表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第六話:同道

高校三年になる頃には、二人は県内でも有名な選手になっていた。



神界俐塚(しんかいりつか)


静かな四番。配球を読み、狙い澄ましたかのように当て、長打も量産する。打っても走っても守っても隙がない選手。



大国実恵(だいこくじつえ)


豪打の主軸。ひと振りで試合を変える長距離砲。熱さと勝負強さをそのまま打球へ乗せる選手。



雑誌や県大会の展望記事で、時々二人の名前が同じ紙面に載ることがあった。


俐塚が本塁打を放てば、実恵も同じ大会で同じように本塁打を放つ。


特に実恵は地区大会に滅法強い傾向があり、打率4割超えに加え7本塁打を放つなど、好調の波に乗っていた。


別の学校の、別の主砲。

でも、どこかで比べられ、どこかで並べて語られる二人。


それを見つけるたび、実恵は少し照れくさそうな顔をしたし、俐塚は内心でくすぐったいような気持ちになった。


そんなある日、大学進学の話が具体的になり始める。



名星(みょうしょう)大学。



県内でも全国でも名の通った女子野球の名門。

設備、指導体制、実績、どれを取っても申し分ない。


俐塚の元にも当然のように話が来ていた。環境としては理想的だったし、より高いレベルで人の競争心を見るには、これ以上ない場所でもある。


俐塚は進学先を決めるのに、表向きは慎重なふりをした。だが心のどこかでは、かなり早い段階で決まっていた。



より強い相手がいる場所へ行きたい。

より濃い時間がある場所へ行きたい。

そして、できることなら──。



そこまで考えたところで、俐塚は一度思考を止めた。


自分の中に混ざり始めている願いの私的さに、少しだけ気づいていたからだ。



一方で、実恵もまた名星大学を志望していた。



強い場所へ行く。

自分をもっと磨ける場所へ行く。

そして、俐塚が行きそうな気がする場所へ行く。


その最後の理由は、本人もはっきり認めてはいなかった。


けれど、認めていないだけで、消えていたわけではない。



進路が固まり始めた冬、久しぶりの合同練習で二人はまた顔を合わせた。


練習後、ベンチ裏の通路で偶然二人きりになる。外は冷えていて、息が白い。


グラウンドからは、まだノックの音が聞こえてくる。



「実恵」



俐塚が先に声をかけると、実恵は少しだけ肩を揺らした。



「何だよ」


「進路、決まった?」


「っ……」



その問いに、実恵は一瞬だけ黙る。


それから、どこか観念したように答えた。



「……名星」



俐塚は目を瞬いた。


その一瞬の反応を見て、今度は実恵の方が目を細める。



「お前、まさか」


「うん。私も」



数秒、沈黙が落ちた。


本当に、偶然だった。


打ち合わせたわけではない。

約束したこともない。


それなのに、二人とも同じ場所を選んでいた。



実恵の顔が、みるみるうちに変わっていく。


驚きがまず来て、そのあと、抑えようとしても抑えきれない喜びが浮かぶ。



「……は?」


「うん」


「ほんとか?」


「本当だよ」


「……は、はは」



実恵が笑う。


喉の奥から勝手にこぼれたみたいな笑いだった。



「嘘だろ。そんなことあるか」


「ふふ、あるみたい」


「……まじかよ」



何度も同じような言葉を繰り返しながら、実恵は顔を隠すように少し俯いた。けれど、隠しきれない。口元が緩みっぱなしだった。


俐塚も、自分の頬が少し熱いのを感じていた。



嬉しい。



その感情が、思っていた以上にはっきりしていて、自分でも少し驚く。


同じ大学で野球をする。


もう合同練習や練習試合のたびに会うのではない。もっと近くで、もっと長い時間を共にすることになる。



「……また会えた、どころじゃないね」



俐塚がそう言うと、実恵はふっと顔を上げた。



「ああ。今度は、同じチームだ」



その言葉に、俐塚の胸の奥が大きく揺れた。



同じチーム。


敵ではなく。


ライバルでありながら、同じユニフォームを着る。

同じ勝利を目指す。

同じベンチに座る。



それは、これまで想像したことのない未来だった。



「楽しみだね」



俐塚が静かに言うと、実恵は力強く頷いた。



「ああ。めちゃくちゃ楽しみだ」



その声に迷いはなかった。


中学三年の準決勝のあと、「またやりたい」と言っていた少女が、今は「今度は一緒にやる」と笑っている。



人の時間は、不思議だと俐塚は思う。



離れて、また会って、知らないうちに近づいていく。


約束などしていなくても、どういうわけか同じ場所を選んでしまうことがある。



それを偶然と呼ぶのか、運命と呼ぶのか、俐塚にはまだ分からなかった。


けれどその時、冬の冷たい空気の中で、彼女ははっきり思った。



ああ、私はこれを待っていたのだ、と。



名星大学の合格発表の日、二人はそれぞれ別の場所で同じように画面を見つめ、同じように息を詰めた。


そして自分の番号を見つけた瞬間、まず最初に思い浮かべたのは、自分の未来より、相手のことだった。



受かっただろうか。

一緒に行けるだろうか。


その日の夕方、連絡を取り合った二人のやり取りは短かった。



『受かった』


『私も』


『……やば』


『うん、やばい』



それだけなのに、文字の向こう側で、互いがどれだけ笑っているのかがよく分かった。



春になれば、名星大学でまた会う。

今度は、偶然顔を合わせる相手ではない。

同じ場所で、同じ野球をする相手だ。



俐塚はスマホを閉じたあと、しばらく窓の外を見ていた。


白い天で生まれ、人を知るために現世へ降りてきた自分が、こんなふうに一人の存在と同じ未来を喜んでいる。


それは本来、少し危ういことなのかもしれなかった。


しかし、危うさより先に胸にあったのは、静かな幸福だった。



大国実恵もまた、その夜は布団に入ってから何度も天井を見上げた。


嬉しくて、変に眠れなかったのだ。



中学の準決勝で負けて、悔しくて、でもまた会いたいと思った相手。


高校で何度も顔を合わせるたびに、追いかけたいだけじゃなく、もっと近くで見ていたい。成長する姿を見せてやりたいと思うようになった相手。


その俐塚と、大学では同じチームになる。

こんなことがあるのかと、何度も笑ってしまった。



そして二人は、同じ春を待つ。



中学三年のあの日。再会を約束した言葉は、ようやくここで次の形を持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ