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(14)十四歳の再会 その3

 

 ここを出たら、そのまま今住んでいる集合住宅に戻って、荷造りをして。魔獣飼育場でお世話になったスラグさんには挨拶しておくべきだろうけれど、それはあきらめよう。彼には後で酒樽でも贈っておけばいいか……。

 これからのことを考えていると、背後から硬い金属音が近づいてきた。

 内心ではちょっとびくりとしたが、できるだけ平気そうな顔を保って振り返ると、見知った背の高い男が横に並び、私の歩調に合わせて足を緩めた。


「ナイローグ」

「すぐに出て行くのだろう? 今日は非番だから、片付けを手伝ってやる。荷運び用の馬はいるか?」

「ええっと、持っていくものは少ないから大丈夫」

「そうか。……その本は貸せ。お前が持っていると目立つぞ」


 そういうと同時に、ナイローグは私の手から分厚い本を取り上げた。そして一歩遅れて歩き始める。その様子は魔導師見習い付きの従者に見えなくもない。それに彼は背が高いから、書物も小さく見えて門外不出の魔道書には見えない。

 まあ、従者にしては着ている服が上質すぎる。でも顔が整いすぎていることに比べるとたいしたことではないだろう。

 私はおとなしくナイローグと一緒に歩きながら、どうやって彼から逃れようかと考え始めていた。




 魔道学院を出た私は、まっすぐに家に戻って荷物をまとめた。

 私の荷物は、部屋の大きさにしてはかなり少ないと思う。

 着替えの服と、苦労して手に入れた魔道学院の教本。それに村から持ってきた母さんが織った厚手の毛織物と、ナイローグからもらった基本の魔法書。家具類は備え付けだったし、寝具は母さんの毛織物だけで十分だったから、特に何も買っていない。その他は細々とした洗面用具などがあるくらいで、基本的には何もない。

 そんな部屋までついてきたナイローグは、呆れたように見回していた。


「ずいぶんと……すっきりした部屋だな」


 すっきりとは、なかなか優しい表現だ。

 意外に気を使う性格のナイローグらしい。

 私は思わず笑った。


「年頃の女の子の部屋らしくないって、そう言いたいんだよね?」

「確かにそれもある。妹たちの部屋はもっと騒々しい感じだったからな。しかしこれは……本当にここに住んでいるのかと、疑いたくなるほど何もないぞ」

「ここには眠るために戻ってくるだけだったからね。働いたり魔道学院に行ったり図書院にこもったりばっかりだったから、物を増やす暇もなかったかな」


 背中に背負える袋に、着替えを放り込んでいく。

 そんな私を見ていたナイローグは、まだ持っていた魔法教本を袋に入れて、私の頭に手を置いた。


「真面目に頑張っていたんだな」

「当然だよ。そのために村を出たんだから」

「うん。よく頑張ったな。偉いぞ」


 まるで子供を褒めるような言葉だ。

 私はもう十四歳なのに。

 でも……とても嬉しかった。私は照れ隠しに少し乱暴にナイローグの手から逃れて、寝台にあった母さんの手織りの織物を畳んで紐で縛った。


「一応、十七歳の男の部屋っぽくしたつもりだったんだよね。スラグさんとかメリアンさんとか、突然やって来たりしたから。でも何もないって驚かれたよ。へイン兄さんの真似をしたつもりだったのに」


 へイン兄さんの部屋を思い出しながら笑ったのに、ナイローグは眉をひそめた。


「スラグ……? メリアン……?」


 低くつぶやく声がする。

 その整った顔が、一瞬不機嫌そうに見えたから、私は慌ててつけたした。


「ス、スラグさんって、都でお世話になった人だよ。雇ってくれたんだ。最初は住み込みだったんだよ。メリアンさんはスラグさんの娘さん。背が高い美人なんだけど、急に部屋に来たりしたからいつも気を張っていたんだ」

「……スラグとメリアン……魔獣飼育のあの親子か。なるほどな」


 ナイローグは納得したように頷いた。


「近くの農場や家畜飼育場ばかりみていたな。魔獣飼育場までは確認していなかった。よく考えればあり得る話だった」

「もしかして、スラグさんたちのことを知っているの?」

「特殊な仕事だから、俺たちの業界では有名人だぞ。それより、飼育場からわざわざここまで来るとは、メリアンとは仲が良かったのか?」

「うん、なんだか気に入ってもらったんだよ。時々ご飯持ってきてくれたし、泊まっていいかって言われたりしたからいつも慌てていたよ。スラグさんにも、おまえはもう息子同然だとか言われたりしてさ」

「……ちょっと待て。まさか、おまえの部屋に泊めたりしたのか?」

「さすがに結婚前の女性を、名目上男の私の部屋に泊めたりできないよ」

「そうか、賢明だったな。ただでさえ複雑なのに、さらに混乱するところだった」


 ナイローグは何を言っているのだろう。

 首を傾げたが、私は彼に頼みたいことがあったのを思い出した。


「それより、頼みたいことだあるんだ。帰るときに、ついでに表のお店に退居するって伝えてもらえる?」

「いいぞ。もう遅い時間だから、おまえは出歩くなよ」

「うん。わかった」

「また明日くる。そうだな、朝早い時間になるが門まで見送りに行く」

「ありがとう」


 ナイローグを見送り、私は扉を閉める。

 しっかりとした足音と、剣が動く硬い金属音が遠くなっていく。目を閉じて音を拾うと、彼が階段を下り終えて、路地へと移動して行くのが確認できた。裏の細い通りから、広い表通りへ。そして大家である一階の店に入っていく。店の人と言葉を交わし、すぐに主人のいる奥の部屋へと通されていった。

 そこまで確かめてから目を開く。ほとんど片付いた部屋を見回し、私はにんまりと笑った。

 私が大人しく明日出て行くと思っているのなら、ナイローグもまだまだ甘い。

 明日の朝、ここは誰もいない空き部屋になっている。


「……あ、退去のときって、その月分の家賃を払うことになっていたな」


 退居を伝えたら、その場で清算を求められたはずだ。ナイローグに立て替えてもらうことになる。


「まあ、いいか」


 彼は稼ぎがかなりいい、立派な大人だ。

 魔道書のために私の財布はやせ細ってしまったから、少しくらい立て替えてもらってもいいだろう。彼が覚えていれば、次に会ったときに返せばいい。


「ごめんね、ナイローグ」


 いろいろなことへの謝罪をそっとつぶやき、私は残りの荷物を手早くまとめて、窓から外へ出た。

 そこには、あのカラスがいた。

 最近は全く姿を見なかった。いったいどこにいたのだろう。

 久しぶりに見たカラスは、私との再会を喜んでいるかのように親しげな鳴き声をあげた。そして、ついてこいというように嘴をくいくい動かしてから飛び立つ。

 私は一瞬だけ迷った。でもすぐに屋根の上を伝ってカラスの後を追い、その日のうちに都の外壁の門から外に出た。




 一週間後、私は都からいくつか離れた町に落ち着いていた。

 酒作りが盛んな村が近いから、お世話になったスラグさんへ酒樽を送りつける手配をしようと酒場に入った。

 そこでは都の話がさかんにされていたので、食事をしながら耳をすまして情報収集を試みた。

 すると、とんでもない話を聞いた。

 一斉捜索? 魔道学院ってあの魔道学院のこと?


「ねえ、おじさん! その話はいつの話?」


 驚いた私は、つい隣のテーブルのおじさんに話しかけていた。

 真昼間から酒で上機嫌になっている男たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、特に機嫌を損ねることなく、私に皿に残っていた食べ物まで譲ってくれた。


「あんた、最近まで都にいたんじゃないのか? 言葉が都っぽいぞ」

「う、うん、一週間くらい前まで都にいたんだ。でも魔道学院でそんな事件があったなんて、全然知らなかったよ」

「そりゃあそうだ。俺は昨日この町に着いたばっかりだが、あの魔法使い様の学校に一斉捜索が入るなんて、前代未聞だと大騒ぎだったぞ」


 男たちは酒の勢いのまま、がはがはと笑っている。

 それをじりじりとやり過ごし、男たちが私が知りたいことを話してくれるのを待った。でも酒の追加だとか向こうのテーブルのお姉さんが美人だとか、話がどんどん逸れている。

 私は皿の残り物を食べ尽くしてから立ち上がった。


「おじさん! その一斉捜索っていつあったの?」

「あ? ああそうだった。それを知りたいんだったな。えーっと、この町に着いたのが昨日で、都を出たのは朝だったから……」


 酔った頭ではすぐに答えが出て来ないようだ。

 でも幸い、男はまだそれほど酔ってはいなかったらしい。


「出発の前に騒いでいたのは何日だったか……うん、そうだ。捜索は四日前だ」

「四日前……」


 私が都を出たのは七日前だ。そして、四日前に魔道学院で一斉捜索があった。

 つまり。


「……あの三日後だ!」


 私が魔道学院を離れた三日後に、偽装身分証に関する一斉捜索が始まったらしい。時々見かけていた非合法生徒や非合法業者が摘発されたようだ。

 すれすれで逃げられたようだ。ナイローグのおかげで助かった。

 私は一人で青ざめつつ、小煩いけれど隙がなく気も利くナイローグに深く深く感謝した。

 

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