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かくれんぼ  作者: 琢尚楓
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第五話

山井義男

僕たちと同じ五年一組六年一組の同級生だ。

背が小さくて眼鏡をかけていてオカッパ頭でいつもニコニコしている少年だった。

アスペルガー症候群、僕がその言葉を知ったのは何年も後の話だ。

アスペルガー症候群とは自閉症の一つのタイプと考えられる精神疾患だ。

その特徴は、他の人との社会的関係をもつこと、コミュニケーションをすること、想像力と創造性の3つ分野に障害を持つことだと言われている。


他の人と一緒にいるときに、どのように振る舞うべきか、自分の思っていることをどう相手に伝えるか、そして相手の言いたいことをどう理解するか。

そう言った能力に障害を抱えている人をアスペルガー症候群と呼ぶ。

「あなたは太っていますね」「その服は似合っていませんね」そんな風に普通は思ってても口に出さないことでもつい言葉にしてしまうのだ。

また暗黙の了解や、空気を読むといった事が出来ない。静かにしないといけない場面でも突然話し始めたり、騒いでしまうことがある。


少し変わった話し方をするという特徴もあった。

義男と話していると「僕はそう思います、たかしくんはどう思いますか?」「せっかくですがその意見には賛成しかねます」といった具合だ。

強いこだわりを持つというのも特徴のようで、義男は昼食の牛乳ビンのキャップを集める事に異常なほどの執着心をもっていた。

お昼になると給食を食べるのもそっちのけでクラス中のキャップを集め始めるのだ。

それを丁寧に水で洗って乾かして、木箱の中に大量にコレクションしていた。

しかし、そんな障害があると言っても学習能力や運動能力に問題があるわけではなく、僕たちと同じように授業を受けていたし、むしろ成績は僕たちよりもずっと良かったりしたのだ。

要するに対人関係、コミュニケーションに問題があるだけで、それ以外の部分は僕らと何も変わらないのである。



そんな義男のことをよく面倒を見ていたのがリョウコだった。

義男が空気の読めない発言をすると、必ずリョウコがその場を取り繕ったし

義男の話し方をからかう奴がいたら、リョウコがスリッパを持ってどこまでも追いかけ回していた。

しかし、当の義男には自分がおかしな話し方をしているという自覚はなく、何故からかわれているのか全く分かっていないのだった。

リョウコに対してもおそらくただのクラスメイトというだけで、特別な感情は持ってないように思われた。



それよりも義男が憧れていたのは、なんとこの僕なのだ。

「タカシくんはサッカーがとても上手ですね、そしてその服はとても格好いいですね」

「タカシくん、今日は何をして遊びますか?僕は鬼ごっこを提案します」

こんな具合で毎日のように僕の周りにまとわりついてくるのである。

僕は正直義男の事が苦手だった。

回りくどい話し方もそうだし、何より空気の読めないところがどうしても好きにはなれなかった。

普通なら煙たがられてることは態度や言葉の感じから伝わるものだが、義男にはそれが通じないのだ。

もちろん当時はアスペルガー症候群なんていう言葉すら知らなかったし、説明を聞いたとしても理解することは出来なかっただろう。

千恵子先生からも特にそういった話を聞いた覚えもない。

単にちょっと空気の読めない変わったクラスメイトという印象だったのだ。




しかし、そんなある日事件は起こってしまった。

6年生の卒業間近の冬の日、僕たちはお世話になった千恵子先生に何かお礼をしようということで、先生に内緒で各班ごとにプレゼントを用意することになったのだ。

その時同じ班だったのが、僕とタツヤ、ユキエとメグミ、そして義男の5人だった。

ユキエの提案で5人それぞれ違う色で編んだ物を一つにつなげてマフラーを作ろうということになった。

ユキエとメグミは編み物の経験があったが、当然男たちは触ったことすらない。

2人に一から教えてもらって、放課後の教室で少しずつマフラーを編んでいったのだ。

そうして何日かが経って、いつものように放課後に居残りしてマフラーを編んでいた時、義男が突然言い出した。


「みんなでこれからかくれんぼをしましょう、僕はそうするのが一番だと思います」

また始まった、いつもの義男の空気読めない発言。

何で今このタイミングでかくれんぼなのか?

「よしお~、今はマフラーを編む時間だろ?」

「そうだよ、義男君。もうちょっとで完成だし頑張ろう」

タツヤとメグミに言われてもその日の義男は引き下がらなかった。



「僕はどうしてもかくれんぼがしたいのです!ちょっと休憩が必要だと思うのです!」

あまりに義男が必死なので、僕たちは思わず吹き出してしまった。

「まあ、ちょっとくらい休憩してもいいんじゃない?」

優等生のユキエにしては珍しい発言だったので、僕たちもなんとなく流されてしまった。

「仕方ないな、じゃあ一回だけだぞ」

結局僕たちは義男の提案に乗ってかくれんぼをすることになったのだ。



どうせなら真剣にやろうじゃないか、そういってタツヤは幾つかルールを提案した。

範囲はこの校舎の中だけ、グラウンドや体育館は無し

ジャンケンで鬼を1人決めて、3分後にスタートする

見つかった人も鬼となり、一緒に隠れてる人を探す

最後まで残った1人が優勝というわけだ。



ジャンケンの結果、最初の鬼はユキエになった。

残りの4人は教室を飛び出して散り散りになって隠れ場所を探した。

しかし、気付いたら義男が僕の後を着いてきているのだ。

「義男!同じところに隠れたら一緒に見つかってしまうだろ?」

「だって僕、タカシ君と同じところに隠れたいのです」

「かくれんぼをやりたいって言い出したのはお前じゃないか、一緒に隠れて何が楽しいんだよ?」

まったくこれだから義男は苦手なんだよ。

僕はいい加減義男の事がうっとおしくなってきていた。

「いいか義男、一緒に隠れてすぐ見つかったらもうかくれんぼはおしまいだぞ!

一回しかやらないんだからな!だから義男は絶対に見つからないところに隠れるんだ。

それと、誰かが義男の事を呼んでも絶対に返事したらダメだからな!」

そう言って僕は義男と別れて一階の下駄箱の近くの掃除道具を入れるロッカーに隠れた。



ユキエは3階から順番に捜索しているようだった。

音楽室のピアノの陰に隠れていたメグミが最初に見つかった。

2階の図書室にいたタツヤはトイレに行きたくなって出てきたところをメグミに見つけられた。

鬼が3人になったことですぐに見付かるかと思ったが、僕の隠れてている場所にはなかなかやって来なかった。

それからどのくらい時間が経っただろう。

他の生徒もみな帰ってしまったのか辺りには人の気配もなく、物音一つしなかった。

あまりにも静かなのでだんだん心配になってきた。

もしかして、みんな自分の事を忘れて帰ったんじゃないだろうかと。

僕はロッカーの扉を少しだけ開けて、首だけを外に出して廊下を覗き込んだ。

「タカシくん、み~つけた!」メグミだった。

「あ~あ、見付かっちゃったな」

これで残るは義男だけ、義男の優勝だった。

ユキエとタツヤとも合流してかくれんぼは終了した。




それにしても義男の奴いったいどこに隠れたんだろう。

「おーい、よしおー、お前の優勝だぞー」

「よしおくーん、かくれんぼはもう終わったよー」

「よしおー、早く出てきなさいよー」

呼び掛けても義男の反応は全く無かった。

「先に一人で帰っちゃったとか?」

「でも言い出したのは義男君だし、まだどこかに隠れてるんじゃないのかな?」

それから1時間近く僕たちは校舎の隅から隅まで調べて回ったが、結局義男を見つける事は出来なかった。



もう外は暗くなり始めていた。日が落ちると急激に寒さが増してきて、校舎の中にいても吐く息が白くなり始めていた。

先生に話そう、僕たちは職員室に向かい千恵子先生に助けを求めた。

かくれんぼをしていて義男が居なくなったこと

この校舎からは出てないはずだということ

言い出したのは義男だから途中で勝手に帰るとは思えない事。そして、もう1時間近く探して呼びかけてるけど見つからない事など。

千恵子先生は他の手の空いてるにも声をかけて義男を探してくれる事になった。



「僕たちも一緒に探します」

「いいえ、あなたたちはもう帰りなさい。

もう18時を回ってるし、これ以上遅くなったらお家の方が心配します。山井君は先生達が必ず見付けるから、いいですね?」

反論の余地はなかった。僕たちは残って一緒に義男が見つかるまで探したかった。一緒に遊んでる時に居なくなったのだから自分たちにも責任はあるはずだ。

だけど、結局学校から追い出されるように家に帰らされたのだ。




次の日、教室に義男の姿はなかった。

もしかしたら、何事もなかったように普通に登校してるんじゃないかと期待したのだが、そうはならなかった。

千恵子先生の代わりに教頭先生が僕たちを迎えに来た。校長室には校長と千恵子先生と見知らぬ男の人が2人いた。

スーツを着た二人組のおじさんは警察の人だった。

千恵子先生は目の下にクマが出来て疲れきった顔をしている。もしかして、昨夜は一睡もしてないのかもしれない。

僕たちは警察の人に昨日の事を何度も聞かれた。



何故放課後残っていたのか

かくれんぼをやろうと言い出したのは誰だったのか

鬼が誰で、それぞれどこに隠れたのか

義男を最後に見たのはどこで、何と言っていたか

義男は普段どういう生徒なのか

仲の良かったのは誰か、いつもどうやって遊んでたのか

似たような質問を四人それぞれに少しずつ言葉を変えて質問しているようだった。



ユキエがたまらずに聞いた。

「義男はどうなったんですか?見付かったんですか?

今どこにいるんですか!?」

その質問には千恵子先生が答えてくれた。

「山井君は今病院にいます。命に別条は無いのだけど、頭を強く打って治療を受けている最中です」



義男は僕と別れたあと、図工室に隠れたらしい。

図工室にはすぐ隣に木工作業の出来る機械室がある。そこには電動の糸鋸の機械が数台置いてあった。

義男は機械によじ登って天井の点検口から天井裏に潜り込んでいたのだ。

なぜそんな所に隠れたのか、たかがかくれんぼで普通ならそんな危険な所に隠れようとは思わないだろう。

だけどあの時、僕が言った言葉。

「絶対に見付からない所に隠れろ」

僕がそう言ったから、きっと義男はその通りにしたんだ。そして、呼んでも返事をするなって言ったから、ずっとあの場所に隠れてたんだ・・・



僕たちが学校から帰らされた後で、義男はようやく天井から降りようとしたらしい。そして、糸鋸の機械に足をかけようとしてバランスを崩して、頭から落ちたのだ。

運悪く落ちた場所には別の工作機械が置いてあった。

そこに後頭部から落下したのだ。

機械室に倒れている義男を発見した先生はすぐに救急車を呼んで、病院に搬送されたということだった。

命に別条は無いが、意識が回復しない。

いつ目覚めるのか、それともこのまま目覚めることはないのか、医者にも分からないのだという。

僕たちは先生と一緒に何度か病院を訪ねた。

だけど、ガラス越しに眠ったままの義男を見る事しか出来なかった。

そして、そのまま卒業を迎えてしまった。

義男は東京にある有名な脳神経外科に診てもらうために転院した。だからその後どうなったかは誰も知らなかった。そうしていつの間にかみんなの記憶から存在自体忘れ去られていったのだ。




結局不幸な事故、ということで処理されることになった。そう、事故と言えば事故だ。

無理矢理命令したわけじゃない。

義男が自分で勝手に隠れて、勝手に事故にあったんだ。

でも、僕はその事を話さなかった。

義男に絶対に見つかるなと言った事

呼んでも返事をするなって言った事

自分のせいで義男があんな事になったなんて思いたくなかった。それに怖かった、怖かったんだ・・・





「だから、義男があんな風になってしまったのは僕のせいなんだ。

僕は・・・いつもくっ付いて回る義男が苦手だった。

回りくどい話し方で、空気が読めない義男が嫌いだった。自分から離れて欲しかった、どこかに行って欲しかった・・・それであんな事を言ってしまったんだ・・・

そして、自分ひとりで責任を、罪を背負うのが怖くて、今まで誰にも言わなかった・・・それが僕の罪なんだ・・・」がっくりと膝を折って手を床についてうなだれた。





「でも、タカシ君だけのせいじゃないよ、わたし達にだって責任はあるはずよね」

「そうだぜタカシ、義男のことウザイっ思ってたのはみんな同じだ。もし俺にくっついて来てたら俺も同じことを言ったと思うぜ」

「タカシ、あなただけの罪じゃないわ、あの時の私達全員に同じ罪があるのよ」




「ありがとう、みんな。でも、やっぱり僕が悪いんだ。あの時ちゃんと話さなかった、本当の事を・・・

そうだ、僕はずっと逃げてきた。

自分のせいじゃない、自分だけが悪いわけじゃない。

そういって目を背けてきた。義男のことを考えないように、忘れようとしてきた。

だから、ごめん・・・・・・ごめんなさい!」

僕は土下座をするように床に頭をこすりつけたまま何度も何度も謝った。

義男・・・僕が悪かった、僕のせいなんだ・・・




重苦しい空気が室内に流れる。

誰も言葉を発せずに、静寂が室内を支配した。

時計の秒針の進む音だけが静かな室内に響きわたる。






と、その時!

ガタッ!




突然椅子を倒して立ち上がる人物がいた!!








第五話まで読んでいただきありがとうございます。

いよいよ次で最終話、ついに犯人の正体が明らかになります。

誰が何の目的でこのような犯行に及んだのか?

良かったら推理してみて下さい。

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