女有利の差別社会
紀元前から鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代、明治、大正、昭和と日本人女性が夫の3歩後ろをついて歩くなどと言われた時代は最早夢幻の如しである。
激動の平成時代は様々なことがあったがまだましだったといえるが令和の時代は違う。
化け物の容姿の女が美容整形と言う神罰に触れるような行為の果てに両親から受け継いだ外見を捨てて他者を模倣した外見へと姿を変えて男や他の女性に横暴を働いている。
キリスト教のとある会派では輸血すら禁止と言う教えを守るところもあるなか神や先祖を重んじる国だったはずの日の本はどこで狂ってしまったのだろうか。
また美人ではなくあくまでも醜い類いの者達が若さを理由に男を穢れなような目で見る。
いい加減にして欲しいのはジェンダーを理由に差別を訴える女性が多いがむしろ被害者は男性である。
私は女だから、若いから、か弱いからと世迷いごとを言う肥えた女性や美的感覚的に無理な女性達が男性を足蹴にする社会は果たして正しいのか?
法律等なく力だけの世界では男性が腕力的に強いので歴史を紡いできた。
もしいまその法律がなくなったのであれば悪女達はどう振る舞うのであろうか。
誰も知らない闇サイト…鷹野鴨に通じるメッセージは依頼人の思いの強さで届けられる。
今回真面目な大学生が元彼女の罠に嵌りリンチを受けて殺されたらしい。
人間として許せない犯罪に関しても弁護士は被害者やその親族をさらなる絶望に追い込む。
弁護士達は裁判で勝てれば良かろうなのだで自身の敏腕弁護士としての名声や報酬のみ優先でそこに正義はない。
犯罪者で未成年はさらに楽勝であり少年法と言う世界一の悪法があるおかげでどうせ俺たち人を殺しても罪にならないし死刑にならないくらいに軽く考えてある。
むしろその悪法のおかげで箔を作るために10代の内に人を殺しておこうや犯罪組織の鉄砲玉にされることも少なくない。
人は更生できるのキャッチコピーでどれだけの悪人が救われてきただろう。
人は更生できる?確かにそのような事例もあるかもしれないが殺された人はどうなる?
綺麗事を言う死刑廃止論者や弁護士たちに言いたいのは自分の最も大切な人が殺されても笑顔で同じことがいえるかだ。
殺された人はもう喜怒哀楽を感じられないのになぜ加害者ばかりが大切にされるか本当に理解不能である。
古代のハンプラビ法典の方が正に理にかなっており目には目を歯には歯をで人殺しには死刑をである。
鷹野鴨にメッセージが届いたその後少年院に収監されていたが反省のかけらもなく俺たち未成年だからと心で笑っていた主犯の少年を含める少年法と言う悪法が作った悪魔達の病死と、罪なき大学生を卑劣な手段で殺害した糞女の病死の報が発表された。
真実は不明であるが悪魔達の独房にはその人数分の彼岸花が備えられていたと言う。
鷹野鴨、忌まわしき呪いに取り憑かれし悪の華は悪を成敗し世直しをした際に足枷である己を縛る黒い数珠をその魂の数だけ美珠に変えられる。
ある時は寿司屋の店員でありある時は介護補助者でありある時はトラックの補助員でありある時は工場勤務だが、その真実は花屋であり新撰組筆頭局長芹沢鴨こと鷹野鴨である。
社会情勢は反映してますがこの話はフィクションです。




