その6
特殊能力人種に比べればまだまだだが、イルは育った環境上、五感が鋭い。霧の動きに意識を集中させ、アンディの居場所を探す。アンディが動いていないのか、霧はちっとも流れない。
(向こうから仕掛けてくる気はねぇのか?)
さっきからずっとそうだった。親心からなのか、全くイルは攻撃されていない。アンディは水の魔法しか使えないため、いざという時のために体術を身に付けている。その技術は高く、運動能力の高いイルでも全く追いついけていないくらいだ。そのため「接近されたら最後」というのが、彼との戦闘においては言うことができる。
(ともかく、音は極力抑えて・・・)
そう集中を途切れさせた瞬間だった。霧がすっと右に流れた。アンディだ。
「そこかっ!水陰流!!」
足を踏み鳴らして水を放つも、何にもぶつからなかった。そこで気付く。さきほど彼が言っていた魔法で、あったではないか。
「くっそ!江川声流かよっ」
「甘いわねぇ」
声のする方に振り向いた途端、アンディのひざ蹴りが飛んでくる。ぎりぎり腕でかばったものの、腕を強い衝撃が襲った。
痛みにこらえている間にアンディは、その腕に体重をかけてイルの頭上を通過する。飛び込み前転の要領で両手で着地すると、そのままイルを蹴り上げようと足を伸ばした。けれどもイルも戦闘慣れした人間だ。そこまで油断は続かず、その蹴りはイルの長い後ろ髪をかすめただけに終わる。
腕を伸ばしてから手を何度も開けたり閉めたりして、イルは指先まで感覚が残っていることを確認する。骨も折れていないようで、しかし彼の本気の蹴りで骨が無事なわけがなかった。つまり、まだ手加減されているのだ。
「ねーぇ?そろそろ諦めて氷の魔法でも使ったら?」
「ぐぅ・・・ッ!」
余裕の表情で体勢を直したアンディに挑発まで食らってしまい、イルはもう唸ることしかできなかった。それでも、彼にも意地がある。
「アンディには水の魔法で勝つって決めてんだよ!」
「・・・・・・」
イルは相当かたくなだ。一度こうと決めたらそれを曲げようとしない。それは確かに美徳だ。しかし、こう度を過ぎてしまうと如何なものかとアンディは感じていた。仕事上、魔道士同士の戦いになることも珍しくない。その時こう挑発されたり、自分より水の魔法を上手く使う術者に出会った時、この意地が下手に働かないとも言いきれない。どうやって勝つかではなく、とにかく勝つことが大切な世界なのだ。というか、素直に「何をしてでも勝ちたい」というプライドを捨てた勝利への固執も時に美徳だと解ってほしいというのが、アンディの親心だった。
(しかたないわね)
ふぅ・・・とため息をついたアンディは、諦めて奥の手を使うことにした。