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(26)十八歳の激動 その4

 

 落ち込みかけた私は、あえて明るい口調で別の事を言った。


「私は魔王の第一の部下の『魔王の侍女』だよ。侵入者に対応するのは私だから、それなりの格が必要だと大盤振る舞いしてくれたんだ」

「ふん。セクハラ屑野郎ながら、方向性は間違っていなかったのだな」

「……本来のあの方は悪くなかったんだ。いろんなところから門前払いされた末に拾ってくれた人だけど、あの時は純粋に私の実力を認めてくれたんだよ……少なくともあの時は」


 明るく言いたかったけれど、結局私はうつむいてしまった。

 小娘というか、子供のような容姿の私は、どこへいっても門前払いされていた。ハゲ魔王だけが魔力を見てくれて、私の魔法の威力に驚きつつ認めてくれた。

 初めて認められて頑張ったのに、結局、愛人候補になってしまった。そう思うと悔しく悲しい。


「まさか愛人候補になっていたなんて……しかも、あいつがロリコンということも気づかなかったよ」


 思わずため息をついて空になった木杯をさわっていると、大きな手によって取り上げられた。

 目を上げると、すぐ近くにナイローグの顔があった。

 気配を感じなかった私は、思わず身を後ろにそらす。彼は追いかけるように身を乗り出してきた。


「……今、変なことを言ったな」

「変なこと? 愛人候補?」

「いや、それは正しいと思うが……」


 言い淀んだナイローグは、眉を顰めている。眉間のしわがはっきり見えるのは、顔が近いせいだ。

 ヘイン兄さんとナイローグは年が近かったから、私より十歳は年上だ。

 十歳上か十一歳上か、実は正確には知らないけれど、どちらにしろ三十が近い。年齢だけを見ればほとんどオジサンと言ってもいい。

 でも彼の顔は、あいかわらずきれいに整っている。

 その顔がさらに近寄る。

 一瞬息を止めてしまった私の額に、こつんと彼の額があたった。


「おまえの結界は本当に見事だった。我々はグライトンの最精鋭だぞ。それを引っ張り出すなんて、本当に滅多にないことなんだ。そのくらい圧倒的な魔力を持つおまえを雇わなかった悪人どもは、はっきり言って見る目がない。……それはそれで、私にとってはありがたかったがな」


 ナイローグは額を合わせたまま笑う。

 昔から知っている、優しいお兄ちゃんの顔だ。

 でも昔のままの彼ではない。間近でみる顔には目尻に薄い笑い皺が少しあるし、それ以上に目立たない傷跡がいくつもある。

 顔に傷を負うなんて、私が想像していた以上に厳しい戦闘をくぐり抜けてきたようだ。

 私はナイローグに純粋な敬意を抱いた。魔王と騎士団とは相入れない存在だけれど、敬意を払うに値する。……そう思ったのに。


「それより、おまえはかわいいとは思うが、あの男はロリコンではないと思うぞ」

「……は?」


 とても真面目な顔で、何を言い出したのか。

 話の流れが読めない私を無視して、ナイローグは言葉を続けた。


「そのドレスはあの男の希望なのだろう? ならばロリコンではないな」

「えー、でも、こんな子供っぽい姿にセクハラするなんて、ロリコンでしょう?」

「……シヴィル、鏡は見ているよな?」

「うん」

「自分の顔や姿を見て、どう思う?」

「子供っぽいなと思うよ。こんなスケている胸元って、豊満な女性なら色っぽいんだろうけど、私の場合は子供っぽさを強調しているよね。この結い上げない髪型だって、大人っぽさがない完全な子供の髪型だよ」

「……どうしてそう思うんだ。どう見てもかなり……と思うぞ」


 かなり、何なのだろう?

 はっきりと聞きたいのに、ナイローグは目をそらしてしまう。

 でもすぐに目を戻してきた。


「まさか、お前は自分を子供っぽいと思っているのか?」

「それ以外にどう思えと? ナイローグだってかわいいと言ったじゃないか」

「それはお前がまだ若いから……いや待て、お前にとって美人とはどんな顔なんだ?」

「母さんみたいに、スッとしてくっきりしてすらっとして、出るところが出ている人。ヘイン兄さんが女だったら、絶世の美女だよね」

「変な話をするなよ。考えるだけで気持ち悪い。それにお前は童顔ではあるが、子供っぽくはないぞ。一般的に言っても、あいつの女版よりお前の方が美人だ」

「え……っ?」


 びっくりするほど聞き慣れない褒め方をされてしまった。

 私が目を丸くしていると、ナイローグはなぜかため息をつき、呆れたように顔を離す。そして髪を結い上げずにそのまま垂らしている私の頭を乱暴に撫でた。


「本当に……お前はかわいいな」

「やめてよ! 髪がもつれたら後が大変なんだよ! 昔より長いんだから!」

「確かに美しい銀髪だな。切らないでいてくれて本当に良かった」

「本当は邪魔だったから切りたかったんだけど、さすがに母さんが怖くて……」

「うん、エイヴィーおばさんが口煩い人でよかったよ」


 なぜかほっとしたようにつぶやいたナイローグは、今度は両手でぐしゃぐしゃと頭をなで始めた。


「な、何するんだよ!」

「あらかじめ言っておくが」


 その言葉と同時に、髪を乱していた手が止まる。

 でも私の頭から離れる気配はない。それが多少気になったけれど、いつもより真剣な顔をしているからきっと重要なことを言うのだろうと思い、黙って続きを待った。


「お前は私の幼なじみで、魔王にさらわれた悲劇の美女だ」


 ……美女?

 しかも悲劇って、なんだそれ?


「えーっと、つまり、そういう設定になっているの?」


 何と言うか……大嘘だ。

 十三歳の時に十六歳と言い張った私も大概だったけれど、今ではそんな嘘はつかない。

 でも、ここは耐えるしかないのだろう。

 国王直属の騎士さまに捕まったということは、甘く見ても長い牢屋暮らしが待っている。私自身は根城への不法侵入者を蹴散らしただけなんだけれど、上司の悪事の全てを押し付けられれば、女であっても死罪だってありうる。

 魔王本人がまだ捕まっていないのは、とっさに私が逃がしたからだ。

 逃がすより張り倒すべきだったとか、その前に下克上で成敗するべきだったとか、今となっては思うところはある。

 でも忠誠を貫いた健気な部下を、わざわざ助けてくれるようなできた上司ではない。上司は大悪人である魔王なのだ。

 というか、あの上司が私の救出なんてしてくれたら、膝に座らされた過去を考えると愛人一直線ではないか。私は魔王の愛人ではなく、魔王そのものになりたいのに。

 私の密かな苦悩を見抜いたのか、ナイローグは苦笑した。


「いい加減に、魔王になる夢はあきらめろ」

「いや、そればかりは無理だよ」

「その話はまた今度ゆっくりしよう。……とにかく、おまえは魔王にさらわれた悲劇の美女で……」

「うん、わかったよ」

「最後まで聞け。お前は魔王にさらわれていた、私の幼馴染で許婚だ」

「……ん? 設定が増えているよ?」

「このくらいにしなければ、おまえを手元に置けないし、他の奴らを追い払えない」


 そんなものだろうか。

 でもなぜ、他の人まで追い払うのだろう?

 私は首を傾げたかった。でも私の頭を捕まえている両手が邪魔で動けない。

 つまりナイローグは、この私にさらに嘘を重ねろと言うのか。

 思わずため息をつき、それから私は気がついた。


「あの……もしかして、ナイローグはまだ独身だったの?」

「おかしいか?」

「うん、だって、ヘイン兄さんと同い年くらいでしょう? かなりいい年なのになぁ、って!」


 そう言いながら、つい顔がにやける。

 村にいた頃も村を出た後も、ナイローグは遠くから村まで追っかけがくるほど女性にもてていた。そんな男が三十近くになっているのに、まだ独身だったなんて!

 うん、人生は不思議に満ちている。

 まだずっと若い私に、見渡す限り恋人の影も形もないのは当然だ。

 でも彼は、そんな自虐気味な私の思考も読んだように呆れた顔をした。


「一応言っておくが、魔王討伐に出るような騎士は独身が多いぞ」


 職務上の事情というわけか。……何だか少し残念だ。

 一瞬がっかりした私は、すぐに気を取り直した。


「そういう事情があるのなら、いきなり許婚なんて言っても、信憑性がないと思うよ」

「おまえが成人するまで待っていたんだよ」

「ふーん。ナイローグって来るもの拒まずみたいな顔をしているのに、実は気長に見守る系だったんだ。似合わないよね。それに……」


 それに、ロリコンみたいだよ!

 私はさらにそう言って笑おうとした。でも至近にある彼の顔は怖いほど真剣だった。真剣すぎて、付け足すことも笑うことができない。

 ナイローグは私の目を覗き込むように見つめてくる。


「悪いか?」

「……悪くはない、です」


 笑みの欠片もない顔の迫力に、私は思わずうなずいた。

 でもしかし、どうしても首を傾げたくなる。……今の話は、今回の設定の話だよね?

 私の頭はまだ彼の手で固定していて、やはり首を傾げることはできなかった。

 ほとんど動けない中で、ナイローグの顔がまた近づいた。

 また額にこつんとくるのかと身構えた。でも触れたのは鼻の先。彼のすっきりとした鼻の先が、私の鼻の先に触れている。

 額こつんも近かったけれど、これは、ちょっと近すぎない?

 ようやくそう気づいたとき、彼は深いため息をついた。私の唇に彼のため息がふわりと触れた。そしていったん顔が離れたかと思うと、額に柔らかいものが触れた。


「……どうやったら、お前を野放しにせずにすむのだろうな」

「ナイローグ?」


 額に触れたまま、彼は囁く。それがくすぐったくて、私は彼の手から逃げようと身じろぎした。

 無駄なあがきかと思ったけれど、意外にもするりと抜け出せた。恐る恐る顔を上げると、間近に端正な顔があった。

 目が合うと、彼はわずかに笑い、頭から手を離してくれた。

 でもほっとする間もなく、その両手は私の脇に差し込まれ、まるで幼い子供のように軽々と持ち上げられた。


「な、何をするの!」

「先に戻る」

「はいはい。俺たちは精一杯ゆっくり後を追わせていただきますね」


 肩に載せられた私の抗議を無視し、彼は部下たちに声をかけた。

 グライトンの騎士たちは当たり前の命令を受けたような反応だ。それに私にまで温かい笑顔を向けてくれる。

 うっかりしていた。

 二人だけで長々と話していれば、周囲にとっては、こっそりしっかり注目しろというようなものじゃないか。

 私としたことが、周囲の目を忘れていた。ナイローグ相手と油断して、年頃の娘の自覚がどこかに行ってしまったようだ。


「いやー、お熱いっすね」


 ナイローグのマントを拾ってくれた軽そうな騎士は、にやにや笑っている。

 ……騎士さん、全然熱くないですよ。

 色々な意味でむしろ寒い。いきなり何か妙な設定になっているし、ナイローグに捕まって魔王になってもいないのに廃業危機だし、考えたくないことばかりだ。

 頭の中はパニックだ。

 そんな私は、子供のように左手だけで抱えられた。

 ヘイン兄さんに抱き上げられて以来の慣れない高さに、思わず彼の頭にしがみつく。

 でも不安定さはない。小柄とは言え、大人の女性なのだからそれなりの体重のはずなのに。さすがは最強の名が高いグライトンの騎士だ。

 ……いや、そんなところで感心している場合ではなかった!


 不幸な事に、大股で歩く彼に無責任な声援を送る騎士たちはいても、止めようとする存在はいなかった。私はあっという間に馬の背に乗せられ、ナイローグも私の後ろに乗る。

 鍛え抜いた腕が私の逃亡を防ぐように手綱をとり、軽く馬を走らせた。

 

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