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(24)十八歳の激動 その2

 

「野郎ども! 囚われの姫を守れ!」

「お? ……おおっ!」


 その言葉を聞いた他の騎士たちは一瞬首を傾げたようだった。でもすぐにそれを隠して、一斉に動き始めた。

 首を傾げたのは、私もだ。

 何と言うか、およそこの場にふさわしくないような、とんでもない言葉を聞いた気がする。

 でも、私だって魔王の第一の部下だ。すぐに応戦のために動いた。


 まず、上司である魔王を思いっきり突き飛ばした。

 セクハラ行為への報復ではない。

 純粋に、危険回避のためだ。

 ただし本気の力に魔力も込めたので、上司はあっけなく玉座から転げ落ちた。無様にもゴロゴロと転がって行く。

 私も反動で反対側に転がったけれど、その間も上司から目は離さない。たるんだ体が床を転がるタイミングを見計らって、あらかじめ準備していた魔法を発動させた。

 床にぽっかりと穴が開く。

 突然生じた空間に、魔王のハゲ頭は転がる勢いのままに消えて行った。

 穴からは魔王の悲鳴のような罵声が聞こえた。

 それが急激に遠くなって、きこえなくなるほど小さくなってからかすかな水音がした。

 目論見通り、城の地下にある水路に落ちたようだ。

 本当は侵入者撃退用の落とし穴だったけれど、地下水路は城の外へと繋がっている。半端ではない高さから落ちることになったけれど、落下速度は魔法で調整されるように準備している。それに、一応魔王を名乗る男だ。多少びしょ濡れになっても無事に脱出できるだろう。

 あの男の実力は本物だから、今頃は水に流されながら元気に私への苦情を叫んでいるはずだ。



 なんとか「魔王の侍女」として忠誠を貫けた私は、ほっと息をついた。

 でも、もちろん今はそんな呑気な状況ではない。魔獣に邪魔されて出遅れた騎士たちは、私を囲んでいた。

 敵なのか囚われの姫なのか、対応に困っているようだけれど、私はすでに戦意を失っていた。

 その無抵抗の意思が伝わったのだろう。騎士たちの進路を妨害した巨大な赤虎は、今はおとなしくうずくまっている。騎士たちが剣を手に迫っても、長い尻尾をパタンパタンと動かすだけで目を背けていた。

 賢い子でよかった。

 無抵抗なら、魔獣であろうと殺されることはない。

 躾の行き届いた魔獣は、何よりも重用されるものなのだ。


 魔獣の様子にもほっとした私は、無駄な抵抗は完全に放棄して床の上に座り込んだままだった。

 どちらかと言えば放心に近い。

 上司は逃がした。

 大切な魔獣は無抵抗の姿勢を続けている。

 多分、今からでも脱出できないことはないと思う。でも騎士たちの中には偉そうな服装の魔法使いさまが二人混じっていて、手間取るのは明らかだ。野生児の本領発揮してしまえば魔法使いはふりきれるけれど、ナイローグがいる時点で諦めている。

 あの赤虎にちょっと暴れてもらえば、隙ができてナイローグだって振り切れるかもしれない。でも、そんなことをしたらあの魔獣が処分されてしまう。それはかわいそうだ。

 それに、あのセクハラ行為をなかったことにもできないから、この場から逃げ出せたとしてもまた無職になって求職活動再開となる。

 またあの暗く辛い日々に戻るかと思うと……ため息しか出ない。


 私が無気力そのもののため息を吐いたとき、近くで誰かの咳払いが聞こえた。

 どうしたのかとそちらを向くと、年嵩の騎士がちらちらと私を見ながらまた咳払いをしている。

 その視線を追って足元を見て、私は慌てて乱れていたドレスの裾を直した。

 十八歳のお年頃の乙女なのに、若い足を膝までむき出しにしてしまった!

 なんて大失態だ。

 男装で足を出し慣れていたけれど、ドレス姿で素足を晒してしまったのを恥じるだけの常識はついている。

 気のせいでなければ、騎士たちの何人かはとても残念そうな顔をした。

 思わずにらみつけたけれど、すでにナイローグが冷たい視線を向けていて、彼らはやや顔を強張らせて離れていった。



「だめです。後は追えません」


 魔王が落ちて行った穴を覗いていた騎士が、あきらめ顔で報告する。

 当然だ。

 あの地下水路はただの水路ではない。私の結界魔法が隅々まで行き届いていて、あらかじめ認識させた人物が落ちると、追跡を拒むように結界が組み変わるようにできている。

 どうだ、この職人技な細工は。

 ふふんと自慢するようにお偉そうな魔法使いに目をやると、穴を覗き込んでいた中年くらいの魔法使いたちは二人とも感心したように頷いていた。

 さすが、グライトン騎士団に同行する偉そうな魔法使い様。

 私の術の素晴らしさもよく理解している。


 そして、その報告に頷きを返したナイローグは、ようやく剣を収めて私の方へと歩いてきた。

 状況を思い出した私は、横座りしたまま背筋を伸ばす。

 いろいろまずい状況だ。でも、一番よろしくないのはナイローグに見つかったということだ。口元が引きつる私の前に無言で片膝をついたナイローグに、私は恐る恐る声をかけた。


「あの、ナイローグ……」


 怖くて目を合わせられない。

 まず叱られて、その後に連行されて……ああ、私はどうなるのだろう。

 思わず唇を噛みしめた私は、ナイローグの押し殺したため息をきいた。左手が、ぎゅっと剣の柄を握るのも見えた。

 まずい、相当怒っている……!

 そう思ったとき、ナイローグの右手が動いた。拳骨が降ってくるかと身構えたけれど、大きな手は拳を握らずに手のひらを上にして伸びてきただけだった。


「迎えに来たぞ。麗しき幼馴染の姫よ」

「…………はぁ?」


 なぜだろう。聞きなれない言葉が聞こえた気がする。

 お偉い魔法使いさまの魔法で、耳がおかしくなってしまったのだろうか。

 本気で首を傾げ、差し出された手を呆然と見ていた私は、やがておそるおそるナイローグの顔を見上げた。

 衝動買いした魔玉と同じ色の、深い紫色の目が近くにあった。そばで見ても整っている顔は、笑いをこらえているような、それでいて困ったような、非常に複雑そうな表情をしていた。





 ……さて、私はいったい何をしているのだろう。

 素朴な疑問を抱え、私は何度目かわからないため息をついた。

 私もびっくりした大転移魔法だったけれど、さすがに帰り分の魔法は不足しているらしい。グライトン騎士団の面々は馬を待たせている場所までの小転移をして、あとは地道に馬での行軍になっている。

 もちろん、私も同行中だ。でも……。


「……なんでこんな事になったのかなぁ……」

「どうした、シヴィル。もう腹が減ったのか?」


 私の深いため息に気づいたのか、ナイローグが声をかけてきた。子供じゃないんだから、そういう言い方はやめて欲しい。

 本当は少しお腹が減ってきているけれど、まだ倒れるほどではないから見栄を張って首を振った。


「まだ空腹ではないよ」

「そうか? しかし少し休むか。ちょうどいい木陰がある」


 彼はそう言って背後を振り返り、片手をあげる。

 それだけで彼の意図が伝わったようで、ずらりと続いていた騎士たちは一斉に行進を止め、思い思いの木陰に馬を止めて休憩に入った。

 日はまだ高く、夕刻にはまだ時間がある。

 騎士たちは馬をねぎらい、自分たちも水を飲んだりしているようだ。

 その中でナイローグは一騎だけすぐには馬を止めず、一行と少し離れた木の下まで進んで、ようやく手綱を引いた。

 馬が止まると、彼は身軽に馬を下りる。そして当然のように私を抱き下ろした。


 ……そう、私は騎乗する彼の前で横座りしていた。

 物語のお姫様ってこういう感じだろう。

 でも、私が夢見てきたのはお姫様ではない。魔王だ。世の乙女たちがどれほど憧れてきた状況であろうと、こんなお姫さま扱いは不本意なのだ。

 だいたい、私はヘイン兄さんのところの裸馬を平気で乗り回していたのだ。お姫様的横座りなんて、仕事用のドレス姿でなければ絶対にしないのに。いや、ナイローグが一緒でなかったら、ドレスであろうとも普通に跨がることだって厭わない。

 護送されている身だからと我慢していたけれど、冷静になって考えると魔王城で捕まえた魔王の腹心に対する態度ではないと思う。


「シヴィル。変な顔になっているぞ。お前らしくて悪くないが、笑顔の方がいい」


 ふわりと地面におろしてくれた彼は、私の頭のはるか上から笑いかけ、そしてこれも当たり前のように手を差し出す。


「お手をどうぞ。麗しき姫」

「……私に、姫なんておかしいよ」

「ああ、魔王の侍女、だったか? しかし残念ながら、うちの連中には救出した姫と認識するように伝えてある。だから少しくらいは幻想をもたせてやれ」


 ナイローグの顔には穏やかそうな笑みしかない。その懐かしい笑顔に負けて、私は大きな手に自分の手を重ねた。

 満足そうな彼は、機嫌の悪い私を木の根元に案内する。心地いい木陰に、ご丁寧にも草の上に彼のマントまで敷いてくれた。

 騎士として完璧なる対応だ。

 でも、高貴な姫君でも救い出された姫君でもない私は、少しも嬉しくない。


「……ありがとう」


 マントの上にどさりと座り、私は憮然とつぶやく。

 身のこなしはともかく、何かしてもらったらお礼ははずせない。これだけは母さんの厳しい躾の賜物だと思う。相手がナイローグならなおさらだ。

 ナイローグはそんな心の内を見抜いたように小さく笑い、ふてくされている私を見下ろしていた。


「どういたしまして。幼馴染の姫」

「あのさぁ、私は姫ではなくて、魔王の部下なんだけど」

「ああ、そうだったな」

「それで、今は討伐隊に捕まって護送されているんだよね?」

「魔王に捕まっていたお前を助け出したんだ。……まあそれはともかく。あれがいったいどういう状況だったか、そろそろ聞いてもいいか?」

 

 あれ、というのはあれだろうな……。

 いつかは聞かれるとは思っていたけれど、私は顔を強張らせた。そんな私に水の入った木杯を差し出し、ナイローグは静かな声で続けた。


「宮廷魔術師の攻撃を退けてきたのはお前の魔法だな? そんな凄腕の『魔王の侍女』が、まさか魔王の膝の上に座っているなど予想していなかった。あの魔王はお前の恋人……いや、そういう感じではなかったから、愛人関係だったのか?」

「まさか! 清廉潔白な雇用関係だよ!」


 私は間髪を入れずに否定する。

 でも、ナイローグの顔は少しも和んでくれなかった。

 一度馬のところに戻って、鞍に取り付けていた革袋を持ってくる。その口を縛る紐を外しながら、座っている私にちらりと視線を落とした。

 

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