67:隠れてないで出てきてくれればよかったのに。
「王都に来るのは、二年ぶりかぁ」
辺境領ゼナスでの暮らしが始まって二年。
今年で十歳を迎えた俺は、国王陛下への挨拶のために王都へとやって来た。
この国の貴族は、子供が十歳になると国王陛下への挨拶が義務付けられている。
なんてことはない。令息令嬢のお披露目会みたいなものだ。だから同じ歳の令息令嬢たちが、一堂に会するだけだ。
「フィッチャー、帰りにいろいろと店を見て回ろうね」
「なんや、ディルムット様。何か買い物でもなさるんですか?」
「せっかくだし、お土産でもね。まぁそれとは別に、都会の流行でも見ておこうかと思って」
「なるほど。せやったら、貴族に人気の洋装店や装飾店に行きますか」
「うん、案内は任せるよ」
フィッチャーは元々、王都生まれの王都育ちだからね。二年も離れていたとはいえ、勝手知ったる場所だろう。
同行者は他に、護衛役のロバート卿と専属メイドのマーガレットだ。
馬車は王城へと向かい、正門をくぐった先で停車した。
「はぁ、緊張する」
「大丈夫ですよ。そう気ぃ張らんと、リラックスしていきましょう」
何で緊張するかって?
決まっている。俺の後見人だ。
今回、両親はゼナスに残っている。理由はジークとティファニーだ。
両親が一緒に来るとなれば、双子だけをゼナスに置いてはいけない。
だが、ゼナスから王都までは片道半月の馬車の旅。そしてお披露目会には今年十歳を迎える令息令嬢以外は入れないので、結局、双子の面倒を見るために父上殿か母上が残らなければならなくなる。
ま、片道二週間って時点で、あの二人を連れてはいけないんだよね。三年後には嫌でも行くことになるんだけど。
そして、両親不在の俺を気遣ってか、後見人を買って出てくれた人物がいた。
馬車のドアを開けると、まさにその人物が目の前に。
「お久しぶりです、ハルテリウス公爵閣下」
「うむ。一年半ぶりであるな。そなたの祖父の葬儀以来か。だいぶ背が伸びたの」
「はい。十歳になりましたから」
このオルフォンス王国の宰相であり、王族と血縁に当たる公爵家当主だ。
縁があるとはいえ、下級貴族でもある男爵家令息の後見人としては……大物過ぎる。
一年半前、祖父のハイネド・シュペンベルクが亡くなった。
何年も病床に伏せていたから、そう長くはないんだろうなって思っていたんだ。
さすがに辺境からだと葬儀には間に合わないし、オズワルドの奴が墓の場所も教えないからエヴァンゼリン嬢に頼んで、公爵様にお力添えをお願いしたんだ。
おかげで、無事に墓参りができた。
ま、俺としては祖父を少なからず恨んではいる。
あのクソ野郎の傍若無人ぶりを、諫めてくださらなかったのだから。
いや、口では言ってたんだけどね。うん。
「公爵様、お世話になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「うむ。では参ろうか。滞在中、お前さんが使う部屋へ案内しよう」
「公爵様自ら?」
「客を持て成すのに、自ら案内せずにどうする。それに、ゼナスの話をいろいろ聞きたいからの」
なるほど。そういうことならお話しよう。
この二年間の間に、新しく赤ん坊が五人生まれた。そのうち二人はうちの騎士団一家に生まれた子だ。
たった五人かもしれないけど、もともとゼナスには二十四世帯しかなかった。それを考えたら、三人の子供が生まれたのは朗報だろう。子供が生まれるってことは、それだけ暮らしにゆとりができたってことだから。
「最近、牧草の成長も安定してきましたから、牛の数を増やしたんです」
「畜産も本格的に始めたか」
「いやぁ、まだまだ本格的には程遠いかなぁと。牛の数だって、やっと十頭ですし」
鶏も半年前から飼い始めた。最初は二十羽だったけど、段階を見て増やす予定だ。
今はまだ、一家に一個の卵を毎日配ることもできないからね。目標は各家庭に毎日卵二個ずつ!
それから、コツコツ錬金していた村を囲む壁も完成した。ワンフロア四畳半ほどの見張り塔も建て、交代で休めるようにもしてある。
小さな城塞に見えなくもない。たぶん。
「そうか。頑丈な壁もできたか。ようやく第一段階、だの」
「はい。南の蛮族に備える国境の村という意味では、ようやく第一歩です」
ゆくゆくはもっと大きくして、騎士を増やしたいとは思う。
壁の内側は十分広く取ってあるし、騎士団寮や戸建て物件を建てる余裕はかなりある。
辺境領として、騎士団は今の二、三倍の規模にはしたいよな。
「受け入れるだけの余裕は、ゼナスにあるのか?」
「それが……労働力として来てもらっている砂漠の民の人数もいますので、食料問題という点ではあまり余裕はないかと」
野菜の収穫量は安定している。でもそれは、今の人口だからこその安定だ。
キャット・ルー族は以前、ゼナスの畑から野菜を盗んでいた前科がある。
本人たちは物々交換だと言ってモンスター肉を置いていってはいたが、無断での物々交換だ。
そうせざるを得ないぐらい、野菜には困っていたようだし。
コロコロがいても、瘦せた土地では十分な野菜は実らないからね。
その件は実際にコロコロ農法を始めてわかった。
それでも以前のゼナスで収穫できる量から比べると、数倍になっている――というのが村長の意見だった。
「今収穫できる量が、みんなが毎日お腹いっぱい食べられるぐらいなんですよね」
「そうか。いや、そこまで野菜が育つようになったのは、むしろ凄いことだぞ。己の成果を誇ると良い、ディルムットよ」
公爵様はそう言うと、その大きな、そして少ししわしわな手を俺の頭に乗せた。
なんだか少し、照れくさくなる。
けど、誇っていいと言われたことは、凄く嬉しく思う。
「んっ、んんっ」
「あれ? またお風邪ですか?」
「い、いや。なんだ、その……んっんっ」
どうしたんだ、急に。
やっぱりお風邪なんだろうか。
それとも……公爵様がしきりと後ろを気にしている様子。
「後ろに誰かいらっしゃるのですか?」
「んっ、おぉ! そうだ、後ろに――」
「誰もいませんね。公爵様?」
公爵様の横から覗き込んでみたが、誰もいない。怪しい者がいれば、後ろのロバート卿が真っ先に気づくはず。
「お、おらぬか……う、うむ。あー、ここがそなた等の部屋じゃ」
「フィッチャーとロバート卿、マーガレットもですか?」
「その方が主も安心であろう。従者用の寝室も二つある」
「ご配慮、ありがとうございます、公爵様」
ロバート卿が頭を下げる。フィッチャーもだ。
「夕刻には食事を運ばせる。それまでゆるりとするがよい」
「はい。何から何までありがとうございます」
「うむ。ではまた明日」
それだけ言うと、公爵様は戻っていった。
今日はゆっくり休んで、長旅の疲れを取らないとなぁ。
「ディルムット様。実は先ほど、我らの後ろを付け回す気配はあったのです」
「え!? な、なんで言ってくれなかったんですか」
「それがその、悪意はまったくありませんでしたので。それに子供の気配でしたから」
子供、か。それなら他の令息か令嬢だったのかもしれないな。
ロバート卿が害はなしと判断したのなら、まぁいいか。
隠れてないで出てきてくれればよかったのに。
その日の夜、夕食を終えたタイミングで、俺はとんでもない場所に呼び出された。
そこは王城内で最も警備が厳重な場所――国王陛下の……寝室だ!
アッー!!
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新章スタート!
いきなりディル君のピンチ!?




