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かくれんぼ  作者: 琢尚楓
6/7

第六話 

 沈黙を破って突然立ち上がったのはユキエだった。


「わかったわ」ユキエは背筋を伸ばし、自信に満ちた表情でそう宣言した。

「わかったって何が?」全員がユキエに注目する。

「全てよ、この事件の真相、犯人の動機とその正体もね」

「ほんとかよ!一体誰だよ!?俺達をこんな目に合わせてるのは!」

 タツヤが興奮するのも無理はない、僕も身を乗り出してユキエの言葉を待った。



「動機は今さっきタカシが話したとおり、義男を酷い目に合わせた私達全員への復讐よ」

「ちょっと待って、そうだとしてもどうして今頃なの?卒業してもう10年も経つのになぜ今になって?」

「それはね、きっと犯人がその事を知ったのがつい最近だからよ。義男があの後どうなったのか私達は知らないわ。ここからは私の想像だけど、千恵子先生だけは知ってたんじゃないかしら。義男のことを心配して、きっとご両親と連絡を取り合っていたはずよ。

そして・・・残念だけど義男はきっと2度と目覚めなかったんだわ・・・」


 そんな、義男があのまま目覚めずに死んだっていうのか・・・


「そして、それを千恵子先生から直接聞かされた人がいた。ガンで先生が病院に入院していた時、ずっとそばにいた人物が一人だけいたのよ!」



そうよね?



リョウコ!!!






 僕たちは耳を疑った・・・

 いま、ユキエは何て言ったんだ?

 リョウコって、そう言ったのか?

 何を言ってるんだ、リョウコは

 僕たちの目の前で

 死んだんじゃなかったのか?

 だってあそこに

 リョウコが横たわって・・・




「くっくっく・・・あーはっはっは!!

さすがユキエね、よく分かったわね!」

 リョウコが! 死んだはずのリョウコが、毛布を跳ねのけてゆっくりと立ち上がる。

顔にも髪にも、全身にドロドロの血の塊がこびりついて、まるでゾンビか悪霊のようなおぞましい姿で!

「ひいいい嘘だろ!」

「きゃぁあああ!」

 タツヤとメグミが悲鳴を上げる!

 僕も目の前で何が起きているのか分からず、腰を抜かして倒れ込んでいた。




「やっぱり、リョウコあなただったのね」

「どうしてわかったの?」氷のような冷たい視線がユキエに向けられている。

「いいわ、私の推理を聞かせてあげる。」



「最初からおかしいと思ってたのよ。先生が最後にみんなに会いたいって言ってるのにたった5人しか集まらないなんてやっぱり変でしょ。

 卒業以来私たちは一度も先生と会っていない、直接会ったことがあるのはリョウコだけ。

 先生がガンだって言ったのも、余命が僅かだって言ったのも、全部リョウコからの情報だったわよね。

 リョウコが先生に私たちのアドレスを教えて、それで先生が私たちにメールをくれたように見せかけてたけど、あれは全部リョウコが先生のフリをして私たちに送ったものだったのね。

 つまり、あのメールは最初から私たち4人にしか送られていない。

 あなたの筋書き通りに私たちはここにおびき寄せられたのよ。


 そしてあなたは先生が用事で出かけているから先にパーティを始めるようにと言った。

 あなたが作ったカレーを食べさせるために。

 あれには別に何も入っていなかったのよ、そして最初のメールが届く。

犯人は外部にいてカメラで見張っているように思わせて、食べたカレーに毒物でも入っているかのような文面で、私たちをここから出さないように、助けも呼べないように、ありもしない仕掛けで私たちをうまく人質に取ったのよ。

 そしてあなたはカメラの向こうの居もしない犯人に向かって芝居を打った。

 わざと反抗的な態度をとって挑発して、犯人の怒りを買ったように思わせた。


 そして15時の時計の音が鳴った直後に2通目のメールが届く。

 悪い生徒には罰を受けてもらう内容だったかしら、あなたはその通りに罰を受けた。 服の下で破裂するように血糊を仕込んであったのよね? あれだけ大量に血が出たのは、私たちに確実に死んでると思わせるため。死体を調べられないようにする狙いもあったのでしょうね。

 私たちはまんまと騙されてあなたが死んだものだと思い込んだ。

 犯人はいつでも好きな時に私たちを殺すことが出来る、そう思わせるためにあなたは実際に死んで見せたのよ。

 そうして私たちは要求通りに行動するしかなくなった。

 自分たちの犯した罪を告白せざるを得なくなった。

 だけど、私たちが義男の事じゃなく一人ずつ別々の事を話し始めたのは、あなたにとって想定外だったのかもしれないわね。そのせいで、私とタツヤの告白だけで1時間が経ってしまった。


 そして16時の時計の音の直後に3通目のメールが届く。私が何となく違和感を感じたのはこの時だったわ。私とタツヤが告白をしたのにその事には何も触れてなかった。

 そして何となく機械的というか、初めから用意されてた文章のように感じたのよ。メールが送られてくるタイミングも気になったわ、どちらも時計の音の直後に送られてきたから。

 その時思ったの。もしかしてこのメールはあらかじめ用意されていて、時間が来たら自動的に送信されるようにセットされてたんじゃないかって。

 何故そんなことをする必要があったのか、それは犯人がメールを打てるような状況にいないから。

 死体のふりをしてるあなたは指一本動かせるわけないものね。


 そうしてようやく私たちは義男の事を思い出した。

 あなたがいつも世話を焼いてかわいがっていた義男の事を。

 タカシの告白を聞いて私は確信したわ、これは義男の事件に対する復讐だって。

 義男をあんな目に合わせた私たちに、あなたは義男に代わって罰を下したかったのよ」





 パチ、パチ、パチ、パチ

 リョウコがゆっくりと拍手をする。

 しかしその表情は全く笑っていない。

 氷のように冷たい目でユキエの事を睨んでいる。

「さすがねユキエ、合格点をあげてもいいわ。あなた昔から頭だけはよかったものねぇ。

 そうよ、全部最初から私が仕組んだ罠よ。私の大事な義男を殺したお前達に復讐するためのね!

 だけどユキエあなた一つだけ間違ってるわ。さっきありもしない仕掛けでって言ったけど、ちゃんと用意してあるのよ、とっておきの仕掛けがね。

 2階の部屋は全部カギがかかっていて開かなかったでしょ?

 あそこにはね、窓もドアも目張りをして中にたっぷりとガソリンが撒いてあるの。

 気化したガソリンが充満した部屋に火をつけるとどうなるか、ユキエなら分かるよね?

 そうよ、こんな山荘なんて一瞬で木端微塵に吹き飛ぶのよ!!

 計画がうまくいかなかった時の保険でね、昨日から準備してあったの。

 それにしても、お前達が義男と関係ない話を始めた時は参ったわ、長時間死体のフリをするのはすごく大変なのよ?いっそこのまま全員吹き飛ばしてやろうかと思ったぐらいだったわ。

 でもタカシ、あんたには感謝してるよ。あんたが毛布を掛けてくれたおかげで呼吸もしやすくなったし、多少は体を動かせたからね。」



「でも、どうしてなの?どうしてリョウコちゃんはそこまで義男君の事を・・・」

 凍てつくような憎悪のまなざしが今度はメグミに向けられる。

「そうね、死ぬ前に教えてあげるわ。私がこれまでどうやって生きてきたのかを」





────────────  リョウコの告白  ────────────


 私には弟がいたの、優也ていうの、名前の通り優しい子だったわ。

 父と母は共働きでいつも帰りが遅かった。だからいつも私が優也の面倒を見てた。

 優也はね、甘えん坊で私がいないと何にもできないの。

 ご飯を食べる時も私が食べさせてあげてたし、トイレにもいちいちついて行ってお尻を拭いてあげたり本当に世話の焼ける子だったわ。

 近所のおばちゃんがね、リョウコちゃんはいつも弟の面倒を見て偉いねぇ、お母さんみたいだねっていつも褒めてくれてたわ。

 ある時ね、優也が転んでケガをして帰ってきたの、ヒジとヒザに擦り傷を作って。

 私はすぐに救急箱を取り出して、消毒液を浸したガーゼで消毒して、きれいなガーゼを当てて包帯で巻いてあげたの。仕事から帰ってきた母はそれを見てとても驚いてたわ、まるで看護師さんみたいねって。

 リョウコがいるからお母さんは安心してお仕事ができるわってすごく褒めてくれた。

 優也も家にいない両親より私の事を頼りにしてた。おねえちゃんいつもありがとうって。

 優也の事はわたしがずっとそばにいて守ってあげるからね、心配しないでね。



 だけど、私たち兄弟は引き裂かれることになった。

 父と母は元々仲が良くなかった。お互い仕事で忙しく、顔を合わせることもほとんどないすれ違いの毎日。その上父には他に好きな人がいるようだった。度々出張だと言っては家に帰ってこない日が何日も続いた。母もそのことには気づいているようだった。

 そしてついに離婚することが決まってしまった。父と母は私たちが知らないところで勝手に話を進めて、ある日突然今日から別々に暮らしますと言われた。

 私は母と、優也は父と、それぞれ別々の家に引き裂かれた。

 優也は私がいないとダメなのに、お父さんじゃ優也に何もしてあげられないのに、私の主張など全く聞いてもらえず別々に過ごす日々がしばらく続いた。

 そんなある日、父から母に電話があった。優也が交通事故にあったと。私と母は急いで病院に向かった。だけど優也は既に帰らぬ人になっていた。あの優也が、私の何よりも大切な弟が、死んでしまった。

 私は父を憎んだ、父に着いて行ったせいで、あの男のせいで優也は死ぬことになったんだ。



 優也のお葬式が済んでしばらく経ったある夜、私は家を抜け出して父の住むアパートに向かった。

 カギはかかっていなかった。部屋には酒のにおいが充満していて、酔ってストーブをつけたまま寝込んでいる父の姿がそこにあった。私の中に怒りの炎が燃え上がった。

 こいつのせいで私の大事な優也は命を奪われたんだ!

 私はストーブをカーテンのすぐそばまで動かした。そしてそのまま部屋を出て自分の家に帰った。

 翌日、父が全焼したアパートの中から焼死体で見つかった。他にも運悪く巻き込まれて、逃げ遅れた人や、酷いやけどを負った人もいたみたいだ。かわいそうに・・・



 小学5年生になった私はクラス替えにより新しい友達と出会うことになった。

 そしてその中に義男がいた。何となく雰囲気が優也に似ている気がしたのだ。

 義男にはほかの友達とうまくコミュニケーションが取れない精神的な障害があるみたいだった。変わった話し方や突然脈絡のないことを話し出したりするので、よくからかわれたり、煙たがられたりして、なかなかクラスの輪になじむことが出来ないようだった。

 そんな義男を私は助けてあげたいと思った。そうだ、私が間に入って義男がうまくクラスに溶け込めるよう手を貸してあげよう。

 それから私はなるべく義男の近くにいて、義男がおかしなことを言い出したらフォローするようになった。義男の事をからかったり、イジメたりするやつがいたら容赦なく叩きのめした。

 私は義男を弟のようにかわいがった。義男もきっと私に感謝しているはずだ。お姉ちゃんがずっとそばにいてちゃんと守ってあげるからね。

 だけど、突然母の仕事の都合で引っ越すことになってしまった。6年生の冬休み、卒業までまと少しだったのに。結局みんなに挨拶もできないまま、3学期に入る前に私は転校した。

 ごめんね義男、ずっとそばにいてあげられなくて。



 私には夢があった。いつだったか千恵子先生にこう言われたことがあった。「リョウコは誰かのお世話をするのが好きなのね、将来は看護師さんになるといいかもしれないわね」その瞬間私の前にレールが敷かれた気がした、進むべき道が決まったのだ。

 私は中学を出て高等学校衛生看護科に進んだ。18で准看護師に20で正看護師の試験に合格した。

 努力の甲斐あって最短で看護師になることが出来たのだ。

 看護師の仕事は想像以上にきつかったが、その分やりがいもあった。ケガや病気で苦しんでいる人達を精一杯お世話する事ができるのだ。

「いつもありがとうねえ」そう言われる度にこの仕事について良かったと心から思えた。



 そして勤務を始めて半年が経った頃、弘樹という小学生の担当になった。弘樹は遊びたい盛りの小学5年生、盲腸での入院だった。

 元気いっぱいで少しもじっとしていないから検温するだけでもひと苦労だった。

 言うことを聞かない弘樹を叱ろうとすると「おねえちゃん美人だね、彼氏いるの?」全く最近の小学生はどこでそんな事を覚えてくるのか。

 でも、私はそんな弘樹のことがかわいくて仕方なかった。安心してね、入院中はおねえちゃんがしっかりお世話してあげるから。



 手術は無事に終了し、後は傷口が塞がるまで安静にしてればいいだけだ。よく頑張ったね、弘樹。

だけど、少し気掛かりな事があった。

 弘樹の親は入院の時と手術の日に挨拶をしたきりそれ以来一度もお見舞いにも来ないのである。

 普通の親なら毎日会いに来るはずだ。泊まり込みで一緒に過ごす母親も多いというのに。

 弘樹にお母さんのことを尋ねてみた。すると急に表情が暗くなって「お母さんは仕事で忙しいから」そう言って泣き出しそうな顔になった。

 弘樹はかつての私たちと同じだ。親の勝手な都合に振り回されて、元気で明るいフリをしてるけど、ホントはいつも寂しい思いをしていたのだ。大丈夫よ、お姉ちゃんがずっとそばにいてあげるから。



 弘樹の容態が急変したのは、退院を翌日に控えた日の午後だった。気分が悪いと言い出したあと、突然意識を失ったのだ。

 すぐに担当医師が飛んてきて処置を施す。しかし、原因が解らなかった。意識はしばらくすると回復したものの吐き気は当分の間続いた。当然退院は延期になり後日精密検査が行われることになった。

 私は院長から事情を聞かれた。

 当日の朝からどのような勤務スケジュールだったのか。弘樹の朝の様子、朝食、昼食、点滴の量、時間、カルテに記入してあることをいちいち何度も確認された。

 弘樹の事は私が一番よく知っている。すぐに良くなる事は分ってる、だって私が弘樹のすべてを管理しているのだもの。点滴の中に特別なお薬を入れてあげたからすぐに良くなるわ。



 その3日後、私は院長から緩和ケア病棟への移動を命じられた。

 理由を聞いたが人手不足だからという答えしか返ってこなかった。

 何故こんな時期に病棟を移らなければならないのか、私が担当している患者はどうなるんだ。

 みんな私の事を必要としているのに、それに弘樹は、あの子は私がいないとダメなのに。

 大人の勝手な都合で大事な人と引き裂かれるのはこれで何度目だろう?

 弘樹は私が担当から離れた後、順調に回復して退院していった。



 それでも緩和ケア病棟に移ってすぐにいい事があった。

 なんとあの千恵子先生がここに入院していたのだ。3年前に胃ガンで摘出手術をして一度は回復したものの再発。リンパ節や肺への転移が見られ、治療は不可能、末期ガンであると宣告されていた。

 先生もそのことは既に承知しているらしい。私は先生の痩せ細った姿を見るのがとても辛かった。

 それでも私が担当になった以上、全力で最後までお世話させてもらいますから安心してくださいね。



 先生は私が立派な看護師になっていたことを、自分の子供の事のように喜んでくれた。

 がんばったんだね、苦労したんだね、それでもちゃんと夢をかなえたんだね。先生はそう言って涙を流して喜んでくれた。

 そうだよ先生、私は先生の言葉で看護師になることを決意したんだからね。

 私と先生は毎日いろんなことを話し合った。驚いたことに先生の息子さんも教師になっていて、私たちの通っていたあの小学校で先生をやっているらしい。

 私も転校してからどうやって看護師を目指したのかを少しずつ先生に聞かせてあげた。

 そうかい、そうかい、大変だったねぇ、偉かったねぇ、そう言っていつも私の話を楽しそうに聞いてくれた。

 先生はあの時の6年1組の生徒たちが今頃どんな大人に成長したのか会ってみたいと言っていた。

 その時私はいい事を思い付いた。

 先生に内緒で6年1組の同窓会を開くのだ。場所はここ先生の病室で。突然みんながここに現れたら先生はどれだけ驚くだろう。あまりの驚きでショック死しなければいいんだけど・・・



 そういえば、私も聞いてみたいことがあった。義男は今どうしているんだろう?

 義男の事を聞いた途端、先生の表情が曇った。

 そして、私が転校した後に起こった事件の事を聞いた。

 義男は両親と共に東京に移って、有名な脳神経外科の病院にずっと入院していたらしい。

 そして、事故から5年後に一度も目を覚まさないまま息を引き取ったそうだ。

 かわいそうな義男、私がそばにいたらそんなことにはならなかったのに・・・

 私は先生から事件当時の詳しい状況を聞き出そうとした。しかし、「あれは不幸な事故だったのよ、誰の責任でもないわ」そう言って決して関わった人間の名前を語ろうとはしなかった。



 私は6年1組の同級生の連絡先を調べ始めた。

 夏美のこと覚えてる?あの地味で目立たない根暗な子。あの子の親が洋食屋を経営していたのを思い出してね、電話をかけてみたの。同窓会を計画してるんで夏美の連絡先を教えて欲しいって言ったらすぐに教えてくれたわ。私は夏美と連絡先を取って、先生の病状と同窓会の計画を話した。するとすぐに乗ってきたわ、なんでも協力するから言ってって。

 私は夏美の知っている他のクラスメイトの連絡先を全て教えてもらった。そしてもう一つ義男の事を聞いてみた。私が転校した後事故があったって聞いたけど一体どんな事故だったのって。

 夏美は詳しく教えてくれたわ。先生へのプレゼントを作る為に放課後に残っていた数人の生徒が、かくれんぼをしている最中に居なくなった義男を置き去りにして先に帰ったって。1人取り残された義男は、高い所から足を滑らせて頭を打って救急車で運ばれたと。

 夏美はその時の班のメンバーまでは覚えていなかったが、卒業文集を見てもらってすぐに分かった。

 タツヤ、タカシ、ユキエ、メグミ、そして義男。 その五人が当時かくれんぼをしていたメンバーに間違いない!

 私は夏美から教えてもらった連絡先を元に、かつてのクラスメイト達と次々連絡を取った。

 義男の話も一応聞いてみたが、皆卒業後義男がどうなったかは知らないようだった。



 そして私はタツヤ、タカシ、ユキエ、メグミの4人にも同様に連絡を取った。

 先生の病状と同窓会の話をした。当時の懐かしい思い出話もした。

 しかし!義男のことは誰も話さなかった!

 義男があの後どうなったのか、誰も気にしていない!

 それどころか義男の存在自体忘れてしまっているのだ!!



 私の中に怒りの炎が巻き起こった。暗くどす黒い何かが私の心を支配する。

 私が愛した大事な弟たちは、いつも誰かの犠牲になっていく。勝手な都合で振り回され、ついには命まで奪われる。許せない!私の愛する義男をあんな目に合わせておいて、罪の意識もなくのうのうと生きているあいつらを許してはおけない!

 思い出させてやる!自分たちの犯した罪を!味合わせてやる!理不尽に命を奪われる恐怖を!




 そして私は計画を立てた。

 携帯電話を用意し、先生になりすまして4人にメールを送る。同窓会の案内だ。

 会場は、山奥にある山荘を借りた。先生の別荘ということにしておこう。

 各部屋の天井にカメラを取り付けた。もちろんダミーだ、配線はどこにも繋がっていない。

 大変だったのはガソリンの運搬だ。

 ガソリンが満タンに注がれたポリタンクは1つで20kgもある。山荘の前まではレンタカーで運べたが、ここからは持ち上げて運ぶしかない。何度も往復して2階の部屋まで運んだ。

 目張りをするのも骨が折れた。ガソリンの匂いを外に漏らすわけにはいかないから、窓もドアも床の隙間も全て完璧に塞がなければなかったのだ。

 死体の練習も何度もやった。ビデオカメラで撮影して、自然な死に方が身につくまで何度もチェックし直した。血液の確保にはそれ程苦労はしなかった。病院から輸血用の血液パックを盗んでくるだけだったから。そして作戦実行の前日、最後にカレーを作ったのだ。




「ひとつ心配だったのは、ちゃんと全員集まってくれるかという事だった。当日都合が悪くなったって言われてもやり直しは効かないからね。でもみんなちゃんと集まってくれて嬉しかったわ。

私の授業はどうだった? ちゃんと全部思い出すことが出来たでしょ?」

「おまえ、マジか?本気で言ってるのか?どうかしちまってる。頭が狂ってるとしか思えねえ」

「リョウコちゃん・・・本当なの?本当に、お父さんを殺しちゃったの?」

「あら、何かおかしい? 優也が死んだのはあの人のせいなんだから、その報いを受けるのは当然のことでしょ?弘樹の時だってそうよ、ちょっと入院を長引かせただけなのに、私を他の病棟に移動させるなんてね。だから院長にもお仕置きしてあげたのよ、うふふ。」

 リョウコが、うすら笑いを浮かべながら信じられない言葉をを次々と吐き出す。

 もう僕たちの知っているあのリョウコじゃない。今目の前にいるのは、復讐に取り憑かれた異常者だ。




「さあ、タカシ。分かっているわよね?この中で一番罪深いのはお前だよ! 私はずっとそれが知りたかった。義男をそそのかして、暗い天井に閉じ込めたのは誰だったのか。義男を傷つけ、死に追いやったのは誰なのかを!」

 いつの間にかリョウコの右手にサバイバルナイフが握られている。

 そして左手で携帯電話を開いて何かを操作し始めた。

「おっと、動くんじゃないよ!このメールを送信するとどうなるか。

2階の部屋の中にちょっとした装置を置いてあるの。電極とプラグを繋いだだけの簡単な装置よ。

このメールを送信すると、そのプラグに電流が流れるようにしてあるわ。

ちょっとした火花が飛び散ることになるんだけど、気化したガソリンに引火させるにはそれで十分なのよね。そしたら私もあなた達も骨すら残らないくらいに綺麗に消し飛ぶことになるからね。」



 もはや悪鬼と化したリョウコがナイフを逆手持って僕に近づいてくる。

 完全に腰が抜けてしまった僕は、魔物に睨まれて石化したかのように身動き一つ取ることが出来ない。

 僕は死ぬのか、でもそれも仕方が無いのかもしれない。 義男のこと忘れたわけではなかった。いつも心の何処かに刺のように引っかかっていた。でも思い出さない様に、考えないようにしていた。

 自分のせいじゃない、あれは事故だ、不幸な事故だったと自分に言い聞かせた。

 義男がどうなったのか知るのが怖かった。現実から目を背け続けてきた結果がこれなのだ。

 僕は裁きを受ける覚悟を決めた・・・




「さあ! お仕置きの時間よおおお!!

まずはお前から死になさい!タカシイィ!!」



 そこからの出来事はまるでスローモーションのようにゆっくりと流れて見えた。

 リョウコの振り上げた右手に鋭く光るサバイバルナイフ。それが、僕の頭めがけて振り下ろされる!

 観念して目を閉じた瞬間、僕の上に誰かが覆い被さった。振り下ろされたナイフはメグミの肩に深々と突き刺さった! えっ?どうして!?メグミが!?苦痛に顔をゆがめるメグミ。

 リョウコも一瞬の狼狽をみせる。だが、すぐにナイフを引き抜いて再び振り上げた!

 しかし、メグミが命懸けで作った一瞬の隙をタツヤが見逃さなかった。

 素早く走り込んだタツヤが、ボレーシュートを決めるように鋭い蹴りを放つ!

 リョウコの右手が弾け、ナイフが壁まで飛んでいく!

 そして、ユキエが手刀で左手の携帯電話をたたき落とす!


「おのれ、貴様らあああ!」

痛めた右手を抑えながら、阿修羅のような形相で僕たちを睨む。少しずつ後ずさりし、そして階段を駆け上がって、鍵のかかっていた2階の部屋に逃げ込んで行った。


「今のうちよ!早く外に逃げるの!タツヤはメグミをお願い!」

「わかった!」タツヤがメグミを抱き上げて廊下を走る。

 僕もユキエに手を貸してもらって、二人の後を追う。僕たちは命からがら悪夢の山荘から脱出した。

 外に出ると既に陽は落ち、夜の帳が降りようとしている。後ろを振り返ると窓の向こうに一瞬小さな光が見えた。




──次の瞬間



 凄まじい爆音と閃光、炎の龍が天高く舞い上がる。

 爆発による衝撃と熱風が僕たち4人を容赦なく吹き飛ばす。轟轟と燃え上がる炎、そして空を覆い尽くす黒煙。ついさっきまで僕たちのいた山荘は跡形もなく消し飛び、目の前には火を吹く残骸だけが積み上げられていた。

 タツヤもユキエもメグミも、一言も発せず座り込んでいた。

 僕は仰向けに転がって夜空を見ていた。別にケガをしたわけではない。

 起き上がる気になれず、黒煙の間から見える星空をただ眺めていた。







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