その3
「説教出来んのも今のうちだ!」
イルがにやりと笑う。元が少々悪人面のため、見学者には悪者のように映った。
「!!」
アンディが気付いたのと、見学者三人が気付いたのはほぼ同時だっただろう。アンディの周りに、いつの間にかイルの作った泡がいくつも浮かんでいた。イルは足を踏み鳴らす時に紋を発動させる。様々な方面の泡を蹴っていた彼は、当然何度も脚を入れ替えており、そのたびに地面を踏み鳴らしていたのは、アンディも見ていて解っていた。けれども、それは蹴るための泡を生成しているのだと思い込んでしまっていたのだ。
「発動条件とうまく合致させた技だったのね」
「ハンッ!どーだ、すげぇだろ?」
イルはドヤ顔を決めたのと同時に、恣意的に泡を破裂させた。バリンッと酷い音を立てて、硝子のように泡が破裂して破片が飛び散る。勢いよく割れたため、結構なスピードでそれが飛び交った。
見学していたロジーナは思わず目を閉じて身を固くする。が、あれほどの破片が一つも飛んで来なかった。恐る恐る目を開けてみると、自分の目の前のところで破片がまた内側に跳ね返っている。そこで彼女は気付いた。
結界だ。恐らくは先ほどの白のライン上に結界が張られている。目に見えないと言うところから、おそらく魔法ではなく技術的な要素を含んで作られたものだろう。屋内研修などのときに、新人のロジーナですら見たことのあるポピュラーな「障壁」の一種だ。先ほどビルが下げたレバーの意味はこれだろう。
イルの奇策に驚かされたアンディだが、その芯は冷静だった。今度は右目だけ軽くウィンクをすると、また紋が発動する。
「水陰流」
唱えると同時に、彼を守るように水が出現した。魔力の高さが影響するのは球体の時だけだ。一度砕けてしまえば、どんなに堅い破片とはいえ、水に入れば溶けてしまうのである。
「まだまだぁ!湧水床ァァ!!」
彼らの足元に突如水が出現し、その足首までが浸かってしまう。身動きがとれるようにとアンディが水を下げたところを狙って、イルは思い切り足を踏み鳴らした。
「水槍群!!」
水の表面から、槍のように尖った形の水が勢いよく生え出す。上級魔法を初めて生で見たロジーナは感動して目を輝かせた。
下からとめどなく現れる槍を避けながら、アンディはちらっと感動しているロジーナを見る。それから、攻撃を仕掛けてくるイルに目を向けた。
「ねぇ、賭けしない?」