南海の楽園・バルバロス
シブヤ近くの妖精の輪において、妖精の輪探索計画は進んでいる。
「……今回の時間は雪で何も見えなかったからな。」
時間表に危険と書かれたテキストを見ながら、メンバーの一員がため息をつく。
「このままじっとしてるといろいろ退屈しそうだぜ。」
「次の時間が来るまで、ポーカーでもすっか?」
「そうだな。しばらく時間もあるしな。」
メンバーはそう言って持ち場を離れていく。
「………しかし、本気か? 安全そうな場所を選んで一度転移してみるってってのは。」
「召喚獣の転移は問題なく行えている。物品もだ。妖精の輪からモンスターが現れたこともあるそうだ。
転移自体に問題は起こりえない。」
そう説明しながらメンバーは話を聞く。
「ただ一つ疑問に思うんですけど、地球の裏側に召喚獣を送ってタイムラグなしで操れるってどうなんでしょうか?」
そう言ってローブ姿の男が心配そうに言う。
「本来光より早く情報を伝達できる存在はありません。ハーフガイアでも同じと考えた場合、ですが召喚獣を幾ら遠くに送ってもタイムラグを感じることはありません。」
「…元の世界の常識が通用しないと思えよ。ここは地球じゃねえセルデシアだ。」
「それよりも問題は転移後だ。噂に聞くススキノレベルまで治安が悪化していた場合、PK合戦も予測されるだろう。」
「PK合戦か……やりたかねえなぁ。」
そう言ってメンバーの一人が声を上げる。
「最初の探査は4パーティ24名で行うとしてだ。問題は金貨がこのまま使えるかどうかだが……。」
「エリア購入の能力は消えていない。つまり金貨はまだその価値を保っているって事だ。」
たかやはそう言って金貨を取り出す。
「<エルダー・テイル>の金貨はエリアを買えるという絶対的な価値でその価値が保たれている。
例え、コピー物だとしても空間が買えるのならその金貨は本物だ。」
「……じゃあさ、大地人もエリア購入できるんだった……。」
「ああ。<大地人は>エリア買えないみたいだぞ。」
「へ??」
「大地人はエリアを買えない……円卓会議設立以降、ちょっとしたトラブルがあったからわかったんだが<大地人>はエリアを購入できない。」
「じゃあさ、<大地人>は金貨の何に価値を見出してるんだ?」
「……交換品。冒険者にとって絶対的な価値を持つ代物としてみてるんだろ。」
「なるほど。」
もくもくとポーカーをしながらメンバー達が雑談をこなす。
「次の時間だ。探索を再開するぞ。」
その掛け声とともに妖精の輪探索班の一同が動きを止める。
「今度は安全そうっすね。おっと、第一村人はっけーん。」
召還術師の声にメンバー達がいきり立つ。
「……逃げられた。」
「そりゃ、モンスターが単体で歩いていたら驚くわな……。」
「……条件は全てクリアしている。実際に行ってみるぞ。」
「わかった。」
その言葉に全員が一斉に立ち上がり、召還術師を戦闘に次々と妖精の輪の中に入っていった。
「……あちい。」
向こうについた瞬間、メンバーの中からそんな言葉があふれだす。
「……きれいな海、晴れ渡った空なんだが、一体ここは何処なんだ?」
「地図が見えないとわかりませんね……。」
メンバーがワイワイと喋りだす。たかやはバッグをいったん地面に置くと、よっとという言葉と共に巨大な時計を取り出した。
「時間のズレから考えて、北米サーバか、南米サーバあたりだな。」
たかやが取り出したアイテムはレベル70制作級アイテム<全自動置時計>だ。このアイテムはそれほど特別なアイテムではないのだが『その土地の時間に勝手に時刻が合う』というズボラに適した…否便利な機能がついている為、この<妖精の輪>探索計画において、位置特定の為に持っていく事になっている。
無論というかなんというか、使い捨てできるアイテムではないので、帰還呪文を使う時に誰かが持って帰ると言う事になっている。
がこのアイテムは重い。すさまじく重い。その重さ300Kg。本来、レイアウト品なので持ち運ぶことなど一切考えられない代物なのだ。
「本当です、モンスターを見たんです!!」
「あのなあ、このバルバロスの地上にモンスターなんて、現れたことは一切ない。何か見間違え……。」
叫び声とともに、村人らしい男と数名の兵士達がやってくる。
「……バルバロス??」
その言葉にたかやは、疑問符を上げる。
「どうしたんだ?一体??」
「……聞いたことがないんだ。そんな地域は。」
「へ??」
「……少なくとも俺は聞いたことがない。」
「だから、何かの見間違いでは……。」
そう言って村人らしい男と、皮鎧をつけた男達がやってくる。
ふと、メンバー達の顔が合う。
「………ぼ、ぼ、冒険者だああああああああああ!!! 逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そういうや否や皮鎧をつけた男達と村人らしい男は必死になって逃げだす。
「………一体何だったんだ……。」
「冒険者を見ただけで逃げるなんて、どういうAI判断をしてるんだ………。」
「……AIってNPCじゃねえんだから……。」
「ああっすまん!」
たかやはそう言いながらも周りを見渡す。
「しかし平和な場所だなー。モンスターらしいモンスターもいねえし、ダンジョンも見当たらねえ。」
「ダンジョンがない?? いやさ、プレイヤータウンとか、有名な村には近くにダンジョンがあるのが普通だろ?」
「おおよそ、新規地域にはダンジョンがつきもの何だろうが、このあたりにはダンジョンが一切見当たらないな。」
「……………ダンジョンの無い新規地域……だと。」
たかやはそう言いながら少し考える。
「経済緩衝用の疑似地域……フレーバーテキストだけの存在だったか、いや新規地域と考えた方が一番簡単か……。」
ぶつぶつとつぶやきながらたかやは考察を行う。
「こんな所で考えても仕方ないぜ。とりあえず追っかけようぜ。何があるかわからんがな。」
そう言って、24人全員であたりを警戒しながら兵士達のやってきた方向へと行く。
「………木の柵で囲まれた村……なのは良いんだろうけど………。」
ガチガチに警戒され、無数の兵士達やおそらく漁師たちらしい人間が弓矢や槍で武装してこちらに武器を見せているのがはっきりとわかる。
「………何でここまで警戒されてるんだ??」
「とりあえず、向こうと話をしてみよう。すみませーんこちらは冒険者なのですが……」
「やっぱり冒険者!!」
「どうやって海を越えてきたんだ!!」
「24人もいるぞ!!」
代表者の言葉に反応して兵士達が恐怖の声を上げまくる。
兵士達は噂では聞いている。あの『大災害』以降冒険者達は変わったと。
圧倒的な戦闘力で大地人からの略奪などを行っていると風の噂で聞いていた。
幸い、プレイヤータウンの近くでの行動がメインになっているらしく、離れた村まで活動する冒険者がいない事がメリットとなっていた。
それでも冒険者の数が数名ならば時間稼ぎぐらいならできる。
しかし、24名と言うのは一矢報いるには数が多すぎる。何故か相手は攻撃してこないので、まだ安全だと言えるだろう。
「何だ……どうやってここに来れたんだ!!」
「どうやってって、妖精の輪を使って。」
悲鳴に近い兵士の言葉に普通に答えるメンバー達。
「とりあえず話がしたい!! 代理人と合わせてくれ!!」
その代表の言葉に、一人の男が部下の一人に何かを話すとその部下は慌てて走っていく。
「なんと、24名もの冒険者だと!!」
「はい、そうです。」
「むむむ……そうなのか。」
王は苦い顔をする。24名の冒険者と言うのはこのウェンの大地においては最大級と言ってもいい戦力だろう。
その実略奪の為にそれだけの人数を集めようとすると、それだけで分け前の取り分がなくなってしまうのだ。
「彼らは対話を求めているのだな。そうであるのなら……仕方があるまい。こちらとしても話をすべきなのだろう。」
話し合いは村の外において代表者数名で話し合うことになった。
「あの<大災害>以降、著名な冒険者達は皆こぞって大地人達を襲うようになった。」
「……ハイジンレベルの冒険者が暴れたら、NP……大地人で止められる存在は衛兵ぐらいしかいないだろうな。」
「でも衛兵は、町の外に出られないんだろ? それじゃ止めようがないよ。町の外でいくら暴れても、町の中じゃお咎めなしってどうしようもねえぞ。」
「昔は違ったんだがな。」
たかやはそう言って首をすくめる。
「そのシステムが今も生きてりゃ、ある程度の問題解決につながるかもしれないんだけどな。」
「話を続けよう。このウェンの大地の冒険者の数は<大災害>以降、約4万人。」
「4万人だって?あれ?日本の人口が約1億でアメリカの人口が約3億だから……。数おかしくないか?」
「日本で起きたのは休日の夜で、おそらくアメリカでおきたのは平日の昼だっただろう。そう考えればそれほど変な数字じゃない。」
「二ホンとかアメリカとか言っていることはよくわからないが、ともかく彼らは暴れだした。
プレイヤータウンから逃げても、モンスターに襲われる可能性がある以上、このウェンの大地に安楽の地は少ないだろう。」
そう言って交渉人は言葉を切った。
「お前達は何しにここに来たのだ。」
「妖精の輪が、どこにどうつながっているのかを探っていただけだ。」
何も隠さずに冒険者側のリーダーが言う。
「……つまりたまたまというわけか。」
「そうだ。」
「この事は他の地域にも連絡さえてもらう。」
「わかった。そうしてもらえれば助かる。」
その言葉と共に、交渉人は席を立つ。
「………この調子じゃ、こっちの知り合いと連絡を入れない方が良いだろうな。」
そう言ってたかやは、フレンドリストを覗き見る。
「知り合いの中で、実際に会っている連中は一人もいなかったからな。」
そういってたかやは頭を抱えた。
小さな城の中において無数の鏡が並べられそこには様々な顔が移りだされていた。その鏡に並んで一人の男が末席に座っている。
「…………貴様! これは一体どういうつもりなのかね?」
鏡の一つから大声が鳴り響く。
「たかだか商人ごときが我々全員を呼び出すなど……。」
「落ち着き給え、これは私がマウントブレス家に頼み行った事だ。」
そう、別の鏡から声が響いてくる。その声に一同が一斉に黙り込む。どうやらその男が一陣的なまとめ役になっているらしい。
「しかし、<遠見の鏡>を使い領主達の連絡網を作り上げるのは構わん! だが、何故それを貴様が支配しているのだ!!
この狐尾族の強欲商人め!!」
「商人であるからこそ、道具の材料をあの<大災害>以降作ることができただけです。」
強欲商人と言われたそのただ一人、座っていた若い男が淡々と返事を行う。その頭には狐のような耳がぴょこんと生えていた。
狐尾族。それは人工的に作られた種族の1つであり、本来職業ごとに制限されている技能を使うことができる種族である。
<遠見の鏡>遠方の人間と話ができるようになる一対の魔法のアイテムである。本来なら恋人同士が話し合うために使うアイテムを準備するだけでも大変な手間であったろう。
「しかし、何故カルアデス卿は来ておられないのだ?」
「カルアデス卿は、死亡なされた。」
その言葉に鏡の向こうからいくつもの叫び声が上げられる。
「……冒険者によるものですか?」
「…いや、居城をモンスターに襲われたらしい。」
「何だと!!」
「それはまことか!!」
「どのようなモンスターに襲われたのか?」
「カルアデス卿を襲ったモンスターは、ゴブリン族のモンスターらしい。見たこともない巨大なゴブリンが混ざっていて今ではカルアデス卿の居城を支配しているらしい。」
「……くそっ、冒険者もモンスターもやりたい放題というわけか!!」
鏡を通して無数の人々が話し合っている。しかし、話がまとまる様子はない。
「まずは冒険者をどうにかせねば……。」
「だが方法はあるのか?無法の限りを尽くしているのだぞ!!」
「不死身の冒険者を裁く方法などあるのか?」
「……かつて、罪を犯した冒険者は、罪の重さに応じて町から追放されていたと聞く。」
鏡の一つから声が聞こえる。
「だが天の世界で裁かれるようになってから、それらの法は忘れ去られ、只町の中で暴れたものだけを裁くようになった。」
「……それがどうしましたか?」
「その法を復活させる事は出来ないのか?」
「復活させたとして冒険者どもが略奪をやめると思うのか??」
「ではどうすればいいというのだ!! 結局は冒険者の町の管理者は冒険者に協力して何を考えているというのだ!!」
鏡の向こうからはあはあと激しい息遣いが聞こえる。
「…私の方からも伝手をたどって連絡をしてみました。」
マウントブレス卿がそう言って、鏡の向こうの面々に冷静に報告する。
「『我々は昔からこのルールでやってきた。今更変える必要は感じていない』……とのことです。」
「なんだとっ!! あいつらは何を考えているというのだ!!」
「……何も考えていない。ただただ決まっていたルールを守って行動していただけ。」
「アトム=マウントブレスッ!!」
「私は只、私見を述べただけです。」
淡々と言葉をつぐみながら、アトム=マウントブレスと言われた狐尾族の男はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「くそっ! あいつらは他の都市は見殺しか?」
ざわざわとの騒ぎの中、会議は踊るが、話は一切進まずその日は終わった。
マウントブレスは会議が終わった後、別の部屋へと移る。
その歩みに疲れは一切見えない。まるで今まで会議をしていたとは思えない足取りで歩いていた。
そこにも無数の鏡が置かれていた。そのうちの一枚から声が響いてくる。
「…ヤマトの冒険者だと?」
『はい、そう名乗っております。『秋の葉』の騎士とも。』
「………なるほど、よくわかった。続けて情報を集めてみてくれ。」
「はい、わかりました。」
鏡の反応が消えた瞬間に、アトム=マウントブレスはすっと立ち上がる。
「……秋の葉か……素直にアキバと言えば良いものを。」
そう言ってまた平常な足取りで次の部屋へと移っていった。
「……もうこうなったら邪神にでも頼るしかねえ……。」
とある村でそんな悲痛な叫び声が上がり始めていた。
「冒険者も神様を信じてるっていうが、そいつらは悪い冒険者になんも罰を下さねえ……こうなったら邪神様の力を借りるしかねえ……。」
「てめえは何とんでもない事を言ってるんだ!!」
「じゃあ何か?俺達はこのまま死ぬのを待てと? あの冒険者達が好き勝手に暴れまわってそれで俺達は奪われるだけだというのか? それぐらいだったら……それぐらいだったら俺達は邪神に力を借りるまでだ!!」
その男はそう言って、立ち上がった。
「んで、邪神様の力を借りる儀式はどうすればできるんだ?」
「知らない……何時こんな魔法を私は覚えたの?」
少女はただただ怯えていた。誰も使えない、誰も覚えていない自分だけの魔法。
それは知識。今はまだ少女だけが持つ、少女だけの力。
それは報酬。冒険者が手にする新たなる力。
それは物語。少女が成長し、開花させる力。
今はまだ種の段階なのだが。
「……領主どもは冒険者の扱いに困っておられるようだな。」
「今こそわれらの力を表舞台に出す時が来たのだ……われらがNINNAの力を!!」
力を持つ物、力を得てしまった者、力を得ようとする者、力を持つ者。
物語は混迷の大地ウェンから始まる……。
北米サーバの人数については、独自設定です。