第六話:同道
高校三年になる頃には、二人は県内でも有名な選手になっていた。
神界俐塚。
静かな四番。配球を読み、狙い澄ましたかのように当て、長打も量産する。打っても走っても守っても隙がない選手。
大国実恵。
豪打の主軸。ひと振りで試合を変える長距離砲。熱さと勝負強さをそのまま打球へ乗せる選手。
雑誌や県大会の展望記事で、時々二人の名前が同じ紙面に載ることがあった。
俐塚が本塁打を放てば、実恵も同じ大会で同じように本塁打を放つ。
特に実恵は地区大会に滅法強い傾向があり、打率4割超えに加え7本塁打を放つなど、好調の波に乗っていた。
別の学校の、別の主砲。
でも、どこかで比べられ、どこかで並べて語られる二人。
それを見つけるたび、実恵は少し照れくさそうな顔をしたし、俐塚は内心でくすぐったいような気持ちになった。
そんなある日、大学進学の話が具体的になり始める。
名星大学。
県内でも全国でも名の通った女子野球の名門。
設備、指導体制、実績、どれを取っても申し分ない。
俐塚の元にも当然のように話が来ていた。環境としては理想的だったし、より高いレベルで人の競争心を見るには、これ以上ない場所でもある。
俐塚は進学先を決めるのに、表向きは慎重なふりをした。だが心のどこかでは、かなり早い段階で決まっていた。
より強い相手がいる場所へ行きたい。
より濃い時間がある場所へ行きたい。
そして、できることなら──。
そこまで考えたところで、俐塚は一度思考を止めた。
自分の中に混ざり始めている願いの私的さに、少しだけ気づいていたからだ。
一方で、実恵もまた名星大学を志望していた。
強い場所へ行く。
自分をもっと磨ける場所へ行く。
そして、俐塚が行きそうな気がする場所へ行く。
その最後の理由は、本人もはっきり認めてはいなかった。
けれど、認めていないだけで、消えていたわけではない。
進路が固まり始めた冬、久しぶりの合同練習で二人はまた顔を合わせた。
練習後、ベンチ裏の通路で偶然二人きりになる。外は冷えていて、息が白い。
グラウンドからは、まだノックの音が聞こえてくる。
「実恵」
俐塚が先に声をかけると、実恵は少しだけ肩を揺らした。
「何だよ」
「進路、決まった?」
「っ……」
その問いに、実恵は一瞬だけ黙る。
それから、どこか観念したように答えた。
「……名星」
俐塚は目を瞬いた。
その一瞬の反応を見て、今度は実恵の方が目を細める。
「お前、まさか」
「うん。私も」
数秒、沈黙が落ちた。
本当に、偶然だった。
打ち合わせたわけではない。
約束したこともない。
それなのに、二人とも同じ場所を選んでいた。
実恵の顔が、みるみるうちに変わっていく。
驚きがまず来て、そのあと、抑えようとしても抑えきれない喜びが浮かぶ。
「……は?」
「うん」
「ほんとか?」
「本当だよ」
「……は、はは」
実恵が笑う。
喉の奥から勝手にこぼれたみたいな笑いだった。
「嘘だろ。そんなことあるか」
「ふふ、あるみたい」
「……まじかよ」
何度も同じような言葉を繰り返しながら、実恵は顔を隠すように少し俯いた。けれど、隠しきれない。口元が緩みっぱなしだった。
俐塚も、自分の頬が少し熱いのを感じていた。
嬉しい。
その感情が、思っていた以上にはっきりしていて、自分でも少し驚く。
同じ大学で野球をする。
もう合同練習や練習試合のたびに会うのではない。もっと近くで、もっと長い時間を共にすることになる。
「……また会えた、どころじゃないね」
俐塚がそう言うと、実恵はふっと顔を上げた。
「ああ。今度は、同じチームだ」
その言葉に、俐塚の胸の奥が大きく揺れた。
同じチーム。
敵ではなく。
ライバルでありながら、同じユニフォームを着る。
同じ勝利を目指す。
同じベンチに座る。
それは、これまで想像したことのない未来だった。
「楽しみだね」
俐塚が静かに言うと、実恵は力強く頷いた。
「ああ。めちゃくちゃ楽しみだ」
その声に迷いはなかった。
中学三年の準決勝のあと、「またやりたい」と言っていた少女が、今は「今度は一緒にやる」と笑っている。
人の時間は、不思議だと俐塚は思う。
離れて、また会って、知らないうちに近づいていく。
約束などしていなくても、どういうわけか同じ場所を選んでしまうことがある。
それを偶然と呼ぶのか、運命と呼ぶのか、俐塚にはまだ分からなかった。
けれどその時、冬の冷たい空気の中で、彼女ははっきり思った。
ああ、私はこれを待っていたのだ、と。
名星大学の合格発表の日、二人はそれぞれ別の場所で同じように画面を見つめ、同じように息を詰めた。
そして自分の番号を見つけた瞬間、まず最初に思い浮かべたのは、自分の未来より、相手のことだった。
受かっただろうか。
一緒に行けるだろうか。
その日の夕方、連絡を取り合った二人のやり取りは短かった。
『受かった』
『私も』
『……やば』
『うん、やばい』
それだけなのに、文字の向こう側で、互いがどれだけ笑っているのかがよく分かった。
春になれば、名星大学でまた会う。
今度は、偶然顔を合わせる相手ではない。
同じ場所で、同じ野球をする相手だ。
俐塚はスマホを閉じたあと、しばらく窓の外を見ていた。
白い天で生まれ、人を知るために現世へ降りてきた自分が、こんなふうに一人の存在と同じ未来を喜んでいる。
それは本来、少し危ういことなのかもしれなかった。
しかし、危うさより先に胸にあったのは、静かな幸福だった。
大国実恵もまた、その夜は布団に入ってから何度も天井を見上げた。
嬉しくて、変に眠れなかったのだ。
中学の準決勝で負けて、悔しくて、でもまた会いたいと思った相手。
高校で何度も顔を合わせるたびに、追いかけたいだけじゃなく、もっと近くで見ていたい。成長する姿を見せてやりたいと思うようになった相手。
その俐塚と、大学では同じチームになる。
こんなことがあるのかと、何度も笑ってしまった。
そして二人は、同じ春を待つ。
中学三年のあの日。再会を約束した言葉は、ようやくここで次の形を持ち始めていた。




