第四話
二人の告白はとても信じ難いものだった。
動機は何であれ、同級生だった2人が犯罪まがいの行為に手を染めていたなんて。
しかし、その発想というか行動力には驚いた。
自分ではとても思いつかないし、また実行する度胸もないだろう。
「ユキエちゃん、知らなかった・・・ユキエちゃんがそんなに苦労していたなんて・・・わたし、なんの役にも立てなくて・・・」
「じゃあメグミは知ってたら何かしてくれたわけ?口先だけの同情なんてまっぴらよ。」
と、その時!
ボーン、ボーン、ボーン
壁掛けの時計が鳴り出した。16時を告げる合図だ。
その音に心臓が飛び出そうなほどに驚く
あれからもう1時間が経ってしまったのか。
そして皆の携帯が一斉にメールの着信音を鳴らす。
その音にもビクッとしながらも携帯を取り出す。
携帯を操作する手が震える
まだタツヤとユキエの二人しか罪を告白していない。
もしかしたらまた誰かが犠牲になるかもしれない、そしてそれは自分の番かもしれないのだ。
title:二時間目の授業を始めます
さあ、早く罪を告白しなさい。
さもなければ全員揃ってお仕置きを受けてもらいます。
よく思い出して、あなた達はとても罪深い生徒なのです。
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「なんだよ、ちゃんと自分のやった事を告白したじゃないか!どういうことだよ、全員揃ってお仕置きって!俺とユキエは話したぞ。お前たちじゃないのか?犯人の恨みを買ってるのは!」
タツヤが僕とメグミを指さして言う。
そうなのだろうか?
犯人は僕とメグミの告白を待っているのか?
全員が罪を認めればそれで開放されるのか?
本当にそれで・・・
ユキエは携帯の画面を見たまま何かを考えんでいる。
何か気になることがあるのだろうか。
すると思い詰めたような表情のメグミが急に話し始めた。
「私は・・・私には・・・
確かに大きな罪があります。
私は、人を殺しました
それも兄を、実の兄を殺したんです!!」
メグミの告白
私には恭介という二つ上の兄がいました。
兄は気弱な所がありましたが私にはとても優しく、小さい頃はよく面倒を見てくれました。
私は小さい頃から泣き虫でちょっとした事ですぐ悲しくなってしまうのです。
公園で砂山を壊されて泣いている時、兄は一緒に砂山を直してくれました。
蝶々の死骸を見付けて悲しくなった時、兄は一緒にお墓を作ってくれました。
「メグミは泣き虫だなあ」そう言っていつも頭をなでてくれた優しい兄
私はいつも兄の後ろに影のように隠れて、引っ付いていました。
その兄が中学に進むと様子がおかしくなりました。
笑顔が少なくなって一人で塞ぎ込んでる事が多くなったのです。何か悩み事があるのかもしれない。
ですが、兄はだれにも相談すること無く、日に日に元気が無くなっていきました。
ある日学校から帰ってきた兄の制服が泥だらけになっていて、顔には殴られたようなアザがありました。
母が心配して何があったか尋ねたのですが、兄はちょっとケンカしただけだと言って部屋に閉じこもってしまいました。
その後もそのような事が続いて兄は学校を休みがちになりました。
私は心配になって「お兄ちゃん、大丈夫?」
と何度か尋ねたけど、その度に大丈夫だよと言って私の頭をなでてくれたのです。
兄が学校でうまく行ってないことは私にも分かったけど、小学生の私に出来る事は何もなく、
元気のない兄の姿を見るのがとても悲しかったのです。
時々担任の先生が兄に会いに来ました。
悩み事があるなら先生が何でも相談に乗るから、とにかく学校に行こう。そう言って兄を説得していました。
しかし、今になって分かるのですが、あの先生は別に兄のことを心配して来たのではなく
クラスに不登校の生徒がいると自分の評価が下がるから、ただ自分の為だけに説得に来ていたのです。
それでも兄は先生の言葉を信じて学校に行きました。
だけど帰宅した兄の体はあちこち傷だらけで、その顔には既に表情というものが無くなっていました。
イジメに合っていることは明白でした。
母は何度も学校に出向いて担任や校長と話合いの場を持ちましたが、結局何も改善されることはなく兄は完全に不登校になってしまいました。
父はそんな兄を軟弱者、根性が足らんのだと罵り、自分の子供の頃はガキ大将と何度も殴りあっただの
剣道で県大会に出て準優勝しただの、どうでもいい自慢話を聞かせては毎日兄をなじってばかりでした。
兄はますます自分の部屋にこもるようになり、食事やトイレ、風呂に入るとき以外はほとんど顔を見せなくなりました。
そんなある日、私が学校から帰って自分の部屋に戻ろうとした時、兄の部屋のドアが少しだけ開いてる事に気付きました。
私は何気なくドアの隙間から兄の部屋の中を覗くと、ジャージ姿の兄の後ろ姿が見えました。
兄はテレビ画面に映った裸の女の人を見ながら右手を激しく動かしていました。
当時の私にはそれがどういう行為なのか分かりませんでしたが、見てはいけないものを見てしまったという怖さと何とも言えない嫌悪感を持ったのは覚えています。
それから私は何となく兄を避けるようになりました。
以前は頭をなでられるのがすごく嬉しかったのに、それ以来触れられたくないという思いの方が強くなってしまったのです。
私が中学に上がる頃、中3になった兄はますます引きこもりが酷くなり、食事でさえ自分の部屋でするようになっていました。
風呂にも全く入らず、締め切った部屋からは異臭が漂ってきました。
私は中学では手芸部に入り、クラスにも仲のいい友達が何人か出来て、毎日楽しく過ごしていました。
ところが、ある日上級生の人達が私のクラスを訪ねてきました。
「おまえが恭介の妹か、恭介は学校にも来ないで毎日何やってるんだよ?俺達はあいつに金を貸してるんだからな!早く学校に来て返すように言っとけよ!」
上級生達は度々私のクラスにやってきては、兄の事をそうやって悪く言って帰るのです。
私にはそれが嘘であることは分かるのですが、周りの友達にはそれが分かりません。
私の兄は嘘つきで、すぐ暴力を振るい、友達から金を巻上げる、そんな酷い人間だという噂が流れました。内容はどんどんエスカレートして、万引き、家庭内暴力、恐喝、そしてとうとう退学になったという噂にまで発展しました。
私がいくら事実じゃないと訴えても噂に歯止めをかける事は出来ませんでした。
誰かが悪意を持って噂を流しているに違いない。
兄をイジメていた人達は、兄が学校に来なくなってからもそうやってどこまでも兄を追い込み続けたのです。
その結果何が起きたか
私の周りから友達が少しずつ居なくなりました。
兄の悪事についての噂がいつの間にか私自身の噂にすり替わっていたのです。
メグミは嘘つきだ、すぐ嘘泣きをして気を引こうとする、メグミは陰でみんなの悪口を言ってる。
そんな噂がながれるようになって、私は次第に孤立していきました。
登下校もお弁当を食べるときもいつも1人。
みんな私の事を避けている。私の事を汚いものでも見るような目で見る。
ノートに落書きされたり、体操服が失くなったり、教科書がゴミ箱に捨てられてたり
嫌がらせは日毎にエスカレートしていきました。
どうして私がこんな目にあうのだろう。
私が一体何をしたっていうのだろう。
私は出来るだけ目立たないように下を向き、誰とも話さず、誰とも目を合わさず、嫌なことが過ぎ去るのを待ちました。しかし、そんな事ではイジメはなくなりません。
机に落書きされたり、自分だけ配布物を回してもらえなかったり、イスの上に画びょうが置かれていたり、直接的な言葉や暴力はなかったものの、陰湿な嫌がらせはいつまでも続きました。
そんな私を助けてくれる人はどこにもいなくて、私はただ下を向いて泣き続けるしかなかったのです。
父にも母にも相談はしませんでした。どうせ兄の時と同様に父には叱られ、母は先生に訴えることぐらいしか出来ないとわかっていたからです。
明日はどんな嫌がらせが待っているのだろう、それを考えると学校に行く事が怖くて、恐ろしくなってきました。私の心は日々繰り返されるイジメですり減らされ、潰されて、その内何も感じなくなっていました。
ある時家の洗面所で鏡を見てみると、自分の顔が酷くやつれて表情が無く、おばあさんのようになっていることに気付きました。
私は何故こんな理不尽なイジメにあっているのだろう。私の何がいけなかったのだろう。
するとすぐ後ろに兄が立っていました。髪が肩まで伸びて、目は虚ろ、やせ細った骸骨のようでした。
「メグミ、どうした?学校で嫌なことがあったのか?お兄ちゃんが話を聞いてやろうか?」
そう言って私の頭を触ろうとしました。
やめて!触らないで!誰のせいでこんな目にあってると思ってるのよ!
全部お兄ちゃんのせいでしょ!お兄ちゃんがいるから私までイジメられて!
もうお願いだからどこかへ行ってよ!私の前に2度と出てこないでよ!!
私は兄を突き飛ばして自分の部屋に逃げ込みました。
そうだ、私が悪いんじゃない、全部お兄ちゃんのせいなんだ。
私はそうやって一晩中泣き続けました。
次の日、兄は家から姿を消しました。
私はすぐに母に昨日の事を話しました。兄が消えたのは私があんなことを言ったからに違いない。
父にも連絡し、警察にも捜索願いが出されました。
私も近くの公園やゲームセンターなど思い付く限りの場所を探したけど見付かりませんでした。
その日の深夜に警察から連絡がありました。身元不明の男性が川から発見されたと。
遺体安置所に置かれた水死体は、兄の物でした。
父も母も兄の体にすがって朝まで泣いていました。
私のせいだ、私があんな酷いことを言ったから。兄を拒絶したから、だから自ら死を選んだんだ。
結局遺書などは見つかりませんでしたが、状況からみて自殺で間違いないだろうという判断が下されました。
兄は以前から自殺を考えていたのかもしれない。
だけど、最後のきっかけを作ったのはやはり私だと思うのです。
兄にとって私はもしかしたら最後の希望だったのかもしれない。
学校にも家の中にも自分の居場所はなくて、唯一心を許せる存在だった妹。
その私に拒絶され、酷いことを言われ、そして妹がイジメられる原因が自分にあると知ったら。
兄が自分という存在をこの世から消してしまおうと思ったとしても不思議じゃない。
だから、殺したのは私です。私のせいで兄は死んだのです。
ごめんなさい、あの時ちゃんと向き合ってあげられなくて・・・
今ならちゃんと分かります。
私がイジメられたのはお兄ちゃんのせいじゃない。
自分が弱くて泣き虫で人に意見を言えず、ただ下を向いて泣くことしか出来なかったから
お兄ちゃんの事だって、もっと大きな声ではっきり言えば良かったんだ。兄はそんな事をする人間じゃありませんって。
嫌がらせをされた時、そんなことは辞めてってちゃんと言えてたら、あんな風にイジメがエスカレートする事も無かったかもしれない。
誰にも相談出来なくて、自分ではどうしようもなくて、部屋に引きこもるしかなかったお兄ちゃん
いつも私の事を気遣ってくれて優しかったお兄ちゃん
私がもっとしっかりしていたら
話を聞いて、支えになってあげられたら
きっとお兄ちゃんは死なずにすんだのに・・・
「だから私は変わろうと思ったの。弱い自分を、泣き虫の自分をやめて、ちゃんと自分の意見が言える人間になろうって。辛くて助けが必要な人がいたら力になってあげようって。それがお兄ちゃんへのせめてもの花向けだと私は信じてるの・・・」
知らなかった。メグミの過去にこんな秘密があったなんて。クラスが違うとはいえ同じ中学に通っていたのに、メグミがイジメに合っていたことなど全く知らなかったのだ。
お兄さんの事は微かに聞いた記憶があった。
確かに良くない噂を耳にしたが、それがまさかメグミのイジメのきっかけになっていたとは。
でも、もしあの時メグミがイジメられている事を知っていたとして、僕にいったい何が出来ただろう。
メグミの力になる事が出来ただろうか?
「私も全然知らなかったわ、メグミはずっと幸せで何不自由なく育ってきたのだと思ってたわ。さっきは酷い言い方してごめんね」
「いいのよユキエちゃん、気にしないで。
それに私は間違っていたの。きっとお兄ちゃんもね。
いつか誰かが助けてくれる、我慢してればその内イジメはなくなる。そんな風に都合よく考えてたの。
でもそれは間違いだった。
私達はもっと勇気を出して立ち向かわなきゃいけなかった。
そして、それでもどうしようもない時は助けを求めるべきだった。大きな声で助けてくださいって。
親でも先生でも友達でも誰かに相談するべきだったのよ。でもそれに気付けないままお兄ちゃんは行ってしまった・・・
だから、私がお兄ちゃんの分まで精一杯生きなきゃいけないの」
そう言って涙を流すメグミをユキエがそっと抱きしめて頭を優しくなでた。
「ありがとう、ユキエちゃん」
「さあ、これで喋ってないのはタカシだけだぞ。
早く全部話して終わりにしようぜ」タツヤは苛立ちを隠せないようだった。
それも仕方ないだろう。命の危険を感じながら長時間拘束されるのは、精神的にも相当な負担がかかっているはずだ。
それにしても・・・
「いったい何を話せばいいのか、僕には皆の様に話せる事が思い当たらないんだ・・・」
本当の事だった。普通の家庭で普通の両親に何不自由なく育ててもらって、特に大きな挫折を経験するでもなく、至って平凡でつまらない人生を歩んできた。
そんな僕に取り立てて語らなければならない過去など何も無いように思えた。
「マジかよ?お前今まで20年間生きてきて何にも悪い事して来なかったっていうのか?そんなの信じられるかよ!」タツヤが呆れたように手を広げてみせた。
「ちょっと待って、私ずっと考えてたんだけど・・・やっぱり違うと思うのよ。最後のメールの内容覚えてる?」そういえばユキエはずっと何かを考えこんでいる様子だった。僕たちは携帯を取り出して確認してみた。
【さあ、早く罪を告白しなさい。さもなければ全員揃ってお仕置きを受けてもらいます。よく思い出して、あなた達はとても罪深い生徒なのです。】
「これを見ると私達一人ひとりバラバラにやった事じゃなくて、私達全員に共通の罪があるって言いたいんじゃないかしら?」
「確かにそう言われればそう見えないこともないな。でも俺たちの共通点と言ったら小学校時代って事になるぜ?」
あ!!
タツヤの言葉で全員がほぼ同時にある事に思い当たった。まさか、義男の事が原因なのか!?