その7
親の心子知らずとはまさにこの状況を言うのかもしれない。アンディの懸念をよそに、イルはただ自分の信念だけに従って続きをやろうとしていた。
(まだ水陰流でも水陰球でも仕掛けてないし、波紋流で足場を崩せば接近戦でも勝機はある)
「アンディに水の魔法だけで勝つ」と決めているイルだが、実は彼の攻撃魔法は他の二種類に多くあり、水の魔法にはほとんど無かったりする。それだけで勝つなど、普通の魔道士ですら難しいだろうに、水の権威であるアンディに勝つなどとんだ無茶なのだ。
(とりあえず波紋流で距離を取ろう)
そう考えたイルが足を踏み鳴らそうとしたその時だった。アンディが素早くウィンクをする。
「蒸燥」
「な・・・っ!」
イルの足元で光がはじけた。勢いよく脚を着いたにも関わらず、何も紋が浮かびあがらない。
一瞬にして霧が消えたため、その様子がロジーナの目にも映った。
「へ・・・?何で?不発??」
ぽかんとした顔のロジーナを見て笑いながら、ビルが訂正を入れる。
「不発じゃありませんよ」
「じゃあ何で・・・」
「魔法だ」
会話を聞いていたシュールが静かに答えた。あまりにも静かだったその答え方は、暗に「うるさい」と訴えている。ロジーナは恐怖心からしばし固まったものの、ビルは平然と話を続けた。
「『蒸燥』は、水の紋の特級魔法ですよ」
「とっ・・・?!」
少し前に説明したが、特級魔法は最高位のレベルの魔法だ。滅多に使える魔道士はいなく、そのためお目にかかることはほとんどない代物であり、術名もあまり知られていない。新人魔道士なんかには、ぱっと聞いても全く解らないというのが普通だ。
また、アンディが使えると言う情報は持っていたものの、こんな練習試合で使うとはロジーナは思っていなかった。それに知っていても、実際目にした時の驚きは隠せない。
「その、どういう魔法なんですか?」
「まあ、簡単に言えば、相手の水の紋を使えなくする魔法ですね」
相手の紋を使えなくさせるなんて魔法が存在すること自体に、ロジーナは驚いた。が、しかし。ロジーナはかなり初歩的なことに気が付いた。
原理的に一つの紋から発動できるのは一つの魔法だけである。物を操る魔法なんかでは複数の物を同時に操れたりすることもあるが、結局同じ魔法をいくつもにかけているだけなので、やはり一つの魔法しか使用されていないのだ。
つまり、蒸燥を使っている間、単紋使いのアンディは魔法を使うことができなくなってしまうのである。それでいて、イルにはまだ氷の魔法と武器の魔法の魔法は残っている。ただアンディの方が不利になってしまったという状況なのだ。