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役目を終えた部活

 

 祖母の葬儀に立ち会ったとき、僕はその死をうまく悼めなかった。


 長らく会っていなかったせいもあるし、まだ中学生だったし、そもそもそんなにできた人間でもない。


 だからこそ、バタバタと奔走する両親や親戚たちを眺めながら、「葬式ってずいぶん面倒くさい行事だな」と考えていたことと、線香の香りばかりを覚えている。



 終わったあとが面倒くさいのは、人生ばかりではない。


 いちばん身近で思い当たるのは、昨年の文化祭の後始末だ。



 供米田(くまいでん)高校・都市研究部(としけんきゅうぶ)は文化祭の出し物として、学校周囲(しゅうい)の街のジオラマを作り進めていくのが恒例(こうれい)であった。


 ()の伝統というものは、堅苦(かたくる)しくもあり、ときには気楽(きらく)でもある。


 前年(ぜんねん)の続きを作ればいいだけなので、企画をゼロからひねり出す必要もない。そのぶん実作業にリソースを注げるし、集中して制作している姿をアピールすれば、その他の活動が多少おろそかになろうとも、ある程度の格好(かっこう)もつく。


 やることが決まっているというのは、非常にありがたいことなのだ。



 ──というのは、昨年までの話。



 ジオラマ化する区画の最後のひとつが、ついに埋まった。


 地図上にもはや白い部分はなく、()が部のたゆまぬ歩みを体現(たいげん)するかのようにぎっしりと立体化されつくした。



 都市研究部が発足(ほっそく)した最初の年、先輩方はまず学校を中心とした四畳(よんじょう)ほどの地図を作った。


 当時はまだ〈都市研究会〉だったらしいが、その名に()じぬ測量(そくりょう)マニアが在籍(ざいせき)していたそうで、その精巧(せいこう)さは目を見張(みは)るものがあった。


 技術と努力は順当(じゅんとう)に評価され、翌年(よくねん)には部に昇格し、文化祭では地図上の学校とその(まわ)りおよそ一〇〇メートルをジオラマ化した。


 先輩の功績(こうせき)便乗(びんじょう)する形ではあるが、造形(ぞうけい)を趣味としていた部員が中心となり、PCでモデリングされた風景を3Dプリンターで出力し、エアブラシで塗装(とそう)をほどこしたそれは、高校生らしからぬ本格的な出来だった。


 以来、毎年一区画ずつジオラマ化が進められてきた。


 その間3Dプリンターを()()く技術は目覚(めざ)ましい進歩を見せ、出力品(しゅつりょくひん)の材質はかわりながらも立体化は着実に進行した。


 前回の文化祭でジオラマ完成に情熱を燃やしていた七人の先輩たちは、完成披露除幕式(ひろうじょまくしき)銘打(めいう)ち、地方新聞の記者まで招待して大々的に発表した。


 文化祭当日はちょっとした人だかりができたほどだ。


 まさにグランドフィナーレだった。


 しかし翌週から何事もなかったかのように日常へと戻らねばならないことを僕はすっかり忘れていたし、他の部員もひとりとしてそのことに言及する者はいなかった。


 終わった後のことなど誰も気にしてはくれないのだ。



 ちょっと考えればわかることだった。つまり残った部員というのが幽霊部員と問題児、そして僕の三人しかおらず、消去法(しょうきょほう)で僕が部長を拝命(はいめい)した。


 無名校ながらOBがメジャーで活躍(かつやく)して爆発的な人気となった野球部にごっそり持っていかれたせいか、巨大なジオラマと覇気(はき)()ける部長がぽつんと残された部室を見てか、見学に来た新入生はひとりも入部してくれなかった。


 誰かを(うら)みたいが、先輩たちと一緒になってジオラマ完成の達成感(たっせいかん)にひたっていた当時の僕の顔しか思い浮かばないのだ。


 やることがなく、人もいない。


 来年の春になれば先輩たちも卒業するので書類上も部員数が三人となり、”四名以上の部員がいること”という部の成立条件も満たせなくなる。


 まさに終わりだ。この部は終わっている。


 巨大資本が介入して抜け殻になったストリートカルチャーのように、ゆるやかに終わっていっている。


 この惨状(さんじょう)周知(しゅうち)の事実となっており、学校側もおそらくいまの都市研に大きな成果は期待していないし、先輩方は気遣(きづか)って「ジオラマも完成したことだし、部をたたんでも構わない」と言ってくれている。


 ではなぜ、僕はいまだに都市研部長などという沈みゆく船の舵輪(だりん)を手離していないのか?


 それは、そのあとに続いた「上ノ下のことは頼んだぞ」という一言に尽きる。



 上ノ下真魚果(まなか)を無事に進級させ、一緒に卒業する。


 あわよくば愉しい高校時代の思い出とともに。



 それが伝統を成就(じょうじゅ)させた都市研究部の最期(さいご)(かざ)る、僕の高校生活の活動理念となった。



 だから〈安全怪談マップ〉制作に関連した一連の出来事は、思い出作りにかこつけた都市研究部の四十九日のようなものだった。


 たとえ面倒でも始める必要があったのだ。しっかりと終わらせるために。

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