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(25)十八歳の激動 その3

 

「雇用関係にある上司の膝に座るのは、清廉潔白なのか?」

「いや、その……魔王がこっちに来いと言うからそばに行っただけで、それがいきなり……何というか……」

「いきなり膝に座らされたのか? 我々が踏み込むのが遅れたら、とても清廉潔白な状況で終わらなかったと思うぞ」

「う……」

「ヘインを退けたという護身用の結界魔法はどうなっているんだ。欠陥でもあるんじゃないのか?」

「それが……たぶん触る程度では発動しない……みたいだね」

「なるほど。魔王を名乗るだけあって、その辺りは抜け目なく分析していたのだな。お前の負けだ」


 冷静な指摘は容赦がない。でもその通りとしか言いようがなくて、私は黙って水を飲む。

 言い訳のしようもない。

 上司の膝に座らされてたあの状況では、極秘事項の会議中です!……とはやっぱり言えない。

 グライトン騎士団が不意打ちの魔法移動で踏み込んでこなかったら、私は間違いなく魔王を倒す恐怖の侍女になっていた……!

 そこまで考えて、私は気づいてしまった。


「……ん? あれ、もしかして?」


 そうか、さっきは下克上のチャンスだったのか。魔王への覇道には付き物の下克上。魔王を倒せば私が魔王に繰り上がったのではないか。

 そんなチャンスに気付かずに逃がしてしまったなんて、残念というより、私は馬鹿だ!


 思わず拳を握って空を見上げたら、そばで立っていたナイローグと目があった。

 あの顔は、間違いなく私の思考を読んでいる。彼には魔力はなかったはずだけれど、なぜかいつも考えていることが簡単に読みとられてきた。

 さり気なく恐ろしい男だと思う。


「な、何だよ」

「いや、何と言うか……」


 ナイローグは手に持っていた革袋から何かを取り出し、私に投げてよこす。

 騎士様の馬に横座りしたり、抱き下ろしてもらったり、誇り高い騎士のマントを敷物にしたり。そういうお姫様待遇の若いお嬢さんに、そんなことをしていいのか。

 普通なら、きゃあ!とか悲鳴を上げて目を閉じてしまうよ? ……もちろん私は、片手でそれを受け取ってしまえるけどね。


 ナイローグもそれをわかっていて、投げて寄越したのだろう。何だかとても腹立たしい。しかも、投げて寄越した布に包まれた物が、硬く焼いた携帯用薄焼き菓子というのも腹立たしい。

 なんで本当はお腹が空いているのまでバレているのだろう。

 悔しいから、何も言わずにその硬い焼き菓子をばりばりと食べ始めた。私の丈夫な歯でも手こずる硬さだから、リスかネズミになった気分で、ひたすら少しずつかじった。

 頭に響くほど硬いけれど、味は保存食にしては悪くない。いや、ナッツがたっぷりで普通に美味しい。

 さすがグライトン騎士団御用達だ。


「……お前は相変わらずかわいいな」


 たぶん私は、かじりながらうっとりしていたのだろう。

 ナイローグは苦笑していた。それをジロリとにらみあげ、私は一枚目の焼き菓子を全てかじりつくした。


「かわいいなんて言って欲しくないよ。私は魔王になるんだから」

「この状況で、まだ魔王を諦めてないのか? ……まあ、それはそれとして」


 彼はいったん言葉を切り、深くて長いため息をついた。

 二枚目をかじろうと口を開きかけた私は、一瞬動きを止めてしまった。

 ……まずい。

 これは説教が始まってしまう。

 私は慌てた。話をそらさなければ。この焼き菓子のことを言おうか。それとも……ああそうだ。こういう時にこそ、家賃を立て替えてもらっているお礼を……!

 でも、冷たい視線で思考も口も止まってしまった。

 さすがナイローグだ。怒っているのか呆れているのか、とにかく怖すぎる!

 私がすくんでしまった一方、ナイローグははぁっと気が抜けたように息を吐いた。


「……なあ、シヴィル。私の驚きがわかるか? 結界を自在に操るなんて、これまでになく手強い相手だったんだ。入念に下準備をして、宮廷魔法使いはほとんど協力させて、さらに最高位レベルを二人同行させて、我々は本当に決死の覚悟で魔王討伐に来たんだ。遺言状の書き換えをしたのなんて、南部戦役で前線に出た時以来だったぞ。……それなのに踏み込んでみれば、はかなげな美少女が怯えた顔で魔王の膝に座っていて、しかもそれがお前だった」

「う……ん」


 ナイローグの語調は淡々としている。

 でも、私の反論を許さない迫力がある。この静かな威圧感がとても怖い。そしてその静かな声はまだ続いた。


「それになぁ、よりによって、なぜ膝なんだよ。お前のご両親にどう報告すればいいんだ?」

「えーっと……」

「親父さんには、お前を頼むと言われているんだ。セクハラされていましたなんて報告をしたら、親父さんがどんな反応をするか。……やっぱり私の責任になるのか? 本気で殺されると思わないか?」


 昔ならともかく、今のナイローグがそう簡単に殺されるとは思わない。でも確かに、あの父さんならナイローグのせいだ!と言いそうだ。

 私は薄焼き菓子に目を落とし、黙ったままそんなことを考える。その間も、ナイローグは説教というより愚痴に近くなった言葉をため息混じりに続けた。


「だいたいな、その言葉遣いは何だ? せっかくのドレス姿なのに、女装した男の子みたいじゃないか。エイヴィーおばさんがまた嘆くぞ。あの人の愚痴を大人しく聞くのも大変なんだよ。……いっそのこと、何も見なかったことにして、どこかの山賊の根城に乗り込んでひと暴れして有耶無耶にしてしまいたい気分だったが、部下たちが一緒だったから引くに引けなかったじゃないか」


 半分以上は独り言かもしれない。微妙に物騒なことまで延々と語る彼の目は、なんだか虚ろになっていた。

 私は反論できない。

 ナイローグにはいろいろ世話になったし、迷惑をかけてきたと自覚はしている。

 口煩いから逃げ回っていたけれど、彼が親に顔を見せろとか、村に戻れとか説教をしてくれるから、私は安心して家出を続けていた気もする。……本当に彼には申し訳ないと思っているのだ。一応。

 複雑な顔をしながら薄焼き菓子をかじり始めた私を見て、彼は深いため息をついた。


「多少譲って、お前が魔王の部下になるのを認めても、せめてもう少しましな男にして欲しかったぞ。公私を混同するような男は、お前の上司には相応しくない」

「あれでも立派な魔王だったんだよ。まさかあの方が、あんな……セクハラをするなんて思わなかったんだ」

「立派……まあそうだな。お前が近くでうろうろしていれば、勘違いするなという方が無理だな」


 深々とため息をついたナイローグは、話し方を少し変えていた。都風の発音から、村の、というか故郷のランダル地方の発音になっている。そして私の向かいの草の上に直接座った。

 腰に帯びた剣が硬い音を立てる。

 マントが私のお尻の下にある今、むき出しになったグライトン騎士団の制服は実にまぶしい。

 それに、昔から顔は整っていると思っていたけれど、久しぶりに真正面から見ると、やっぱり顔がいいと思い知らされてしまった。

 これで上司だった魔王と同じ性別なのだ。この世は不思議に満ちている。

 ナイローグも男性ということは、禿げたりお腹だけぽっこり出たりするのだろうか。

 二枚目の薄焼き菓子をかじり終え、細かい破片を払い落としながら、ついそんなことを考えてしまう。でも、たぶんそうならないという確信はある。

 彼の家系は、おじさんもおじいさんも、おじさんの兄弟も、知っている限り禿げた人はいなかった。多少腹回りに貫禄がある人はいたけれど、ナイローグは騎士だ。これからオジサンになっても、体を鍛えている限り引き締まった体形を保つだろう。


 というか、彼はただの騎士ではない。実力重視と言われるあのグライトン騎士団の一員らしいのだ。

 悪人なら顔を引きつらせる正義の凄腕集団で、この騎士団に目をつけられたら廃業を考えろ、というのがこの業界の常識だ。そういう栄光のグライトン騎士団の制服を着た人物と、こんなに親しく話すことになるなんて想像したこともなかった。

 ナイローグ自身は好きなのに、私の目は習慣的に、銀糸の飾りがある黒い騎士服から逃げてしまう。


 ……それでも気づくことはある。

 大きくて襟元に輝いているのは騎士団の紋章として、その横にずらりと並ぶ金属片のような物はいったい何だろう。

 光を反射しているからよく見えないけれど、国王と直接言葉を交わす事が許されたような、そういうお偉いさんたちが身につけていたものによく似ている気がする。どう見ても、普通の騎士のつける階級章ではないと思うのだけれど……都にいたのは短期間だったから、記憶に自信はない。という事にしておこう!


「その首飾りは……」


 私が彼を見ていたように、ナイローグも私の服装を見ていたようだ。

 彼の視線は私の首元に向いていた。

 セクハラ魔王様のように、胸元ではない。

 だから警戒もせず、何かおかしな点があるのか、薄焼き菓子の欠片が引っかかっているのかと首元まであるレース編みに触れた。でもないローグは首飾りと言った。私は首飾りは一つしかつけていない。レースの上から鎖骨の上あたりに触れると、細い鎖の一部がレースの上に覗いていた。

 私は服の内側に入れ込んでいた金の鎖を引っ張り、黄緑色の宝石を取り出してみせた。


「これのこと?」


 数年前にナイローグにもらった首飾りだ。

 春先の若葉のようなその色は、私の明るい緑色の目と同じ色だ。

 私の外見は、父さんにも母さんにもあまり似ていない。唯一母さんに似ているのが目の色で、普通の緑色よりずっと明るい。時々金色っぽいと言われることもある。

 人の目の色としてはかなり珍しく、同じ色の宝石もめったにない。


「これ、ナイローグにもらった首飾りだよ。この黄緑色がきれいだから、いつも使っているんだ」

「そうか。気に入ってもらえてよかった。……それにドレスも悪くないな。色はともかく、よく似合っている」


 それを聞いて、落ち込みかけていた私は、一気に浮上した。

 当然だ。

 私の黒色のドレスは、本物の王女さまもかくやというほど上質のものなのだ。特に流れるようなデザインと引きずるほど長い裳裾は、ちょっと魔族っぽくて素晴らしい。しかも、汚れないように魔力でわずかに浮かせたりしているから、見た目以上に凝っている。

 色がもっと鮮やかなら、どんな大国の姫君にも負けないだろう。

 でもその一方で、全てが黒一色だからこそ、深く濃い色合いをむらなく染め出すことは難しい。私の色味のない銀髪を引き立ててくれる素晴らしい黒色で、まさに職人たちの苦心の結晶である!


 ……のだけれど、童顔は童顔らしく、もっと胸元の開いていないドレスにするべきだった。

 大人っぽいデザインは、子供っぽい顔立ちと貧弱な体形を強調している気がする。レース編みでほんのり透ける程度に抑えていても、覗き込めば物量的に物足りない胸は丸見えだ。

 こんなドレスだから、上司はロリコンセクハラに走った気がする。

 そう考えると、ため息が出てしまう。

 

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