91:ロリコンか!?
「まぁ! では、ではもう、ここのお水はしょっぱくないのですか?」
「えぇ。しょっぱいのは、地下にある岩塩層を地下水が通ってきていたためなんです。今は山の上で降る雨や雪解け水が流れてきているので塩分は含んでいないんです。でもなぜそのことを?」
「ひゃい!? あの、あの……」
水がしょっぱいことは、ゼナスで暮らす人以外だと……知っているのはエヴァンゼリン嬢だ。
何故、エリン嬢が……。
そうか!
エリン嬢はエヴァンゼリン……。
「エヴァンゼリン嬢にお聞きになったのですね?」
「は、はい! そうです、エヴァンゼリンに聞きました!」
「やっぱりか~。ん? どうしたんだい、ティファニー」
「……なんでもないの。エリンちゃん、あっち行こうっ。青いお花畑があるの」
「お花畑! わぁ、見てみたい」
はは。花畑で目を輝かせるなんて、やっぱり九歳児だなぁ。
まぁその花は、元々この地に自生していた花ではない。
「兄さま、早く来て!」
「あー、はいはい」
俺のこと置いて行ったの、君でしょうよ。
なーんだろうなぁ。エーリヒ様たちが来てから、どうもティファからの風当たりが悪い気がする。
「ジーク。双子の兄として、ティファが何を考えているかわかるかい?」
「はい、わかります」
「え、本当!? 何を考えているんだい?」
「兄上は、本当に鈍いなぁってことです」
……ん?
どゆこと?
「ほら兄上。花畑の説明をしてあげなきゃいけませんよ」
「あ、あぁ。でもそれって俺じゃないとダメなわけ?」
「ダメですよ。だってあのお花は、エヴァンゼリン嬢から贈られた種から増やしたものですし」
増やしたっていうか増えたっていうか。
結構生命力の強い花なんだよな。
まぁだからこそ、ゼナスの気候でも咲きほこれるのだろうけど。
「兄さまぁぁ~」
「は~い、今行くよ」
ティファとエリン嬢が待つ、薄水色の花畑へと向かう。
ここは町の人たちにとってもお気に入りの場所だ。
あと、コロコロにとっても。
「お、今日もコロコロたちは花見に来ているんだな」
「コロコロ! お手紙にあったモンスターさんですね」
エリン嬢が嬉しそうに手を叩く。
「ん?」
俺はエリン嬢に手紙を出したことはない。
「あっ。エ、エヴァンゼリンに見せてもらったお手紙ですっ」
「あぁ。そっか。お二人は仲がいいんですね」
「は、はい」
そう言って頬を染めるエリン嬢。
グラスウルフ相手に立ち向かう子だとは、とても思えないような顔だな。
こうしてみると、本当に愛くるしい……。
ハッ!?
お、俺は何を考えているんだ!
愛くるしく思えるなんて、それじゃまるで……俺は……。
ロリコンか!?
九歳の女の子がかわいいとか愛くるしいとか、そんな風な目で見るってもう変態!
違う! 断じて違う!
そもそも俺には婚約者がいるんだぞ。
候補止まりとはいえ、爵位が上がった今、候補から正式採用される可能性だって高まったんだ。
下級貴族だったからって、俺が気に病む必要もたぶん、なくなった。
正々堂々と婚約者になれる地位なんだぞ。
まだ決定ではないとはいえ、エヴァンゼリン嬢以外の子に、しかも彼女の従妹を気にするなんて。
浮気だろ!!!!!
浮気はダメだ。
あのクソ野郎どものようになってしまう。
それは絶対ダメだ。
俺は……そこに恋愛感情の有無がどうであれ、例え家同士の決定であったとしても、絶対、奥さんを泣かせたりしない。したくない。
パンっと気合を入れるように、自分の頬を叩く。
「ひゃっ。どど、どうなさったのですか!?」
「いえ、なんでもありません。この花は、婚約者であるエヴァンゼリン嬢が贈ってくださったものなんです。とても小さく、かわいらしい花ですよね。まるで彼女のように」
酔いしれろ、俺!
俺はエヴァンゼリン嬢の婚約者なんだ!!
「はうんっ」
「ん? どうかなさいましたか、エリン嬢」
「にゃ、にゃんれもないれふぅ」
ん? 舌でも噛んだのかな?
「うふふふぅ~」
「な、なんだいティファ。なんでそんな顔でお兄ちゃんを見るんだよ」
「兄さまもぉ、ちゃーんと言う時は言うんだなぁって思って」
「何を言うって?」
「だ・か・らぁ。エヴァちゃんのこと、婚約者~って。キャーッ」
「はわわわぁ」
ティファもエリン嬢も、いったいどうしたっていうんだ。二人してキャッキャキャッキャと。
ん?
「あ、三人とも、屋敷へ帰ろう」
「兄上、どうなされたんですか?」
「コロコロが急いで巣穴に帰ろうとしている。雨が降るんだ」
「あ、本当ですね。こんなに慌てて……わぁ、西の山が真っ黒です」
見上げた西の空には、どんよりとした雨雲が広がっていた。
今までになく分厚い雲だな。
「コロコロが巣に戻ると、雨が降るのですか?」
「コロコロは濡れるのを嫌うんです。空気中の水分量で、雨が降るかどうかわかるんでしょうね」
コロコロはちょっとした天気予報士だ。
ただし、数分先の予報しかできないけど。
「そうなのですね! 雨が降れば、ここはもっと緑が豊かになりますよね」
「えぇ、きっと。でもこの雨雲は今までで一番分厚いな。本格的な雨が降るかも」
双子とエリン嬢を連れて、急いで屋敷へと戻った。
屋根のある玄関ポーチに到着した途端。
ピカーッと稲光。
「「キャーッ」」「うわぁーっ」
九歳児トリオが揃って俺に抱き着いてくる。
が、エリン嬢がハッとなって離れたが、今度はドギャーンっと雷の音が鳴って。
「キャーッ」
結局また、俺にしがみつくことに。
「大丈夫。ただの雷です。むしろゼナスでは雷を喜ばなきゃ」
「よ、喜ぶ、のですか?」
……涙目で見上げるエリン嬢を見て、ごくりと息をのむ。
俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない。
そ、そうさ。俺はまだ十二歳だぞ。前世が三十代だったとしても、今は十二歳なんだ!
決してロリコンにはならない!
でも、なんでこんなに胸がドキドキする?
そう。目だ。
エヴァンゼリン嬢と同じ赤い瞳。優し気な雰囲気も似ている。
ま、まぁ、エヴァンゼリン嬢はその、えっと……太い、けど。
でもきっと、ダイエットしたらエリン嬢のようになるんだろう。
うん。そうだ。
このドキドキはエリン嬢に向けたものではなく、彼女を通してエヴァンゼリン嬢にドキドキしているんだ!
「あの、ディルムット様?」
「あ、すみません。ちょっとエヴァンゼリン嬢のことを思い出していて」
「へ? わた、エヴァンゼリン嬢のこと、を?」
「はい」
でも、どうしてエヴァンゼリン嬢じゃなくエリン嬢が来たのだろう?
手紙には時々、医者と相談していると書いてあった。
やっぱり、お体があまりよくないのだろうか……あ。
「はは。もう止んだようだ。でも、初めてしっかりとした雨が降ったな」
雷もあの一発だけ。音からして遠かったし、山の上の方にでも落ちたかな?
玄関から外に出て、空の様子を窺う。
お!
「三人とも、出てきてごらん」
「どうしたの、兄さま」
「兄上?」
「さぁさぁ。足元、水たまりに気を付けて」
玄関のポーチから出てきた三人に、空を見るよう指さした。
真っ青な空に、七色の虹がかかっている。
「わぁ。大きな虹です。虹ですよ、ディルムット様」
「はい。ゼナスでは初めて見ました」
そうか。初めてなのか。
「残念だなぁ」
「え、何がですか?」
「うん……。初めての虹、エヴァンゼリン嬢にも見せてあげたかった」
「はうんっ」
ん?
どうしたんだ、エリン嬢は。耳まで真っ赤だぞ。
「エリン嬢、熱でも……」
彼女のおでこに手を伸ばしたとき、遠くから聞こえた……。
「うわああぁぁぁぁぁ。空が、空が呪われているうぅぅぅぅ」
「さっきの閃光といい、轟音といい」
「今度こそ蛮族の攻撃だあぁぁぁぁぁぁ」
……うん。
古くからのゼナスの住人は、雷も虹も初めてだもんな。
「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」




