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(9)十三歳の旅立ち その2

 

 両親が少し遠出をした日。私はへイン兄さんに見送られて村を出た。

 お小遣いは少し貯めていたし、兄さんからもかなりの餞別をもらっているから、普通の乗合馬車くらいなら乗っていける。でも私は、まず歩いて行くことを選んだ。

 へイン兄さんが時間稼ぎを約束してくれたから、安心してのんびりと行けたということもある。でもそれ以上に、道中の様子に興味があったのだ。

 まだ成人前だから当たり前かもしれないけれど、私は村から離れたことがなかった。一番遠くて隣村だ。大きな街なんて見たことがないし、大型馬車だってナイローグを追いかけてくるお姉様方のを見るだけだった。

 私は村で鍛えた頑丈な足で歩いた。


 村を囲む森を抜けると隣の村に出る。そこを通り抜けると、私にとって未知の世界が始まった。

 森が林になり、木の種類が変わり、見たことのない鳥が増える。小さな村を幾つか通り抜けると、外壁のある大きな街について、そこから街と街をつなぐ乗合馬車に乗ってみた。

 街道の周りが牧場から畑に変わり、山や土の色も変わっていく。大きな街から街へと移動し、小さな村から村へと歩いた。険しい山を前に足止めされかけた時には、馬の世話をする代わりに隊商の馬車に乗せてもらったりもした。

 やがて道幅が倍以上に広くなり、行き交う人や荷物がどんどん増え、目を丸くしながら進んでいるうちに都へ到着した。


「これが、都なんだ……」


 特別許可証を持つ商人以外の庶民が都に入るためには、身元保証書を門番に見せなければならない。その入門の列に並んでいる間、私は山のような外壁にあんぐりと口を開けて見上げていた。

 周囲にも同じようなことをしている人はたくさんいる。でも私は目立っていたようで、門のところにたどり着いた時、門番兵に笑われた。


「いい顔だったな、坊主。俺も昔、似たようなことをしたのを思い出したよ。……へぇ、坊主はランダル出身か。あの辺りの人間は体が丈夫で働き者として重宝されているんだ。この身元保証書は大切にしておくんだぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ヘイン兄さんからもらった身元保証書には、ランダル領出身者であることを保証する、としか書いていないはずだけど、結構いいものだったらしい。ランダルと言うのは私の村を含めた広い範囲の名前で、実は最近までそう言う地名だということを知らなかった。そう言えば領主様の名前も知らない。

 私は知らない事ばかりだ。


 無事に都に入った私は、まず市場街へと向かった。

 都は想像したこともないほど大きくて人が多い。気を抜くと周りを見上げてしまって、人にぶつかってしまった。でも私は絶対に迷うことはない。

 初めて来た場所でも目的地は何と無く分かるのだ。

 どうやら、これも魔力のおかげらしい。

 田舎から出て来たばかりの今は特に、便利さが身に沁みる。

 いかにも田舎っぽい無知な子供なんて、こんな大都市で目をつけられるなという方が無理だろう。手足より馴染んだ魔力がいろいろな場所を教えてくれるから、私は精一杯落ち着いた顔ができる。都の様子は、もう少し慣れてから見て回ろう。

 たぶん、魔力をうまく使えば歩かなくても目的地に飛べるようだけど、残念ながらその方法がわからない。村で聞いた話では、姿形も魔力で変えたりできるらしい。でもそういう方法も、全く見当がつかない。

 魔法を教えてくれる人が誰もいないから、これはどうしようもない。都なら、魔法を使う人が多いだろうから、そういうやり方も学んでいきたい。


 改めてそんなことを思いながら、私は着慣れた男物の服でのんびりと通りを歩いた。

 たぶんこちらだろうと歩いて行くうちに、空腹を自覚させるいい匂いが漂ってきて、私の足は自然に早まった。

 人混みも増してきて、その流れにのって私はまず食べ物を手に入れることにした。

 ヘイン兄さんの助言に従い、家を出る時から目立つ銀色の長い髪は黒っぽい色に染めている。それを一つに組んで服の内側に入れ込んでいる私は、男装のせいで完全に少年に見えるようだ。いかにも田舎から出てきた子供に見えるせいか、早く大きくなれよなどという言葉をもらうし、食べ物の盛りも少しいい。


 身長が伸びないわりに、私の食欲は成人男性並みらしい。いつもヘイン兄さんと量を競っていた。それでいて身長も体重もほとんど変わらない。さすがに農作業を一日中している父さんよりは少なかったが。

 だから、こういう子供扱いは大歓迎だ。年下に見られたってこの時ばかりは気にならない。

 そうやって食事を堪能していると、近くの店のおばさんがパンを分けてくれた。息子が食べ盛りだった頃を思い出したと言っていた。

 もちろんそれも、ありがたく頂戴した。


 腹が膨れると、これからどうしようかと、ようやく考えた。

 我ながらのんきなものだ。

 でも、魔道学院に潜り込んで魔法を習得するという目的だけははっきりしている。これだけは揺るがない。

 そのためには、まずは都に慣れなければ。それから金を稼ぎながら魔道学院の関係者に近付いて、親の許可がなくても潜り込む方法を探って……。

 広場の中央にある泉の横でそんな事を考えていると、カラスの鳴き声が聞こえた。

 よくいる種類のカラスだ。

 鳴き声もよく聞く平凡なものだ。でも、私はこのカラスの事は知っている。村にいたカラスだ。時々私を助けてくれたり、物を落としてきたり、感謝するべきか腹を立てるべきか、そんな感じではあるけれど、どこか不思議な雰囲気の顔馴染みだ。

 このカラス、村を出た二日後くらいから目に入るようになっていた。歩いている時とか乗合馬車から降りた時とか、ふと気がつくと近くを飛んでいたり木にとまったりしていたのだ。

 大きくも小さくもない、ありふれた種類なのにどこか変わっているカラスは、何が楽しいのか、今も私のいる場所から遠くない建物の屋根に止まっている。

 そのカラスが、もう一度鳴いた。

 さらに何かを訴えるように、くいくいとクチバシを動かした。おかしな動きに思わず見入っていると、ばさりと飛び上がった。つられて私も立ち上がると、カラスのくせに頭上に円を描くように飛んで、どこかの方向へと向かった。


「……たぶん、ついて来いと言いたいんだろうな」


 村からきたカラスが、なぜついて来いと言うのか、全く訳がわからない。でも動物たちが何かを伝えようとして来る時は、素直に好意を受け取る方がいい。

 これまでの経験からそう学んでいるから、私はカラスが飛んでいった方向へと足を向けた。




 カラスは思ったより遠くまで私を連れて行った。

 市場広場から遠ざかり、せっかく入ったのに外壁からも出ることになり、私は動物の好意というものを疑い始めていた。

 ……もしかして、ただこちらに飛びたかっただけだった?

 それとも、都はだめだと言いたいのだろうか。


「……まさかと思うけど、村に戻れって言いたいの? それはちょっと嫌だよね。たどり着いたばっかりなんだし……」


 思わず一人で文句をいってしまう。もちろん、誰も相づちなんて打ってくれない。心酔してくれる村の子供たちはいないし、大人びてしまった悪友たちもいない。呆れ顔をしつつも受け入れてくれるヘイン兄さんも当然いない。

 なんだか急に寂しくなって、つい唇を噛みしめてしまった。


 でも、そのしんみりした気分はすぐに吹き飛んだ。

 遠くないところから、恐ろしいうなり声が聞こえたのだ。

 普通の動物の声ではない。空気がびりびりと震えるようなこんな声は、動物が出せるものを超えている。でも私は、この手の声は何度か聞いたことがあった。


「村にいたあの黒狼……ではないよね、さすがに」


 なかなか懐いてくれない大きな狼としか認識していなかった巨大な黒狼が、実は魔獣だったことに気付いたのは昨年のことだ。

 知ってみればなるほどと思うけれど、どうして魔獣が平然と村のすぐそばにいるのかは謎だ。いやそれより、村人が平気な顔をしていたことも、もっと謎ではある。

 村人に悪意を持っていないようだったから、みんなは平気で過ごしていたのだと思う。でも、魔獣のくせにどうしてあんなに大人しかったのか。

 今まで魔獣だと気づかなかったのかと呆れていたヘイン兄さんは、あの黒狼はよっぽど怒らせないかぎり村人を襲ったりしないと言っていた。


 だから、人間に害意を持たない例外的な魔獣がいることは知っているけれど、普通は危険すぎて、吠え声が聞こえたら逃げなければいけない存在だ。

 一般常識で言えば、今もすぐに逃げるべきかもしれない。でも私はなぜかとても気になった。人間への威嚇に聞こえなかったこともある。

 私は一時的にカラスのことを忘れて、声がした方向へと早足で向かった。

 

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