(5)十二歳で知った新事実 その1
幼い頃から私が一緒に遊んでいた悪ガキたちは、いつのまにか皆大人になって、一緒に遊ぶことはなくなっていた。
そして気がついたら、私は年下の悪ガキたちの面倒を見る悪ガキ大将になっていた。
仕方がないのだ。今の悪ガキ連中の中で、私が一番野生児で、頭がそれなりに良く回って、その上に魔法という隠し武器を持っているのだから。
年齢は、まあまあ上という程度なのに。
身長なんて、年下の悪ガキに負けているのに。
……一応、私は女の子なのに。十二歳ってそろそろ大人に近いんだけど。
でも悪ガキどもは、私の大人になりかけの年齢なんて全く考えていないようだ。
たぶん、私が男装を続けているからだと思う。昨年くらいに一気に背が伸びたのに、それからほどんど変化がなくなったこの低身長にも問題があるのかもしれない。
とにかく村の悪ガキたちにとって、私は気分屋な大将らしい。
そこで「だから女はダメなんだ」とか言ってくれるのなら、一発殴るだけで許してやるところだけれど。悪ガキ集団に入る時の訓示として、あいつは性別を超えた存在だ、などと小さい子供に教え込むのはやめて欲しい。
こんな私を、ヘイン兄さんはさすが我が妹だ、などとのんきなことを言っている。父さんも似たようなものだ。
でもその分、最近の母さんの目はとても怖い。
ふと気がつくと、新緑と同じ色の黄緑色の目で私をじっと見ていたりする。その視線は、思わず動きを止めるとそらされて終わることが多い。
でも、絶対に何か言いたそうな感じなのだ。
悪ガキの大将であることを怒っているのだろうか。
それとも私が気がつかないだけで、母さんの逆鱗に触れるようなことをしているのだろうか。
母さんの視線に耐えきれず、びくびくして兄さんに聞いてみた。
するとヘイン兄さんは、相変わらずのさらさら金髪を風になびかせながら、やっと長くなってきた私の髪をがしがしとかき乱した。
「ちょ、ちょっと! そんなことしたら絡まるだろう! 兄さんがきれいにしてくれるのかよ!」
「うーん……その言葉遣いはいただけないね。男言葉に磨きがかかっているよ。ナイローグが戻ってくるまでに直しておくんだよ」
「話をそらすなよ。……それで、母さんはやっぱり怒っているの?」
ヘイン兄さんの手が止まる。
そして今度は私の顔を両手で挟み込んで、ぐいっと上向かせてため息をついた。
「シヴィルはこんなにかわいい顔をしているのにね。どうして中身は父さんに似ているんだろうね」
「ええっ、父さんに似ている?」
「似ているよ。父さんほど豪快ではないけれど、いわゆるあれだ。親分肌というか」
兄さんはたぶん褒めてくれたのだろう。
でも、お年頃になってきた私には、父さんに似ていると言われただけで衝撃的だ。……いやいや、そもそもヘイン兄さんは褒めてくれたのだろうか。
「母さんは、まあいい気はしていないと思うよ。かわいくてしとやかな女の子に育てたかったみたいだから。だけど基本的には仕方がないと諦めていると思う。私が母さんに似たように、シヴィルは父さんに似ただけだからね」
そう簡単に諦められることなのだろうか。
私だって、なりたくて悪ガキ大将をやっているわけではないのだ。
でも誰かが年下の悪ガキたちの面倒を見なければいけないから、仕方なく私が面倒を見ているだけで。そういう立場になったから、最近は全く無茶ができなくなった。ストレスだってたまる。
私は年寄り臭いため息をついた。
そんな私を、ヘイン兄さんは優しく微笑みながら見ていた。
その日は、始めから不穏だった。
三日前から降り始めた雨は、夜が明けてもまだ降り続いていた。
私の村はしっかりした水路があるし、私という災害除去装置が備わっているから大丈夫なのだけれど、他の村ではそろそろ水があふれ始めていた。こういう時、父さんはあちらこちらの村から呼び出される。
剛腕の農夫は、土木作業においても有能らしい。
昨日から五つ向こうの村に出かけていて、危険な水位になってきた川の対策を泊まりがけでしている。
そして父さん不在の我が家に、今朝は新たに手助けを求めて人がやってきた。
「隣村で、山崩れの予兆があるそうです。避難を始めているがこの雨だ。あの村はこの時期は男手が足りませんからな、子供や老人の避難が遅れているらしいのです。だからすぐに手伝いが欲しいと言ってきましたよ」
この村の村長さんが話している相手は、暗い雨の日でもきらきらした金髪のヘイン兄さんだ。真剣な顔で話を聞いていた兄さんは、すぐに立ち上がったものの困った顔をして私を振り返った。
「すぐに向かいたいところですが、父さんもいない時に私まで不在になるのは……」
「おや、あんたの幼馴染はまだ戻ってきていないのか?」
「遅くとも今朝にはついているはずだったんですが、雨の影響で足止めされているようです」
「そうか、それは困りましたな」
村長さんまで私を見てため息をついている。
私を残していくことが、そんなに不安なのだろうか。私ほど有能な災害除去装置はないのは間違いないのに。……もしかして、魔力を暴走させてしまうことを懸念しているのだろうか。ナイローグにもらった魔法書のおかげで、大きな魔力を使えるし制御も上手になったのに、信頼してもらえないのは悲しい。
大人たちの会話に割って入るべきかと考えていると、ヘイン兄さんは今度は母さんを振り返った。
「母さん。ナイローグが今どの辺りにいるか、わかる?」
「ナイローグの居場所?」
「あいつのことだから、もう近くまで来ていると思うんだけど」
ヘイン兄さんは、いきなり何を言い出したのだろう。
私が首を傾げる横で、ゆったりと座っていた母さんは軽く目を閉じ、何かを小さく唱えた。その途端に、家の中にふわりと魔力の気配が広がるのを感じた。
今まで知らなかったけれど、どうやら母さんは魔法が使えるらしい。
何てことだ!
それも、私の原始的な魔法より、ずっと洗練された魔法だった。大きな魔力ではないけれど、とても効率的な感じがする。きっときちんとしたところで魔法を習ったのだろう。
「……近くまで来ているようだけれど、川の増水で遠回りしているわね。それにあの子は皆に頼られているから、すぐにたどり着くのは無理でしょう」
「そうか……でも近くまでは来ているんですね?」
「昼頃には着くかもしれないわね」
「わかりました」
ヘイン兄さんは覚悟を決めたようにうなずいた。
そして私の前に立ち、両肩に手を置いた。
「私は隣村に行ってくる。終わればすぐに戻るつもりだけれど、ナイローグが帰ってくるまで、お前は家を出てはいけないよ」
「私だって魔法が使えるから、少しなら手助けできるよ」
「ああ、そうだったね。では、誰かが助けを求めに来たら助けてあげなさい。でも絶対に村から出てはいけないよ。それだけは守ってほしい」
ヘイン兄さんは、いつになく真剣だった。
こんな顔もできるのかと感動するくらいだ。表情を引き締めたヘイン兄さんは、ナイローグと同じくらい恰好良く見える。きびきびした動きも、さらさらと流れる金髪も、いつもより二割り増しに輝いて見えた。
村長さんと兄さんを見送った私は、相変わらず姿勢良く座っている母さんに目を留めた。
その姿はいつも通りに上品で、つい先ほど魔法を使った人には見えない。
「ねえ、母さん」
「何かしら、シヴィル」
柔らかく微笑む母さんは、うっとりするほどきれいだ。ヘイン兄さんと同じきれいな金髪で、品よく座っていると口うるさい人には見えない。もちろん私は騙されない。母さんの優しそうな微笑みが、次の瞬間に説教の鬼の笑みに変わるのを何度も見ている。
でも、今はそんなことで感傷に浸っている場合ではない。
先ほど浮かんだ疑問を、思い切って母さんにぶつけてみた。
「あの……母さんって、魔法が使えたんだね」
「ほんの少しだけね」
「少しでもすごくきれいな魔法だったよ! もしかして、私は母さんに似たから魔法が使えるのかな?」
「どちらかといえば、魔力の小さい私より、偉大な魔法使いだった私のお祖母様に似ていると思うわ」
「へぇ……母さんのお祖母さんってことは、私のひいばあちゃん? ひいばあちゃんってそんな人だっただね。そう言うのも全然知らなかったよ。どうして教えてくれなかったの?」
「どうしてって、今まで聞かれなかったからよ」
母さんは微笑む。
花よりも美しいと定評のある笑顔だ。
でも私は、がっくりと肩を落とすしかなかった。
普通の母親と言うものは、娘が魔力を持っていたら魔法の手ほどきくらいするものではないのだろうか。そこまでしなくても、娘の将来のために、聞かれなくても魔法についての心構えくらい語ったりするものでは……。
そこまで考えて、私はため息をついた。
私の母さんに、そんな普通を求めることは間違っている。
母さんはそう言う人で、そう言う普通からかけ離れているところがいいところでもあるのだ。私だって母さんは好きだ。いろいろ思うところはあるけれど、母さんに褒められればそれまでの苦労を忘れるし、大丈夫よと抱きしめられればどんな怖い夢も消えてしまう。
ただそこにいるだけで、人を安心させる。母さんはそう言う人なのだ。
逆に言えば、母親的な常識を求めるのは無駄だ。
私はもう一度ため息をついて、窓の外のまだ止む気配のない雨に目を戻した。