらう」


◇ボク:(おっ、やっとやる気になったか)


○僕 :「我慢するのは体に毒ですよ、

     早く血をすすりたいのでしょう、お嬢様?」


□N : 敢えての皮肉げな突き放した言い方。

     シロの顔は絶望に染まっていた。

     そう、絶望に。


◇ボク:(まぁ、ボクとしては完全に覚醒した吸血鬼を殺る方が、

     はるかに楽しいからかまわねぇんだけどな。

     お前は甘過ぎなんだよ、さっさと殺しちまえばいいものを)


○僕 :(あぁ、じゃあ楽しみな)


◇ボク:「新米吸血鬼にはこれで十分だ」


□N : 懐からカッターナイフを取り出す。    

     カッターの刃を少しずつ出していく。

     小気味よい音とともに刃を全部出し切る。

     

○僕 : ボクの戦闘思考が高まっていく…、

     お預けを食らいすぎていたためにギアは一気にトップに。

     ボクはにたりと笑う、久々の獲物だ。


◇ボク:「さぁ、来いよ、お前はボクを殺したいんだろ?」


△シロ:「えぇ、私はあなたを殺すためにここに来たのだから」


◇ボク:「ようやくやる気になったようだな。

     少しぐらい抵抗してもらわないと面白くもない。

     ただ悲鳴と、絶望と、わめき声を聞くだけなら、豚でも殺してる」


□N : 互いに殺気を込めた視線が交差する。

     シロは拳を握る。

     真人はカッターナイフを握りしめる。

     一瞬の交錯。

     ナイフが肉を裂き、そして拳が頬の横をすり抜ける。


◇ボク:「久々に楽しめる。まだ全然足りないけどね、殺意も実力も。

     本当にボクを殺すつもりなのか?

     次はコンティニューもリセットも無いからな」


□N : シロの頬についた傷は、赤い血を垂らし、

     そして、すでに癒え、傷口は閉じていた。


◇ボク:「さぁ、こんなもので終わりじゃないだろ? 早くやろうぜ、続きを」


△シロ:「えぇ、早くあなたの血をぶちまけたいわ」


◇ボク:「くはは、化け物め」


□N : 真人はさらしを手に巻きカッターを握り直す。

     再度の交錯。

     シロの拳、そして腕が横薙ぎに振るわれる。

     真人はそれをしゃがみながら躱し、

     そのまま伸びるバネで刃をえぐり込む。


△シロ:「ぅ…ぐっ」


□N : じっとりと暖かい液体が刃をぬらし、

     真人の手に巻かれた白いさらしを赤く染める。

     真人はその勢いのまま、シロを押し倒し、そのまま馬乗りになる。


◇ボク:「くはははははっ、あはははっ」


○僕 : ボクはシロの腹に刺さったカッターナイフを抜き、

     そしてそのまま体重をかけつつ刺す。貫く。切り裂く。

     狙いを定めることもなく刺した。

     胸に、腹に、頬に、腹に、腹に、胸に、肺に、目に、首に、刺した。

     ただ刺した。

     肉を貫く感触が、ボクをさらに興奮させる。


△シロ:「がっ…はぁっん…ぁっ」


◇ボク:「ほらほら、どうしたぁ?

     あはっはははは、あははははははははっはあっはは!」


△シロ:「あぁあっ、あぁあああぁあぁぁあああぁっ」


○僕 : 刺すたびにあがるうめき声が、嬌声が、

     ボクの刃を振るうペースをさらにあげる。

     シロはすでに血まみれで、ボクはすでに血まみれで、

     シロは全身にナイフを突き刺され、ボクは全身にナイフを突き立て、

     シロの体は傷の治癒をいっこうに止めず、

     ボクは傷が治った所に再びナイフを突き立てる。


△シロ:「…っあ…っ、…ぐ…」


◇ボク:「あははははっ、ねぇ? もうおしまいなの? ねえっ!?」


△シロ:「…ぅ……、ぁ…………」


○僕 : 何度も何度も終わらない痛みに、シロはもうかすれた息をするだけで、

     ボクはシロの体にナイフを突き立てる遊びに飽き、


◇ボク:「…なぁんだ、ホントに終わりなんだ?

     ……じゃあ、もういいや、バイバイ」


△シロ:「…くっ!?」


○僕 : もうこの玩具を捨てようと最後に心臓にめがけてナイフを振り下ろす。

     シロは流石に急所を貫かれるのは、と残った力を振り絞って抵抗をし、


◇ボク: 僕は心臓を…………貫かせていた。


○僕 : ボクは心臓を貫かれていた。

     シロは右腕で、

     傷だらけになった右腕で、ボクの左胸を貫いていた。


◇ボク:(冗談だろ、馬鹿だろお前……)


○僕 :(…もう、たくさんだ……)


□N : 真人はシロの上に崩れ落ちた。

     シロは泣いていた。

     赤い血を目から流し、泣いていた。


○僕 :「ごふっ…」


□N : 真人の胸からシロの右腕が引き抜かれた。


△シロ:「…ひっく…んく、ぅぁぁ…あぁあああ」


□N : シロは声を上げて泣いていた。血まみれで泣いていた。

     真人は血を流しながらシロの上に倒れ込んでいた。

     真人はシロを抱きしめた。シロは泣いていた。


△シロ:「どうして? どうして!?」


◇ボク:(このバカが! 何考えてやがるっ……あぁくそっ………)


○僕 :(これで、いいんだよ……。

     ……あぁ、シロ、かわいいなぁ……)


○僕 :「僕も、シロが大好きだ」


◇ボク: 僕はシロの耳元でささやくように言った。

     シロをより強く抱きしめた。

     しかしその感覚も、もうなくなってきていた。


△シロ:「ひっく…シン…シンっ……ぅわぁぁぁああ」


○僕 :「…困ったなぁ……。もう、泣かせたくないんだけど、な…」


△シロ:「!?」


◇ボク: 僕はシロの唇をふさいだ。

     僕の口にたまった血を、口移しでシロの口へ注いだ。

     シロは戸惑っているようだった。

     何が起きているのか分からないようだった。


△シロ:「ん…」


◇ボク: 僕は唇を離し、シロの顔をみて、にこりとほほえんだ。

     シロが口内の血をコクリと飲み込む。    

     気づけば、シロの涙は止まっていた。


△シロ:「……甘い…ウフフ…」


◇ボク: 恍惚の笑みを浮かべるシロ。

     その声を聞いて、僕は意識を失った。


△シロ:「…ねぇ…もっと……」

     

◇ボク: 首筋に柔らかいものが触れ、鋭い痛みが走る。

     そして……


△シロ:「【リップノイズ(数秒)】……ウフ、フフフフフ………」




                             【END】




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― 新着の感想 ―
[一言] ミステリー要素とかありそうなタイトルだと思い、覗きました。 考えていたものとは違いましたが、演劇の台本のような書き方で、小説としては新しい発想だと感じます。
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