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ぼくの夢、わたしの夢  作者: 藍野ナナカ


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(23)十八歳の激動 その1

 

 ナイローグとの最悪の再会の少し前。

 私は……上司である魔王の膝に座っていた。

 なぜなのか。

 ……そんなこと、私が聞きたい。


 魔王ドルゴス様の側近になることに成功した私は、二つ名を持つに至った。それは「魔王の侍女」。

 私が男なら「魔王の執事」とか名乗れるのだろう。でも悲しいことに私は女で、背も十分に伸びなかった。顔立ちも子供じみていて「魔王の女執事」というには少々迫力に欠けている。

 ちびっこ女執事もありじゃないか、と上司は言ってくれたけれど、私の美意識が許さない。執事というものは背が高くて痩身で、冷ややかな顔立ちと表情でなければならない。

 小柄で目が大きい童顔な私では無理なのだ。

 それで、黒いドレス姿の「魔王の侍女」となったのだけれど……やはりこのドレス姿はよくなかったのかもしれない。




「かわいい我が侍女よ。こちらへおいで」


 至急話し合いたいことがあると上司に呼ばれたから、大広間にある魔王様の玉座のそばまで行った。極秘だからもっと近くへ、と言われたから、人払いをして玉座の横に立った。

 そこまでは私の意思であり、私の美意識の範疇だ。

 でも上司殿は、私の腰に腕を回して引き寄せた。はっきり言ってこんな状況は考えたこともはない。だから完全に不意をつかれた。抵抗らしい抵抗はできず、まして大柄な男の力には勝てず、私は魔王様の膝に座る格好になってしまった。


 そう、膝である。

 異性の膝というものは椅子ではない。

 上司と部下の密談の場でもない。

 私の十八年分の常識ではそうなのだけれど、もしかして魔王業界には違う意味があるのだろうか。

 そんなことを真剣に悩むくらいには動揺した。

 お尻に上司の体温をしっかり感じてしまうし、横座り状態だから魔王様の恰幅のいい腹が密着してくるし、それに上司の顔が超近い。上司と部下の距離にしては近すぎる!


 それにそれに……自慢ではないけれど、私は異性とここまで近づいたことはない。

 ここまで近づいたのは、最近ではヘイン兄さんくらいだ。

 次点でナイローグだろうか。

 そのくらい、人との接触そのものに慣れていない。父さんの暑苦しい抱擁は十歳で卒業してしまった。

 あまりに稀なことだから、人の体温ってこんな風に感じるんだ……などと一瞬だけ逃避で感心してしまった。


「……あ、あの、そんなに重要な極秘事項の会議なのでしょうか」


 ありえないと思いつつ、私はできるだけ冷静に上司に聞いてみた。多少頬が強張っていても、大勢に影響はないだろう。

 でも上司様は、私の努力を丸無視するように、私の背中とか腰とかを撫で回してきた。


「もうちょっと肉付きがいい方が好みだが、うん、若いというのはたまらねぇよな」


 な、何がたまらないんですか!

 私は叫びそうになっている。でもやや脂ぎった顔が頬に近づいてきたので、それを押しやるのでいっぱいいっぱいだ。

 間近から見上げると、つるつるに剃り上げた頭がまぶしい。

 鼻息も荒い。

 と言うか、あんまり近づいたら大きく開いたドレスの胸元が丸見えになりそうだ。細かなレース編みで喉近くまで覆ってはいるけれど、深く切れ込む胸元に対して、私のささやかな胸は盛り上がりが乏しい。つまり全部見えてしまう危険があるから、覗き込みは絶対禁止なのだ!


 今度こそ顔を引きつらせ、全身に鳥肌を立てながら魔王のハゲ頭を押しのけようとしたとき、突然轟音が鳴り響いた。


 いや正確に言えば、その轟音の直前に私は異常に気付いた。

 侵入者だ。

 魔王の側近として、私が念入りに組み上げた魔法の結界が破られたのを感じた。そして「何か」が転移してくると悟り、私は上司のセクハラを一瞬棚上げして「何か」が現れるであろう方向に目を向けた。

 同時に警戒用の魔法も発動させた。

 番犬として飼育している魔獣も、すぐに大広間に転移させた。私の結界を破る相手にどこまで通用するかわからないけれど、仕掛けは多ければ多いほど機先を制することになる。


 結界が破られたと気付いた瞬間にすべての対処を終えた私は、結構すごいと思う。

 ……魔王様の膝に座ったままだったこと以外は。

 そのことを、あとあとまで何度も後悔した。

 私がまずすべきだったのは、上司のセクハラパワハラ行為を忘れて警戒することではなかった。

 いや、忠実なる魔王の侍女としては正しい選択だったとは思うけれど、侵入者で気をそらした上司を魔法で吹き飛ばしたり、魔獣飼育で鍛えた筋力に魔法を載せて引っ叩いたり、とりあえず鉄槌を下しておくべきだった。

 そうしていれば、彼に見られることはなかったのだ。

 この恥ずべき姿は、決して彼に見られてはいけないものだった。




 鼓膜に訴える激しい音と魔力が破られる幻の音が鳴り響き、大広間はまばゆい光に満たされた。

 私の魔獣が恐ろしい声で唸る。

 光が消えると、そこには抜き身の剣を手にした集団が生じていた。人数は予想していたより多い。二十人ほどだろうか。

 私の結界を破るだけでなく、この人数を転移させるとは。

 敵ながら見事な魔力だ。制御も効いていて、周囲を破壊するような無駄もない。術者の才能と努力はどれほどのものだったかと感心する。

 同時に、血が沸き立つような感覚にとらわれた。

 生まれて初めての、本気の腕試しだ。私の魔力がどこまで通じるのかがわかるかもしれないと思うと、えも言われぬ高揚感がある。

 いつの間にか、私は練習で会得した悪女の顔で微笑んでいた。……しかし。


「……シヴィル……?」


 転移術で現れた武装集団の先頭にいた男がつぶやいた。

 冷水を浴びせられたように、私の高揚は消えた。そっと目を向けると、その男は唖然とした顔で私たちを見ていた。いや、魔王の膝に座っている私を見ていた。

 なぜ私の名前を知っている? まさか知り合いだったりする?

 私もまじまじとその男を見た。

 体格のいい集団の中でも目立つ、とても背の高い男だった。顔立ちは一目でわかるほど整っている。

 私の高揚を一瞬で沈めた冷水のようなものは、今度は骨の髄まで凍りつかせた。

 多分、私の顔は真っ白だ。

 寒気がするほどなのに、背筋を汗が伝い落ちるのを感じた。


 幸か不幸か、私はあの顔を知っている。あんな唖然とした顔は初めて見たけれど、間違いなく知人だった。彼の名前はもちろん、ご両親や弟たちや妹たち、それに家や庭の広さも知っている。

 彼のそっくりさんがいるのなら、もしかしたら別人かもしれない。でもただのそっくりな別人なら、私を見てあんな顔はしない。私の名前を呼んだりしない。

 だから、言葉を失っているあの男は、彼だ。


「ナ、ナイローグ……どうしてここに……?」


 どうしてナイローグがいるのだろう?

 今ここにいるのは、魔王討伐隊と一眼でわかる武装騎士の集団のはずなのに……?


 目の前に立ち並ぶ騎士たちの青いマントが、転移魔法の余韻で渦巻く風に煽られている。その下には、銀糸で飾られた黒い騎士服が見える。国王直属の騎士団とわかる装備なのに、貴族階級出身者が多い普通の騎士にはない荒っぽさがあった。

 つまり。あの騎士たちはグライトンの連中だ。

 この業界の人間なら誰でも知っている。あの制服を見たら即逃亡!が合言葉になっているくらいだ。

 私の上司は部下が少なくて私があっさり採用されたくらい、どちらかと言えばパッとしない魔王だ。

 でも最近の評判では、城を守る魔法結界だけは侵入者を寄せ付けない超一流と評判になっていた。結界は私が手がけていて、控えめに言っても半端な魔法ではない。自画自賛してもお釣りが出るくらいに堅固で完璧で、押し寄せてきた無礼者たちを軽く追い払ってきた。

 だから、討伐に最強の武装集団が出てきてもおかしくはない。

 魔王冥利に尽きるとも言えよう。


 でも、なぜ彼が……ナイローグが、あのグライトン騎士団の制服を着てここにいるのだろう。

 私は自分の状況を忘れて、真剣に悩んだ。

 確かに、昔から剣を携えていた。

 時々、ひどい怪我をしていた。

 ……そう言えばひどく疲れていたり怪我をしていた時期は、国内外で争乱があった頃だった気がしてきた。

 昔は気のいい普通のお兄ちゃんだったのに、村に戻ってくるたびに洗練されていったのを思い出す。初めて会った人は、彼が田舎の農夫の子と気づくことはないだろう。

 今ではとんでもない圧迫感を与える人だけれど……つまり、つまり、そういうことだった?

 混乱した私は、やや暢気なことを考えていた。

 ……上司の膝に座ったまま。


 一方、踏み込んできたグライトン騎士団にとっても意外な展開だったようだ。油断なく抜き身の剣を手にしたまま、言葉を失っているナイローグと、魔王の膝の上の私とを見比べていた。

 それはそうだろう。魔王の膝に座るのは、魔王の愛人とか情人と決まっている。そんな女に名前で呼びかけたのだから、どういう関係かと訝しむのが普通だ。他人事なら、私だって興味丸出しで見る。


 でもさすがというべきか、動きが止まりかけていても隙を見せることはなかった。威嚇の唸り声を上げる魔獣を目の前にしても、怯えた様子は全くない。魔法罠を前に無駄に突っ込んでいくこともない。

 さすが、戦闘のプロだ。

 やがてナイローグの横にいた騎士が軽く咳払いをして、ナイローグに話しかけた。


「えー、大変失礼ですがね、あの女の子はお知り合いっすか?」

「……郷里の幼馴染だ」

「郷里の……というと、もしかして例の?」


 ナイローグと同年齢ほどの騎士は、表情を改めて私に目を向けた。

 のんきそうな喋り方だったのに、急に冷静な観察をされて冷や汗をかいてしまう。

 そしてようやく。

 本当に今さらながら、ようやく私が腰掛けている椅子が魔王の膝だと思い出した。

 ナイローグが絶句するのは当然だ。

 近所の幼馴染の妹が、赤ちゃん時代から子守りをしてきた相手が、いきなり魔王の膝に座っているのを目撃したら、普通に絶句する。

 しない方がおかしい。

 あのヘイン兄さんなら、平然と挨拶するかもしれないけれど。

 ああ、でも最近の兄さんは父さんに少し似てきたから、私のこんな姿を見たら問答無用で切りかかっているかもしれない。父さんだったら、間違いなく我に返った時点で上司は死んでいる。

 上司のためには、ナイローグでよかった。多分。きっと。

 そんな思考の逃避に走っている私からようやく目を離し、ナイローグはなぜかため息をついた。


「……例の、妹の方だ。そのつもりで行動して欲しい」

「了解」


 短く応じ、その騎士はにっこりと笑う。そしておもむろに表情を引き締め、すでに抜いていた剣を高々と掲げた。


「野郎ども! 囚われの姫を守れ!」

 

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