(序)夢を語る子供
悪いことをするのはイヤだ。
嘘をつくこともキライだ。
当然、悪いヤツは許せない。
母親が厳しかったから、幼くてもそのあたりはびしっと骨の髄までしみこんでいる。
しかし。
「大きくなったら魔王になる!」
そう豪語するだけの夢と野望と無謀さは持っていた。
「あらあら、ステキな夢ね。でも犯罪はだめよ。わかっている?」
最大の壁と思っていた母さんは、にこやかに頭を撫でてくれた。
「そうか、楽しみにしているぞ。俺が生きている間に立派な魔王としての姿を見せてくれ!」
豪腕農夫として名高い父さんは、その勇者より勇者らしい姿で豪快に笑った。
両親がこうなのだ。村のみんなは呆れ顔半分だったけれど、笑って頑張れよと言ってくれた。年の離れた兄さんだって、呆れながらも面白がっていた。
でも、へイン兄さんの友人である彼だけは、深い深いため息をついて首を振った。
「あのな、シヴィル。おまえは何か間違っていないか?」
「なんだよ、ぼくは絶対に魔王になるんだからな。止めてもムダだぞ」
「……魔王って何か知っているのか? おまえの嫌いな悪いヤツなんだぞ?」
「わかっているよ。だから普通の悪いヤツじゃなくて、サイキョウサイアクの魔王になるんだよ」
「……最強最悪……そうきたか」
たぶん、彼の反応が普通なのだろう。
両親と村のみんなが変わっているのだ。それは何となくわかる。
わかるけれど、抱いたばかりの夢は変わらない。
私が胸を張ると、彼はしゃがみ込み、まだ幼い私に目を合わせながら頭を撫でてくれた。
「あのな、シヴィル。俺はお前を魔王なんかさせないからな」
「どうしてだよ! ぼくはゼッタイに魔王になるからな!」
「だめだ。……あとな、ぼくと言うのはやめろ。俺がいない間に男言葉になるなんて、いったいどういうことなんだよ。へインは何をしているんだか」
「なんでぼくって言うのまでダメなんだよ! ナイローグはオウボウだ!」
「俺は横暴ではない。常識人だ」
きっぱりと言い切った彼は、少し口を閉じて言葉を探しているようだったけれど、結局、ふぅっとため息をついた。
「シヴィル。おまえは女の子なんだから、もっと女の子らしい言葉を使ってくれ。……昔のヘインにそっくりで頭が痛くなる」
私の頭を撫でる手は乱暴で、肩上で切りそろえている髪はあっという間に鳥の巣のようになってしまった。
でもそのぐしゃぐしゃの髪を、すぐに手ぐしで整えてくれるのはナイローグらしい。相変わらずの村一番の常識人で、久しぶりに顔を合わせた私は、だんだん怒りを忘れて嬉しくなってきた。
彼は育児も家事も何もできない母さんの代わりに面倒を見てくれた、近所の優しいお兄ちゃんなのだ。兄さんよりもたくさん遊んでくれた人でもある。
でも、それと夢は別問題だ。
頭を撫でられながら、私はどうやったら魔王になれるのだろうと考えていた。
そんな幼き日々から十年。
……私はナイローグと最悪の再会を果たすことになる。