初めてのバズ
2022年11月。世界はカタールで開催されているサッカーワールドカップの熱狂の中にあった。
私はといえば、家を出て数日が経ち、その日もまだ、夜を明かす場所を決めていなかった。もちろん、家に帰れないわけではない。だが、足が自宅の方を向くことはなかった。
「どこにいるの?」「言いすぎた、戻ってきて」
スマホを握りしめ、そんな通知が届くのを待っている自分がいた。自分から折れるのではなく、誰かに必要とされることで、この家出を「終わらせる理由」が欲しかったのだ。
最近はフットサルに通っていたこともあり、日本中が固唾を呑んで見守る日本対コスタリカ戦を、どうしてもリアルタイムで見たかった。だが、今の私にはテレビのある「リビング」がない。
私は、郊外にある大型家電量販店の「ノジマ」へと足を運んだ。
店内には何十台ものテレビが並び、青いユニフォームの日本代表が映し出されている。私は客のふりをして、店内の通路をうろうろと歩きながら、前半戦を追いかけた。
ハーフタイム。さすがに居心地が悪くなり、私は少し離れた場所にある「ヤマダデンキ」へと移動した。後半戦。見ず知らずの客たちに混じり、青白い光を放つモニターの前で声を潜めて一喜一憂する。
46歳の会社員が、家を飛び出し、夜の電気屋で立ち尽くしてサッカーを見ている。その滑稽さと、どうしようもない寂しさ。
私は、その「どうでもいい日常の断片」を動画に収めた。BGMには、あえて皮肉を込めてクイーンの『We Are The Champions』を選んだ。
投稿ボタンを押し、私はその夜もまた、駅前の安いビジネスホテルへと潜り込んだ。
翌朝、目が覚めてスマホを手に取った瞬間、指が止まった。
画面上のTikTokのアイコンに、見たこともない数字が並んでいた。通知「99+」。
いいね、コメント、シェア。それらが数百、数千という単位で押し寄せていた。
「今どこにいるんですか?」
「奥さんに追い出されたの? 頑張って!」
「その歳で家出なんて恥ずかしくないのか」
「お金は大丈夫ですか? 仕事紹介しますよ」
「夜にはニトリのベッドコーナーにいたりして(笑)」
批判もあれば、同情もあった。わずか一日のうちに、フォロワーは1000人を超えていた。
ワールドカップの熱狂と、46歳の家出という哀愁。その二つが重なり、私の動画は初めて「バズ」という現象を引き起こしたのだ。
それは、不思議な感覚だった。家族から無視されていた自分の存在を、何千人もの他人が無理やり肯定してくれたような気がした。
ただ、後に気づくことになる。あの時多くの承認が、得体の知れない「闇」へと続く扉だった可能性に。
【今回の一訓】
「夫婦とは、同じゴールを目指すチームであるはずだ。だが、一方が『応援』も『パス』もやめたとき、家庭はただの冷え切ったスタジアムに変わる。私が夜の街で必死にテレビを探していたのは、試合が見たかったからではない。誰かと熱狂を分かち合える『自分の席』を、家庭以外の場所に求めていただけなのだ。」




