(18)十六歳の前にそびえる壁 その1
魔法を自在に操れるようになれば、自動的に売れっ子魔法使いになる。
……そう信じて、希望に胸を膨らませていた時期もあった。
でもそれがただの幻想だったことを知るのに、それほど時間は必要なかった。大人の世界の現実は、浮かれた若者に厳しいらしい。
目の前にそびえる巨大な門は堅固な守りの象徴だけれど、今の私にとっては超えなければいけない関門だ。だから閉まりかける門に取り付いて、必死でアピールを続けた。
「ちょっとだけでいいんです! お願いですから話を聞いてください! 私はこんな結界を作ることができるんです! 無敵の結界ですよ!」
「あー、すごいのかもしれんけどな、残念ながら俺にはわかんねぇよ。ま、あと五年経ってもまだ気が変わらなかったらまた来てみろ。あんたは美人だから、魔法とは無縁の意味でなら仲間に入れてもらえるぜ」
人相が悪いわりに親切な門番は、私が手を挟んだりしないよう気を使いながら、でも容赦なく門を閉めてしまった。
この門は悪人たちの根城の入り口だ。放置されていた古い城を勝手に改修したもので、往時の堅牢さには及ばないものの、普通の地元の警備隊とか賞金目当ての傭兵とか、そういうレベルでは歯が立たない程度には堅固な作りになっている。
そして頭領格の男は、ただの悪人で収まる器量ではなかった。豪快さと気風のよさに引き寄せられて、どんどん悪人が集まっている。それに南方で一年近く続いていた戦争が完全に終わったから、この辺りも傭兵崩れも増えてきた。
この古城もいつしか悪人集団の一大拠点になってしまい、近隣の住民たちは、火の粉が自分たちにかからないことを祈りながら息を潜めるしかない。そして憂さを飲み込み、この根城の悪人どもに酒や食料を売り渡していた。
でも大きくなりつつある悪人集団には、一つ重大な欠陥があった。
私はそこを補う方策を示しにここにきた、はずだったのだけれど、いまだに門前払いを受けていた。
「おじさん! 話を聞いてよ! と言うか、五年後なんて私は二十一歳の行き遅れじゃないか!」
私は門に向かって叫んだ。
鋲をびっしり打った門は、ぴくりとも動かない。
本当は蹴りつけたかったが、鉄製の鋲があるからそれはあきらめた。
それに、今の私は昔のような気軽な男装ではない。十六歳という成人の年齢にふさわしい長いスカートをはいている。その長いスカートを持ち上げて素足をさらす行為は、年頃の娘としていかがなものかと考える理性もある。
ただの苦情に、大人としての外面をかけるほどではない。
一応、私も成長したのだ。
十六歳というのはそういう年齢で、もう大人と同じ仕事をしてもいいはずだ。
なのに、この門前払いはひどい。
「話くらい聞いてくれてもいいじゃないか! 門番のおじさん!」
妙齢の娘にしてはやや不本意ながら、私が大きな声で訴えると、門の上の方から見慣れた門番が顔を出してきた。いかつい顔は呆れ一色だ。
「あのなぁ、俺はあんたのためを思って追い返しているんだぜ。あんたは若すぎるし、そもそも美人すぎるんだよ。ここには娼婦は常駐しているけど、子供相手でも盛る変態だっているんだ。あんたぐらい美人だったら、なおさらだ。だからな、さっさと平和な街に戻ってしまいな」
「だから! 私は魔法使いなんです! 本気になったらこの門だって吹き飛ばせるんですよ! 私が味方になったら、ここはもっと堅固になるんです。超級の魔法使いに攻められても平然とできるくらいにはなりますから! それに、私は子供じゃないですよ!」
「子供じゃないならもっとだめだよ、お嬢ちゃん。おとなしくお家に帰って、しっかりお袋さんの手伝いをするんだ。せっかく美人なんだから、いい旦那を捕まえなよ」
門番はそう言って、顔を引っ込めた。
あとは、何を叫んでも反応を返してくれない。私はしばらく門前でがんばった。母さんに村を出ることを反対された時と同じくらいに頑張った。でも門番のおじさんはやっぱり顔を見せてくれなくて、結局私は、疲れ果てたまま撤退するしかなかった。
悪人集団の根城から少し離れた街に戻った私は、歩きながらため息をついた。
文字通りの門前払いにあうのは、これで何度目だろう。
指折り数えかけて、ため息をついて断念した。ついでに気力も尽きた気がする。もう一度ため息をついた私は、ぼんやりと周囲に目を向けた。
この街は、地方の小都市にしては人通りが多い。
都より西にあるため、この辺りは南部の戦争とは直接関係なかった。でも戦争が終わって流通が回復して、各地から色々なものがどんどん入るようになっている。通りに並ぶどの店も、忙しい忙しいと言いながら活気に満ちている。
そんな店先に、戦争の時に功績を上げた人物の似姿が飾られている。広場に並ぶ柱と屋根だけの簡易な店も、上階が住宅になっている立派な店舗も、ほぼ全ての店が飾ったり売っていたりしているのは、つい最近集結した南部戦役の英雄たちの絵だ。若い将軍や気品溢れる貴族出身の王国騎士など、描かれている人物は様々だ。
でも通りから見えにくいところには、半分隠すように元敵国の騎士の美しい似姿も売られていたりする。これが密かに人気があって、国も特に取り締まっていない。見目よければ気にせず売買するのは庶民らしい。
私は、そんな似姿絵を買ったことはない。
どの絵もなかなか魅力的に描かれていると思うし、かっこいい男の人たちを時々眺めるくらいなら、まあ楽しいといえば楽しい。
でも私の身近にはヘイン兄さんがいた。単純な顔の良さなら兄さん以上の人は見たことがないし、顔と性格がよくても、いきなり斬りつけて魔法の上達具合を見るようなとんでもない人だったら嫌だ。
そう思うと、街のお姉さんたちのように、顔だけ見てきゃあきゃあ騒ぐ気にはなれなかった。
それに、もう一つ。姿絵ランキングで一番人気の騎士様は、私がめざす魔王の天敵だ。国内にはいくつか騎士団があるけれど、最強と言われるその騎士様と部下たちが動けば、戦争の終結によって人材が流入して伸びかけている悪人業界が縮小してしまう。というか、壊滅してしまいかねない。
私の就職先が消滅するのは困るのだ!
……と言っても、今のところは門前払いしかされていないけれど。
また、ため息が漏れてしまった。
足も鈍って立ち止まる。後ろから歩きてきた人とぶつかって、舌打ちされてしまった。反対から歩いて来た人にも肩があたったけれど、その人は私の半分結い上げた髪を見下ろして、ガキが色気づきやがってとかなんとか文句を言っていた。
きっと私を子供だと思ったのだ。だから舌打ちだけで許してくれたし、年齢不相応の髪型をしていると言われたのだろう。
もう十六歳になった成人女性に対して、失礼だ。一体どこに目をつけているのか。
普段ならそう言い返すところかもしれない。でも、今はそんな気力はない。
今日の門番のおじさんは、とても親切な人だった。
他のところなら、私を見た瞬間に追い返されていたはずだ。実際に話も聞いてもらえなかった。たまに変な趣味の男がすり寄ってきたり、そういう商売を企んでいる男が親切そうに話しかけてきただけだ。
そういう時、私は容赦無く魔法で吹き飛ばすことにしている。
つまり、それなりに魔法を奮っているはずなのだ。
なのにどうして、私の評判は広まったり上がったりしないのだろう?
そこまで考えた私は、またため息をついた。
「たぶん、私の性格のせいなんだろうな……」
本当はわかっている。
私は基本的に、悪いことが嫌いなのだ。
だから、悪人を一発で納得させるような手段に出られない。悪人心をくすぐるような残酷な手段は絶対に無理だ。
「今日もなぁ、門番のおじさんを魔法で吹っ飛ばしたり、雷をどーんと落としたり、そのくらいすればよかったんだろうな……」
小さな結界を作って見せるより、もっと分かりやすく目の前で魔法の威力を示せば、それも悪人たち好みの派手で残忍な方法でやればいいのだ。
それはわかっているけれど、できないものはできない。
「……おじさん、いい人だったなぁ」
悪人なのに、子供のように幼く見える私を本当に心配してくれた。だから追い返そうとしたし、門の上から再度追い返した。
基本は悪い人なのだろうけれど、いい人なのだ。
そういう人は嫌えない。おせっかいな人も嫌いではない。
私はまたため息をついた。
「……なんか、ナイローグを思い出すなぁ……」
都の魔道学院でナイローグに見つかったのは、もう二年前になる。
あれから二年も経っているけれど、その間で彼と会ったのは二回だけ。魔獣市の時と、魔道具市を歩いているときだ。
いつ見ても仕立てのいい服を着て、剣を下げて、姿勢が良くて、それなりに元気そうだった。
私の顔を見つけると、即走ってきて捕まえてしまうくらいには元気だった。
でも、この一年ほどは彼の顔を見ていない。




