青いノートの告白と、画面越しの体温
牛丼屋の店内に響いたLINEの呼び出し音。
「ついに、来たか」
私は期待と恐怖が入り混じった手つきで、急いでポケットからスマホを取り出した。画面を覗き込む。
だが、そこに表示された名前は妻ではなかった。職場の上司からだ。「至急、来てほしい」という事務的な連絡。
落胆が胸を通り過ぎた後、遅れて小さな安堵がやってきた。まだ、妻と向き合う覚悟ができていない自分に気づかされる。私は残りの納豆定食を急いで口に放り込み、仕事という「日常」へ逃げ込むように職場へと向かった。
【千二百円の重みと、いたずらな真実】
家出をしたあの日、私はほとんど着替えを持たずに出てきた。
仕事を終えた私は、馴染みの「グローバルワーク」に立ち寄り、数日分の服を買い揃えた。新しいシャツに袖を通すと、少しだけ自分が更新されたような気がする。
だが、家出生活は残酷なほどに金がかかる。
小さなマンションには洗濯機を置くスペースがない。私は一週間分の汚れ物を抱え、徒歩五分のコインランドリーへ向かった。
洗濯から乾燥まで、一回で千二百円。
「家なら、タダ同然なのに……」
百円玉を次々と飲み込んでいく機械を見つめながら、私は一人暮らしという「自由の対価」を文字通り計算していた。
一時間の待ち時間。私は小さなテーブルに、翌日に控えた資格試験の参考書を広げた。二度目の挑戦。
昨年、二次試験で涙を飲んだこの資格だけは、今のボロボロな状況にあっても諦めたくなかった。むしろ、この勉強に没頭していた時間こそが、家庭内での不和の一因だったのかもしれない――そんな苦い思いが頭をよぎる。
ふと見ると、テーブルの端に一冊の「お客様ノート」が置かれていた。
パラパラと捲ると、利用客たちの何気ない感想が並んでいる。私はペンを手に取り、少しのいたずら心、そして抑えきれない孤独を文字に変えた。
『家出して洗濯機がないので利用しています。子供もいるので、本当は家に帰りたいです』
このノートを見ると、利用者が何かを書くと赤ペンでオーナーがコメントを書いてくれるようであった。
ノートの持ち主であるオーナーが、この「見知らぬ家出人」にどんな言葉を返してくれるのか。一週間後の洗濯の日が、少しだけ楽しみになった。
【画面越しの「嫁」と、埋まらない隙間】
平日は仕事に救われる。だが、土日の休日は毒のように孤独が回る。
何もしないでいると、寂しさに押し潰されそうになる。
本屋で「自分を見つめ直すための本」を買い込み、活字の海に溺れることで、帰りたいという衝動を必死に抑え込んだ。
その孤独を埋めてくれたもう一つの場所が、TikTokのライブ配信だった。
フォロワーが千人を超えたことで、ライブ配信を行う権利が与えられた。
スマホをテーブルに置き、顔は映さず、首から下だけの配信。
「46歳、家出しました。」
その看板を掲げただけの不器用な放送に、見知らぬ誰かが集まってくる。
「なんで家出したの?」「奥さんとはどうなの?」
そんな質問に答えていく。中でも、一番初めに来てくれた『トラック運転手の嫁』のようなアカウント名の方は、多くの質問を投げかけ、私の言葉に耳を傾けてくれた。
投げ銭という機能があることは知っていたが、そんなものはどうでもよかった。
ただ、画面の向こうに誰かがいて、自分の声が届いている。その実感だけが、冷え切ったワンルームの空気を、わずかに温めてくれた。
しかし、配信を切れば、また静寂が戻ってくる。
家族からの連絡は、依然として一通もない。
一日が過ぎるたび、家までの心の距離が、一歩ずつ遠ざかっていくのを感じていた。
【今回の一訓】
「人は、一人では自分の正しさを証明できない。だからこそ、コインランドリーのノートやSNSの画面に、必死に自分の存在を書き込むのだ。だが、何千人の見知らぬ誰かに肯定されることよりも、たった一人の『帰ってきて』という言葉の方が、今の私には救いになったはずなのに。」




