家出して初めての妻からのLINE
ワクチン接種の翌日、体には微かな熱が宿っていた。
無理をすれば出勤できないほどではなかったが、私はその日、仕事を休むことにした。
高熱による苦しみというよりは、ただ、何も考えずにぼんやりとしていたかった。
張り詰めていた糸が、ワクチンの副反応を口実に、わずかに緩むのを求めていたのかもしれない。
十二月中旬。十五平米の城には、容赦なく冬の冷気が忍び寄っていた。
狭いワンルームでは灯油を使う暖房器具は許されない。私は近くの電気屋で、小さなパネルヒーターを購入した。
部屋に新しい家電が増えるたび、生活の利便性と引き換えに、「元の家」への道が少しずつ塞がれていくような、奇妙な焦燥感に襲われた。物は増えるが、心は削られていく。そんな感覚だった。
【一ヶ月目の沈黙と、一通の通知】
家を出てから一ヶ月が過ぎた頃だった。
スマホの画面に、待ち望んでいた名前が浮かび上がった。妻からのLINE。
心臓の鼓動が早まる。一ヶ月という歳月は、彼女の怒りを冷ますのに十分だったのだろうか。それとも、ようやく私の不在に耐えかねて、安否を気遣う言葉を綴ってくれたのだろうか。
「大丈夫?」「どこにいるの?」
そんな淡い期待を抱きながら、私は震える指でメッセージを開いた。
そこに並んでいたのは、言葉ではなかった。
数枚の写真。
期待していた子供の笑顔でも、謝罪の言葉でもない。
電気代の振込用紙
水道代の請求書
固定資産税の振込用紙
文字による説明すら一切ない。ただ、私に支払いを求める「紙切れ」の画像だけが、無機質に送られてきていた。
【ATMという名の存在理由】
私は、愕然とした。
一ヶ月。一人の男が家を空け、音信不通になっていた一ヶ月。その間に彼女が考えたことは、私の身の安全でも、夫婦の修復でもなく、「金の工面」だけだったのだ。
メッセージのやり取りさえない、ただの事務連絡。
私は、家族にとって何だったのだろうか。
共に人生を歩むパートナーではなく、ただ定期的に金を吐き出す「ATM」以外の何物でもなかったのではないか。
画面を閉じた後、私はパネルヒーターの前で膝を抱えた。
暖房器具は確実に部屋を暖めているはずなのに、指先は氷のように冷たかった。私が必死に守ろうとしてきた家庭という場所には、もはや私自身の居場所など、最初から一ミリも残されていなかったのかもしれない。
仕事に行き、理不尽に耐え、身を粉にして稼ぐ。そのすべての目的が、一瞬にして足元から崩れ落ちたような気がした。
【今回の一訓】
「夫婦の絆は、時に『依存』という名の鎖にすり替わる。一方が他方を『機能』としてしか見なくなったとき、そこにあるのは愛ではなく、ただの利害関係だ。自分を犠牲にしてまで捧げた献身が、ただの『支払い業務』と見なされていると知ったとき、男が失うのは金ではなく、生きる意味そのものなのだ。」




